滅亡世界・クアンタ。
ジークは、ナックルズがいつでもエンジェルアイランドからクアンタのバイオエネルギー生成拠点に来れるように、上位魔法を仕込んだ転送装置を設置した。
名目上はシャドウ・ソニック・ナックルズといった、応援勢力の増強のためだったが、実際のところは、クアンタにナックルズがやって来る事を、ジークが内心日々の楽しみにしていたからだった。
しかし、転送装置の設置は、ジークに新たな悩みをもたらした。
「よう、ジーク!今日も手伝いに来たぜ。警護でも荷物運びでもトイレ掃除でも、気軽に命令してくれよ」
「⋯⋯⋯」
転送装置を使って、しょっちゅうソニックがジークの元へ通うようになってしまったのだった。
(応援戦力として、これ以上頼もしい事もない。しかし⋯⋯)
ジークが考えこんでいると、ソニックが素早く顔を覗き込んできて、ジークの手を取り、ウィンクした。
「いかなるご命令も思いのままに、師団長殿」
「あ、ああ⋯⋯ならば、あちらで出発準備をしている調査隊の護衛を頼む」
「仰せのままに、お姫様⋯⋯じゃなくて、師団長殿」
ソニックはジークの手の甲にキスすると、風のように素早く去っていった。
ジークは慌てて手を引っ込めて、キスされた場所を逆の手で包み隠した。
(主君への誓いとして、家臣が手の甲に口づけをするのは普通の事だ⋯⋯そうだ、別に、普通⋯⋯)
ジークはそう思い込もうとした。しかしソニックはジークの家臣ではない。ジークが動揺するとわかっていて、わざとやっているに違いなかった。
「クソッ⋯⋯こ、この程度の事、俺は、別に、なんとも⋯⋯」
ジークは必死でなんでもないふりをした。しかし、なんでもないふりをしているせいで、ソニックのキスを拒む事もできなくなっていた。
ソニックは今日も上機嫌でクアンタにやって来た。
「よう、ジーク、今日も⋯⋯」
言いかけてソニックはすぐに違和感に気付いた。
ジークの足元がおぼつかない。
「ジーク、どうしたんだ。どこか悪いのか⋯⋯」
言い終えるよりも早く、ジークが前のめりに倒れこんだ。
ソニックはすかさず抱きとめた。顔色が悪い。身体を見渡したが、外傷はない。
「ソニック。ジークに何をしている」
不意に、背後から低い声が響いた。
シャドウがエージェントの任務を終えて、クアンタの様子を見に来たところだった。
ソニックはイラッとして言った。
「俺は何もしてないって。ジークが体調悪いみたいなんだ」
ジークが顔を上げて、シャドウの方を見た。そして、ソニックを押しのけ、フラフラとシャドウの元へ歩み寄り、倒れこんだ。
「い、医療室へ⋯⋯」
シャドウは何かを察した顔をして、医療室へジークを抱えて走った。
ソニックはムカムカしながらその後を追った。
(俺に運ばれるのが嫌で、シャドウならいいのか。なんでいつもそうなるんだよ)
しかし、医療室へついたところで、シャドウはすぐに扉を中から閉め、ソニックを締め出してしまった。
「こらぁ!シャドウ!中へ入れろ!ジークに何をする気だ!」
「何もクソもあるか。ジークは僕が看病する。君は外で衛兵の手伝いでもしていろ」
「なんでだよ!先に気付いたのは俺だぞ!俺に看病させろよ!」
すると、時空が歪み、カオスコントロールでシャドウが目の前に現れた。
「邪魔をするなら君はエンジェルアイランドへ帰れ」
そう言い放つと、シャドウはソニックをカオスコントロールで転送装置の前まで運びだし、そのまま転送装置でエンジェルアイランドに強制送還させてしまった。
「何すんだ!シャドウ!」
「ジークの意志だ。君の過干渉はジークのためにならないと心しておけ」
冷たい顔でそう言うと、シャドウは転送装置を使い、クアンタに帰っていった。
「あーもう、なんでジークは、俺の事を遠ざけるんだよ⋯⋯ 」
ソニックは納得いかずにブツブツ文句を言いながら立ち上がった。しかし、ここでも違和感を覚え、眉をひそめた。
転送装置が設置された場所から右手側に、マスターエメラルドの祭壇が見える。しかし、祭壇の頂上に、赤い毛並みの守護者が見当たらない。
今日ソニックがエンジェルアイランドからクアンタに向かう時は、ナックルズが確かにそこに立っていて、ソニックはナックルズに向かって軽く手をあげて挨拶をした記憶がある。
「ナックルズ⋯⋯?」
いつもの小屋にむかって走っていった。
すると、卑屈で姿勢の悪い灰色のハリネズミが、赤いハリモグラを引きずって、小屋に入れようとしているのが見えた。
「ハビシュ?!何をやってんだ!」
灰色のハリネズミ──ハビシュは、ソニックに気付くと、ニヤニヤしながら、おもねるように肩をすくめ、首を傾けた。
「あぁ、ソニック、ソニックだねぇ。久しぶり⋯⋯ねぇ、怒らないで。ナックルズは無事だよぉ。ちょっと薬で眠らせてるだけなんだぁ⋯⋯」
ソニックはハビシュからナックルズを奪いとり、抱え直した。呼吸を確認する。異常はない。確かに、ナックルズは眠らされているだけで、傷や熱もないようだった。
「ハビシュ⋯⋯説明しろ。何のつもりで、どうしてナックルズを眠らせた?」
ハビシュは目玉をぐるりと一回りさせると、抑揚のない早口で言った。
「ナックルズは薬で眠らせた。マスターエメラルドを調べたかったから。何故?僕を造った組織の残党が、マスターエメラルドについて調べてるから。あいつら今度は、マスターエメラルドの複製品を造ろうとしてるんだと思う。だから、マスターエメラルドのエネルギーデータを持って、潜入する。フェイクデータじゃ、すぐバレて怪しまれるからね。ナックルズには、知られたくない。巻き込みたくない。だから薬で眠ってもらった」
「そんな危険な事、まさか一人で勝手にやろうとしてるのか?キュイや他のエージェントたちは、その事を知ってるのか?」
ソニックはナックルズを抱えたまま、冷静に質問した。ハビシュはニヤニヤして、再び早口で答えた。
「僕は幸せなんだぁ。リーダーは僕を評価してくれてる。エージェントのみんなも僕を馬鹿にしないし、殴ってこない。それにこの世界には、ナックルズがいる。ナックルズのためにも、世界の平和を守らきゃいけないよね。僕が元いた組織⋯⋯あいつらは、消滅するべきなんだ。僕はやるよ。大丈夫。先に安全に致命傷を与えてから、みんなに応援を要請するんだ。正式な許可をもらってからじゃあ、動けない領域があるからねぇ」
ソニックは、静かにため息をついた。
それから言った。
「だったら、今は見逃してやるから、ふたつ約束してくれ。自分の命は大事にする事。全てが終わったら、何があったのか、ナックルズにお前の口からきちんと伝える事」
ハビシュは一瞬真顔になると、ニヤリとして言った。
「わかったよ、ソニック。ナックルズをよろしくね」
ハビシュは速やかに去っていった。
ソニックはもう一度ため息をついて、ナックルズを抱え上げた。それから、黒い気配を察知して、緊張の面持ちで振り向いた。
「⋯⋯ソニック。ナックルズに何をしている」
シャドウが、険しい顔をして、転送装置の方角から歩み寄って来た。
ソニックはナックルズを抱えたまま、うんざりした顔で言った。
「お前はジークの看病で忙しいんだろ。ナックルズは俺に任せて、さっさとクアンタに戻れよ」
「黙れ。ナックルズは僕のものだ。ナックルズも体調が悪いのなら、ジークもナックルズも、僕がまとめて看病する」
「断る。ナックルズが欲しいなら、ジークを俺に返せ」
「断る」
「じゃあこっちもお断りだ!クアンタに帰れ、この根暗欲張りつぶれ黒まんじゅう!」
ソニックはナックルズを抱えて、森の中へ逃走した。
シャドウが怒り狂って追ってくるかと思ったが、意外にもシャドウは、諦めてクアンタに戻っていったようだった。
(まぁ、揉めてる最中にナックルズが起きたら、確実にシャドウは怒られるもんな。くだらない事で喧嘩するなって)
ソニックは、森の中の苔むした柔らかい場所にナックルズをそっと降ろすと、ナックルズの尖った鼻を軽くつついてみた。
「ムンン」
間抜けな声がナックルズから漏れる。ソニックはふっと笑って、隣りに寝転がって、目を閉じた。
数時間のんびり居眠りして、ソニックは自分の所持する情報端末の通知で目を覚ました。メッセージ受信通知。ハビシュからだった。
“潜入は成功。明日にはこいつら、壊滅するよ”
ソニックはピュウと口笛を吹いた。
口笛に反応して、ナックルズが起きた。
「んん⋯⋯なんだ⋯⋯どこだ、ここ⋯⋯⋯ソニック?」
「おはようさん。ここはエンジェルアイランドの森の中だ。体調はどうだ?問題ないなら、深く気にすんな。とりあえず、気楽にいこうぜ」
「おう⋯⋯体調は問題ねぇよ。ハビシュと話してたんだけどな⋯⋯くぁ、俺、寝ちまったのか。祭壇に戻らねぇと」
ナックルズは大きく背伸びをすると、立ち上がって、のしのしと祭壇に向かって歩き出した。
ソニックは赤く大きな背中を見ながら、クアンタに戻っていった根暗な黒いハリネズミを思い出した。それから、ナックルズのために今、命がけで潜入活動中の灰色のハリネズミと、一向に距離が縮まらない、真紅のハリネズミの事も。
「お前はいいなぁ。いろんなやつに愛されてて」
「どういう意味だよ。お前の方こそ、世界中に友達がいるんだろ」
ソニックのぼやきにナックルズが返す。ソニックは笑って言った。
「ハビシュが、お前のために頑張ってるみたいだぜ。世界を平和にしたいんだと」
「そうかよ。元気にやってるなら、まぁいい」
ナックルズは振り向かずに答えた。それから、祭壇をのぼりながら、ナックルズはようやく振り向き、言った。
「ところで、お前は何をそんなに拗ねてんだよ」
ソニックは、急にジト目になった。それから、しかめっ面になって、祭壇の頂上まで歩き、ついに地面に突っ伏して叫んだ。
「ジークが俺につれない!なんで俺だけ避けられてるんだよ!こんなに優しくして尽くしてるのに!」
ナックルズがじっとソニックをみつめる。
それから、ボソリとつぶやいた。
「尻の割れ目なんて舐めるからだろ」
クアンタの拠点にて。
シャドウは、ベッドに臥せったジークをイライラしながら看病していた。
数時間経って、ようやくジークが目を覚ます。シャドウはジークに水を飲ませながら言った。
「また懲りずに何度も鞭打ちを受けたな?どうせ回復魔法の濫用による摩耗で、体力が底を尽きてしまったんだろう」
「ナ、ナックルズとソニックには、この事を、秘密に⋯⋯⋯⋯」
「わかっている。いいか、完全に回復するまでは、この部屋から僕の許可なく出るな。お前の事はしばらく僕が徹底管理する」
ジークは、うろたえたが、気丈に言い返した。
「俺はここでは師団長の立場だ。お前に借りがあるのは事実だが、そこまで指図される筋合いは⋯⋯」
「僕の言う事が聞けないのか?」
シャドウは鬼の形相でジークの首を抑えつけた。
「グエェ!」
ジークの喉から、アヒルのようなうめき声が漏れる。
ジークは必死で逃げようとしたが、シャドウは素早くジークを転がし、うつぶせにして、両手を拘束して制圧した。
ジークが涙目でもがきながらうめいた。
「な、なんで、いつも⋯⋯!ちくしょう⋯⋯!」
「そもそも船団内のお前の立場がいつまで経っても改善されないのが問題なんだ。これからは全て僕に従え。腐った神官も古き悪習も、僕が根こそぎ消し去ってやる」
ジークが悲壮なかすれ声で叫んだ。
「や、やめろ⋯⋯!で、伝統や信仰を力ずくで消すのは、ただの暴力だ。独裁のはじまりだ⋯⋯!」
「お前一人が暴力に晒されるのは問題ないのか?いまだに神官から鞭打ちをくらって、やつらの不満のはけ口として自分の身体を便利に消費させている事実を、ナックルズに全部バラしてやろうか」
「い、嫌だ。頼む、それだけは⋯⋯」
その時、医療室の扉が開いた。唐突に、エンジェルアイランドから転送装置を使ったのか、ナックルズが入って来た。
シャドウは風のような速さでジークを抱きかかえ、ワルツを踊り始めた。
真顔でナックルズが尋ねる。
「何やってんだ」
「ワルツにはリラクゼーション・自律神経調整・有酸素運動効果があるとされている。つまり僕は、体調回復のための理想的な運動をジークに提供しているというわけだ」
シャドウは真顔でワルツを踊りながらジークをいじめていた事を隠蔽した。ジークは青ざめた顔でシャドウのワルツに付き合った。
疑り深い顔で二人をにらむナックルズの横から、ソニックが飛び込んで来て言った。
「よう、ジーク。ちょっと二人で話そうぜ」
ソニックがジークの腕をつかんだ。
シャドウが素早くソニックの腕をつかむ。
「なんだよ」
「君こそなんだ」
ソニックとシャドウがにらみ合う。
「おい、やめろ。落ち着けって⋯⋯」
ナックルズが困った顔でとりなそうとした。
ジークが身をよじって逃げようとする。ソニックはとっさに叫んでしまった。
「待てよ、ジーク!お前の尻の割れ目を俺が舐めたなんて、誤解だよな?!俺の身の潔白を証明させてくれ!」
ジークが真っ白になって固まった。
ナックルズは、ジークが尻の割れ目をソニックに舐めさせてしまったと誤解していた。それをそのまま、ソニックに伝えてしまった。そうして今、ソニックはジークに身の潔白を証明して欲しくて、ナックルズを連れて押しかけて来たのだった。
シャドウがほーう、とうなって言った。
「ソニック、見損なったぞ。君がそこまで破廉恥な男だとは思わなかった」
「お前に言われたくねぇよ!どうせナックルズに似たような事してんだろ!」
ソニックが発狂してシャドウをなじった。実際、ナックルズがこの件を誤解したきっかけは、シャドウがナックルズの尻の割れ目を勝手に舐めた事がきっかけだった。
シャドウはすまし顔で言った。
「僕はナックルズにきちんと許可をとって⋯⋯」
「俺が許可したのは胸と腰と尻尾だけだ!尻の割れ目は舐めるなって何度も言ってるだろうが!」
ナックルズがすかさず激高する。
そのまま、シャドウ、ソニック、ナックルズが団子になって言い合いを始めた。
ジークはその脇をすり抜け、涙目で逃げ出した。
ソニックが気付き、慌てて腕をつかみ直す。
「ジーク!待ってくれよ!俺は死んでも絶対にお前の尻の割れ目なんて舐めないから!」
ジークが振り向いた。
そしてソニックにまっすぐ向き直ると、ソニックの頬を思いっきり引っ叩いた。
ソニックが衝撃でよろけて、尻もちをついた。
シャドウとナックルズは思わず固まってジークをみつめた。
ジークが泣いて震えながら言った。
「悪かったなぁ⋯⋯どうせ俺の尻の割れ目は、お前が舐めるだけの価値なんてねぇよ!」
ジークはそのまま医療室を飛び出し、走り去っていった。
「どういう事だ、ソニック。君はジークの尻の割れ目を舐めたんじゃなかったのか?それとも、いかにも舐めたそうなふりだけして、舐めてやらなかったというわけか?流石にそれは、ジークの尻に対して失礼だとは思わないのか」
シャドウが鋭い目つきをして言った。
ナックルズが怒り顔でソニックに食ってかかった。
「いいや、見損なったぜ、ソニック。お前はジークの尻の割れ目を舐めるだけ舐めておいて、ジークの尻には価値がないだなんて、馬鹿にした事を言いやがったんだな?」
ソニックは大げさに両手を振って、身体全体を揺らしながら必死で弁明した。
「ちょっと待て。待ってくれ。本当に。俺は誓ってジークの尻の割れ目を舐めてない。馬鹿にしてもいない。まだキスしかしてないんだ!尻じゃない!顔と手に、だ!」
ジークは拠点の端にある人気のない岩の上で、ぐしゃぐしゃになって泣いた。
自分が何故こんなにも悲しい気持ちでいるのか、もはやジークにはわからなかった。
一瞬、青い風が吹き抜けたかと思ったら、目の前にソニックが表れた。
ジークは逃げようとして後ずさったが、ソニックがすかさず肩に手をおいて言った。
「ジーク、聞いてくれ、俺が悪かった。傷つけるつもりはなかったんだ」
「聞きたくない。言い訳は不要だ。お前の気持ちはよくわかった」
ジークは同情されるくらいなら殺された方がましだと思った。しかし、肩に置かれたソニックの手に力がこもる。
「何がだよ、ジーク、あのな」
「何の魅力もない貧相な身体で悪かったな!」
ジークは相変わらず自分の身体の価値をソニックに否定されたと思い込んでいた。
「ちがーう!なにもかも誤解だ!いいかジーク、こっちを向け!」
ソニックが両手を肩に置き直し、ジークの顔をまっすぐ見据えて言った。
「俺にとって、お前ほど魅力的なやつなんてこの世にはいない」
「⋯⋯⋯」
真正面から真顔で口説かれて、一瞬ジークはとろけそうな表情になった。
しかし、ハッとして正気に戻り、ジークは思いっきりソニックのすねを蹴飛ばした。
「でぇーっ!」
「嘘をつけ、この軽薄野郎!お前の家で、俺が、身体が欲しいならくれてやると言った時、呆れたような顔をして拒んだくせに!」
「ち、違う!あれは、お前があまりにも危なっかしかったからで、つまり⋯⋯簡単に食っちゃうの、もったいないって思ったんだよ!」
ソニックがジークの肩を強く抱き、ぐっと顔を近付けた。ジークがたじろいで後ずさろうとする。
「でも、いいぜ⋯⋯お前が望むなら、二人でこの先に行こう」
ソニックはニヤリと笑うと、ジークの背中を抱いてひっくり返し、その場に押し倒した。
慌ててジークが首を伸ばして逃げようとするが、ソニックは上から覆いかぶさり、そっと頬ずりした。
「や、やめろ。お前は、あちらの世界の英雄なんだろう。俺とて師団長として、このクアンタの創世のために、今は⋯⋯」
「役割なんてどうでもいいのさ。俺に任せとけって。とびきり素敵な甘い時間を二人で過ごせば、お前が見てる景色も、すぐに変わるぜ。いや、俺が変えてみせる。来いよ」
ソニックはジークの顎に手をやると、ジークの唇にキスを──
しようとしたが、スルリとシャドウが身体を差し込んできて、ソニックはシャドウの尻にキスをした。
「ジークから離れろ、ソニック。ジークのいう通り、こいつは世界の創世で忙しい。ナックルズはジークとジークの創世を気にかけている。創世が完全に成すまで、君はジークに近付くな」
シャドウは馬鹿にしたような表情でソニックをにらみつけながら、そのまま尻を突き出し、ソニックを突き飛ばした。
「ふげっ!シャドウ⋯⋯お前なぁ⋯⋯ふざけんな!」
「こちらの台詞だ。ジークは僕が管理する!」
「何が管理だ!俺がジークを自由にさせてやる!」
ソニックとシャドウは、ジークを巡って、ジークそっちのけで大喧嘩を始めた。
ジークは呆然として二人の大喧嘩を見つめていた。すると、赤い塊が飛び込んできて、二人を同時に弾き飛ばした。
ナックルズだった。
ナックルズはそのまま、ソニックとシャドウをあっという間にボコボコに殴り倒し、鼻を鳴らして言った。
「くだらねぇ喧嘩をしてんじゃねぇ!管理だの自由だの!ジーク!お前もこいつらにはっきり言ってやれ!自分はどうしたいのかってな!」
ソニックとシャドウが起き上がり、同時にばつの悪い顔をした。
「⋯⋯⋯俺は」
ジークは言葉に詰まった。
そもそも自由など選べる立場ではない。
しかし、シャドウに管理されてしまうと、暁の船団の信仰も文化も人間関係も、シャドウに破壊されかねない。
どっちも選べない。
「ナックルズ⋯⋯⋯」
「ん?」
「ナックルズの島で、休みたい」
ジークは小さな声で、かろうじてつぶやいた。
ナックルズがギョロリと目を回した後、ポリポリと頭をかいて言った。
「おう⋯⋯いいぜ。じゃあソニックとシャドウは、ここに残って、拠点のみんなの手伝いを頼む」
ソニックが口をあんぐりと開けて何か反論しかけたが、シャドウが先に口を開いた。
「了解だ、ナックルズ。ジークにも休息は必要だ。こちらの事は僕たちに任せておいてくれ」
ナックルズは、ジーク を連れてエンジェルアイランドに戻ってきた。
小屋の前で焚火をして、温かいスープとパン、手作りのフルーツジュースでジークをもてなした。
「どれも美味い。⋯⋯豊かな島だな」
ジークはジュースの入ったカップを手に持ち、しみじみと言った。
「疲れたなら、いつでも寝ていいぜ。あいつら騒がしいから、お前も疲れただろ。二人とも、悪気はねぇんだけどな」
「⋯⋯⋯そうだな」
ナックルズに言われると、何故かジークは、なんでも受け入れられるような気がしてしまい、静かに苦笑した。
「今日はこっちで休みたいが⋯⋯部下にいくつか指示をしてから、また戻ってきていいか?」
「おう、問題ねぇぜ。俺も寝る前に、軽く巡回してくるからよ」
その頃、クアンタの拠点。
シャドウとソニックは、拠点の手伝いをしながらお互いをなじり合った。
「俺はあっちの衛兵の手伝いをしてくる。お前もしっかり働けよ、欲張り黒まんじゅう」
「僕は資材管理の補助で忙しい。居眠りをしてサボるんじゃないぞ、ドスケベ青ヒョウタン」
イラっとしてソニックがシャドウの尻を叩いた。ムカッとしてシャドウもソニックの尻をつねった。
「俺の尻に何すんだよ!」
「君の尻なんてムキになる程の価値もないだろう」
「いいや!俺の尻はクールでスマートでセクシーなんだよ、お前のと違ってな!」
「僕の尻を見るか?滑らかで無駄がないのにフレッシュで、誰よりも洗練されたこの尻を!」
ソニックが四つん這いになって尻を突き出した。シャドウも股をおっぴろげてひっくり返り、尻を見せつける。
「俺の尻は世界一!」
「僕の尻こそ究極だ!」
自信たっぷりに尻自慢対決をして叫ぶ二人の耳に、足音が届いた。
二人が顔を上げる。
部下に指示を出し終えて島に戻る途中のジークがそこに立っていた。
ソニックの顔が尻を突き出したまま青くなる。
シャドウが真顔でジークに尋ねた。
「どうだ?僕たちの尻は」
「そうだな。俺なんぞの貧相で惨めな小さい尻に比べたら、お前らの尻は張りも艶も迫力もあって、さぞかし舐め甲斐があるだろうぜ」
ジークは能面のような真っ白な顔をしてそう言うと、走って去っていった。
「⋯⋯ちがう⋯⋯誤解だ⋯⋯ジーク、俺は⋯⋯」
ソニックがワナワナと震えながらようやく立ち上がった。
シャドウはソニックがジークを追いかけないように牽制しながら、すました顔でつぶやいた。
「フン。論理的に思考するなら、僕の尻に舐め甲斐があるなら、僕の尻をナックルズに舐めてもらうという手もあるという事か」
「ねぇよ!ちくしょう!何が論理的だ!ジークに絶対ドン引きされちまったじゃないか!バカヤローッ!」
ジークはエンジェルアイランドに戻り、なんでもないふりをして、ナックルズと穏やかに焚き火を楽しんだ。
眠くなってウトウトしていたら、ナックルズが小屋のベッドに誘導してくれた。
ナックルズと一緒のベッドに寝るのはやっぱりシャドウに悪い気がしたが、尻を自慢しあうソニックとシャドウを思い出して、イライラしてヤケクソになり、ナックルズの懐に飛び込み、しがみついて眠りについた。
早朝、ナックルズは何かの気配に気付き、ぱっちりと目を開けた。起き上がらずに気配を探る。
ジークは自分の胸元で丸まって熟睡している。
扉の向こうから気配が近づき、音もなく扉が開いた。
「ハビシュ」
ナックルズが名前を呼んだ。フラフラとおぼつかない足取りで、疲れた顔のハビシュが入って来て、床に座り込んだ。
「ハァ⋯⋯おはよう、ナックルズ。疲れたぁ。こんなに手間がかかるなんて、想定外だ。でも、あと少しでうまくいく。ねぇ、僕に何かちょうだい。できれば、いらないものがいい。君にとって、ゴミみたいな役立たずの何か。僕はそれをお守りにする。もう少しで、君に報告できる事があるんだ。だからさ⋯⋯」
ナックルズは、棚の上にあった壊れた懐中時計を手に取り、ハビシュに渡した。
ハビシュは、うっとりした顔で壊れた時計に頬ずりをすると、ヨロヨロと立ち上がり、再び扉の向こうへと消えていった。
ナックルズはハビシュが閉めた扉をしばらく眺めていたが、キッチンへ向かい、朝食の準備を始めた。
スープを温め、ドライフルーツを皿に盛っていると、ジークが眠そうに目をこすりながら、ノロノロと起き上がった。
ジークを椅子に座らせ、スープをよそうと、ドライフルーツをかじりながら、ジークがぼんやりとした顔で言った。
「楽園の朝だ。こんな日々がずっと続けばいいのに⋯⋯」
「気に入ったなら、ここでしばらく暮らすか?」
ナックルズは深く考えずに言った。
ジークがハッとして、慌ててかぶりを振った。
「つい寝ぼけて、妙な事を口走ってしまった。忘れろ。⋯⋯それより、最近シャドウとはどうなんだ?仲良くやれているのか」
ジークは、自分とソニックとの間に横たわる問題を忘れたかったし、シャドウの番であるナックルズと、またも同じベッドで眠ってしまった事の罪悪感を相殺させたかった。そうして、ナックルズに向かってお節介を始めたのだった。
ナックルズは、スープを飲み干した後、眉をしかめて答えた。
「そういや、しばらく二人っきりでは話せてないな。まぁ、俺もシャドウも忙しいし、別に⋯⋯」
「大事な番との触れ合いを、忙しさを言い訳にして蔑ろにするやつがあるか。いいか、お前らは互いに運命の相手なんだ。クアンタへの応援もありがたいが、それを理由にお前ら二人の時間がなくなるなんて、俺は御免だ」
ジークが前のめりになって言った。ナックルズがのけぞってうろたえる。
「べ、別に、全く会話がないってわけじゃないぜ。だから⋯⋯」
「もっと二人の時間を大事にしろ。きちんと正面から愛し合え。さては、お前の方からはねだりづらいんだな?俺がシャドウに直接言ってやる」
朝食を食べ終えると、ジークはナックルズの手を引いて、すぐにクアンタに戻っていった。
シャドウを探し、みつけ次第、ジークは真っ向から食ってかかった。
「おい、シャドウ。ナックルズと触れ合う時間がろくに取れていないそうだな。俺の創世に口出ししている場合か?もっと番との時間を大事にしろ」
「⋯⋯。僕とナックルズがどうあるかという問題と、お前の創世がどうあるかという問題は、全く別の⋯⋯」
「言い訳している暇があるなら、今すぐナックルズと触れ合え。来い、相応の場所を俺が手配してやる」
ジークはシャドウとナックルズを拠点内の客室へ案内し、お茶や茶菓子を側近に用意させた。
シャドウは突然の展開に戸惑いの表情を見せ、ナックルズは落ち着かない様子でソワソワとシャドウを見ている。
構わずジークはさっさと扉を閉めた。ナックルズと同じベッドで寝てしまった罪も、これで帳消しにできる気がして、ほっとため息をつき、仕事に戻っていった。
ジークが建物の外に出ると、伝令が走って報告に来た。
哨戒中の衛兵たちが、化け物と遭遇し、交戦中との事だった。既に一度目撃されている個体で、ジーク一人で討伐できそうなレベルのものだった。
「すぐに俺が向かう。お前たちは拠点で待機だ。負傷兵の収容に備えて、医療兵にも伝令を飛ばせ」
ジークは報告にあった場所にテレポートの魔法で飛び、すぐに対象の個体と対峙した。
サソリのような姿をした、巨大な甲殻類。
その場にいた衛兵たちに退避命令を飛ばしながら、ジークは単騎で化け物の前へ飛び出した。
暁光の魔法を放ちながら、退避する衛兵とは逆方向に走る。サソリが追いかけてくる。
(くそ、思ったより素早いか)
ジークは飛翔魔法で崖の上に飛び上がった。サソリが尻尾を振り下ろし、周辺の岩場を破壊する。
足場の岩が崩れ、ジークの身体が傾いた。
(まだいける!バリアを張って、振り向きざまに一撃食らわせてやれば⋯⋯)
ジークが胸に埋め込んだプリズムに両手を添え、力を込めようとしたその時、
身体がふわりと浮いて、遠くの岩の上にトスンと座らされた。
「あっ、え⋯⋯」
一瞬動きを止めて、首を回すと、青い閃光が、巨大サソリを粉砕するのが見えた。
伝令から報告をもらったソニックが、超特急で駆け付け、あっという間にサソリを倒してしまったのだった。
そのまま全身をスピン回転させて、ソニックがジークの目の前に着地する。
「危ないなぁ、お姫様⋯⋯じゃなくて、師団長殿。衛兵を下がらせて単騎特攻なんて勇ましいけど、もっと俺を頼ってくれたっていいじゃないか」
「⋯⋯⋯」
ソニックのいつもの軽口が、何故かジークの身体にブスブスと突き刺さった。
ジークは黙って立ち上がろうとした。ソニックが気障ったらしく手を差し出す。
ジークはその手を思いっきり横に叩いて跳ねのけた。
「おっと⋯⋯ジーク、」
「助けてくれなどと、誰が言った?!俺はバリアを張って、すぐに反撃するつもりだったんだ!」
ソニックが目を丸くして唾を飲み込んだ。それから、肩をすくめて言いかけた。
「そうだな、悪かったよ、ジーク。でもさ⋯⋯」
ジークは苛立ちを抑えられずに怒鳴りつけた。
「毎度毎度、わざとらしく厭味ったらしい真似をしやがって!シャドウとそろって尻自慢してきたと思ったら、今度は戦場で戦闘力自慢か!俺がお前に勝てる要素が何ひとつないのを、そんなにからかって遊びたいか?!馬鹿にするな!」
ソニックが驚いて飛び上がり、もう一度目を丸くした。それからジークの両肩をつかんで反論した。
「待てよ、ジーク。聞き捨てならないぜ。俺がいつお前を馬鹿にした?俺がこれだけ毎日お前に尽くしてるってのに、なんでお前はそんなにも⋯⋯」
「触るな!どうせ俺の尻は痩せてて色気もなくて、舐められる価値もないんだ!」
「いや、尻は⋯⋯!あのな、ジーク、あれは⋯⋯」
「離せ!ナルシストの尻自慢野郎!」
ソニックはめげずに反論しようとしたが、完全に理性を失って叫ぶジークを見て、すっと真顔になり、両腕に力を込めた。
「わかんないやつだなぁ。俺の尻がどんなによくたって、俺は俺の尻なんて舐めないし、舐めたくなんかない。つまり⋯⋯」
言いながら、ソニックは足を引っかけ、ジークをその場に押し倒し、顔をぐっと近づけた。
「俺が舐めたいのはお前の尻だ。痩せてようが、色気がなかろうが、誰かの尻を舐めるなら、お前の尻じゃないと、俺は嫌だ」
「⋯⋯あ⋯⋯⋯」
「試したっていいぜ。俺は本気だ」
言うが早いか、ソニックはジークの身体をくるりとひっくり返し、ジークのお尻を背後から抱え込んだ。
「ああっ」
「小さくて、綺麗な色で、俺好みのお尻だな」
ソニックの吐息がふっとジークの尻にかかる。
──瞬間、ジークは胸のプリズムに両手をかざし、渾身の暁光の魔法を周辺の岩にぶち当てた。
ガラガラと岩場が崩れ落ちる。
「ちょ、ま、ジーク、おまっ⋯⋯どあああああ!!」
ソニックの絶叫を背中越しに聞きながら、ジークはテレポートの魔法で拠点に逃げ帰った。
ジークは拠点に着くなり、必死で駆けだした。
(やつは絶対に追いかけてくる。今までがそうだった)
足をもつれさせながら、それでもジークは走り続けた。
ソニックは俊足だから、急いで逃げないとすぐに追いつかれてしまう。
(逃げる?どこに?)
ジークの頭の中に、赤い毛並みの守護者の、堂々とした姿が浮かんだ。
「ナックルズ⋯⋯、ナックルズ!」
ジークは夢中で走り、ナックルズのいる客室に飛び込んだ。
「ん⋯⋯っ」
飛び込んですぐに、ナックルズの熱っぽい声が聞こえて、ジークは顔を上げた。
客室の真ん中にある大きなソファの上に、ナックルズは目を閉じて横たわっていた。
ナックルズの上に、シャドウがまたがっている。
シャドウがナックルズを抱きしめながら、胸に吸い付いていた。
「⋯⋯!」
ジークは声を呑んで、慌てて部屋から飛び出し、扉を閉めた。
動揺し、あちこちにぶつかりながら、自室に逃げ帰り、鍵をしめ、床にへたり込んだ。
(ば⋯⋯⋯馬鹿か、俺は。俺が二人を、そういう目的で案内したんだ)
心臓がバクバクと波打っている。
両手で顔を覆い、その場にうずくまった。
シャドウとナックルズ。
うつくしき番の、うつくしき契り。
ジークは、ナックルズの身体を、力強く、しかし優しく抱きしめるシャドウの両腕をもう一度思い出した。
(あんなにも、愛おしそうに⋯⋯⋯)
それから、岩場で背後から伸びてきた、ソニックのたくましい両腕を思い出した。
(俺は⋯⋯⋯俺も、ソニックと⋯⋯⋯ )
ジークは何かを期待しかけている自分に気付き、大きくのけぞって、頭を床に打ち付けた。
(⋯⋯⋯違う。夢を見るな。俺は、そもそも⋯⋯⋯)
──戦争犯罪者の息子。世界滅亡の咎と創世の責任を背負う、神託の魔術師にして、師団長。
ジークはゆっくりと深く息を吐き、立ち上がった。
それから、部屋を出て、周囲を側近で固めながら、警戒しつつ、必要な仕事をこなした。ソニックも拠点に帰還し、遠くからみつめてきたが、ジークは気付かないふりをした。仕事を終えると、急いで部屋にこもり、鍵を閉めた。
その夜、ジークは眠れなかった。
部下に借りていた娯楽本の中に混ざっていた、濃厚な恋愛小説を手に取った。
身分違いの男女があらゆる苦難の末に結ばれる、ありがちな物語を、ジークは泣きながら読み終え、自己嫌悪で床に突っ伏し、声を殺して再び泣いた。
翌日、朝食を終えて建物の外に出ると、後ろからポンと肩を叩かれた。
振り向くよりも早く、ソニックが笑顔で真横を駆け抜けていく。
「おはよう、ジーク。俺はあっちで警護の手伝いしてるから、何かあったら、いつでも言ってくれよ」
返事をする間もなく、あっという間に去っていった。
ジークはいたたまれない気持ちになった。
(俺があれだけ冷たく、酷い素振りをしたのに、あいつは変わらず接してくれる)
側近から諸々の報告を受け、指示を出しながら、次の現場へ移動していると、不機嫌な顔でのしのしと歩いているナックルズを見つけた。
「おい、どうした。何かあったのか」
「どうって事ねぇよ。俺は俺だ。シャドウの事なんか、どうだっていいんだ」
「シャドウと何かあったって事だな。こっちへ来い、話を聞かせろ」
鼻息荒く拳を握りしめるナックルズをなだめすかしながら、側にあった椅子にナックルズを座らせた。
「シャドウと何があったんだ」
「別に、問題ねぇよ。ちゃんと殴ってやったからな」
「恋人を殴っておいて、問題ないわけがないだろう。何をされたんだ」
ジークは呆れて突っ込んだ。ナックルズは鼻息を荒くしてごねるばかりで、なかなか要点を話さない。辛抱強く尋問して、ようやく昨晩の出来事を語り始めた。
「俺が寝ている間に、ずっとモソモソ動いてやがるんだ。なんか、かゆいなって、目を開けてみたら⋯⋯シャドウが、俺の身体中を勝手に舐めまわしてやがったんだ」
「⋯⋯」
ジークは脱力して両手を投げ出した。怒り顔でナックルズが続ける。
「寝る前に、胸や右腕や尻尾を、たっぷり噛ませてやったんだ。なのになんで寝てる間に勝手にあちこち舐めまわしてやがるんだって、殴り飛ばしてやったんだけどよ」
ジークは黙ってナックルズをみつめた。ナックルズは止まらない。
「愛してるだの、永遠に君が欲しいだの、我慢してみたけど無理だっただの、泣きながら言い訳しやがるんだ。だから、うるせぇ、いい加減にしろって、もう一発殴ってやったんだ」
「⋯⋯るい」
「うん?」
ジークが小さくつぶやいた。ナックルズが聞き返す。
「お前が、悪い」
「え⋯⋯」
ジークの言葉に、ナックルズが固まった。
「お前が悪い。シャドウはお前を愛してるんだ。本気で愛しいと思って、本気でお前を求めてるんだ。お前たちは運命で結ばれた、本物の番なんだ。何故拒む?全て受け止めてやればいいんだ。シャドウは悪くない。シャドウの愛を受け止めてやらない、お前が悪い!」
ジークは早口でまくし立てた。止まらなかった。
ナックルズが目を見張って、言葉を呑んだ。
それから、目を彷徨わせ、肩を落とし、力なくうつむいた。
ジークは言うだけ言うと、ひと呼吸おいて、自分が何を言ってしまったのか、遅れて気付き、絶望した。
(違う。ナックルズは、悪くない⋯⋯)
拳をゆっくりと握りしめた。
(シャドウも、悪くない。こいつらは、愛し合ってる。好きなように、二人っきりで⋯⋯ゆっくりやっていけばいいんだ)
ヨロヨロと立ち上がる。握りしめた拳が震えていた。
(俺が悪い。己の咎を一人で背負えず、ナックルズが受けるシャドウからのまっすぐな愛に嫉妬した⋯⋯俺が悪い)
ジークは乾いた唇を開き、謝罪の言葉を放とうとした。その時、
「よう、ナックルズ、ジーク!ちょっと来てくれよ、あっちで衛兵たちが面白い事やっててさ⋯⋯」
ソニックが笑いながら二人の前に飛び出してきた。
ジークはとっさに逃げ出してしまった。
ソニックの顔も、ナックルズの顔も、まっすぐ見れる気がしない。
ジークは逃げ出した先で、しゃがみこんで、頭を抱えた。
「ジーク、何をしている」
低い声で呼び止められ、ジークは振り向いた。
「シャドウ⋯⋯」
「こんな所に座り込んでどうした?また体調不良か?」
どことなく元気のないシャドウを見ながら、ジークは少し考え、ふと思いつき、言った。
「体調は問題ない。それより、連絡を取りたい者がいる」
ジークは、シャドウに頼み、とある人物と連絡を取った。
そして、ジークは単身、ソニックたちの世界の、セントラルシティへと降り立った。
セントラルシティの一角にある明るい雰囲気のカフェ。
ジークが座っている席の向かい側に、待ち人がやってきて、スタッフに向かって言った。
「ホットコーヒーをひとつ、ブラックで」
キュイ。シャドウの同僚で、諜報役のエージェント。ジークは立ち上がり、胸を張って挨拶をした。
「突然の呼び出しへの速やかな応対、感謝する。改めて、俺は⋯⋯」
「暁の船団、師団長ジーク。シャドウから君の立場と組織の仔細はおおよそ聞いている⋯⋯久しぶりだな。あれからソニックとは仲良くやれているのか?」
「⋯⋯⋯⋯」
キュイが涼しげな顔で席に着きながら軽くジャブを放つ。
ジークは黙り込んで立ち尽くした。
スタッフがジークの頼んだミルクたっぷりのカフェオレと、キュイのブラックコーヒーをテーブルに置く。
ジークは首を振って席に着く。そして、もじもじしながら、目をそらして言った。
「⋯⋯やれていないから、相談に来た」
キュイがコーヒーカップに手を触れたまま、ジークを見つめ、固まった。
(まさか、恋愛相談か)
キュイは、シャドウから、ジークからの相談事を請け負って欲しいとだけ聞かされ、この場へやって来た。当然、エージェントとして、諜報役として、重要案件の依頼が来たと想定してここへ来たのだった。
ジークが思い詰めた顔で言った。
「ソニックだけじゃない。ナックルズとも、シャドウとも⋯⋯俺は、うまくやれる気がしなくなってきた。もはや俺は死ぬべきなのかもしれない。だが、俺には⋯⋯」
(恋愛通り越して、生死の相談か)
キュイは固まったままジークを見つめた。それから目をそらし、考え、かろうじて言った。
「落ち着け。とりあえず、君が何か重大な問題を抱えているのは理解した。しかし、何故⋯⋯」
俺にそんな相談を持ちかけるんだ、と言いかけて、口をつぐんだ。
以前、キュイは、ナックルズからシャドウとの恋愛トラブルを何度か相談された事がある。ナックルズは孤独な守護者。人に言えない悩み──特に恋愛・性交といった、関係の近い友人にこそ言いづらい繊細な悩みを抱えた場合、頼れる相手がキュイ以外にいなかったからだった。
(目の前のこの若者も、師団長という難しい立場にあり、恋愛関係の悩みを相談できる丁度いい相手がみつからないのかもしれない)
キュイは表情を変えず、軽く咳払いをして、言い直した。
「⋯⋯死ぬべきというのは、穏やかじゃないな。何故そう思うんだ?」
ジークはカフェオレの入ったカップを握りしめながら、悲壮な顔をして語り始めた。
「俺は、俺の世界の滅亡の咎と、創世の責任を背負っている。俺の親父が世界を滅ぼした。だから、息子である俺が、命に変えても世界の創世を成さねばならない。だから俺は⋯⋯ソニックのどんな言葉も受け取れない。そう割り切っていたはずなのに⋯⋯シャドウに心から愛されているナックルズが羨ましくて、八つ当たりをして、傷つけてしまった。俺は罪深き愚か者だ。今受けている咎⋯⋯たかが鞭打ちごときではとうてい償えそうもない。さらなる咎を追加すべきだろうか。しかしどんなに厳しい咎を受けようとも、この俺のソニックへのやましい気持ちが浄化されるとは思えない。醜い嫉妬でナックルズを傷つけた罪も、誤魔化せるものではない。いっそ死んで償えればいいのだが、世界創世の悲願のために、俺はどうしても生き延びねばならない」
そこまで言って、ジークは、救いを求めるようなまっすぐな瞳でキュイを見つめた。
「俺はどうすべきだろうか」
(重い)
キュイは動揺が顔に出ないように、ゆっくりとブラックコーヒーを口に含み、味わい、目を伏せた。
しばらく考え、キュイは答えた。
「⋯⋯そんな大きな罪を一人で背負うな。ナックルズも、シャドウも、ソニックも、君が一人で罪を背負って沈んでいくのを黙って見過ごすような連中ではないだろう」
ジークはテーブルをにらみつけながら答えた。
「罪とは一人で背負うもの。以前、シャドウはそう言っていた。確かに、世界滅亡は俺の咎だ。だから、俺が一人ででも⋯⋯」
「シャドウから少し話は聞いている。クアンタの創世を、シャドウやナックルズ、ソニックが手伝っているんだろう。世界の滅亡は君の父君の仕業かもしれないが⋯⋯創世のための苦労は、きっと君一人で背負わなくていい。みんな、君を心配しているんだろう」
ジークが顔を上げ、子供のような顔でキュイを見た。それから、自信なさげにうつむき、カップを握りしめ、カフェオレをちびちびと飲んだ。
キュイがゆったりとコーヒーを口に含み、店内を見渡し、ジークに視線を戻して言った。
「ほんの少しでも、自分を赦してみたらどうだ」
「自分を⋯⋯?」
ジークがキュイを見つめ返す。
「君が背負っている自分自身の罪を、自ら赦す事が、まずは嫉妬で傷つけたナックルズへの償いになる」
「ナックルズへの⋯⋯?何故だ?」
ジークは子供のように首をかしげた。キュイが少し笑う。
「君が君を赦せば、君の心が少し楽になる。そうなれば、ナックルズへ嫉妬する必要はなくなる。それなら、後はただ、謝ればいい。ナックルズは君を許すし、少し楽になった君の顔を見て、きっと安心し、喜んでくれるさ」
ジークの顔に少し安堵の色が混じった。キュイはコーヒーをもう一口飲むと、カップを置き、背もたれに身体を預け、一息ついて言った。
「ソニックの事をどうするべきかは⋯⋯俺には、わからない。それは君とソニック、二人の問題だ。俺の関知できる事じゃない」
ジークは黙り込んで、カフェオレを飲みながら少し考えた。それから、上目遣いでキュイに尋ねた。
「お前には、番(つがい)や想い人はいないのか?」
キュイが半目になって脱力した。
(俺自身にまで飛び火し始めた)
煙に巻こうか迷ったが、自分の話を引き合いに出せば、ジークを説得する材料にもなりえる。キュイは目を伏せて本当の事を言った。
「連絡を取り合っている幼馴染がいる。⋯⋯疎遠になっていたが、つい最近、俺の方から連絡を取った。⋯⋯シャドウが、失敗を繰り返しながらも、まっすぐナックルズに向き合い続けているのを見ていて、なんとなく⋯⋯俺も動いてみたいと思ったんだ」
ジークの頬が一気に紅潮する。前のめりになって食いついてきた。
「うまくいってるのか?もう手はつないだのか?契りはいつ結ぶんだ?ここで俺とダラダラ話なんかしている場合じゃないな。今すぐ連絡を取って、二人きりの時間を⋯⋯」
キュイが困り顔で制止した。
「まだそこまではっきりした関係じゃない。親密だった子供の頃とは、お互いに性格も状況も変わっているし⋯⋯」
「なぜはっきりさせない?お前はそういうつもりで連絡をとり、相手はそういうつもりでお前に再会したんだろう。違うか?だったら、お前の取るべき行動はひとつだ。つまり⋯⋯」
キュイが表情を変えた。そして聞き直した。
「つまり?」
「つまり⋯⋯」
ジークがのどを上下に動かし、姿勢を正して言った。
「想い人に告白する。長い間眠らせていたお前の気持ちを、真っ向から、想い人へと、捧げるべきだ」
二人は向かい合って、沈黙を続けた。
しばらくして、キュイがため息をつき、コーヒーを飲んで、カップを静かに置くと、言った。
「なら、約束だ。⋯⋯俺は幼馴染に、この後連絡を取り、会って、告白する。君はソニックに会って、ソニックと真っ向から話し合え。自分が何を思っているのか、今後どうしていきたいのか」
ジークはしばらくキュイをみつめていたが、視線を落とし、少し考えた後、顔を上げ、キュイを見据えて言った。
「⋯⋯そうだな。俺も逃げない。ソニックに会おう。決着をつける。俺の気持ちと、俺のこれからの生き方についてだ」