第6話解説です。
前回、シャドウとナックルズの間で魂の共鳴が起こり、二人の間に非常に神話的なつながりが生まれました。
しかし、第6話は現実の人間社会に聖母が降り立ち、戦士として戦おうとする話です。
冒頭のエンジェルアイランドでは、小屋の中でシャドウとナックルズが静かに時を過ごします。
シャドウは恋慕・性欲といった欲望を否定している。
ナックルズは自身の感情を言語化できない。
でも、シャドウはクッキーをもって島を訪れ、ナックルズはフルーツジュースでシャドウをもてなします。
言葉にできない静かな幸福が二人の間で成立しています。

しかし、シャドウは任務で聖域を離れないといけません。そして細かい理由を一切告げずに、ナックルズの前から去っていく。
それでも、はっきりと自身の気持ちをナックルズに伝えます。
「来れない間に、僕がこの島と君の事を忘れてしまったなどと君に思われても困る」
好きだとか側にいたいだとか、恋愛の言語は一切使わない。でも、忘れない、忘れたと思われたくないと明言する。
ナックルズは抽象的な恋愛の言語を理解しません。でも、シャドウのこの言葉なら理解できる。そして、この言葉を受け止め、待ち続ける事ができる。
そして帰ってきたらクッキーを二人で食べるという未来への約束をする。
そして、ナックルズはルージュ経由で、シャドウを助けるため、人間社会の中へ自ら飛び込んでいく。
ギリアンの町は象徴的です。
汚れた空気。治安の悪さ。アンダーグラウンドな雰囲気。欲望渦巻く夜の町。
ナックルズの守護する聖域(エンジェルアイランド)とは真逆の要素です。
現実の中に生きる人間たちの、欲望の消費社会。そこへ聖母が戦士として立つ。
ここで、「反究極生命体=シャドウを殺すための存在=世界の脅威」が登場します。
シャドウの存在そのものが世界の厄災になり得るという事です。
シャドウは究極生命体として、「この世に生まれ落ちた罪」を孤独に背負っています。
自身が究極生命体であるが故に、世界に厄災をもたらすかもしれない。
その原罪に対するシャドウの孤独を、ナックルズは感覚で理解し、支えようとするのです。
シャドウは自分自身を厄災の中心=危険な存在だと考え、ナックルズから距離を取ろうとする。しかし、ナックルズはその孤独を感じ取り、支えるために地上に降りる。
聖母と冥界の断罪者の、善意のすれ違いがここで起きています。
そしてナックルズは女装して悪徳地下クラブへ潜入を開始する。
聖母の商品化・性的消費化です。

ルージュは人間側の社会・恋愛を象徴する立場として、現実を背負い、バランスよく立ち回ります。
キュイは観測者として、ナックルズを冷静に客観視しつつ、過剰に入れ込みません。ただ見て、評価して、説明する。
そうしてナックルズはシャドウのために危ない橋を渡ろうとする。
シャドウはそれを知らせないまま。
第7話に続きます。