後日譚 Ⅰ 休息の彼方

晴天のエンジェルアイランド。

テイルスの愛機・トルネード号がふわりと島の東端に着陸した。

島の台地に降り立ったのは、ソニック、テイルス、エミー。

⋯⋯そして、キュイ。

「ナックルズの代わりに、ひとまず俺が言っておくぜ。美しき古代の楽園・エンジェルアイランドへようこそ、キュイ」

ソニックが両手を広げて得意げに言い放つ。

シャドウの同僚、諜報役のキュイ──静かな金色の瞳をした白猫の男は、表情を変えずに淡々と返した。

「お招きにあずかり、光栄だ」

ナックルズがキュイへ向かって、「お前も島に来るなら、歓迎するぞ」と以前言った事を、キュイは覚えていた。

キュイは適当な社交辞令を述べてかわす事もできたが、やらなかった。

“今度、有給が取れたらな”

まっすぐすぎるナックルズの瞳をかわしきれずに、つい好意を受け取ってしまった。

(宣言した以上は、実行するのが筋というものだ)

キュイはシャドウとナックルズの関係が良好らしいとルージュから聞き出し、ソニック経由でナックルズへメッセージを伝え、島で開かれるBBQパーティーへ参加する事にしたのだった。

全員でBBQ用の荷物を運び、祭壇のある方向へ向かう。祭壇の見える草原で、ソニックの号令に従い、BBQのキットを組み立てていると、祭壇の頂上に見える赤い点が動き、こちらへやって来た。

「よう、お前ら。⋯⋯キュイ、よく来たな。歓迎するぜ」

キュイはナックルズに向かって静かに挨拶する。

テイルスが気を遣ってナックルズに言った。

「キュイに島を案内するんでしょ?BBQの準備は僕らでやっておくよ」

ナックルズがうなずき、遺跡群のある方向に身体を向けて、キュイの方を振り返った。

キュイは黙ってナックルズの後に続き、森の中にそびえる遺跡群の中へ足を踏み入れた。

木漏れ日の中を歩きながら、軽く会話を交わす。

「ナックルズ。変わらず元気そうだな」

「まぁな、いつも通りだ。キュイ、お前は相変わらず、忙しくやってんのか」

「他のエージェントたちと同程度にはな。シャドウは今日は来ないのか?」

前をまっすぐ歩いていたナックルズの肩がぴくりと動いた。それから、

「知らねぇよ、あんなやつ」

短く低い言葉が聞こえた後、二人の間に沈黙が落ちた。

キュイは眉ひとつ動かさずにナックルズの背中を見つめていたが、ナックルズはそれ以上は何も言わない。

森の中に響く小鳥のさえずりを聞きながら、キュイは、

「静かで、いいところだな」

とだけつぶやいた。

しばらく歩くと、大きな遺跡が木々の隙間から見えてきた。

視界が開けて、遺跡群の中に足を進める。

歩きながらナックルズが説明を始めた。

「これは全部、エキドゥナ族の遺跡だ。俺は毎日ここを警護して回ってる。野生の動物たちがたまに巣を作ったり、雨宿りしたり、獲物を隠したり、便利に使ってる」

「遺跡に手を触れてみてもいいか」

「おう」

キュイは古びた石柱に手を置いた。

苔むした石柱の姿が、この島が背負ってきた歴史の長さを雄弁に語っている。

「見事な遺跡だ。ただ、君のためには、ここが美しき遺物であるより、生きるための街であるべきだったのだろうが」

キュイは表情を変えないまま、静かに言った。

すると、ナックルズが目を細め、一歩近づき、言葉を放った。

「なぁキュイ。俺、シャドウと喧嘩したんだ」

沈黙が空気を支配する。

キュイは表情を凍り付かせ、背中でつぶやいた。

(まさか、また恋愛相談か)

ナックルズが何も言わずに、また一歩近づいてくる。

キュイは慌てて振り向き、無難な返答をした。

「⋯⋯そうか。だがまぁ、君たちの事だ。きっとすぐ仲直りできるだろう」

「シャドウが、勝手に俺の胸を舐め回してきて⋯⋯。それで、俺はついシャドウを殴っちまったんだ」

キュイは固まった。

ナックルズはうつむいて、地面をみつめている。

キュイは視線をそらし、考え、苦虫を噛み潰したような顔をした。

ナックルズに向き直り、思わず尋ねる。

「それはいつの話だ」

「昨日の夜だ」

キュイは目眩がした。

後ろによろけ、苔むした石柱に背中を預け、天を見上げる。

ナックルズはまた一歩近づき、必死な顔で訴えた。

「俺は、胸を噛んでもいいって言ったんだ。舐め回していいなんて言ってない。でも、シャドウは、胸を噛んでもいいのに舐めたら駄目だなんて理不尽だって怒りだして。それで俺は腹が立って、文句があるなら帰れって言っちまって。シャドウは本当に帰っちまったんだ」

キュイは追い詰められた顔でナックルズを見やった。

ナックルズがまた一歩近づき、キュイに迫る。

「なぁ、キュイ。お前はどう思う?俺の言った事って、理不尽なのか?」

キュイは背中を向け、石柱に顔を埋めてうめいた。

(俺は一体、唐突に何を相談されているんだ⋯⋯⋯)

ナックルズに顔を向け、控えめな声で辛うじて訴えた。

「⋯⋯ナックルズ。そういう話は、もっとこう⋯⋯その手の話が得意な相手を選べ。例えば、ルージュとか」

「ルージュは嫌だ」

ナックルズが即答する。

「⋯⋯。だったら、身近で親切な相手⋯⋯ソニックはどうだ」

「ソニックは絶対駄目だ」

ナックルズの顔を見る。鼻筋を赤くさせて、不機嫌そうに顔をそむけている。

(なるほど⋯⋯⋯)

キュイは考え、合点がいった。

ルージュはナックルズにとって年上の姉のような存在。

照れ屋でぶっきらぼうなナックルズが、身近で、大人びた女性のルージュにこういった性的な話を、自ら開けっぴろげに話せるとは思えない。

そして、ソニックも同様だった。

シャドウを除けば一番心の距離が近く、親友と呼べる関係の同世代の相手に、無骨な戦士気質のナックルズが、愛する相手に胸を舐められて喧嘩してしまったからどうしようなどと、らしくもない恋愛相談をできるわけがない。

(つまり、俺が一番丁度いいわけか)

年上の同性で、自分よりも経験や知識が豊富で、それでいて詮索もしない。

からかいもしない。親し過ぎもしない。

心の距離が遠い分、心の中に隠したままでいたい繊細な部分を見透かされる事がないので、恥も薄まる。

軽く息を吐き、振り向いて言った。

「シャドウと直接話し合えと言いたいところだが⋯⋯まずはナックルズ、君はシャドウと仲直りしたがっているという認識で合っているか?」

ナックルズが少し考えるように間を置いて、こくんとうなずいた。

キュイは続ける。

「取れる選択肢はみっつ。君が小さな事で怒って悪かったと謝罪するか、何故理不尽だと思ったのか尋ね、議論するか、⋯⋯あるいは、許可していない方法で接触したシャドウに謝罪を要求するか」

ナックルズが腕を組んで、考え込んだ。そして答える。

「俺は譲れねぇ。胸を噛んでもいいが、舐め回すのは駄目だ。なんかムズムズするからだ」

「ムズムズ?」

「か、身体がなんかおかしくなるから、駄目だ」

キュイが聞き返すと、ナックルズが少しどもりながら、早口で答えた。

キュイは少し考えて、その意味をなんとなく察した。

(性感を刺激させられて、未知の感覚に対する恐怖がわいているという事か)

「君の感覚は間違いではない。要するに、君はシャドウと触れ合いたいが、ゆっくりと仲良くなっていきたいというわけだ」

「ゆっくり、仲良く⋯⋯⋯」

ナックルズが顎に手をやり、眉間にしわを寄せ、しばらく考え込んだ。

そしてキュイに顔を向け直して言った。

「シャドウは最近、すぐ変になるんだ。俺が右腕を噛んでいいって言ったら、わきの下に顔を突っ込んだり。あいつが身体をくっつけてもいいかって言うから、いいぞっていったら、俺を突き飛ばして、下腹に股を擦りつけてきたり⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯⋯」

キュイは苦い顔で黙り込んだ。

同僚の、しかも世界政府が戦力として重宝しつつ監視・管理対象に指定している危険な存在──究極生命体・シャドウの、あまりに生々しい性事情を、相手のナックルズ経由から聞いてしまったのだった。

「⋯⋯ナックルズ。君は、性交についての⋯⋯」

「よう二人とも、肉が焼けてきたぜ!さっさと戻って来いよ!何の話してんだ?」

突然横から入ってきた明るい声に、キュイとナックルズは飛び上がった。

ソニックが両手に肉の刺さった大きな串を掲げて、上機嫌で二人の間に割り込んできた。

ナックルズは慌ててキュイをつかみ、抱えて逃げ出した。

「ソニック!馬鹿野郎、今はこっちへ来るんじゃねぇ!」

ソニックが顔をしかめて、負けずに追いかけてくる。

「おい!なんで逃げるんだよ!肉が焼けたって言ってるだろ!テイルスとエミーが腹をすかせてお前らを待ってるんだよ!」

キュイがナックルズに抱えられたまま、ソニックに首を振って合図する。

ソニックが気付いて、思いっきり飛び上がると、ナックルズの前に立ちふさがり、両手にもった串を笑顔で差し出した。

「⋯⋯せっかくの遺跡観光だ。肉でも食べながら観て回れれば最高だろ?気が済んだら、すぐに戻ってこいよ」

ナックルズとキュイに一本ずつ串を握らせると、ソニックは早々と元来た方向へ走り去っていった。

遺跡群の端の崖の上に立ち、串に刺さった肉を頬張りながら、再び会話を始める。

「⋯⋯君は、シャドウとどこまでつながりたいんだ」

「どこまでって⋯⋯」

「シャドウは君とつながりたい。ぴったり一緒にくっつきたいのさ。でも君は、身体がムズムズするようなつながり方は望んでいないんだろう」

ナックルズは肉にかぶりついて、モグモグと口を動かし、考えた。

「シャドウは俺の心を守りたいと言ってくれた。だから俺は、嫌な事は嫌だと言う」

崖の下のはるか霞んだ先に、地上の世界が広がっている。

冷えた風が下から吹き上げ、二人の顔を撫でた。

「シャドウが、俺の全てが欲しいっていうから、いいぜって言った事もあるんだ。でも、勝手に簡単に差し出すなって、怒られちまった」

風がナックルズの赤いドレッドロックを揺らす。

崖の下の霞んだ世界を見下ろしながら、ナックルズが続ける。

「考えてみりゃあ、シャドウのやつ⋯⋯全部あげようとしたら怒り出すし、右腕を噛ませてやろうとしたらわきに頭突っ込むし、胸を噛んでいいって言えば勝手に胸を舐めまわすし⋯⋯あいつ、言ってる事とやってる事がめちゃくちゃじゃねぇか。くそ、なんか段々腹が立ってきたな」

「一歩踏み出してみれば、何か変われるんじゃないのか」

キュイの言葉に、ナックルズが顔を上げる。

キュイの方を見つめてくる。キュイは淡々と告げる。

「シャドウと触れ合った時に身体がムズムズするのは、君が、知らない事は危ない事だと思い込んでいるからだ。⋯⋯君は強い。試しにムズムズする事にも挑戦してみて、それで本当に嫌なら、その時は改めてシャドウを殴り飛ばしてしまえばいい」

ナックルズは、肉の刺さった串を持つ右手を眺め、しみじみと言った。

「⋯⋯そうだよな。俺にはこの拳がある。シャドウが望むなら、正面から受けて立ってみればいいんだよな」

キュイは静かに笑って言った。

「俺が今、余計な事を言ったせいで、シャドウの顔に痣が増えるかもしれないな」

「痣が怖いなら、そもそも俺に近付くんじゃねぇよ」

ナックルズは鼻を鳴らして、串に残った最後の肉にかぶりついた。

その時、ソニックが叫びながらやって来た。

「おーい!そろそろ戻って来いって!肉がどんどん焼けてきてるんだからさぁ」

「ソニック!こっちへ来るなって言っただろ」

ナックルズが動物でも追い払うように、雑にシッシッと手を振った。

ソニックが肩を怒らせて近づきながら言い返す。

「シャドウも来てるんだよ!お前を探しに行くでもなく、BBQに混ざるでもなく、暗い顔して木の陰に立ってこっちを見やがるんだ。どうせお前ら、また馬鹿みたいな喧嘩してんだろ!」

キュイが吹き出しそうになって顔をそむけた。

ナックルズが眉をしかめて拳を握りしめた。

「くそ、来たなら来たで、正面から来やがれってんだ」

それからキュイを振り返った。

「ありがとな、キュイ。俺はシャドウの所へ行く。お前はソニックたちとゆっくりBBQでも楽しんでてくれ」

そう言ってナックルズは、二人を置いて走り去ってしまった。

ソニックは頭をかき、ナックルズの去った方向を見つめながら言った。

「なんだよあいつ、パーティーのゲストをほったらかしにしやがって」

「そのうちシャドウと二人で戻ってくるさ。戻って、俺も肉を焼くのを手伝おう」

キュイはソニックと共に、テイルスやエミーと合流し、BBQをしながらナックルズとシャドウが戻ってくるのをのんびり待った。

キュイが焼けた肉の刺さった串をテイルスとエミーに配っていると、森の奥から怒号が響いてきた。

ソニックがびっくりして肉を落としそうになる。そして、キュイの方を見た。

キュイはうなずき、テイルスとエミーに、気にするな、俺が様子を見てくると告げ、森の中へ入っていった。

すぐにソニックが追いかけてくる。

二人で怒号の聞こえた方へ向かうと、ナックルズとシャドウが、森の中で座り込み、怒鳴り合いの喧嘩をしているのが見えてきた。

「なんでそうなるんだよ!」

「君がやってもいいと言ったんだ!」

キュイが黙って半目になる。

ソニックが肩を落としながら、遠慮がちに割って入った。

「なぁ、お前ら。島中に響き渡る大声で仲良く喧嘩中なところ悪いけど、何が起こったのか聞いてみてもいいか?」

聞かれるまでもなく、ナックルズが被せ気味に叫んだ。

「俺は胸を舐めてもいいって言ったんだ!股を舐めていいなんて言ってねぇ!」

「胸を舐めていいんだから当然流れで他の場所も舐めるに決まってるだろう!」

ソニックが顔に手を当ててひっくり返った。

キュイは目を閉じ、淡々と告げた。

「いくところまでいくのも、時間の問題だな。ソニック、この先の見守りは君の役目だ。俺はいつもの場所に戻る」

踵を返し、ソニックを置いて、テイルスたちの元へと戻って行った。

シャドウとナックルズが仲良く怒鳴り合う前で、ひっくり返ったままのソニックが天に向かって嘆いた。

「頼むから、祝福するのか、止めるのか、俺の仕事はどっちかひとつだけにさせてくれよ、お前ら⋯⋯⋯⋯」