滅亡世界・クアンタ。
暁の船団がかつて暮らしていた、大規模な魔法戦争により瘴気に侵され、滅亡した世界。
今は、暁の船団の師団長・ジークの主導により、バイオエネルギーを利用した本格的な世界再生と人類の移住計画が実行に移されていた。
ジークは、エンジェルアイランドへ赴き、ナックルズをクアンタに作られたバイオエネルギーの生成拠点へと招待した。
「へえ、もっとバイオエネルギーなんちゃらって、なんか難しい事やってんのかと思ったが⋯⋯随分、原始的な方法で頑張ってんだな」
滅亡世界・クアンタの片隅にある、赤い結界に守られた小規模な拠点。
ナックルズがキョロキョロしながらそこらじゅうを練り歩いている。
球体の結界に守られた、公園ひとつ分くらいの小さな拠点の周囲に、ココヤシの木に似た、背の高い植物が並んで生えている。
「結界の外に飢えているのは、リオスの木といって、研究者たちが必死の思いで開発した、人工植物だ。瘴気を食らい、無毒な気体を生成する。そこからさらに、別の複数の人口植物で大気のバランスを再調整し、生物の住める環境へと作り変えていく」
ナックルズの背後で、ジークは淡々と説明した。
ナックルズがリオスの木を見上げ、顎を撫でながらうなる。
「うーむ、やっぱ、見た目以上に難しい事やってんだな」
「現在、人が済めるのはこの結界の中の拠点のみ。まだまだ、真の創世にはほど遠い。⋯⋯外に出て、リオスの木を近くで見てみるか?」
「おう。できるなら、木に登って、てっぺんからの眺めを楽しんでみたいところだぜ」
ジークは笑って、木が折れるからやめろ、と言いながら、ナックルズと自分の身体に赤い結界を張った。
拠点の外で、ナックルズはリオスの木を見上げながら、あちこちを走り、岩場を上り、滑空し、自由に動き回った。
「へへっ、広くて岩まみれでリオスの木が頑張ってて、いいところじゃねぇか」
「お前らしい率直な物の見方だな。⋯⋯ところで、シャドウはお前に随伴しなくてよかったのか?やつからすれば、俺とお前が二人きりで行動するというのは⋯⋯」
「いいんだよ、シャドウの事なんか」
ジークの心配の言葉を、ナックルズの不機嫌な声がさえぎる。
ジークは怪訝な顔でナックルズを見た。
ナックルズが視線に気付き、足元の小石を適当に拾って、遠くに投げ飛ばしながら言った。
「どうせシャドウは俺の考えなんてどうでもいいんだろ。何度言ったって、なんにも伝わらねぇし」
ジークは腕組みをしてナックルズに言った。
「なんだ、その、やけになったような言い草は。とうとうシャドウに捨てられたのか?⋯⋯それとも、望まぬ拷問でも受けたのか。痛みがあるなら、治癒魔法でもかけてやろうか」
ナックルズが慌ててジークに向き直る。
「そ、そんなわけあるか!すっ⋯⋯捨てられてねぇし拷問も受けてねぇよ!お前の頭の中は一体どうなってんだよ!」
「捨てられても拷問されてもいないなら、何をそんなに荒んでいるんだ」
「け、喧嘩したんだよ。何度言っても、シャドウが俺の言う事聞かねぇんだ」
ジークは黙ってナックルズの横顔を見た。
不貞腐れてはいるが、絶望した様子はない。
「お前はシャドウに何を要求して、どう突っぱねられたんだ」
ジークの問いに、ややあってからナックルズが答えた。
「⋯⋯隣りに立ってもいいかって言うから、いいぞって言ったら、抱きついてきて、下半身を擦り付けてきたり。背中を撫でてもいいかって言うから、いいぞって言ったら、後ろから尻を揉まれたり。腰に触れてもいいかって言うから、いいぞって言ったら⋯⋯ま、股の間をまさぐってきたり。俺がいいぜって言った事と、全然違う事ばっかしてくるんだよ」
ジークは黙りこくって、悲しそうな顔をした。
(⋯⋯⋯つまりお前ら、未だに契っていないのかよ⋯⋯⋯)
ジークは雌伏の谷で、シャドウと戦って敗れて以来、シャドウを決闘の勝者だと思っていた。
シャドウは命を懸けて自分と戦い、勝利し、ナックルズを元の世界へと連れ戻した。
ならば、ナックルズはシャドウの番(つがい)。二人は結ばれる運命にある。
しかし、未だに身体を触れた・触れないで喧嘩するという事は、正当なる契り──つまり、性交をしていないという事と同義だった。
ジークは肩を落とし、深くため息をついて言った。
「お前も、シャドウを本当の番だと思うなら、いい加減そのくらいの触れ合いは⋯⋯」
言いかけて、言葉を止める。
「⋯⋯いや。⋯⋯まぁ、お前が正しい」
ジークは首を振って訂正した。
姿勢をただし、まっすぐナックルズに向き直る。
「⋯⋯契る事と犯す事は違う。正当な番なら、互いに事前に誓い合い、堂々と差し出し合うべきだ。たとえシャドウが相手でも、一方的に犯され蹂躙されるくらいなら、舌を噛みちぎって死んでやるというお前の純潔、俺がこの身をもって肯定してやろう」
静かに目を閉じ、両手を掲げ、大げさな身振りでナックルズに告げた。
「ぶ、物騒な事を真顔で言うんじゃねぇ!よくわからねぇが、シャドウはそんな失礼なやつじゃねぇよ!」
慌てて怒鳴り散らすナックルズの言葉を受けて、ジークは言った。
「そうだな。お前とシャドウは、世界に愛されるべき、真の正当なる番だ。契るからには、正面から、まっとうな所作で、美しき契りを交わすべきだ。⋯⋯そうだな⋯⋯俺がお前たちにふさわしい、高潔な契りの場を見繕ってやろうか」
「やめろ。何言ってるかわからねぇが、俺が望んでない事をやろうとしてるのはわかる」
ナックルズが青筋を額に浮かべて低い声で拒んだ。
ジークは短く息を吐き、半目で答える。
「だったら自分たちで、早々に正式な契りの場を設けるんだぞ。わかったな」
「わからねぇけど、シャドウのために必要な事があるなら、それはその時堂々と受けて立ってやるよ」
ナックルズの堂々たる返答に、ジークは満足してうなずいた。
それから、ジークは転送の魔法を使い、ナックルズを元の世界の、エンジェルアイランドまで送迎した。
時空の歪みから、二人そろってエンジェルアイランドの大地へ降り立つと、ちょうどシャドウがナックルズを探して島をうろついていたようだった。
シャドウが木の陰にさっと隠れ、遠目に二人を観察する。
「ああ、シャドウ⋯⋯」
ジークが挨拶しようと話しかけると、シャドウはカオスコントロールで時空の彼方へ逃亡してしまった。
ジークはうろたえて半歩前へ出る。
「ほっとけよ。きっと夜にまた来るぜ」
ナックルズは視線も向けずに、祭壇の方へと歩き出した。
「シャドウのやつは、何故逃げたんだ」
「お前がいるからだろ」
「お、俺がいると何故逃げるんだ。やつは決闘で俺に勝った。お前の正当なる番だぞ」
ジークは信じられないといった表情でナックルズに食らいつく。
ナックルズは気まずそうに顔をしかめる。
「あー⋯⋯えーと⋯⋯まぁ、俺と二人っきりじゃないと、色々あった時、お前に文句言われたくないんだろ」
途端にジークの表情が険しくなる。
「俺が文句を言いたくなるような問題行動を、やつは俺に隠れながら、お前にやっているという事か?」
「べ、別に⋯⋯シャドウはそういうやつなんだ。問題ねぇよ」
ナックルズは顔をしかめて目をそらす。
ジークは疑わしそうな顔でナックルズをにらんでいたが、やがて諦めて言った。
「いいかナックルズ。シャドウと契るなら、正当なる方法で、美しき場所で、美しき手順を持って契るんだぞ。絶対にだぞ!」
「し、知らねぇって。⋯⋯ったく、うるせぇなぁ」
ジークはクアンタに帰ろうとしたが、二人の事がどうしても気になって帰るに帰れない。
悩んだ末に、ナックルズからとある情報を聞き出し、セントラルシティへと降り立った。
「泊めろ」
ソニックの目の前で、突然現れた珍客が、そう短く言い放った。
「よう⋯⋯えーと⋯⋯久しぶりだな、ジーク。なんで俺の家知ってん⋯⋯なんだって?!」
「泊めろ。一晩、お前の家に」
「はぁ?」
セントラルシティの繁華街近くにある、ソニックが住んでいるマンションの部屋の前。
星がまばらにまたたく夜空を背にして、 ジークは淡々と言い放った。
「シャドウはナックルズに、一方的に不埒な事をしようとしているかもしれない。明日朝一番で島に向かって、白黒はっきりつけさせてやる」
ソニックは目をくるくると動かしながら、高速で頭を回転させた。
ジークたちがかつて住んでいた滅亡世界・クアンタが、シャドウの手助けによって創世に向かいつつあるという話は、エンジェルアイランドで、みんなで一緒にフルーツジュースを飲んだ時、ジーク本人から聞いていた。
今日も恐らくナックルズに会いに島へやってきて、その流れでシャドウとのトラブルを聞き、ナックルズからソニックの住所を聞き出し、ここまでやってきたのだろうとソニックは考えた。
「確かにシャドウは最近⋯⋯まぁ、不埒なアレコレをやらかしちゃあ、ナックルズを怒らせてるみたいだけどな。そんなにナックルズが心配なら、エンジェルアイランドにナックルズが使ってる小屋があるから、そこに泊めさせてもらって、二人を見張ってればいいんじゃないか?」
「シャドウとナックルズは正当なる番だ。ナックルズと強い因縁のある俺がナックルズの島に泊まるのは、不貞にあたるだろう」
「不貞ねぇ⋯⋯俺の家には泊まってもいいのか?」
「お前とは何の因縁もない。雌伏の谷やクアンタへいちいち戻るより、お前の家に泊まる方が、無駄な魔力の消費がなくて済む」
ジークは真顔でソニックに言い放つ。
ソニックはしかめっ面で、わざとらしく口を尖らせてみた。
コルタリア国では、女神の顕現のために磔にされてボロボロになっていたジークを、ソニックは甲斐甲斐しくサポートし続けていた。
走れないジークを抱えて走り、背中に乗せて飛び回り、ジークの代わりにシャドウとナックルズから殴り飛ばされもした。
それでも文句ひとつ言わずに手助けし続けたのは、自分の世界のために命をかけて孤独に戦い続け、ナックルズに出会い、ナックルズを庇ってボロボロになっていたジークに、何か感じるものがあったからだった。
孤独で報われないジークのために、黙って身体を張り続け、やっとジークの世界の創世が成りそうだと聞き、ソニックは密かに喜び、胸に祝福の気持ちを抱いていた。
それなのに、そのジークから、「何の因縁もない」の一言で片づけられてしまっては、流石のソニックも面白くはない。
「⋯⋯因縁がないなら、俺がお前を家に招きいれてやる義理もないって事になるんだけどなぁ」
ジークが一瞬、傷付いたような顔をした。
「迷惑ならいい。魔力の消耗を鑑みると、転送の魔法は濫用したくない。今日はそこらで野宿する」
背中を向けて立ち去ろうとするジークを、ソニックは慌てて引っ張り、部屋に招き入れた。
「冗談だって。この街だって、平和そうに見えて、夜はならず者や暴れん坊の酔っぱらいが結構いるんだぜ。魔法をぶっぱなして、警察署でのんびり一泊したいってんなら、止めないけどな」
「⋯⋯⋯」
「夕飯食べたか?美味しいチリドッグの屋台がすぐ近所にあるんだけど」
「もう寝る。夜が明ける頃には、島へ戻るぞ」
(もしかして、俺も同行する前提⋯⋯?)
ソニックは内心うろたえたが、何も言わずに廊下の先のドアを開けた。
シンプルなインテリアでまとめられたワンルームの部屋には、青いベッドとソファが置かれ、ローテーブルには飲みかけのコーラが立っている。
ジークはためらいもなく青いベッドにするりと入り、枕を引っ張り込んで布団の中に潜り込んだ。
「いや、ちょっ⋯⋯お前⋯⋯!」
当たり前のようにソニックのベッドを使うジークに、ソニックは全力で突っ込もうとした。
ジークが布団の中のくぐもった声で言う。
「何の因縁もないという表現は、流石に無礼が過ぎた」
ソニックは少し間を置いて、ソファにのけぞって座り、笑って返した。
「石頭のナックルズに振り回され続ける因縁を持つ者同士だしな、俺たちは」
「シャドウに並び立つ実力を持ちながら、ただ友のためだけに命を懸けて戦う侠気を胸に抱くお前ほど、頼もしい存在も他にない」
ソニックは、ジークの入った布団の膨らみを眺め、心の内で納得した。
(そんな風に思ってたから、俺を頼って家まで来て、こうしてベッドを占領してくれてるってわけか)
ソニックは甘酸っぱい気分になって、つい顔をそらした。
もう一度、遠慮のないベッドのふくらみを見返してみる。
そのふくらみが妙に可愛らしく思えてきて、ちょっかいを出したい気持ちに駆られたが、思いとどまった。今はきっと、そっとしておいてあげた方がいい。
ソニックはなんでもないふりをして電気を消すと、ソファに寝転がり、目をつむって言った。
「明日早く島に行って、問題が解決したら、一緒に美味いチリドッグでも食べようぜ」
「舐めていいなんて言ってねぇ!」
「⋯⋯どこを舐められたんだ」
黙りこくってそっぽを向くシャドウに向かって怒鳴り散らすナックルズに、青い顔をして横から尋問するジーク。
ソニックは、少し離れたところで三人を見守りながら、大きな欠伸を放った。
早朝のエンジェルアイランド。
ソニックとジークが島について早々、小鳥のさえずりの代わりに、ナックルズの怒鳴り声が森の中から響いてきたのだった。
ジークは森の中へ飛び込み、シャドウとナックルズの間に割り込んだ。
ナックルズは興奮してシャドウをにらみつけていたが、ジークはナックルズの両肩をつかみ、もう一度低い声で尋ねた。
「ナックルズ。言え。どこを舐められたんだ」
ナックルズはようやくジークに気付き、ジークとシャドウを交互に見た。
それから、口元をひくつかせ、どもりながら答えた。
「な、舐めていいなんて言ってねぇ」
「だから、どこをだ」
ナックルズが鼻から頬を真っ赤に染め、目を泳がせて黙り込む。
シャドウが唐突に大声で叫ぶ。
「触っていいと言ったんだから、そこを舐めたっていいはずだ!」
「だからどこを舐めたんだぁーっ!」
ジークが両目を見開いて叫び返した。
ソニックはため息をついて一歩前に出た。
「ナックルズ。どこをどうして、どうされたかなんて、俺は聞かないぜ」
「拷問してでも聞け!」
ソニックが怒髪天で暴れようとするジークの口を押さえて黙らせる。
「その代わり。⋯⋯シャドウにあれこれされて、嫌だったのか?」
「う、うるせぇ。俺とシャドウの問題だろ。余計な口出しするんじゃねぇ」
「わかったよ。何かあれば、いつでも俺に言えよ」
「なんにもねぇって。いつも通りだよ」
シャドウが短く息を吐き、三人に背を向け、去ろうとした。
咄嗟にジークが飛び出し、その肩につかみかかる。
「よくもナックルズに向かって不当に不埒な真似を!」
シャドウが容赦なく反射でジークの頭をつかみ、足を払って地面に転がした。
そのまま上から手刀で襲い掛かる。
ソニックが飛び込み、スピンアタックでシャドウを弾き飛ばした。
ジークはソニックにしがみつきながら、シャドウをなじる。
「この卑怯者!ナックルズが欲しいなら、正々堂々と正面から契りやがれ!」
ソニックはジークを支えて立たせながら、シャドウに向かって構えなおした。
シャドウはぶつかった木にもたれかかったまま、ソニックをにらみつける。
「どけ、ソニック。何故そいつを庇う」
「らしくもないな、落ち着けって。ジークはナックルズの事を心配してるだけだ。お前を怒らせたいわけじゃないぜ」
シャドウは何も答えず、カオスコントロールを発動させ、次元の向こうへ消えていった。
ソニックはナックルズの方を見た。
「ナックルズ、大丈夫か?」
「何がだよ」
「いや⋯⋯シャドウ、行っちまったぞ」
ソニックの心配をよそに、ナックルズは鼻を鳴らしてなんでもない顔で言った。
「夜にはまた来るぜ。それでまた、右腕を噛ませろって言いながらわきに頭突っ込んで、胸を噛ませろっていいながらへそを舐めまわして、股を⋯⋯⋯股を、くそっ、なんでもねぇ。とにかく、問題ねぇんだよ」
「あるだろ!股がどうした!続きを言え!それ以上触れ合うなら、ちゃんと誓い合って正当な美しき契りを互いに交わせ!真向から丁寧にきちんと抱き合え!」
めちゃくちゃに手足を暴れさせて叫ぶジークを抱えて、ソニックは島の東端まで走っていった。
「⋯⋯ジーク。気持ちはわかるけど、ナックルズ自身が俺たちに助けを求めてるわけじゃない。ど、どうみても危なっかしいけど⋯⋯べっ、別にいいじゃないか」
「いいわけあるか!ナックルズは勇敢な古代の戦士で、シャドウはナックルズを救うために命を懸けた高潔な騎士だぞ!それがなんで何も知らない処女の乙女とその貞操を狙う陰湿なすけべ親父みたいな事になってんだ!何故堂々と美しき正当な契りで抱き合わない!」
ジークが涙目でソニックに訴えた。
「お、落ち着けよ⋯⋯とりあえず、チリドッグでも食べながら、一休みしようぜ」
セントラルシティへ戻ったソニックは、ジークを行きつけのチリドッグ屋へ連れて行った。
「何故舌を痛めてまで辛い物を食わないといけないんだ」
ジークはソニックが手にしたチリドッグを苦々しげに見つめながら、ミルクのたっぷり入ったカフェオレを口につけた。
それから、周囲をゆっくりと見渡し、しみじみとつぶやいた。
「賑やかな街だな。創世のための器を探して、次元を超え、あらゆる世界を見てきたが⋯⋯ここは豊かで、美しい世界だ」
「クアンタだって、きっとそのうち、ここと似たような賑やかな世界になるさ」
ソニックが軽い口調で言った。
ジークは暗い表情で視線を落とし、低い声でつぶやく。
「こんな美しい世界を、俺と暁の船団は、自分たちの勝手な都合で、上書きして壊そうとしてしまった⋯⋯⋯」
カフェオレの入ったカップを置いて、ジークは悲痛な顔でソニックを見た。
「俺はこの世界に対して、償いをする必要がある。ソニック、俺に出来る事があるならば、俺はいくらでも⋯⋯⋯」
「よーし、デートしようぜ、ジーク。お前が出来る事は、まずこの美しき世界を堪能する事だ」
ソニックは立ち上がって、残りのチリドッグを口の中に放り投げた。
それから、ジークを連れ出し、セントラルシティのあちこちを練り歩いた。
ゲームセンター。
美味しいクッキーが売っているスイーツショップ。
街の片隅にある小さな遊園地。
どこへ行っても、ジークは浮かない顔でソニックの後ろをついてくる。
「なぁジーク。クアンタって、滅びる前は、どんな世界だったんだ?」
「緑に囲まれる、自然豊かな美しい世界だったそうだ。俺は小さかったから、ほとんど覚えていないが⋯⋯赤い花が咲き乱れる真っ赤な庭園を、母上と歩いていた記憶はある」
「赤い花か⋯⋯そうだ!」
ソニックは、街の南にあるカレイドパーク内の植物園へジークを連れてやって来た。
まっすぐ進んで、最奥部にある庭園へと進む。
木々に囲まれた緑の通路を抜けると、真っ赤な薔薇の咲き乱れた、円形の赤い庭園へとたどり着いた。
「⋯⋯⋯この花は⋯⋯⋯」
「薔薇の花って言うんだけど、どうかな?俺は結構好きな花なんだけど」
ジークはしばらく立ち尽くして、周囲に咲き乱れる真っ赤な薔薇の花を見つめていた。
薔薇に近付き、そっと花びらに触れ、つぶやいた。
「母上は赤い花が好きだった。俺は母上に花を摘んで差し上げようとして、叱られた。誰かが大事に育てた花だ。触れずに、摘まずに、ただ愛でろと」
ソニックは静かに言った。
「花なら、確かにそうかもな。でも、触れなきゃ、ぶつかってみなきゃわかんない愛ってのもきっとあるぜ。シャドウは、この庭園でナックルズと喧嘩して泣いて、飛び出していったんだ」
「⋯⋯あのシャドウが?泣いた?何があったんだ」
ジークがソニックに詰め寄る。
ソニックは肩をすくめて笑った。
「さあな。でもきっとみんな一緒さ。触れあってみなきゃわからない。ぶつかってなきゃ、何が悪いかなんて、わからない。例えば、俺たちだって⋯⋯」
「ナックルズが心配だ。さっさと帰るぞ。明日こそシャドウに一言言ってやる」
ソニックはジークの頬に優しく触れかけたが、真顔でジークが言い放った。ソニックは驚いて固まった。
「帰るって、どこに⋯⋯」
「お前の家に決まっている。明日も早朝から島に行って、ナックルズの様子をみる。必要とあらば俺がシャドウに一言言って、正当なる美しき契りの場を、やつらのために、俺が見繕ってやる」
ソニックが脱力して言った。
「あのなぁ、ジーク。お前がこの世界に償いをだなんて、思いつめたような事言いだすから、俺はお前を励ますために⋯⋯」
「世界よりもナックルズだ。世界を守るより先に、まずはナックルズの貞操を守る必要がある。次に正当なる契りの場を用意する。世界への償いについては、その後だ。急いで帰ってもう寝るぞ」
ソニックがさらに何か言いかけたが、構わずジークはソニックの腕を引っ張り、ソニックのマンションへと戻っていった。
夕食を近所の屋台で食べて、順番に入浴を済ませると、二人は早々と寝る準備に入った。
ジークはさっさとベッドに潜り込む。
ソニックは、昨日と同じくソファで寝ようとしたが、少し考えて、布団をめくり、ジークの隣りに滑り込んだ。
ジークは顔を上げてソニックを見上げたが、なんでもない表情ですぐに顔を戻し、ソニックの真横に身体をぴったりくっつけて丸くなった。
ソニックはつい眉をしかめた。しかし、あきらめずにジークの肩に手を置き、強く抱き寄せてみた。
ジークは抵抗もせず、ソニックの腕に頭を預けながら、緩やかに欠伸をした。
ソニックはつい声を荒げて突っ込んだ。
「お前さぁ!」
「なんだ!」
ジークは再び顔を上げてソニックを見上げる。
ソニックはじっとジークを見つめたが、ジークは不思議そうに首をかしげた。
頭をかいて、無自覚かよ、とつぶやき、ソニックはジークに顔を近づけた。
「ナックルズの事ばっかりじゃなくて、自分の事だってちゃんと考えないと、すぐに大変な目にあうぜ。例えば⋯」
ソニックはそのまま顔を落として、ジークの鼻にキスをした。
「⋯⋯⋯⋯」
ジークがぽかんとした顔でソニックを見る。
それから、
「なっ!」
数秒遅れて飛び上がり、慌てて逃げ出そうとした。
「おっと。そもそも、自分から飛び込んで来たんだろ。せっかくなんだから、俺とちょっと遊ぼうぜ」
ソニックは器用にジークを捕まえ、いたずらっぽく笑い、ジークをひっくり返した。
そのまま勢いよく頬にキスをする。
「な、な、な⋯⋯⋯」
ジークが真っ赤になって起き上がろうとする。
ソニックが笑いながら肩を抑えて、耳元でささやいた。
「なんだよ、慣れてないのか?」
「ふふふ、ふざけるな。夜の経験くらいある。おおお、お前とそんな事になるなんて、俺は、そんなつもりは⋯⋯⋯」
ソニックが楽しそうに肩を揺らして笑いかける。
「じゃあ今から検討してみてくれよ。俺とナックルズ、どっちがいいのか、比べてくれてもいいぜ。だからまずは俺と試しに⋯⋯⋯」
「ひゃめろ!ちがっ、お、俺はそんな、どっちも、比べるなんて⋯⋯⋯」
今度は目元にキスをする。
ジークが真っ赤な顔のまま、震えてかがみ込んだ。
ソニックが動きを止めてのぞきこむ。
「そのついばむような口づけは、やめろ⋯⋯⋯」
「何ならいいわけ?」
「か、身体が欲しいならくれてやる!」
ジークは手足を大の字に広げると、目をつぶって叫んだ。
ソニックは驚いてのけぞり、うめくように言った。
「キスは駄目なのに、身体はいいのかよ⋯⋯」
ため息をついて、首を左右に振る。
「ナックルズの心配するより前に、自分の貞操の心配しろよ、マジで」
ソニックはジークの頭をポンポンと撫でると、そのまま隣りに倒れ込み、目を閉じた。
ジークはうろたえ、ベッドから抜け出そうとしたが、ソニックに腕をつかまれ、抱きしめられた。
「寝ようぜ。明日はナックルズの所へ行くんだろ」
「わ、わかったから、離せ⋯⋯⋯⋯」
翌日。
エンジェルアイランド。
鼻筋から頬を真っ赤にして、涙目で座り込むナックルズ。
ひざまずいて困った顔をするシャドウ。
「先っちょだけって言ったのに!」
「す⋯⋯すまない、勢いあまって、つい⋯⋯」
ジークが真っ青な顔で立ち尽くした。
ソニックが顔を背け、遠い目をする。
「おい。⋯⋯⋯おい、つまり、どういうことだ⋯⋯⋯」
「あーもういい。おめでとうお前ら。いくぞジーク」
ソニックが諦めて雑に祝福し、ジークの腕を引っ張って立ち去ろうとする。
「先っちょをどこにどうしたんだ!言え!実演しろ!二百字以内の文章にして報告しやがれぇぇ!」
涙目でジークが絶叫する。
ソニックがジークを抱きしめながらナックルズに向かって叫んだ。
「もーいいって!あとナックルズ!そんなの絶対先っちょだけで済むわけないんだから、先っちょだけ宣言で騙されるのはそれっきりにしとけぇ!」
エンジェルアイランドに温かな風が吹く。
森の木々は優しく揺れ、小鳥が歌うようにさえずる。
ナックルズがスン、と鼻を鳴らして涙をぬぐう。
シャドウがそっと右手に触れた。
森の中で、二人は黙って手を握り合う。
言葉はない。
ただ、二人の手が、共に温もりを分かち合っていた。