第1話 「君の何かになりたい」

マスターエメラルドを包む風が、少しだけざわついている。

孤高の浮島、エンジェルアイランドで、ナックルズはいつも通り、祭壇の近くで見張りを続けていた。

今日もここは、ナックルズにとって、自分の守るべき場所だった。

「君の島の上空付近で、妙な連中がうろついているという報告がある」

ある日、唐突にやって来た来訪者が、不吉な情報を持ち寄ってきた。黒い毛並みを持つハリネズミ――シャドウが、腕を組んだままナックルズの側に立つ。

「妙な連中?」

「レジーナという女を知っているか。武器・防衛装備品製造業大手、マキシムカンパニーを裏で動かしている、半身機械の女だ」

ナックルズは首をかしげた。しかし、シャドウの眼差しから、それがただの小悪党ではないことだけは分かった。

「その女が、マスターエメラルドや、その守護者の君のことを嗅ぎ回っているらしい。戦闘用無人機を、あちこち秘密裏にばら撒いているようだ」

「俺のこの島を狙ってるってわけか?」

「可能性は高い。だから、早めに潰しておくべきだと思う」

ナックルズは鼻を鳴らし、拳を軽く鳴らした。

「お前がわざわざ報告に来るってことは、そいつら相当厄介なんだな」

「しかし、対処法は分かっている。やつの手下、該当の無人機の特徴は羽と銃と刃。飛行・斬撃・銃撃が主体だ。パターンさえ掴めば、この程度――」

シャドウが言い終える前に、空から硬質な機械音が降ってきた。

「あれか?」

「説明の手間が省けて何よりだ」

ナックルズは迷わず走り出した。

無数の黒い影が島の上空を支配する。翼を広げた無機質な無人機が、一直線に島へ降下してくる。

「ちっ、多いな!」

ナックルズは地を蹴り、先頭の一体に拳を叩き込む。金属がひしゃげる音共に火花が散る。背後から飛んできた銃撃を、ナックルズは紙一重でかわした。

一体を壊す間に、次の三体が飛び出してくる。

「マスターエメラルドには指一本触れさせねえ!」

吠えながら、ナックルズは次々と無人機を殴りつけた。その背後に、シャドウがふわりと着地する。

「数は多いが、戦闘能力は想定内だ」

シャドウが冷静に分析しながら、カオススピアを放つ。光の槍が、無人機の翼を次々と撃ち抜いた。

「右の三体は僕がやる。左の四体は君に任せた」

「言われなくても!」

二人の動きは、戦場に似つかわしくないほど滑らかだった。拳と光が交錯し、金属製の羽が空中で弾ける。

――この程度なら、大したことはない。

シャドウは、一瞬だけそう思った。事前に集めた情報と、実際の戦力に大きな差はない。数は多いが、パターンは単純だった。

シャドウが手前の機体を破壊しようと大きく身構えた瞬間、視線の奥側に見慣れない影が一瞬ちらついた。シャドウの視線がそこに向いた刹那――

背後で、金属音と、短い呻き声が重なった。

「⋯⋯ッ!」

振り向いたときには、ナックルズのすぐ側で、別種の無人機が銃口を光らせていた。

シャドウは地面を蹴った。空気が歪み、視界が伸びる。

次の瞬間、ナックルズの前に、シャドウの背中が割り込んでいた。

「シャドウ!?」

銃声と衝撃。熱い痛みがシャドウの肩を貫いた。

シャドウは歯を食いしばりながら、残った腕でイーターズの頭部を殴り飛ばした。

「⋯⋯油断した」

絞り出すような声が漏れる。ナックルズは、慌てて残った機体を破壊して、シャドウの元へ駆け寄った。

「おい、シャドウ!」

「大したことはない」

シャドウはそう言ったが、左肩から流血している。

ナックルズは歯を食いしばり、シャドウの身体を抱え上げ、そのまま、島の奥にある小屋まで運んだ。

シャドウを椅子に座らせ、救急セットから薬と包帯を取り出し、慣れた手つきで手当てをしていった。

「この程度、大した怪我では――」

「黙ってろ!」

ナックルズの声が、思った以上に震えていた。

「お前が庇ってくれなきゃ、俺があの弾を喰らってた。俺の島で、俺が不意を突かれたせいで⋯⋯!」

シャドウは、わずかに視線を逸らした。

「……僕が油断していたせいだ。事前情報があるからと、余裕を持ちすぎた。だから気にする必要は――」

「あるに決まってんだろ!」

ナックルズは短く息を吐いた。

ナックルズはてきぱきと動き回り、シャドウの身体をお湯と布でふき、寝床を整えてシャドウを寝かせ、温かいスープを作りながら、痛み止めの薬草を煎じてシャドウにゆっくりと飲ませた。

「痛むところは?」

「少しだけ」

「どこがだ」

「⋯⋯肩と、指先が痺れている」

「他には」

「それくらいだ」

ナックルズは、安堵と不安の混じった顔で頷く。

「食べられねえものは? 嫌いなもんとか」

「特にない」

「じゃあ、温かいスープがもうすぐ出来上がる。他に、してほしいことは?」

シャドウは、答えに詰まった。

――何故、ここまで必死になる?

ナックルズはソニックの喧嘩仲間。力任せで粗雑な男。そういう印象のはずだった。

なのに今目の前にいるのは、どこまでも不器用に、どこまでも真剣に、自分を心配している守護者の姿だった。

「⋯⋯何を考えているんだ、君は」

思わず問うと、ナックルズは言葉に詰まり、視線をさまよわせた。

「あー⋯⋯その」

沈黙が小屋の中に落ちる。やがて、ナックルズは短く息を吸い、まっすぐにシャドウを見た。

「お前の怪我が治るなら、なんでもいい」

心臓が、ひとつ跳ねた。

それが何故なのか、シャドウには分からない。でも、胸の奥が、落ち着かない。

「⋯⋯指が痺れる」

思わず、小さな声でそう言っていた。

ナックルズは目を見開き、それからそっとシャドウの手を包み込む。大きくて、硬くて、でも優しい手だった。

「こうか?」

指先を、ゆっくりとさすってくれる。痺れはすぐには消えない。けれど、代わりに別の感覚がそこから広がっていった。

――心地いい。

自分でも驚くほど、その感触が甘く感じられた。瞼が重くなる。痛みと、安心と、温かさが混ざり合い、シャドウはそのまま意識を手放した。

目を覚ましたとき、外はもう夜だった。


小屋の中は薄暗く、ランプの灯が壁をぼんやり照らしている。

シャドウは、まだ手を柔らかく包まれていることに気づいた。視線を動かすと、ナックルズと目が合う。

「起きたか」

「⋯⋯まだ、握っていたのか」

「指が痺れるって言ってたからな」

ナックルズは、何でもないことのように言う。

「喉は渇いてないか?」

「少し⋯⋯」

ナックルズはシャドウの肩をそっと支え、水をコップで口元に運んだ。

何という事もない、自然な動作だった。だが、シャドウにとっては、どこか信じられないほど丁寧で、優しい動作だった。

「なんにもない島だし、居心地よくねぇよな。⋯⋯悪いな」

謝られて、シャドウは返す言葉を失った。

居心地が悪いどころか――

(こんなに落ち着く場所は、生まれて初めてかもしれない)

即座に、その考えを脳内で否定した。

そんなはずはない。

理由も分からない。

意味も分からない。

マスターエメラルドのある古代の浮島。ナックルズがたった一人で守っているその島の、小さく薄暗い小屋のベッド。

ナックルズ本人の言う通り、質素で、長居に適した場所とは言い難い。

「⋯⋯今度は、逆の手の指が痺れる」

何故かとっさに、そう言ってしまった。ナックルズは真剣な顔で、シャドウの反対の手を包み込む。

「こっちか? これでいいか?」

「⋯⋯」

自分が何をしているのか、シャドウにはもう分からなかった。ただ、どうしようもなく心がざわめくのを誤魔化すように、静かに目を閉じた。

「もう少し、寝ていいか」

「好きなだけ寝ろ。起きたらまた様子見てやる」

ナックルズは笑い、シャドウの頭の毛をそっと撫でた。痺れるような心地よさに包まれながら、シャドウは再び深い眠りへと落ちていった。


次に目を覚ましたときも、温もりはまだそこにあった。

ナックルズは、シャドウの手を握ったまま、椅子にもたれかかっていた。徹夜明けのはずなのに、睡魔に負けまいと必死で目をこすっている。

「⋯⋯君は、いつ寝るんだ」

シャドウが呟くと、ナックルズは少し驚いた顔をして笑った。

「起きてたのか。寝てていいって言ったじゃねえか」

「君のほうが、休むべきだろう」

「俺は頑丈なんだよ。そうだ、スープができてるぜ」

そう言って、ナックルズは席を立ち、簡易のキッチンに置かれた小さな鍋に火をつけた。さらさらとスープをかき混ぜる音がする。やがて、温かい匂いが小屋に広がった。

「ほら、口開けろ」

戻ってきたナックルズは、スープの入った器を持っていた。

「自分で飲める」

「指が痺れてんだろ」

ナックルズは申し訳なさそうな顔で、スプーンをすくい、シャドウの口元に運ぶ。シャドウは驚いて彼を見つめた。

(そこまでしてもらう義理はない)

そう言おうとしたのに、喉がうまく動かなかった。代わりに、胸の中が妙に落ち着かない。

(⋯⋯悪いことをしている気分だ)

怪我をして動きづらいことが、こんなにも甘美に感じることがあっただろうか。

スプーンが唇に触れる。

そっと口を開けると、温かいスープが舌の上に広がった。塩気は控えめで、野菜の甘みがじんわりと体に染みていく。

「熱くねえか」

「ちょうどいい」

シャドウは、小さく答えた。

心臓は、さっきから落ち着かない。

ナックルズの視線、距離、息の温度。すべてが、妙に意識に引っかかる。食事が終わる頃には、肩の痛みも随分弱まっていた。

本当なら、とっくにカオスコントロールで、自分の拠点──シャドウが所属する、世界政府直属のエージェントが活動する地下施設へと帰還すべきだった。

しかし、ベッドに横になったまま、後片付けをするナックルズの後ろ姿を眺めているのが、思いのほか楽しかった。

動けないふりをしている自覚はある。自覚した上で、止められなかった。

片付けを終えたナックルズが戻ってきて、少し心配そうに尋ねる。

「まだ身体が痛むか?足が悪いとか?もしかして、歩けねえのか」

「⋯⋯指のほうが、痛む」

咄嗟にそう言ってしまった自分に、シャドウは内心で頭を抱えた。

「まだ指が痛むのか。悪い」

ナックルズはまた申し訳なさそうに眉を寄せ、そっとシャドウの手を包み込む。
親指で、掌や指の付け根を優しくさすり続けた。

(⋯⋯これは、いったい何なんだ)

二日目もシャドウは、ナックルズに身体を拭いてもらい、果実を切って口に運んでもらい、退屈しないよう、大事に木箱にしまってあった、冒険に関する書物を貸してもらった。

シャドウは、あっという間にナックルズの優しさに浸りきってしまっていた。

その心地よさから抜け出すのが、どんどん難しくなる。ふと、疑問が生まれた。

(彼は、いつ休んでいるんだ)

その日の夜もろくに眠らず看病し、翌日の昼は食事と様子見、隙を見て島の警戒と物資調達。疲れているはずなのに、ナックルズは微塵も弱音を吐かない。

「⋯⋯どうして、そこまでしてくれるんだ」

シャドウは、ついに思っていた事を口にした。

「僕が君を庇ったのは、あくまで戦略上の判断だ。それに、油断して怪我をしたのは僕の落ち度だ。君の責任ではない」

「違う」

ナックルズは、即座にかぶりを振る。

「俺の島で、俺のせいで怪我をさせた。それに⋯⋯」

言葉が途切れる。シャドウは、じっと続きを待った。

「⋯⋯そうしてやりたいから、してるだけだ」

ナックルズは不器用に笑った。

「お前がここにいる間ぐらい、守護者としてちゃんと守らせろよ」

胸の奥が、静かに揺れた。

その夜、シャドウは自分の所持する情報端末をこっそり開いた。ナックルズが外でマスターエメラルドの様子を見に行っている隙に。

“エキドゥナ族”

検索欄に、そう打ち込みつつ、顔面を殴りたい気持ちに駆られた。それでもスクロールする指が止まらない。伝承、歴史、身体能力、文化。

小さく喉が鳴った。

こっそり祭壇へ向かい、ナックルズの様子を陰から観察した。

マスターエメラルドを守護する、屈強な横顔。島の空気を吸い込むように深呼吸する姿。背伸びをした瞬間に小さく揺れるギザギザの尻尾。

シャドウは思わず、端末のカメラを起動して、ナックルズに向けて構え──
咄嗟に情報端末を投げ捨てた。

(僕は――)

鼓動が、嫌になるほどはっきり聞こえる。

(僕は、とうとう頭がおかしくなったのか?)

シャドウは、ノロノロとした動作で情報端末を拾い、エージェント用のサーバーから、数日分の有給申請を届け出た。

(⋯⋯⋯調子が悪い。そうだ、僕は怪我のせいで、調子が悪くなっているだけだ)

さらに数日が過ぎ、シャドウの身体が完全に元気になった頃。

シャドウが小屋のベッドの上で借りた本を読んでいると、ナックルズが戻ってきて、いつもの調子で肩を叩いた。

「どうだ、身体の調子は」

「⋯⋯頭が、痛いかもしれない」

とっさに、そう言ってしまった。ナックルズは目を見開き、シャドウをそっと横に寝かせて、布団を引き寄せた。

「俺のせいだよな⋯⋯悪い」

大きな手が、躊躇いがちに頭を撫でる。その優しさが、罪悪感に拍車をかけた。

(違う。⋯⋯⋯僕が仮病を使っているだけだ⋯⋯)

分かっている。

それでも、心臓はまた早鐘を打つ。撫でられるたびに、口元が緩むのが分かった。

(ああ――)

はっきりと自覚する。

(僕は、この時間がずっと続けばいいと思っているんだ)

それは、友情では説明しきれない何かだった。

まだ「恋」という言葉に結びつけるには早く、未熟で、曖昧で。けれど確かに心の中で芽生えてしまった感情だった。


さすがにこのまま、延々と嘘をつき続けるわけにはいかなかった。

「もう大丈夫だ。傷も治ったし、頭痛も――気のせいだ」

翌朝、ようやくシャドウはそう宣言した。ナックルズは、ほっとしたようなような、少し寂しそうな顔をした。

「そうか⋯⋯そりゃよかったぜ」

「迷惑をかけた」

「迷惑なんかじゃねえよ。⋯⋯でも、もう無茶はすんな」

その言葉に、胸がまた少しだけ痛んだ。

祭壇に立つナックルズに挨拶を終え、背を向けて一度立ち去ったが、我慢できずに引き返し、木の陰からこっそりと様子を伺ってみた。

ナックルズが祭壇の周りを歩く姿が、小さく見える。

(⋯⋯監視しているわけじゃない)

そう思い込もうとしたが、すぐに自分で否定する。

(我ながら、流石に気味が悪いな)

自嘲気味に息を吐き、ようやく島から離れた。

翌日。

エンジェルアイランドに、再び無人機の大群が現れた。

今度は、最初からソニックとテイルスも島に呼び寄せていた。シャドウからの事前情報と、前日の襲撃の記録がある分、今回は準備も整っている。

「よーし、派手に暴れるか!」

ソニックはいつもの調子で笑い、無人機の群れに飛び込んでいく。

テイルスは空中から援護し、シャドウは冷静に最も危険な個体を狙っていた。
ナックルズもすぐに臨戦態勢に入る――はずだった。

だが、その動きには明らかな違和感があった。

足取りが重い。視線が定まらない。

ナックルズは、ここ数日ほとんど眠っていない。
シャドウの看病に付きっきりだったのだ。

「おい、ナックルズ!」

ソニックがいち早くそれに気づき、ナックルズのフォローに回る。無人機の一体が、ナックルズの死角を突いて切りかかる。

ソニックは身を滑り込ませてその刃を受け止め、逆に蹴り飛ばした。戦いが終わった頃には、ソニックの身体には細かい切り傷が無数に走っていた。

ナックルズは荒い息を吐きながら、その場に膝をつく。その光景を見て、シャドウは全身が冷たくなるのを感じた。

(僕が仮病を続けていたせいだ)

ナックルズは、ろくに睡眠をとらずにシャドウの看病を続け、その疲労が残ったまま戦場に立っていた。

そのフォローに回ったソニックが、代わりに傷を負った。

「⋯⋯!」

シャドウは慌てて駆け寄り、ナックルズを抱えるようにして小屋へ運び込む。ソニックは自分の怪我よりも先に、ナックルズを心配しながらついてきた。

小屋の中で、ソニックがベッドに寝かされたナックルズを覗き込みながら軽口を叩く。

「ったく⋯⋯どうしんだよナックルズ、フラフラじゃないか。っていうか、シャドウお前、どうしてそんなにナックルズに親切なんだ」

シャドウは返答に詰まった。胸の奥で、ソニックに対する苛立ちがじわじわと膨れ上がっていく。

(――邪魔だ)

そう思ってしまった自分に、さらに混乱する。

「君には関係ない。周囲の警戒を続けろ」

冷たく言い返したが、その瞬間、ベッドの上でナックルズが飛び起きた。

「ソニックが怪我したのは、俺のせいだ!」

掠れた声に、二人がつい黙り込む。シャドウはため息をつき、二人を休ませることにした。

「ソニック。君も一応怪我をしている。今は休め」

「俺は平気だって」

「ナックルズにこれ以上、心配をかける気か」

ソニックは思いもよらないシャドウの気遣いに、つい言葉を飲み込んだ。シャドウとテイルスが周辺の警戒のために出て行くと、ナックルズはすぐにベッドから出て、ソニックの怪我の手当てを始めた。

水を汲み、包帯を巻き、薬を塗る。自分の体調のことなど気にする様子もない。

「ったく⋯⋯」

ソニックは呆れたように笑いつつも、どこか嬉しそうだった。

「なぁ親友。お前ってさ、ほんっと真面目だよな」

ソニックはナックルズの事を親友と呼ぶ。

ナックルズはいちいちそんな言葉は使わないが、否定もせず、いつも唐突に遊びにやってくるソニックを黙って受け入れていた。

そして、いつもはぶっきらぼうなナックルズに丁寧に扱われ、つい気分がよくなったのか、ソニックは楽しげに無茶なお願いを次々と口にし始めた。

「お腹をさすってくれ」

「足揉んでくれ」

「フルーツ、口に運んで食べさせてくれ」

「寝るまで頭撫でてくれ」

「花を摘んできてくれ」

「俺のために歌をうたってくれ」

ナックルズはうろたえながらも、自分のせいで怪我をさせたことを気にして、必死にそれに応えようとした。

シャドウがテイルスを連れて小屋に戻ってくると、そこには見るに堪えない光景が広がっていた。

ベッドの上でソニックに膝枕をして、ぎこちない仕草で懸命にソニックの頭を撫でているナックルズ。

ナックルズの膝の上で、甘えたような声で笑うソニック。

「ナックルズ、肩揉んでくれよ。あ、この姿勢のままで」

「お、おう」

「あー、いい感じ。あ、耳の後ろかいてくれ」

「ここか⋯⋯?」

「あー最高。次は歌!」

「ま、またかよ。えーと⋯⋯何を歌えばいいんだ」

胸の奥に、黒いものがじわりと広がる。

(⋯⋯この苛立ちは、なんだ)

イライラは、怒りだけではなかった。ソニックの要求の図々しさに対する不快感。ナックルズの誠実さに対する、呆れと感心。

そして――どうして自分の時はそんな風に甘えさせてくれなかったのか、という理不尽な欲。

シャドウは、ついに堪えきれずにソニックの首を掴んだ。

「いい加減にしろ」

「うわっ!? な、なんだよ」

「君は軽傷だ。そんな怪我、ツバでもつけておけば治る」

事実を見透かされたソニックは、慌てて目を泳がせた。しかし、少しだけ真面目な顔になり、言い返す。

「ナックルズが、せっかく俺を心配してくれてんだ。たまにはこういうのもいいだろ。シャドウ、お前に迷惑かけてるわけじゃないんだからさ。何をそんなにイライラしてんだよ」

シャドウはハッとした。

何に対して、こんなにも苛立っているのか。ソニックは、自分が思いつきもしなかった要求を次々と口にする。ナックルズは困惑しながらも、それを全て受け止めようとする。

(⋯⋯見ていられない)

シャドウは堪えきれず、小屋の扉を乱暴に開けた。

「もう一歩外を見回ってくる。テイルス、行くぞ」

「えっ、あ、うん!」

テイルスは慌てて後を追いながら、ちらりとシャドウの顔を見る。

「ソニックとナックルズは、ああ見えてすごく仲良しだから……そんなに心配しなくても、きっとお互いうまくやるよ」

シャドウは頷いた。

「そうだな」

(――そういう問題じゃない)

心の中で叫びながら、またイライラが込み上げてくる。

では、一体何が問題なのか。それが自分でも分からないことが、苛立ちに輪をかけていた。


シャドウとテイルスが見回りを終えて、再び小屋に戻ってきた時──そこは、予想の斜め上の光景が広がっていた。

「⋯⋯なんだ、それは」

まず目に飛び込んできたのは、サイズの合っていないピチピチの看護服だった。
真っ白なミニスカート。

肩のあたりがきつく、丈が明らかに短すぎる。それを、真っ赤な顔で着ているのがナックルズだった。

「動くなって言っただろ~?」

ベッドの上で半身を起こしたソニックは、ケラケラ笑いながらナックルズのスカートの裾をたくし上げている。

ナックルズは唇を噛みしめ、目をぎゅっとつむっていた。恥ずかしさに耐えきれず、涙が滲んでいる。

「や、やめろって⋯⋯!」

その時、小屋の扉がきしむ音がして、ナックルズは、はっと目を向けた。その視線の先に、シャドウとテイルスが立っていた。

「ど、どぉあああぁ!!」

雄叫びに近い悲鳴を上げ、ナックルズは看護服の裾を押さえたまま、小屋の奥へ走り去った。

壁に立てかけた道具類の影に隠れ、看護服を脱ぎ捨てる。震える尻尾が辛うじて見えていた。

ソニックは腹を抱えて笑った。

「っははは! 見たかテイルス! ナックルズ看護師バージョ――」

その言葉が最後まで続くことはなかった。シャドウの拳が、無言のままソニックの頬にめり込んだからだ。

「ぶっ⋯⋯!」

ソニックの身体がベッドから跳ね飛び、床を転がる。

「シ、シャドウ!?ちょ、ちょっと待ってよ!」

テイルスが慌てて叫ぶ。だがシャドウは、怒りに任せてソニックに追撃を加えようとしていた。ソニックも咄嗟に身体をしならせ、迎撃態勢に入る。

「何すんだよ!」

「彼の親切心を侮辱するな」

シャドウの声は、氷のように冷たかった。

「彼は本気で君のことを心配している。その気持ちを踏みにじる真似を、僕は許さない」

ソニックは目を見開いた。

――シャドウが、本気で怒っている。

それだけではない。まるでソニックがナックルズの“敵”であるかのような言い方をする。

「問題ないっての。俺とナックルズは、ずっと昔から仲良しで“親友”なんだ。お前がナックルズと“知り合い”になるより、ずっと前からな」

ソニックも負けずに言い返す。

「ナックルズのことは俺がよく知ってる。お前がナックルズのために怒る意味なんて、微塵もないぜ」

シャドウの眉間に、深い皺が刻まれた。

「では聞こう。あの看護服は、どこから持ってきた」

ソニックは一瞬固まった。

「島の外だろう?つまり、君は動けるし、走れるし、音速で買い物に行ける程度には元気だった」

「そ、それは⋯⋯」

「仮病でナックルズを困らせて、からかって遊ぶ。それで“親友”を名乗るのか。君は大嘘つきの卑怯者だ」

ソニックは言葉に詰まった。テイルスは、どうしていいか分からず、おろおろと二人の間を見比べている。

シャドウは心の中で、ナックルズに謝った。

(⋯⋯僕も、同じだ)

怪我が治っているのに頭痛を装い、優しさに甘え続けた。ソニックを責める資格など、本当はない。

それでも――自分と同じことをして、さらにはナックルズを辱めて笑っているソニックを、どうしても許せなかった。

そのとき、二人の背後で大きな音がした。

「なっ⋯⋯!」

背後の壁が崩れ落ち、衝撃でテイルスが吹き飛ばされかけ、ソニックはテイルスを庇って奥に飛ぶ。崩れた壁から、巨大な影が現れた。

先程まで戦っていた無人機とは違うフォルムの、大型の戦闘無人機。

その腕には、ぐったりとしたナックルズの身体が抱えられている。

「ナックルズ!」

シャドウとソニックは同時に叫んだ。二人は反射的に飛びかかろうとしたが――
無人機はナックルズを盾にするように抱え直し、刃を彼の首元に突きつけた。

一瞬で、その場の空気が凍りつく。

ナックルズは、蓄積した疲れと、無人機の初撃が直撃したのか、意識が朦朧としているようだった。

「くそっ⋯⋯!」

シャドウもソニックも、攻撃に移れなかった。その躊躇いを見透かしたように、無人機は飛び出し、そのまま空へと飛び去る。

「待て!!」

ソニックが追いすがろうとする。だが、すでに機体は高度を上げ、外の無人機の群れと合流し、飛び去り、あっという間に見えなくなってしまった。

テイルスはすぐに所持していた情報端末を操作した。

「飛び去った機体の軌道から予測するに……レジーナの本拠地に向かった可能性が高い。それに⋯⋯シャドウの話だと、レジーナはエキドゥナ族についての情報を、片っ端から調べてたんだよね。そしてナックルズを無人機に攫わせた。ナックルズを、何かに利用するつもりなのかも」

シャドウとソニックは、険しい表情でテイルスの言葉を聞いていた。

「僕がナックルズを助けに行く」

シャドウが半歩前に出た。

「いいや、俺だ。俺の責任でこうなった。俺が行く」

ソニックも譲らない。睨み合う二人の少し後ろで、テイルスが小さな声で呟いた。

「⋯⋯二人で行ってきてよ」

二人の視線が、同時にテイルスに向く。

「僕だって、ナックルズのことが心配だよ。でも、僕の方でウェブサーバーを経由してレジーナの所持するデータにアクセスすれば、ナックルズを助けるための有効な情報を手に入れられるかもしれない。後は二人で、ちゃんとナックルズを連れ戻してきてよ」

ソニックもシャドウも、ハッとしたように目を伏せた。
しばしの沈黙のあと、シャドウが口を開く。

「⋯⋯行こう」

「ああ」

ソニックは、いつもの調子を少しだけ取り戻すように笑った。

「俺の仮病っぷりがどれだけ本気だったか、見せてやるよ。レジーナの本拠地まで、突っ走るぞ」


ナックルズを無人機に攫わせた黒幕・レジーナの本拠地は、深い渓谷に埋め込まれた、巨大な要塞都市のようだった。

目的地に着く頃には、二人の所持する情報端末にテイルスが入手した目の前の要塞都市の詳細マップが送られてきた。

鋼鉄の壁、無数の監視カメラ、巡回する無人機。武器や無人機の製造業で名を馳せる、マキシムカンパニーの誇るあらゆる戦争設備が整っているようだった。

「エッグマンの基地並みに悪趣味な都市だな。正面から行くしかないか?」

ソニックは、歯を食いしばりながらそう言った。

「罠だらけだろうけど、ナックルズが中にいるなら遠回りはしてられねえや」

「同意する。テイスルの送ってきた情報を見る限り、迂回したところでリスクは変わらない」

シャドウはそう言って、即座に都市の入り口に向かって滑走した。

要塞内に侵入した瞬間、激しい銃撃と罠が二人を襲う。シャドウとソニックは、互いに背中を預けながら敵を切り抜けていった。

「ご丁寧なおもてなしだな!胃もたれしちまいそうだ」

「本拠地だからな。当然、守りも堅い」

シャドウは冷静に応戦しながら視線を進む先に走らせた。しかし、心の中は冷静ではいられなかった。

(⋯⋯僕は、ナックルズの何なんだ)

ソニックは、ナックルズの“親友”。

ナックルズの過去も、癖も、好物も、きっと全部知っている。仮病を使って困らせても、関係が壊れる事もない。ナックルズがソニックのわがままを受け止め、許すだけの信頼を、長い時間の中で丁寧に築いてきたに違いなかった。

(僕自身は、どうだろうか)

戦場でたまに背中を預ける共闘相手。マスターエメラルドの守護者と、その協力者。

それだけだとは思いたくない。でも、それ以上のものがみつからない。悔しいという感情が、シャドウの胸に広がった。ならば、諦めればいいのか。

(何を諦める?ナックルズに対するこの感情を?⋯⋯⋯ソニックと同じ、親友の位置に立てないことをか)

シャドウは襲い来る無人機たちを叩き落しながら考え続けた。

(違う)

ソニックと同じ位置に立ちたいわけじゃない。それでは足りない。かといって、何を望んでいるのか、自分でも言葉にできない。

(僕は⋯⋯君の何になりたいんだ)

心の中でぐるぐると問いが渦巻いていた。そのとき、頭上に電子映像が現れた。

「よく来たな、可愛らしい邪魔者たちよ」

女の声だった。映し出されたのは、艶やかな黒髪と、冷たい瞳を持つ女。身体の半分は機械で構成されている。

「お前は⋯⋯レジーナか⋯⋯!」

ソニックが歯ぎしりする。レジーナと呼ばれた女は、余裕たっぷりの笑みを浮かべていた。

「この場での貴様らの所業は、許してやろう。だから、お家に帰って、二度と私の邪魔をしないと私に誓え」

「ふざけるな! ナックルズを返せ!」

ソニックが叫ぶ。レジーナは、嬉々とした表情で隣を指し示した。

そこには、傷だらけでぐったりとしたナックルズがいた。研究台に縛り付けられ、体中に無数のケーブルと器具が繋がれている。

ナックルズは、朦朧とした意識の中で泣き声を漏らしていた。

「やめろ⋯⋯たのむ⋯⋯なんでも言うこと聞くから⋯⋯やめてくれ⋯⋯」

レジーナは楽しそうに笑い、ナックルズの身体を蹴りつける。ナックルズは小さく呻き、泣きながらかすかに首を振った。

「みんなを傷つけるのだけは⋯⋯ソニック⋯テイルス⋯逃げろ⋯⋯たのむから」

ソニックが半狂乱になって叫んだ。

「ナックルズに何しやがった!!」

「少し、可愛がってやっただけだ。エキドゥナ族の守護者、マスターエメラルドの鍵。その遺伝子を手に入れれば、世界はすべて私のもの」

レジーナは注射器を取り出し、ナックルズの腕に突き立てる。ナックルズの体液が器具の中に吸い上げられていく。

「やめろ!!」

ソニックが飛びかかろうとした、その腕を――シャドウが強く掴んだ。

「帰るぞ」

「は?」

ソニックは信じられないという顔でシャドウを睨む。

「何言ってやがる。あいつ、今まさに――」

「ここから正面突破するのは、不可能だ」

シャドウは淀みもなくしっかりした小声で素早く言った。

「ピンポイントで僕たちの前に映像を出現させた。彼女はこの都市の状況をリアルタイムで察知している。正面から突っ込んでも、ナックルズにいっそう危険が及ぶだけだ。そんな真似、僕は許さない」

「でも――!」

ソニックは息を荒げたまま、レジーナの映像を睨みつける。レジーナは嘲るように笑っていた。

「さあ、惨めにお帰りなさい?このエキドゥナは、今日から私のおもちゃよ」

シャドウはソニックの腕を引き、背を向けさせた。

「帰る“ふり”だ」

「⋯⋯!」

ソニックは、シャドウの瞳を見つめた。

燃えるように強い意思と、その奥に隠された冷たい計算。

この男は本気でナックルズを救おうとしている――そのためなら、自分の感情さえ切り捨てる覚悟を持っている。

「⋯⋯分かった」

ソニックは息を吐いた。

「一旦引く。でも、別ルートから必ずぶっ飛ばす」

二人は、一見引き下がったふりをして要塞から離れた。だが、すぐにテイルスに連絡し、裏からの侵入ルートを探索し始めた。

怒りに身体を震わせながら走るソニック。その隣で、シャドウの心は逆に冷え切っていく。

(絶対に助ける)

その決意だけが、シャドウの血を動かしていた。

(そのためなら、僕は誰よりも冷静になれる)

しかし――

親友のために、臆面もなく怒りを爆発させられるソニックを、どこか羨ましいと感じている自分もいた。


ソニックとシャドウが立ち去るのを映像越しに笑って眺めていたレジーナは、振り向くと、ナックルズの身体にさらに薬を投与した。

ナックルズは苦しそうにうめき声を上げたが、既にほとんど動けくなっていた。

ナックルズは、体中が痛みで焼けるようで、息をするだけでも辛かった。
それでも、朦朧とする意識の中で、小さく首を振り続けた。

「やめろ⋯⋯たのむ⋯⋯言うこと聞くから⋯⋯ソニックやテイルスには⋯⋯」

そのうわ言がレジーナの耳に届くたび、彼女は震えて笑った。

「もっと泣け。もっと苦しめ。もっと弱りきれ。私がここまでのし上がるのに、どれだけの屈辱と痛みに耐えてきたと思う?お前の苦しみなんて、まだまだ足りんのだ」

機械化された脚で、レジーナはナックルズの身体を蹴りつけた。

「少しでも抵抗してみろ。何度でも言うぞ。次に狙うのはお前の仲間だ。どうだ⋯⋯もっと苦しめ。お前の遺伝子の解析に成功したら、次にお前の身に起きるのは、一体何だろうな」

ナックルズは息絶え絶えに呻きながら、それでも心のどこかで“誰か”を信じていた。

――ソニック。
――テイルス。エミー。

――シャドウ。

仲間たちの名前が、混濁した意識の中で浮かんでは消える。その時、研究室の扉が破られた。

「そこまでだ!」

青い閃光と黒い迅雷が、同時に天井にある通気口を破壊しながら、飛び降りてきた。

ソニックとシャドウ。

「通気口から失礼するぜ!エントランスよりも、こっちの方が風通しがいいみたいだったからな!」

ソニックが叫びながら、周囲に待機していた無人機が反応するよりも早く、次々と蹴り飛ばして破壊していった。

レジーナは驚きはしたが、すぐに冷笑を浮かべた。

「いらっしゃい。ついでにお前達も捕獲して、遺伝子データをコレクションしておくか」

半身機械の身体から刃を展開し、シャドウに切りかかる。シャドウはナックルズからレジーナを遠ざけるように、あえて広い部屋の反対側へ誘導しながら戦った。

レジーナの鋭い蹴りをシャドウはすれすれで躱す。大きな金属音が響き、床に大きなへこみができた。

「お前は究極生命体・シャドウか。お前の遺伝子データも、解析して量産すればいい値で売れそうだな」

レジーナは嘲るが、シャドウの動きは研ぎ澄まされていた。

「できるものならやってみろ。大口を叩くやつほど、後から強く床の味を噛みしめる事になる」

シャドウがレジーナの攻撃をひらりと躱し、足元のホバーシューズが勢いをつけてシャドウの身体を滑走させた。

その頃、ソニックは周囲に群がっていた無人機を全て破壊し、ナックルズの拘束具を次々と解除していった。

「ナックルズ! 聞こえるか!」

「⋯⋯ソ、ソニック⋯⋯?」

かすかな声が返ってくる。ソニックはなんでもないかのように、無理やり笑顔を作った。

「大丈夫だ。もう大丈夫だからな。ちょっと待ってろよ、今すぐ全部終わらせて来るからな」

助け出したナックルズを床に寝かせると、風のような速さで背後からレジーナに飛びかかった。シャドウと挟み撃ちにされたレジーナが、ソニックの攻撃を避けようとして体勢を崩した。

シャドウの手刀が容赦なく機械仕掛けの足を膝から真っ二つに破壊する。

ソニックのとどめの一撃で、あえなくレジーナは床に倒れ込んだ。

シャドウは足をもつらせながらも、すぐにナックルズの下へ駆け寄る。

「ナックルズ!」

震える手でナックルズを抱き起すと、呼吸を確保し、怪我の状態を確認した。

ナックルズは、涙と汗と血でぐしゃぐしゃになりながら、小さくうわ言を繰り返している。

「たのむ⋯⋯やめてくれ⋯⋯なんでもするから⋯⋯みんなを⋯⋯」

「遅くなってすまない」

シャドウは、ナックルズをそっと抱きしめた。

「もう大丈夫だ。君の仲間は、誰も殺させない。君も、誰にも渡さない」

ナックルズの身体が、わずかに震えた。

ソニックは少し離れたところで、その様子を眺めていた。

本当は、ソニックだって、真っ先にナックルズを抱きしめてやりたかった。
しかし――

(⋯⋯まあ、いいか)

ソニックは心の中で苦笑する。

シャドウが、ナックルズの“何か”になろうとしているのが分かった気がした。
自分はすでに“親友”だ。その位置は揺るがない。

だから、今はシャドウに譲ってもいい。

そんなことをひっそりと考えていたら、突然シャドウの拳が飛んできた。

「ぶふっ?!おまっ、なんで⋯⋯」

顔面を強襲されたソニックは、ひっくり返って床に転がった。

「何するんだよ!」

「何故ナックルズを冷たい床に放ってこっちへ来た。あんな女、僕一人で片づけられたんだ」

シャドウが睨みつける。

(お前が一番に助け起こしたいだろうと思って譲ったんだよ!)

そう叫びかけて、ソニックは飲み込んだ。シャドウのプライドの高さはよく分かっている。これ以上突っかかられたら面倒だ。

代わりに、引きつった笑みを浮かべる。

「ナックルズは大丈夫だよ。俺より頑丈なんだぜ、こいつ」

それを聞いたシャドウは、少しだけ肩の力を抜いた。


その日の夜遅く。

レジーナの要塞都市から脱出し、半壊したエンジェルアイランドの小屋に戻り、数刻後。

ベッドの上で、傷だらけのナックルズがようやく目を覚ました。ソニックとテイルスが同時にナックルズを覗き込んだ。

シャドウは、入り口近くの壁近くにひっそりと立ち、三人の様子を見守っていた。

「⋯⋯っ!」

ナックルズは飛び起き、荒い呼吸を繰り返す。周囲を見渡し、テイルスと目が合った。

「ここは⋯⋯」

「エンジェルアイランドだよ。レジーナのところから、みんなでナックルズを助け出したんだ」

テイルスが優しく説明する。ナックルズは、ほっとしたように息を吐いた。

「テイルス⋯⋯みんなは⋯⋯」

「無事だよ。誰も捕まってないし、怪我もしてない」

「⋯⋯そうか⋯⋯⋯なら、問題ねぇな」

ナックルズが弱々しく笑うと、ソニックが呆れたように叫ぶ。

「いや、お前が無事じゃないんだよ!」

ナックルズは驚いた顔でソニックを見て、視線を彷徨わせ、不機嫌そうに目をそらした。ソニックは肩を落として、大げさにため息をついた。

「あーあ、せっかくナックルズのピチピチ看護服姿を楽しんでたのに、とんでもない夜になっちまったな」

「うるせぇ⋯⋯思い出させんな」

ナックルズは、布団に顔をうずめながら小さな声でうめいた。

「助かってよかったよ」

テイルスが笑って言った。ソニックはそのまま笑顔で続ける。

「じゃ、あとはシャドウに任せるわ。何かあったら連絡くれ」

シャドウは目を丸くしてソニックを見た。

ソニックは煽るようにシャドウに笑いかけ、小屋の外へ出ていった。テイルスは不思議そうな顔でソニックの背中を見ていたが、立ち上がりながらナックルズに声をかける。

「明日また、小屋の修理に来るからね」

テイルスが扉を閉めて去っていき、小屋の中に静寂が降りてきた。

残されたのは、シャドウとナックルズだけ。シャドウは、そっとベッドに近付き、椅子に腰かけた。

「どこか、痛むところは」

「⋯⋯全部」

ナックルズは正直に嘆いた。

「身体中が痛い。連れ去られた後、妙な薬を飲まされながら、レジーナにボコボコに殴られて⋯⋯でも、生きてるからな⋯⋯贅沢は言えねえか」

「言っていい」

シャドウは即座に返した。

「君が望むなら、手足をさする。頭を撫でる。温かいスープも作ってあげよう」

ナックルズが、少し驚いた顔をする。

「僕は、君にそうしてもらって嬉しかった。だから、今度は僕が君のためにやりたい。君が迷惑でなければだが」

ナックルズは黙り込み、布団に顔をうずめたまま、しばらく動かなかったが、やがてかすかな声でつぶやいた。

「⋯⋯眠るまで、手を⋯⋯」

シャドウの心臓が、大きく跳ねた。

「なんでもねぇ」

ナックルズが訂正したが、シャドウはナックルズの手をとり、両手でそっと握りしめた。

「いらねぇって⋯⋯」

「僕がこうしたいんだ。迷惑でないと言ってくれ」

「⋯⋯わかったよ⋯⋯⋯」

ナックルズはそういうと、布団をさらに深くかぶった。

握り返してきた手の力が、少しずつ緩んでいく。やがて小屋の中に静かな寝息が響いた。

掌に確かな温もりを感じながら、シャドウは自分の胸の内を認めざるを得なかった。

(――僕は、ナックルズが⋯⋯⋯欲しいんだ)

まだ言葉にするには早い。まだ口に出すには怖い。

それでも、ナックルズの寝息を聞きながら、静かに自分の気持ちを噛みしめていた。

(僕はこの手を、もう二度と離したくない)