周回3周目。シャドウの魂は少し安定しつつ、それでも孤独の苦しみを中和できず、帰るべき場所──ナックルズの魂を無意識に求め続けている。現パロ風大学生。シャナコ、ソニ+ナコ、シル+ナコ。また、一般向けの青年誌と同程度の性描写・暴力描写があります。匂わせ程度ですがモブナコのような描写もあります。
ある年の春。シャドウは、セントラルシティにある中央工科大学に入学した。
中央工科大学は、特に科学・工学分野において世界で圧倒的な評価を受け、コンピューターサイエンスや物理学、数学などで最先端の研究をリードし続ける名門校だった。
シャドウは孤児で、とある政府の要人に養子として引き取られたが、要人は天涯孤独の身で、すぐに老衰でこの世を去った。シャドウの元には莫大な遺産と大きな屋敷だけが残されたが、優秀なシャドウは、たった一人で遺された資産を管理し、いち学生として学問に没頭し、この春、この大学の学生寮に入寮してきたのだった。
(あの屋敷は僕には広すぎる。元々僕のものでもない。学生寮の方が、世の中を学ぶにはいい場所かもしれない)
シャドウは手早く入寮の手続きを済ませ、大学内を散策し始めた。
構内は広く、早々に、新入生への部活動やサークルの勧誘が始まっている。
元々他人に興味などない。家族もいない。友人もいない。恋人の必要性も感じない。
何故自分が生きているのか。それすらわからない。
シャドウはただただ、学ぶためだけに生きてきた。
(この世の全てを知れば、いつかわかるのだろうか。僕の存在理由が⋯⋯)
サークルの勧誘係に何度か話しかけられたが、一切構わずに、眉をひそめて通り過ぎた。無駄に浮かれた表情で馴れ馴れしく話しかけてくる彼らを、なんとなく不愉快だと思った。
大学内にある雑木林を抜け、グラウンドが併設された小道を歩いていると、何かが転げ落ちてくるような音と共に、突然横から衝撃を受けた。
「うわっ⋯⋯」
誰かの短い叫び声が聞こえた。そのまま身体を吹き飛ばされ、小道の横の坂を転がり落ちた。
シャドウは受け身を取ろうとしたが、身体を何かに包まれ、動けず、ごろごろと転がり、何かに衝突し、ようやく止まった。
痛みに耐えようとして目をつぶっていたが、不思議と痛みはほとんどなかった。
目を開けると、自分を包んでいたものの正体がわかった。
誰かに抱きしめられている。
真っ赤な毛並みが視界に入った。しなやかで弾力のある赤い胸の中に、自分の頭がすっぽり入っている。
(なんだ⋯⋯この匂いは)
シャドウは完全に思考を停止させた。
夏草と甘い果実がまじったような匂い。
なつかしいような、ずっとこれが欲しかったような。
シャドウは突然泣きたくなって、ただただ息を吸い続けた。
(僕は、今、生きている⋯⋯⋯この世界で、これを感じるために)
何故だかわからないが、シャドウはそう確信し、赤い毛並みの胸の中に顔を思い切りうずめ、すうすうと息を吸い、夢中で匂いを嗅ぎつづけた。
その時、
「うう⋯⋯」
低い呻き声が頭の上から聞こえた。正気に戻ったシャドウは慌てて起き上がり、状況を確認した。
視界に入ったのは、赤い毛並みの筋肉質なハリモグラ。
その背後に大きな木。
横から吹っ飛んで来て、シャドウにぶつかり、そのままシャドウを抱えて転がり落ち、木に激突してしまったらしい。
シャドウは目を見張って、身体を硬直させた。思わず、口が勝手に言葉を紡いだ。
「⋯⋯⋯みつけた⋯⋯⋯」
シャドウは、赤いハリモグラの毛並みをゆっくりと撫でた。
撫でたのは自分なのに、なぜか自身の身体が痺れていく。
赤い毛並みを撫でるたび、自身の身体にびりびりと衝撃が走る。
止められない。
肩を撫で、腕を撫で、背中を撫で、腰を撫で⋯⋯心臓の音をばくばくと響かせながら、震えながら、そっと胸の上に手を置いた。
赤いハリモグラがぱちりと目を開け、飛び起きた。
「悪い!ぶつかっちまった⋯⋯怪我はないか?!痛むところは?!」
シャドウは、ビクッと肩を飛び上がらせ、身体を硬直させた。
とっさに言葉が出ない。
何か言おうとしたが、唇が震える。
(僕は今、彼に何を⋯⋯いや、何か言わねば。⋯⋯何を?)
「怪我は?!」
覗き込まれ、とっさに半身をのけぞらせた。
「あ⋯⋯う⋯⋯」
何も言えずに、ただ首を横に振った。
その時、坂の上の方から怒鳴り声が聞こえた。
「何やってんだ、間抜け!さっさと戻ってこい」
赤いハリモグラが、ハッとして一瞬怯えたような表情をした。
そしてすぐに固い表情に戻り、立ち上がり、シャドウに言った。
「こっちの不注意だ、悪かった。じゃあな」
シャドウは、立ち上がる瞬間に、ハリモグラの顔が一瞬苦痛に歪んだのを見逃さなかった。
すれ違う瞬間、膝や腕に、あちこち痣ができているのも見えた。
「⋯⋯⋯!」
手を伸ばしかけたが、かける言葉がみつからず、伸ばした手を引っ込めた。
そのまま赤いハリモグラは、怒鳴り声がした坂の上に向かって走って去っていった。
遺されたシャドウは、座り込んだまま、ようやく小さな声でつぶやいた。
「き⋯⋯⋯君の⋯⋯名前を⋯⋯」
結局シャドウは、赤いハリモグラがどこの誰なのか特定できずに、一人で寮に戻るしかなかった。
坂の上まで登って、彼を探してもみた。
そこには広いグラウンドがあり、たくさんの運動部の部員たちがあちこちで動き回っていたが、赤い毛並みは一人も見当たらなかった。
暗くなるまでフラフラと歩きまわり、赤い毛並みを探し続けたが、寮長から、
「歓迎会があるから、夜には戻ってきてくれ」
と言われていたのを思い出し、仕方なく寮に戻り、自室の勉強机にじっと座りこんでいた。
⋯⋯夕食。歓迎会。交流会。
その夜は、新しく入寮した新入生のための催しが開かれ、寮内は明るく賑やかだった。
シャドウは、いつもならこの明るさをうっとうしく思うはずだった。
(僕は孤独だ。あそこで笑っているあいつも、あそこではしゃいでいるあいつも、僕とは無関係の他人だ)
いつものシャドウなら、誰に話しかけられても、眉をひそめて、静かに距離を置くだけだった。
しかし、シャドウは今、それどころではなかった。周囲を見渡し、必死に赤い毛並みのハリモグラを探していた。
(雰囲気からして、同期生かもしれない。それなら、この寮にいるかも⋯⋯)
中央工科大学は、いくつもの学部・学科に分かれ、学生数も相当多い。
寮生も、新入生だけでかなりの数がいる。歓迎会に参加していない寮生もいるらしい。
広間から出て、廊下を見渡した。あちこちで学生が立ち話をしている。
階段を上がり、他のフロアや、談話室、洗濯室も確認をする。赤い毛並みは見つからない。
各階のトイレまで順番に探したところで、ようやくシャドウは正気に戻った。
(僕は気でもふれてしまったのか。何故たった一度会っただけの彼に、こんなに執着しているんだ)
突然横からぶつかって来ただけの、無礼な他人。
眉をひそめて、距離をとって終わりのはずの存在。
(でも⋯⋯彼は怪我をしていた。きっと、とっさに僕を庇ったせいだ)
シャドウは胸がうずうずした。
しかし理由がわからない。どうすればいいのかもわからない。
相談できる相手もいない。
シャドウは立ち尽くして、ため息をついた。
それから肩を落とし、一人ぼっちで自室に戻っていった。
数日後、休暇が明け、大学の授業が始まった。
シャドウは大講堂で地理学の講義を受けた後、昼の休憩をとるために、構内の小道を歩いていた。
小道を抜けると構内のカフェがある。そこで一休みしてから、午後の講義に参加しようと思い、足早に小道を歩いていった。
ふと、違和感を覚えて立ち止まった。
首を回して振り向く。
足早で来た道を戻る。
そして、脇に生えた低木をかきわけ、茂みの中を進み、細い幹の木の前で立ち止まった。
赤いハリモグラが、木の幹にもたれかかり、すやすやと寝息を立てていた。
シャドウは、心臓が止まりそうな気分になって、自身の胸を強く握りこんだ。
呼吸が荒くなる。赤い毛並みから目が離せない。足が震えて、その場にしゃがみこんだ。
「⋯⋯みつ⋯⋯けた」
シャドウは、這うようにして赤いハリモグラに近づいた。
顔をのぞきこむ。ハリモグラは熟睡しているのか、起きる気配がない。
シャドウは、ごくりと唾を飲み込んだ。
(とうとうみつけた。ずっと探していた。⋯⋯欲しい。⋯⋯僕がみつけたんだ。これは⋯⋯⋯僕のものだ)
シャドウは、震える手をのばし、ハリモグラの胸に手を置いた。
毛並みの奥に、しなやかな胸の弾力を感じる。指に力を込めた。
「ん⋯⋯⋯」
ハリモグラが呻いた。
シャドウは、飛び上がり、後ずさった。
心臓が爆音を立ててはねる。
(僕は、何を⋯⋯⋯?!)
シャドウは、混乱と恐怖で固まった。
自分で自分がわからない。
一度会っただけの赤いハリモグラに執着し、勝手に探しまわり、みつけた途端に勝手に身体を触る。
正気の沙汰とは思えない。
それでも、シャドウは抑えられなかった。
(名前、せめて、名前を⋯⋯⋯)
ハリモグラの背中の後ろに、彼の荷物が見えた。
本やノートをいれる薄型のドキュメントケース。
(本やノートに、名前を記入しているはずだ。名前を見るだけだ、名前を⋯⋯)
シャドウは、身体を震わせながら、ケースの蓋に手を伸ばした。その時、
「ナックルズ!ここにいたのかよ」
よく通る明るい声が背後から聞こえた。
瞬間、シャドウは全身をゴムのように弾かせ、その場から全力で駆け出し、声の聞こえた反対側に逃げ去った。
声の主がナックルズの元にたどり着いた頃には、シャドウは完全に逃げ去っていた。
「ナックルズ、起きてくれよ。次の講義、一緒に受けようぜ」
「⋯⋯シルバー。お前、さっきここにいたか?」
シルバーと呼ばれた銀色の毛並みのハリネズミが、赤いハリモグラを揺り起こした。
赤いハリモグラは、寝ぼけ顔で左右を見渡す。
「今来たばっかりだぜ。誰かここにいたのか?」
「気のせいか⋯⋯ハァ」
ナックルズと呼ばれた赤いハリモグラはため息をついて、荷物を抱え、立ち上がった。シルバーがナックルズの顔を覗き込んだ。
「なんだよ、ため息なんかついちゃって」
「誰かが側にいて、なつかしいなぁって思ったんだけどな。夢かよ⋯⋯」
シルバーはなつっこい笑顔で明るく返した。
「ふーん。いい夢だな!大丈夫、きっとそれ、正夢だぜ!」
「雑にポジティブな事言ってんじゃねぇよ⋯⋯。行こうぜ」
◇
ナックルズの元から逃げたシャドウは、構内の雑木林の奥で、倒れこみ、大きな木の根元に丸くなってかがみこんだ。
「ハァ⋯⋯うっ⋯⋯う⋯⋯⋯」
震えながら、顔を両手でぐしゃぐしゃに潰した。
両目から涙があふれて止まらない。胸が苦しい。
シャドウは、今すぐ消えてなくなってしまいたかった。
「馬鹿な⋯⋯。僕は何を⋯⋯⋯わ、わからない。⋯⋯何がしたい、一体⋯⋯」
しばらくうずくまって苦しんでいたが、先程背後から聞こえた声を思い出した。
「ナックルズ⋯⋯」
涙をぬぐい、上体を起こし、なんとか呼吸を整えた。
(⋯⋯ナックルズ。名前がわかった。彼の名は、ナックルズ)
名前がわかったという事実だけが、震えるほどに嬉しかった。
噛み締めるようにその名を胸の内で繰り返しながら、シャドウは暗く茂る雑木林を抜け、明るい小道を歩き、次の講義を受けるため、大学本棟へ向かって歩いていった。
翌日。
シャドウは、午前中に講義が全て終わり、帰り支度をしている時、唐突に後ろから話しかけられた。
「シャドウ!もしかしてお前、シャドウか?!」
振り向くと、高校時代の顔見知り──ソニックが、驚いた顔でこっちに走り寄ってきた。
高校時代の、バスケ部のライバル。
シャドウの高校と、ソニックの高校は、共にバスケ部の強豪校で、二人はバスケ部のエースだった。大会に出場するたびに何度も激突してきた、因縁の相手。
「ハ⋯⋯君もこの大学か。うっとうしい顔に会ってしまった」
シャドウは半目でソニックをにらみつけた。
ソニックは構わずに笑い飛ばし、馴れ馴れしくシャドウの肩に手を置いていった。
「嬉しそうで何よりだぜ、相棒!」
「何が相棒だ、図々しい」
シャドウは、眉をひそめて乱暴にソニックの腕をはらった。
シャドウはソニックと特別仲がいいわけではなかった。実際、ソニックの進学先が自分と同じで、この大学に入学していたとは知らなかった。
ソニックは誰にでも軽口をたたく。因縁のライバルのはずのシャドウに対しても、いつも妙に馴れ馴れしかった。
呆れた顔で帰り支度を再開するシャドウに構わず、ソニックは上機嫌で目の前のカフェを指さした。
「よし、じゃあランチはあのカフェだな!他にメンバーいるけど、別にいいだろ」
「なにが、よし、だ。僕はもう帰る⋯⋯」
「帰らせねぇよ!せっかくのハッピーキャンパスライフだ、ランチくらいは付き合えって」
強引に腕を引っ張られ、構内にあるカフェのテラス席に座らせられた。
シャドウは眉をしかめ、ソニックをにらみつけたが、瞬間、目を見張り、身体を凍り付かせた。
「おうソニック、テラス席にいたのかよ」
「ソニック、久しぶり!天気もいいし、最高の席だな。ゆっくりしようぜ!」
ナックルズとシルバーが、シャドウの座った四人掛けのテラス席に近づいてきた。
シャドウの心臓が跳ね上がる。ばくんばくんと、爆音が身体中に響く。
(⋯⋯ナックルズ⋯⋯何故⋯⋯?!ソニックと知り合いだったのか。⋯⋯逃げるべきか、いや、でも⋯⋯)
ソニックが笑いながら二人に言った。
「俺の高校時代のダチも一緒だけど、いいよな?」
ナックルズが、おう、と言いながら、シャドウの隣りにどっかと腰かけた。
(ナックルズが、僕の、僕の隣りに⋯⋯⋯ナックルズが、僕の⋯⋯⋯)
シャドウは目を見張って、震えながらうつむき、両手を膝の上で握りしめた。
空は晴天。
シャドウの心は、まるで天国と地獄の境目のように希望と絶望が渦を巻き、轟音を立てながらシャドウの理性を飲み込んで言った。