良く晴れた平日の昼。大学構内のカフェのテラス席にて、シャドウは下を向いて座ったまま動けなかった。
向かいにはソニック。左隣りにシルバー。そして右隣りには──
赤い毛並みのハリモグラ、ナックルズが座っていた。
「ナックルズ、シルバー、こいつはシャドウ。根暗で孤高な天才様で⋯⋯」
「あっ、お前⋯⋯こないだの!」
ソニックが軽薄なジョークを交えてシャドウを紹介しようとして、ナックルズが割り込んで話しかけてきた。ソニックは少し驚いてナックルズに尋ねた。
「なんだよ、顔見知りか?」
「こないだ、俺が道端で思いっきりぶつかっちまって。シャドウって言うのか。なぁ、怪我なかったか?」
ナックルズがシャドウの肩をがっしりと掴んだ。
シャドウの身体が電撃が走ったようにびりびりと痺れる。
(ナックルズの方から、僕に触れて、名前を呼んでくれるなんて)
思わず顔を上げて、ナックルズの顔を凝視した。
顔が熱い。問いかけの意味を遅れて理解し、慌ててコクコクとうなずいた。
「よかった。突然悪かったな、びっくりしただろ。部活中でさ⋯⋯身体が吹っ飛んじまって」
ナックルズがニカッと豪快に笑う。
(ナックルズが、僕に向かって、笑顔を⋯⋯)
身体が一気に浮き上がるように軽くなった。視界が一気に明るくなる。
(天にも昇る気持ちとはこの事だ。⋯⋯ここは天国だったのか)
シャドウは一瞬で身も心も軽くなったが、そのかわり快楽と興奮で頭が真っ白になって、何も考えられなくなった。
ソニックは引き続き、シャドウにナックルズとシルバーを紹介した。
シルバーはソニックの友人。ナックルズの高校に途中から編入してきた縁で、ナックルズが今もよく面倒をみている。
ナックルズは孤児院出身で、スポーツ推薦でここまで入って来たらしい。
「俺はお前らと違ってスポーツ推薦入学だからな。勉強の方が追い付くかどうか、今からもう自信がねえぜ」
ナックルズがため息をついて言った。
「あー、シャドウに勉強手伝ってもらえよ。お前ら、脳みそ半分ずつ交換したら、ちょうどいい感じになりそうな予感がするぜ」
ソニックがシャドウとナックルズを交互に見ながら冗談を言った。
失礼なジョークを言われた事は理解していたが、シャドウは何も言い返せずに黙りこくった。
横でナックルズが笑って、ソニックを小突く仕草をした。
(交換なんて生ぬるい。全て溶かして、一緒になってしまおう)
シャドウは瞬時にそう思ったが、言わないだけの理性は辛うじて残っていた。
(駄目だ⋯⋯少しでも喋ったら、きっと僕はどうにかなってしまう)
顔が熱い。心臓が大きくはねる。ただ座っているのがやっとだった。
ソニックがシャドウの様子を見て、不審な顔をしたが、ナックルズがすぐに助け舟を出した。
「お前がくだらねぇこと言うから、シャドウが困ってるだろ」
「おいおい、そんな殊勝な性格のやつじゃあ⋯⋯」
ソニックが苦笑いして言いかけたが、シルバーが大声でコーラをお代わりして、会話が途切れ、次の話題に移っていった。
そのまましばらく、ソニックやシルバーが明るくしゃべり、ナックルズが相槌を打ち、シャドウは黙ってナックルズの気配だけを感じていた。
小一時間経って、次の講義が始まるので、全員が席を立った。
ソニックがシャドウの連絡先をみんなと交換させようとしたが、シャドウはすかさず走って逃げた。
道の脇の茂みの中に隠れて、倒れるように座り込み、震えながら頭を抱え、声を出さずに泣いた。
(ナックルズの連絡先なんてわかってしまったら、僕はきっと壊れてしまう)
この大学に、同じ空間にナックルズがいる。それだけで既に心臓がはち切れそうなほど怖かった。
夜になり、シャドウはようやく落ち着いて、寮から出て、構内を一人で散策した。
しっとりと冷え込む春の夜。門限は夜の12時。あと一時間程余裕がある。
空は雲に覆われ、月も見えない。街灯のない真っ暗な小道を、シャドウは一人、ゆっくりと歩いた。
(真っ暗な夜の方が、どうせ僕には似合っている。闇に溶けきってしまえば苦しくもないし、惨めにもならない)
小道を進み、雑木林に入り、木々のすき間から見える夜空を見上げ、すっきりした気持ちで周囲を見渡した。
すると、雑木林の向こうに見える広場の端に、人影を見つけた。
見覚えのある影に、思わず心臓がはねた。ゆっくりと近づき、遠目に確認する。
ナックルズが、広場の端にある水道で、身体を洗っていた。
真夜中に、たった一人、広場の水道の冷え切った水で、全身を洗っている。どこか、人目を気にして、恥ずかしそうにキョロキョロとしている。
シャドウは動かず、黙ってナックルズを凝視した。
やがてナックルズは水道から離れ、身震いして身体についた水を飛ばし、近くのベンチに寝そべった。
横たわる時に、小さな呻き声が聞こえた。
表情は見えない。そのままごそごそと体勢を整え、やがて動かなくなった。
(ここで寝る気か?この寒さの中、濡れた身体で、防寒具もなしに)
考えるより前に身体が動いていた。心がざわざわする。
「ナックルズ。家に帰らないのか」
シャドウはナックルズの前に立ち、話しかけた。
夜の闇が力を与えてくれるのか、不思議と自然に声が出た。
ナックルズが慌てて飛び起き、ベンチからずり落ちた。
「わ⋯⋯え⋯⋯、シャドウ?!」
シャドウは、何も語らず、続きの言葉を待った。
ナックルズが何かを隠そうとしてるのはわかっていた。
「⋯⋯⋯」
ナックルズは目をそらし、言葉を詰まらせた。
それから、少し間を開けて、口の端を笑わせながら言った。
「一人で自主トレしてたんだけどよ。⋯⋯もう、夜だし、下宿先まで帰るのが面倒だから。⋯⋯もう今夜は、野宿でいいやって⋯⋯」
(嘘だ)
シャドウはすぐに見抜いた。
少し離れたところにある街灯に照らされて、うっすらナックルズの全身が見えた。
口の端に、殴られたような痕がある。
傷の色合いからいって、ついたばかりのものだった。
この間横から突然ぶつかられた時も、身体が痣だらけだった。
思えばあの痣は、できたばかりの傷ではなかった。多分、シャドウとぶつかる前から既に痣があった。
あの時、坂の上から、ナックルズを怒鳴りつける声が聞こえた。
その瞬間のナックルズの怯えた顔。怒鳴りつけた相手の元へ慌てて戻っていったナックルズ。
シャドウは低い声で尋ねた。
「その顔の傷は、誰にやられた」
ナックルズは怯えた顔をした。
シャドウが傷に向かって手を伸ばした。
ナックルズは思わず肩をびくんと震わせて、のけぞり、目をつぶった。
(追い詰められている)
他人の感情に疎いシャドウでも、そのくらいはすぐにわかった。シャドウの声がさらに低くなった。
「⋯⋯困っているのか」
ナックルズは目をそらし、黙り込んだ。そして、かすれた声で小さくつぶやいた。
「誰にも、迷惑かけたくなくて⋯⋯⋯」
シャドウは黙って、ナックルズの腕を掴んだ。
ナックルズの腕を引っ張り、闇の中を走った。
ナックルズは黙ってついてくる。シャドウは振り返らずに、夜の小道をまっすぐ突っ切って、寮を目指した。
身体は冷たく、頭は妙に冷静だった。
(今の僕は、ただの闇だ。名前も顔もない、ただの⋯⋯)
寮につくと、裏庭にまわり、自室の窓を開け、そこからナックルズをこっそり招き入れた。
ナックルズは不安そうな顔をしていたが、構わずにタオルで全身を拭き上げ、毛布にくるませ、二段ベッドの下段に押し込んだ。
「ここなら、僕以外は誰も来ない。朝までゆっくり休んでいるといい」
そう言って、シャドウはベッドの縁に背をもたれかかせ、床に座り込んだ。
ナックルズは何も言わない。シャドウは目を伏せて、ただ時が過ぎるのを待った。
その時、雲間から月が出て、シャドウの顔を明るく照らした。
シャドウは月を見て、ふと思った。
(綺麗だ)
真っ暗だった心の中をぽっかりと照らす光。
つい手を伸ばしそうになる。
──届くわけがないのに。
月の光が無慈悲にシャドウの身体を照らす。
シャドウは、自分の毛並みが逆立っているのに気付いた。
自分の利き手──左手を見た。
小刻みに震えている。
(僕は⋯⋯ここにいる⋯⋯)
ゆっくりと拳を握り、開き、感触を確かめる。
耳元の荒ぶる呼吸音。
唾を飲み込む音。
(僕は、ここに生きて、呼吸をしている)
視線を、ゆっくりとベッドへ向けた。
(何のために、ここで生きている⋯⋯)
月の光がシャドウの姿をくっきりと浮かび上がらせる。
シャドウは、ベッドの上の毛布のふくらみをじっと見た。
ふくらんだ毛布から、赤い尻尾がはみ出ている。
びりびりと身体中に電流のような刺激が走る。
(僕の部屋に、ナックルズがいる)
鼓動が速まる。
腹の底から、マグマのように熱い何かが湧き上がっていく。
(⋯⋯欲しい⋯⋯⋯⋯)
月の光に焦がされるように、シャドウの影がベッドへ落ちた。
(彼の足で、僕の部屋に入ってきた。⋯⋯彼はもう、僕のものだ)
シャドウは、震える手で毛布を掴み、ひと思いに剥ぎ取ろうとしたその時、
毛布の中から、途切れ途切れに、震えるような呼吸音が漏れ出ているのに気付いた。
泣き声を押し殺すために、必死に耐えている音。
──ナックルズが泣いている。
誰にも聞かれないように、見られないように、たった一人で、平気な振りをして、ただただ耐えようと、息をひそめて、唇を噛みしめている。
シャドウが招き入れた、シャドウの部屋の毛布の中で。
瞬間、
シャドウは毛布を素早くめくり、潜り込み、無理やりナックルズに飛びついて、抱きしめた。
「離せ⋯⋯」
ナックルズがシャドウの腕の中で滅茶苦茶に暴れる。
シャドウはがっちりと両腕で縛って絶対に離さなかった。
(君は今、僕のものだ。僕のものだから、僕が守るんだ)
シャドウは、ナックルズを抱きしめたまま身を乗り出して、ナックルズの目から流れ出る涙に吸い付いた。
「あっ、あ⋯⋯やめろ⋯⋯」
頬をつたう涙を舌で舐めとり、目元にまた吸い付く。
「ひっ⋯⋯う⋯⋯やめろ、って⋯⋯」
両目の涙を舐めとり、吸い尽くすと、そのままナックルズに無理やり抱きついたまま目を閉じた。
ナックルズは身をよじって肩を震わせていたが、そのうち力を抜いて、動かなくなった。
翌朝。
シャドウが目を開けると、すぐにナックルズと目が合った。
「離せよ」
低い声で言われ、シャドウは慌てて跳ね起き、ベッドから転がり落ちた。
ナックルズがゆっくりと立ち上がる。目元は赤く腫れ上がっていた。
ナックルズが気まずそうに顔をそらす。
シャドウは目をぐるぐると回して、昨日の事を思い出した。自分が自分でないかのような感覚に陥る。
ナックルズを部屋に招き入れた事。
ナックルズに近付き、毛布を剥ぎ取ろうとした事。
ナックルズの泣き声を聞き、毛布に潜り込んで抱きしめた事。
ナックルズの涙に吸い付き、舐めとった事。
全部が全部、説明がつかない。
そして、目の前のナックルズに、今何を言えばいいのか。
それが一番わからない。
シャドウは、身を引き裂かれるような思いで、すがるようにナックルズを見つめた。
「じゃあな、俺、戻らなきゃ」
ナックルズはそれだけ言い、窓から出ていこうとした。
はねるように前のめりになって、シャドウは必死で言った。
「き⋯⋯君はスポーツ推薦だろう。確かうちの大学は、推薦入学なら、通常は寮暮らしなんじゃないのか」
ナックルズが振り向いた。
「寮は満室で、入れないって。だから俺は⋯⋯」
そう言うと、言葉を詰まらせ、そのまま窓から出ていった。
シャドウは呆然として、自室のベッドを見あげた。
シャドウが使っている二段ベッドの上側は、誰も使っておらず、空っぽだった。
日が昇り、朝食をとると、シャドウは寮を出て、講義を受けた。
ソニックを探したが、見つからなかったので、再び必須講義を受けた後、食道へ向かった。やはりソニックはいない。
(やはり、連絡先を交換しておけばよかったか)
シャドウは再び講義を受けた後、夕方になり、ようやくロータリーで休憩をしているシルバーを見つけた。
「ソニックはどこだ」
挨拶もせず、シルバーに尋ねた。
シルバーも、特に気にせず即答する。
「ソニックなら、今度スケボーの世界大会に出るらしいから、今日からしばらく休みだぜ」
シャドウは呆れて言った。
「バスケの大会で散々暴れ回っていたと思ったら、今度はスケボーか。めちゃくちゃな男だな」
だが、本題はそこではない。仕方なくソニックではなくシルバーに尋ねてみた。
「ナックルズは今、どこに住んでいるんだ」
「スポーツ推薦の特別枠だから、監督の家に居候って言ってたぜ」
シルバーは事もなげに答えた。
シャドウが間髪入れずに告げる。
「ではナックルズの様子がおかしいのは、そのせいか」
「え⋯⋯っ」
シルバーはシャドウの言った意味が理解できず、不安そうな顔になった。
「部室はどこだ」
「あ、あっちのグラウンドの近くのはずだけど⋯⋯」
シャドウは、グラウンドのある方角に身体を向けて言った。
「ナックルズは部活の監督、あるいは同じ部活の仲間連中に、圧力をかけられている」
シルバーが身体を硬直させる。シャドウは顔だけをシルバーの方に向け、容赦なく続けた。
「君はナックルズと親しいのか?彼の身体中の痣に違和感を少しでも覚えなかったのか」
シルバーは一瞬、ハッとした顔になったが、それでも信じたくないようだった。
「そんな⋯⋯まさか。だってナックルズが、激しいスポーツだから、このくらいの怪我なんて普通だ、って⋯⋯」
シャドウは説得を諦め、グラウンドに向かって駆け出した。
グラウンド近くに建つ部室棟。
シャドウは、部室の中を順番にのぞく。そして、鍵のかかった部室をみつけた。
中で気配がする。荒い呼吸と、慌てるような小声。身を潜めるような複数の衣擦れの音。
部室のドアは簡素で古めかしい作りのものだった。手刀で難なくノブを破壊し、無理やりドアをこじ開けた。
中に入ると、暗がりの中で、ボロボロの毛並みでぐったりするナックルズと、ナックルズの身体を乱暴に掴む、複数の男達がいた。
瞬間、シャドウは立っている全員を体当たりで吹っ飛ばし、駄目押しに全員の両頬を往復して殴りつけた。
うめき声をあげて順番に男たちが沈んていく。
部室の奥に積み上げられたマットの上に、男たちを掴んで投げ飛ばし、積み上げた。
そしてシャドウは、倒れているナックルズに近づいた。
ナックルズは、シャドウを見上げ、息絶え絶えに言った。
「おっ……おれは、だいじょうぶ………」
シャドウの身体中の血が逆流した。
とっさにナックルズの上に馬乗りになり、肩を掴んで揺すりながら言った。
「⋯⋯どこが。言ってみろ。どこがどう大丈夫なんだ。肩か腰か、頭か」
「あっ⋯⋯う、⋯⋯いっ⋯⋯やめ⋯⋯」
「何をされてもそれか。だったら、嫌なら抵抗してみせろ」
シャドウは低い声で言い、両肩を抑えつけて、首に噛みついた。
「うあっ!」
ナックルズの身体がびくんとはねた。
シャドウは両腕の力をさらに強めて、首筋から肩にかけて、容赦なく何度も噛みついた。
「あっ、ひっ⋯⋯んっ⋯⋯⋯あ、う⋯⋯」
シャドウは体勢を変えて、さらに腕の付け根を何度か噛み、胸元に口をつけた。
「ひっ⋯⋯う、⋯⋯ひっ⋯⋯」
ナックルズは震えながらしゃくり上げ、身体をすくませていた。
シャドウは頭を上げて、ナックルズの首を掴み、言った。
「⋯⋯なぜ抵抗しない。抵抗しないなら、いっそこのまま⋯⋯」
シャドウの声が震える。
そのまま胸元に視線を戻り、顔を近づけたその時、
「シャドウ!待てよ、どこだ?!」
遠くからシルバーの声が近づいてきた。
途端にシャドウの顔つきがみるみる変わり、一気に青ざめる。
「ぼ、僕は⋯⋯⋯ああ⋯⋯⋯」
シャドウはよろけながら立ち上がり、そのまま部室を飛び出して逃げていった。
ややあって、シルバーがやって来た。
ドアが壊された部室を見つけ、中を覗き込み、飛び上がった。
部屋の中には、マットの上に積み上げられて気絶した男達の山と、中央にはボロボロのナックルズが倒れていた。
シルバーは慌ててナックルズを抱え起こした。
ナックルズと、山積みにされた男達を交互に見る。ナックルズの顔に、涙の跡があるのを見つけ、震える声で言った。
「ナックルズ。⋯⋯こいつらに意地悪されてたのか。俺、全然気づけなくて⋯⋯」
ナックルズがうっすらと目を開けた。シルバーを視界にとらえ、少し安心したような顔で言った。
「⋯⋯違う。俺が我慢しないと、他の一年のメンバー全員に迷惑がかかる⋯⋯」
そのままナックルズは再び目を閉じ、気絶してしまった。
数時間後。
ナックルズが目を覚ますと、そこはシルバーの自宅アパートだった。
「ナックルズ!よかった⋯⋯もう大丈夫だぜ。ここは俺の部屋だ」
ナックルズは、部屋をキョロキョロと見渡した後、ばつが悪そうに言った。
「先輩たちはどうなったんだ?いきなりシャドウが来て、全員ボコボコにしちまったんだ」
シルバーは眉をしかめて言った。
「あ⋯⋯あんなやつらの事、放っておけよ。アンタを酷い目に合わせたやつらなんだろ」
ナックルズは無理やり起き上がろうとした。シルバーが制止する。
「寝てろよ!全身傷だらけじゃないか」
「言ったろ。俺が何とかしないと、他の一年に迷惑がかかるんだよ」
ナックルズは焦った顔で言った。シルバーを押しのけて立ち上がろうとする。
シルバーが叫んだ。
「俺の言う事だって少しくらい聞いてくれよ!ソニック程、頼りにならないかもしれないけど、俺だって⋯⋯!」
ナックルズはハッとした顔で固まって、うつむき、動かなくなった。
シルバーは少し気まずそうな顔をしたが、すぐに立ち直り、明るい声で言った。
「まずは、身体ふいてもいいか?勝手に身体を触るのも失礼かなって。後ろ向いてくれよ、背中からな」
ナックルズは、少しうろたえたが、大人しく背中を向けた。
「ナックルズは筋肉質でいいなぁ。俺もアンタくらい、でっかい背中になりたいんだけどな。スポーツしてる男の背中って感じだよな」
シルバーは優しく背中を拭きながら楽しげに言った。ナックルズはうつむいたまま、黙ってシルバーの声を聞いていた。
シルバーは背中を拭き終わり、肩を拭こうとして、手を止めた。
「これ、歯型か?これもあいつらにやられたのか?」
心配そうな声で尋ねながら、肩の傷にシルバーがそっと触れた。
ナックルズは目を見張り、慌てて傷を手で覆い隠し、恥ずかしそうに言った。
「これは違う。これは、別に⋯⋯いいんだ」
その夜。
シャドウは、気を取り直し、亡き義父の知己である、世界大学スポーツ連盟の会長に連絡をとった。
すぐに関連のスポーツ機関のコネクションをたどり、ナックルズの所属する部活の実態調査と再編、選手の保護を約束させた。
(僕が他人のために、こういう働きをするなんて)
それから、深く息を吐いて、自室の床に座り込んだ。
自分で自分がわからない。
ナックルズに会って以来、自分の内側にあったはずのものが、外側にあったはずの壁が、全てガラガラと崩れて形をなくしていくようだった。
いくら考えてもわからない。
何故こうなる。何故苦しい。何故我慢できない。
結局シャドウは、全てが崩れ落ちた後、そこに残ったたったひとつのものを、心の中で吐き出した。
(ナックルズに会いたい)