第40話「僕たちの帰る場所」

太陽が高く昇る、青い空の下。

カオスコントロールによる次元の歪みから飛び出したナックルズは、シャドウやソニックと共に、エンジェルアイランドの大地を踏んだ。

ナックルズは、真っ直ぐエメラルドの祭壇に向かい、ゆっくりと石段を登った。

頂上に立つと、マスターエメラルドの目映い緑色の光がナックルズを出迎えた。

両手をエメラルドに掲げ、ナックルズは、しばらくエメラルドを抱きしめるようにして身体を預け、両目を閉じた。

島の風。

草の息吹。

静かに横たわる遺跡群。

── 優しく温かな、エメラルドの光。

ナックルズは、島の鼓動を全身で受け取った後、小さな声でつぶやいた。

「⋯⋯やっぱり、本当に大事なものだけは、見失っちゃいけねぇんだな」

その日、三人は島の中でゆっくりとした時を過ごした。

ソニックがはしゃぎ、シャドウが諫め、たまに怒り、ナックルズは静かに二人のやり取りを見ていた。


数日後。

シャドウはエージェントとして戦線に復帰し、コルタリア国内のエージェントの活動に参加した。

自分たちの活動の痕跡がみつかっていないかを入念に確認するためだった。

現場の様子を探りながら、情報端末でコルタリア関連の報告書を片っ端から読み漁る。

女神イオシスの顕現については、コルタリア国内で邪教の信仰が蔓延し、悪魔召喚に失敗した末の大事故が起きたという見解に落ち着いてたようだった。

(まぁ⋯⋯あながち、間違いではないな)

暁の船団がコルタリア国内で強い影響力を行使していた事についての報告も上がっていたが、暁の船団がどこから来て、どういう目的でコルタリア政府中枢に侵入したのかは明らかになっておらず、「邪教集団が国内で発生し、政治的混乱をいっそう強めた」という内容報告に収まったようだった。

シャドウは早々にコルタリアの偵察を切り上げ、いつもの地下施設へ帰還した。

情報処理室で諸々の事務処理を済ませ、早めに仕事を終わらせようとしていると、ルージュが部屋に入ってきた。

ルージュがシャドウの顔を一目見て、含みのある笑顔で言った。

「お急ぎのようね」

「色々あったんだ」

ナックルズの事について、ルージュには嘘をついてごまかす必要もないが、細かに説明する必要もない。

シャドウはそう判断して、曖昧な言い方にとどめ、さっさと退勤処理を済ませ、ドアノブに手をかけた。

「まだ勇気は出ないの?誰よりも熱心に通う情熱はあるのに」

ルージュが、情報端末を操作しながら、シャドウに背を向けたまま言った。

シャドウは少し考え、ルージュの背中を見つめながら返した。

「彼を傷つけたくはない。だが、もう逃げないと決めた。⋯⋯今言えるのは、それだけだ」

シャドウは情報処理室を出て、地下施設から街へ繰り出した。

買い物を済ませると、すぐにカオスコントロールでエンジェルアイランドにテレポートした。

エンジェルアイランドの祭壇の頂上で、今日もナックルズはエメラルドの護衛に勤しんでいた。

上空から島に降り立ったシャドウは、祭壇の階段を登り、ナックルズに向かって歩み寄っていった。

「来たな。待ってたぜ」

ナックルズがゆったりとした動作でシャドウを出迎える。

「遅くなってすまない。相変わらずこの島は穏やかでいいな」

ナックルズは、静かな笑みを湛え、フンと鼻を鳴らすと、腕を組み、再び正面へ向き直った。

シャドウは、手にしていた紙袋を前に出し、ナックルズの方を見た。

真っ赤な毛並み。

尖った鼻筋。

無骨で強靭な、守護者の横顔。

思わずぼんやりと見惚れて、しばらくその場に立ち尽くしていた。

(⋯⋯ナックルズが、エンジェルアイランドに⋯⋯帰ってきた)

じんわりと喜びがこみ上げてきて、思わずシャドウは顔を背けて空を見上げた。

今度こそ離れない。ずっと側にいる。

何があっても、共に戦い、共に語らい、共に触れ合い、

⋯⋯共に生きる。

シャドウは指先から肩へ、背中から頭のハリまで、全身が喜びと興奮で震え出すのを抑えられなくなった。

(君が欲しい。永久に。でも、君を傷つけたくない)

紙袋を持ったまま、拳を握りしめ、必死で頭の中で欲望をコントロールした。

(⋯⋯⋯⋯右腕が、欲しい)

シャドウは勢いよくナックルズの方を振り向き、一歩前へと歩み出た。

ナックルズは、半開きの口で、ぼんやりとした表情で空を見上げていた。

しかし、シャドウの目線に気付き、慌ててシャドウの方に向き直る。

「お、おう、シャドウ⋯⋯どうした?⋯⋯⋯あー、右腕か?ほらよ」

ナックルズはシャドウの表情を見て、すぐに気付き、笑顔で右腕を差し出した。

シャドウは紙袋を置き、右手を受け取った。

両手でナックルズの右手を包み、しばらくグローブ越しのごつい掌を見つめていたが、ナックルズの顔を見つめ直して言った。

「ナックルズ。⋯⋯⋯ジークの事が、まだ心配なのか」

シャドウは気付いた。

エメラルドの警護の最中に、口を開けてぼんやりしているなんて、いつものナックルズがやるわけがない。

ナックルズが目を丸くして黙り込んだ。

ややあって、穏やかな表情のまま、ナックルズがつぶやいた。

「⋯⋯⋯⋯知らねぇ。⋯⋯あんな口の悪いやつの事なんて、もう忘れちまった」

シャドウは思わずナックルズの右手を離した。

シャドウが一歩前に出て何かを言いかける前に、ナックルズが空を見上げて言った。

「俺はもう、ここから動かない。だから、お前も⋯⋯」

シャドウは動けなかった。

ナックルズがシャドウの顔を見つめ直して、言い淀んだ。

「⋯⋯いや、なんでもない。そうだ、フルーツジュースでも飲んでけよ。今朝、甘いフルーツがたくさん採れたんだ」

ナックルズが祭壇からゆっくりと降りていく。

「ハビシュが君のフルーツジュースを飲ませてもらう約束をしていたと言っていた。あれは、一体⋯⋯」

咄嗟にシャドウは赤い背中に向かって、思いついた言葉を投げた。

「たいした約束じゃねぇよ。ハビシュもきっと忘れてるだろ」

ナックルズは振り向きもせずに答え、祭壇を降りていく。

シャドウは紙袋を拾い、必死にナックルズに駆け寄り、詰め寄った。

「今日はソニックは来ていないのか」

「さっき来たから、すぐに追い返したぜ。そろそろお前が来るだろうと思ったからな」

シャドウは立ち止まった。

ナックルズの右手を取り、紙袋をナックルズに持たせると、ナックルズの目を見て言った。

「これは僕の気持ちだ。でも、今は帰る。⋯⋯僕は⋯⋯もう逃げない。⋯⋯君の気持ちから。君の心から」


セントラルシティのチリドッグ屋をあちこち探しまわって、シャドウはようやく五件目のチリドッグ屋の近くで、煉瓦の山に腰かけてぼんやりしているソニックを見つけた。

「ソニック。来い。ナックルズの様子がおかしい」

シャドウはソニックの前に立ちふさがって、カオスコントロールでソニックを島に運ぼうと、左肩を突き出した。

ソニックはチラリとシャドウを見やると、欠伸をしながら背伸びをして煉瓦から飛び降り、シャドウに背を向け、小石を蹴った。

「知らないね。ナックルズも色々あって、疲れちまったんだろ。お前が慰めてやれ」

「適当な事を言うな。君はナックルズの親友なんだろう。以前も言ったが、ナックルズが少し疲れただけで、大事なエメラルドの警護をしながら、あんなにぼんやりと虚しい顔をするものか」

「お前は、選ばれたんだよ」

シャドウは黙り込んだ。

ソニックが寂しそうな顔で笑った。

二人の間に冷たい風が吹いた。

シャドウは、動けなかった。

ソニックがシャドウをまっすぐ見て、優しく言った。

「でもそれでいい。二人で、幸せになれよ」

そのままソニックは動けないシャドウを置いて、通りの人込みの中へ走って消えていった。


エンジェルアイランド。

はるか天高くに浮かぶ、美しき古代の島。

赤い毛並みの孤独な守護者は、マスターエメラルドの前で、遠い目をしてしゃがんで空を見上げていた。

シャドウが再びやってくるのを見て、赤い守護者──ナックルズは、チラリと目線を向けた後、少し微笑み、再び目線を空に戻した。

シャドウは腰元に置かれた紙袋を見た。

シャドウが渡した紙袋。

空になった、お菓子の包み紙。

──ルージュに教えてもらったお店の、イチゴのカップケーキ。

お菓子に添えられていたメッセージが、紙袋の隣りに開かれ、そっと置かれている。

“君の事が好き”

シャドウは、ひざまずき、ナックルズの肩をつかんで言った。

「⋯⋯ナックルズ。本当の事を言ってくれ。ジークの事が心配なんだろう」

「知らねぇよ。あんな口の悪い、意地っ張りなやつ」

ナックルズは身をよじってシャドウの手を振り払おうとした。

シャドウは手を離さない。

「ハビシュは君を助けるために、身体をはってコルタリアに乗り込んだんだ。君の作るジュースを楽しみにして」

「頼んでねぇよ、そんな事」

ナックルズは眉をしかめて顔を背ける。

シャドウは両肩をつかんで、揺さぶりながら言った。

「ソニックが寂しがってたぞ。君が僕の事ばかり優先するから⋯⋯」

「あいつには俺以外に遊び相手なんていくらでもいるだろうが!俺には!」

ナックルズが両手を振りほどき、立ち上がって叫んだ。

「お前しかいない」

風が止んだ。

虫の音も聞こえない。

沈む夕日だけが、二人の間に差し込んでくる。

「マスターエメラルドとエンジェルアイランドと、お前くらいしか、俺に守れるものなんかねぇ」

渇ききったシャドウの喉が、ゆっくりと上下する。

「お前の言った通りだよ。あの女神を壊そうとして、俺は死にかけた。お前らの助けがなけりゃ、ここに戻ってくる事なんてできなかった。籠の中に閉じ込められて、なんにもわからず、なんにもできねぇ。籠から出りゃあ、今度はやぶれかぶれで暴れるだけで⋯⋯一人じゃなんにもこなせねぇ」

「俺はエメラルドの守護者だ。あんな無様な真似、二度とは御免だ。⋯⋯⋯俺にできるのは、結局、本当に大事なものを守るって事だけだ」

ナックルズは静かにマスターエメラルドを見上げて言った。

その瞳には、強い孤独と覚悟の光が宿っていた。

「島があって、祭壇にエメラルドがあって、お前がたまに俺に会いに来てくれる。⋯⋯⋯俺はそれでいい。それだけあれば、俺は生きていける 」

シャドウは、ナックルズの瞳に宿る光を黙って見つめていた。

そして、一歩前に出ると、ようやく言葉を紡ぎ出した。

「⋯⋯⋯君が欲しい。永久に、君の全てを。君を僕の中にずっと閉じ込めていたい。⋯⋯⋯でも、それは僕の勝手な願いだ⋯⋯⋯ただの、妄想だ」

「別にいいぜ。やるよ、全部」

ナックルズは苦笑いして両手を差し出した。

「違う!勝手に気軽に差し出すな!君が一番君の価値をわかっていない!」

シャドウは思わずナックルズを突き飛ばした。

ナックルズがよろけて後ずさった。

戸惑いながら、しかめっ面でシャドウを見やる。

「な、なんなんだよ⋯⋯」

シャドウはかすれる声を絞り出しながら叫んだ。

「僕は君を。⋯⋯君の心を、守りかったんだ。君をひとりぼっちのまま、ここに閉じ込めたかったわけじゃない。⋯⋯⋯君から全てを奪いたかったわけじゃ、ない⋯⋯⋯!」

ナックルズがシャドウを見つめる。

シャドウは一歩下がり、ナックルズを見つめ返して言った。

「僕は行く。君の心を取り戻すために。待っていてくれ。君の大事なものを取り戻したら、必ず君の元へ帰ってくる」

シャドウがさらに一歩下がる。

ナックルズは動かない。

夕日が、静かに沈んでいく。

二人の身体が、少しずつ闇に溶けていく。

「その時は⋯⋯⋯その時は、また、君に触れる事を許して欲しい」


雌伏の谷。

暁の船団が創世を願いながら隠れ潜む、次元の狭間の暗い渓谷。

師団長ジークは、拠点の中にある白い簡易ベッドの上で、熱と痛みにうなされていた。

何かの気配にふと気づき、熱さにうだる頭を少しだけ動かして、うっすらと目を開ける。

──黒いハリネズミ。シャドウが、視界の真ん中にぼんやり映る。

「幻⋯⋯覚⋯⋯?」

「そんなわけあるか。僕だ、シャドウだ。起きろ、用があって来た」

ジークはしばらくシャドウを見つめていた。やがて我に返り、

「うあああ?!」

首から上を持ち上げ、叫び声を上げた。

「シャ、シャドウだと?!何故⋯⋯どうやってここまで来た⋯⋯?!」

ジークは這うように上体を前に倒し、うめくように言った。

「先日、お前達がクリムゾンプリズムの力を使い、コルタリアで大規模な次元トンネルを作っただろう。コルタリアの祭壇に残っていた次元の歪みの残滓を感じ取り、カオスコントロールで隙間をこじ開けてここまでやって来た」

「た、確かに、大規模な次元トンネルは、隙間を綺麗に閉じるのが難しいが⋯⋯そこに気付いて、実現しやがるとは。なんてやつ⋯⋯!」

シャドウはジークの驚く様子に見向きもせず、周囲を軽く見回して尋ねた。

「ここはお前の部屋か」

「違う。医療室だ。⋯⋯くそ、部下を追い出して一人になったのが裏目に出ちまった」

ジークはよろよろとベッドから起き上がって腰かけ、胸のプリズムに両手を当て、回復魔法を発生させた。

「⋯⋯待て。なんだ、その怪我は」

「俺の事より、用件をさっさと言え、侵入者」

ジークがプリズムに手を当てたまま悪態をついたが、構わずシャドウは追及した。

「用件は、お前と暁の船団の現在の状況についてだ。その様子だと、また懲りずに磔にされたのか。女神を復活させようとでもしているのか?」

シャドウは呆れてジークの身体を眺め回した。身体中のあちこちに、また新たにつけられたらしい痣がある。

「ち、違う⋯⋯!こっちにも事情が⋯⋯」

「全て吐け。ナックルズがお前の状況を知りたがっている」

シャドウは躊躇なくジークの両腕をつかみ、ベッドの上に、うつぶせに倒して制圧した。

「引き続き回復魔法が使いたいなら、今の状況を僕に全て説明しろ」

「ふ⋯⋯ふざけるんじゃねぇ!なぶるくらいなら、いっそ殺せ!くそ野郎!」

ジークが顔面をベッドのシーツに埋められたまま、くぐもった声でシャドウをなじった。

シャドウは淡々と返す。

「お前の世界の創世のために、暁の船団をまとめあげるのが今のお前の責務のはずだ。ここで僕に殺されかけている場合か?今はどんな状況だ」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

ジークの身体からすぐに力が抜けた。

シャドウが手を離すと、ジークが諦めたような顔でゆっくりと起き上がり、再びプリズムに手をかざしながら、低い声で話し始めた。

「⋯⋯我ら暁の船団は、コルタリアの一件にて女神を失いはしたが⋯⋯新たなる世界の創世へ向け、現在模索の真っただ中だ。政治的には芳しくない状況といえる。衛兵中心の新創世派と、神官中心の女神復古派でまっぷたつに分かれて、対立中だ」

シャドウはニヤリと笑って言った。

「なるほど。お前は当然、新創世派というわけだな。それかあるいは、師団長としての立場と神託の魔術師の立場を今も兼任しているせいで、両派閥の間に挟まれてボロボロの状態といったところか」

ジークが苦い顔をしてうつむき、黙りこくった。

そして力なく首を振って言った。

「元々神官と衛兵は立場の違いもあるから、不仲なのは昔からだ。今さら物理的に殺し合いをするような馬鹿はしない。要するに、落としどころを見つければいいだけだ。俺が間に入ってなんとかする。⋯⋯状況の報告は以上だ。じゃあ、とっとと帰れ⋯⋯」

「状況を打破するには、創世を成す事だ。あるいは、創世が実現可能である事を証明してみせる事」

シャドウが静かに笑って言った。

「⋯⋯何を言っている」

ジークが真顔で尋ねた。

「僕は、お前の世界の創世を最速で実現させるためにここに来た。会議室を用意しろ。さっそく作戦の計画に取り掛かるぞ」

シャドウが言って、出口の前に悠々と立った。

ジークは慌てて駆け寄り、視線を左右に彷徨わせたが、にらむように正面を見据え、医療室の扉を開けた。


ジークは密談用の個室にシャドウを誘い入れた。

シャドウは目の前の椅子に腰かけると、すぐに話を始めた。

「ジーク。お前は、コルタリアで女神が倒された直後、衛兵たちの前で、即座に“新たなる創世”を謳った。つまり、ある程度は、その実現方法を想定していたという事だろう」

「⋯⋯確かに、方法はある程度想定している。だが、実現できるかどうかは⋯⋯」

「まずは説明しろ。次に、実現の可能性についての議論だ」

ジークの説明が始まった。

かつてジークたちが暮らしていた世界──“クアンタ”は、過去に起きた大規模な魔法戦争が原因で、強い瘴気に侵されている。そして、瘴気を食らう化け物たちが跋扈する、地獄のような世界へと変貌しているとの事だった。

ジークはクアンタに関する状況を簡潔に説明すると、少し顔をあげて話を続けた。

「強い瘴気と化け物のせいで、クアンタは現在とても生き物の住める世界ではない。しかし、バイオエネルギーを利用して瘴気を浄化する技術を秘密裏に開発している連中がいる。神官たちとの政治戦争で敗北し、異世界へ追いやられ、困窮していた研究者たちなんだが⋯⋯俺が秘密裏に連絡を取って、細々と支援を続けていたんだ。それがようやく実用可能な段階にまで到達してきている」

「その連中を呼び戻し、バイオマスによってクアンタの瘴気を浄化させ、居住可能な世界に戻していくというわけか」

シャドウが首を傾けて考える仕草をした。

ジークがうなずきつつも、難しい顔をして眉間を抑えた。

「そうだ。しかしその前に、クアンタには瘴気の中で適正化した化け物が跋扈している。⋯⋯そいつらを討伐しなければ、バイオエネルギー生成用の拠点が作れない」

「なら、僕がその化け物を倒す」

シャドウが迷いなく言い切った。

ジークが思わず前のめりになってシャドウを見たが、すぐに座り直して、眉をしかめた。

「⋯⋯危険だぞ。何故、そこまでして俺を手伝おうとする?」

シャドウはジークをまっすぐ見たまま答える。

「ナックルズのためだ」

「ナックルズの⋯⋯?」

「ナックルズは、今もお前の事を心配している。本当はお前の事を直接助けてやりたいんだろう。でもできない。彼は、マスターエメラルドの守護者だ。島から離れる事ができない。⋯⋯なら、僕がお前の創世を手伝ってやる。ナックルズの代わりに。ナックルズの心の平穏のために」

シャドウはテーブルに手を置きながら、ひとつひとつ確認するように、ゆっくりと言葉を放った。

ジークはしばらく黙ってシャドウを見つめていた。

それから、拳を震わせ、噛みしめるように静かにつぶやいた。

「お前はそこまでして、ナックルズの事を⋯⋯⋯」

うつむき、祈るように両手をテーブルの上で重ね、肩を震わせる。

それから、

「つまり、やっとナックルズを抱いたって事か!」

顔を上げ、晴れやかな笑顔で言い放った。

「二度とその言葉を僕の前で使うな」

シャドウが血の気の失せた顔で殺気を放つ。

ジークはシャドウの態度を受け、無念の表情で肩を落とし、憎らしげにうめいた。

「抱いてもいないくせに、命はかけやがる⋯⋯⋯イカれ夫婦未満め」

シャドウは思わず立ちあがってテーブルを叩いた。

「殺すぞ!下卑た言葉でよくもナックルズを⋯⋯」

ジークは面倒くさそうに右手を振り、話を戻す。

「お前の主張はわかった。しかし、クアンタの化け物は手強い。いくらお前といえどもな。コルタリアで女神イオシスを屠った時のように、クリムゾンプリズム本体の力を借り、肉体を強化して出撃するべきだ」

「クリムゾン化か。できるのか?コルタリアでは、ナックルズがクリムゾンプリズムの支配権を女神から奪う事で実現したが⋯⋯」

シャドウが再び椅子に座り直し、ジークを軽くにらんだ。

ジークは少し身体を傾け、目を伏せて答えた。

「俺がプリズム本体の力をコントロールして、お前にプリズムのエネルギーを送り込む。新たなる創世のため。そして、“ナックルズのため”にな」

「どうやって?」

「クリムゾンプリズムを祭壇から盗んで、お前と一緒にクアンタの世界に飛び込む」

シャドウが思わずジークをまじまじと見入った。

「盗む?お前が?プリズム本体を?」

ジークはつい咳き込んだ。

苦々しい顔でテーブルに指を這わせ、両目をせわしなく左右に動かす。

「そ、創世のためだ。クアンタの化け物を倒すためには、どうしてもプリズム本体を直接現地へ持ちだす必要がある。正面から要請しても、承認なんか降りるわけがない。こ、こっそり盗み出して使い、化け物を倒した後で、こっそり返す⋯⋯」

「鞭打ち覚悟でか」

シャドウが真顔で突っ込んだ。

ジークが立ち上がって叫ぶ。

「だ、黙れ!ナックルズにはバラすんじゃねぇぞ。さっそく実行に移す。少し待て」

ジークは立ち上がると、胸元のプリズムに手を当てて、遠隔魔法により、祭壇近くの気配を探った。

「下位の神官や衛兵が見回るのは祭壇の手前の前室までだ。最奥部の祭壇に鎮座するプリズムが消えても、しばらくは誰も気付けまい」

「なるほど、優秀な宝石泥棒がいたものだ」

ジークはすまし顔で皮肉を放つシャドウをにらみつけると、プリズムの力によるテレポートを駆使して、祭壇からあっさりとクリムゾンプリズム本体を盗み出した。

「クアンタへの次元移送を補助するための転送台がある。こっちだ」

大きなクリムゾンプリズムを二人で抱え、転送台へ向かったところ、曲がり角でばったりと見張りをしていた二人組の衛兵に遭遇した。

シャドウは咄嗟に身構えたが、衛兵たちは、ジークを見て、プリズムを見て、転送台を振り向いて見た後、手伝います、とだけ言って、転送の準備をし、敬礼をして二人を見送った。

ジークは、直属の部下だ、とだけ言い、転送台へプリズムを立たせた。

二人は、クリムゾンプリズムにしがみつきながら、次元の奔流に身を委ねた。


やがて、ジークが右手を前にかざすと、目の前が開け、二人は次元の外へ降り立った。

血のような濃い匂いが鼻をつく。

赤黒い霧が立ち込め、周囲の黒い岩肌の表面は、瘴気により溶けかけ、不気味にてかっている。

視界は極端に悪く、ぼんやりと赤黒く光る空を見上げながら、シャドウは油断なく身構えた。

ジークはクリムゾンプリズムに手を当て、赤い光の結界で二人を囲った。

「今は天候が穏やかだが⋯⋯数時間おきに強酸の嵐が来る。⋯⋯こちら側の転送台は、強酸で溶けかけている。まずいな」

ジークが周囲を見渡して言った。シャドウは警戒を緩めずに尋ねる。

「化け物はどうやって探す?見つけた個体を片っ端から殲滅すればいいのか」

「ひと際大きなボス級の個体がいる。俺たちはそいつをネビュロスと呼んでいる。ネビュロスは他の個体を操り、食らい、不気味に成長を続けている。⋯⋯そいつさえ倒せば、あとはお前の助けがなくとも、結界を張りながら拠点を作るだけの余裕はできるはずだ⋯⋯」

ジークがそこまで言いかけて、シャドウの腕を突然つかんだ。

「⋯⋯⋯ネビュロスに気付かれた!急いで、プリズムの力をお前に送り込む」

ジークの腕を経由して、シャドウの身体に凄まじい熱量のプリズムエネルギーが一気に送り込まれていく。

シャドウは目を閉じ、静かに体内のエネルギーをコントロールしていたが、不意に違和感を覚え、目を開け、ジークの方を見た。

「⋯⋯⋯ぐ、⋯⋯う⋯⋯⋯⋯」

ジークの身体が震えている。

クリムゾン化に必要なだけの、爆発的なプリズムエネルギーの激流に身体が持ちこたえられないようだった。

「どけ。僕が直接エネルギーを取り込む⋯⋯」

シャドウはジークの身体をクリムゾンプリズムから引き剥がし、直接プリズムに触れた。

しかし、プリズムのエネルギーは詰まったように滞り、うまく流れ込んでこない。

ジークがよろけながらプリズムにしがみつき、再びエネルギーをシャドウに送り込み始めた。

「お、お前はプリズムの適合者ではない。女神の器であるナックルズは、瞬時にお前の身体に爆発的なエネルギーを適合させて送り込んだようだが⋯⋯エネルギーを流入させる“接点”に触れないと⋯⋯要は、コツがいるって事だ。いいから、黙ってそこに突っ立ってろ」

ジークの額に脂汗がにじむ。シャドウは黙って両目を閉じた。

その時、地面が大きく揺れて、不快な衝撃波が二人を襲った。

直後、赤黒いヘドロの波が二人を押し潰す。

ヘドロの波に呑まれ、消えた二人の上空に、大蛇のような化け物がうねりながら現れた。

直後、赤い光の柱がヘドロを吹き飛ばし、クリムゾンプリズムとジークを抱えた、真っ赤なハリネズミが光の柱の中から飛び出してきた。

クリムゾンシャドウ。

クリムゾンプリズムのエネルギーで全身を赤く光らせたシャドウが、両手でプリズムとジークを抱えたまま、全身からエネルギーを放出させて、大蛇の化け物に一撃を浴びせた。

大蛇の化け物はけたたましい鳴き声を上げ、ぐるぐるととぐろを巻いて警戒を始めた。

「あ、あれがネビュロスだ。あそこの岩場に俺とプリズムを降ろせ。遠隔でお前を援護する」

ジークが少し離れたところにある、頂上が平らになっている台地を指差した。

ネビュロスが雄叫びをあげながら、身体に張り付いている鱗を、赤黒く細い蛇のような小型の化け物に変えて、こちらへ向かって大量に飛行させてきた。

シャドウは旋回しながら退避して、ジークとプリズムを素早く台地へ降ろし、真上に飛行し、カオスブラストの爆発で細い蛇の化け物を焼き消した。

同時に、空を覆う赤黒い雲の隙間から、不気味に黒光りする巨大な虫たちが、ネビュロスを守るように群がって降りてきた。

「数が多過ぎる。まるで巨大生物だ」

シャドウはネビュロスから離れ、大きく旋回しながら虫たちの様子を伺った。

すると、素早く何かが飛んで来て、シャドウの身体を掠めていった。

「く⋯⋯」

金属の針。ネビュロスの側面にある、ひれのような部位から飛んできたようだった。

黒い虫たちが同時に襲い掛かってくる。

シャドウが身構えたその時、下から赤い光の柱が立ち、黒い虫たちを一瞬で焼き払った。

ジークの魔法。

後方から赤い柱で周囲の虫の群れを次々と焼き払っていく。

シャドウは素早く斜め下に滑空し、そこから突き上げるように、ネビュロスの腹に突進し、渾身の一撃を加えた。

ネビュロスが大きくうねって、シャドウの身体をはじき返す。飛び回りながら、何度かやり合ってみたが、ネビュロスは動じない。

「たいして効かないか。弱点を探さないと、キリがないかもしれない」

ジークが、平らな台地の上で、クリムゾンプリズムにしがみつきながら叫んだ。

「お前の身体に結界を張る!攻撃は効いているんだ、柔らかそうな部位を狙って破壊しろ!」

シャドウの身体の表面が薄い光に包まれた。

シャドウは周囲に群がる黒い虫を手刀で捌きながら、構えなおした。

「腹よりも柔らかい部位。⋯⋯⋯当然、口の中か」

即座に正面からネビュロスに突撃した。飛んでくる金属の針を手刀で弾き返し、塊になって襲い掛かる細い蛇の群れを回転して吹き飛ばし、ネビュロスの口の中に飛び込んだ。

身体に薄く張られた結界と、ネビュロスの口内に詰まる瘴気がぶつかり合って電撃のような音が響く。シャドウは喉の奥に入り込み、腕を突き出して、カオススピアを発生させた。

「貫く⋯!」

腕に力を込め、カオススピアをネビュロスの喉に突き立てる。そして、ネビュロスの体内に向かって一気に突っ込んでいった。

ネビュロスの身体からカオススピアが突き出され、そこから真っ二つに裂けていく。

赤黒い滅亡の大地に、異業の化け物の断末魔が響く。

ジークはクリムゾンプリズムにしがみついたまま、真っ二つに裂けていくネビュロスをにらみつけていた。

しかし、すぐに異変に気付く。

「まだだ!まだネビュロスのエネルギー圧が消えきっていない⋯⋯何かが来るぞ!」

ジークが叫び終わるよりも早く、真っ二つに裂けたネビュロスの身体が、うねるように渦を巻き、天高く昇っていった。

シャドウは弾かれて飛び出し、付近の崖の横壁にぶつかって制止した。

渦になって天に昇ったネビュロスが赤黒い雲の中に隠れる。

そして───

ネビュロスの入り込んだ赤黒い雲が、閃光のような強い光を放ち、急速に渦を巻きながら、発達していった。

強風が吹き荒れ、赤黒い霧を巻き込み、世界そのものが渦の中に取り込まれていく。

パラパラと音を立てて何かが降ってくる。それはやがて、金属の霰となり、次第に強い酸性の雨となり───

砂も岩も大地も溶かす、強酸の嵐となっていった。

「ネ⋯⋯ネビュロスが⋯⋯死と引き換えに、強酸の嵐を呼びやがった⋯⋯!」

ジークは慌てて自身とプリズムの周囲に結界を張った。

そこら中で轟雷が鳴り響く。

ジークがシャドウを探して空を見上げると同時に、

ひときわ大きな雷が、ジークのいた台地に突き刺さり、その周囲を閃光で粉砕した。

「ジーク!」

気付いたシャドウがジークとプリズムに向かって飛んでいく。

シャドウは、地面にぶつかるすんでのところで、ジークを抱え、プリズムを背中に背負い、なんとか無事に着地した。

シャドウは、自身が放つプリズムのエネルギーが、急速に萎んでいくのを感じ、焦りの声を出した。

「時間切れか⋯⋯!クリムゾン化が解けていく」

シャドウは腕の中のジークを見た。

身体はぐったりして熱っぽく、両腕を痙攣させている。

クリムゾン化に必要な分の、爆発的なエネルギーの出力に耐えながらの戦闘で、魔力を使い果たしたようだった。

ジークがシャドウの目線に気付き、必死の形相で身体を起こした。

クリムゾンプリズムにしがみつき、赤い光を放出させる。

シャドウとジーク、プリズムの周囲に、赤い球体の結界が発生した。

強酸の嵐が地面を強烈に叩く。

二人を包む赤い球体が、強酸に打たれてバチバチと音を立てた。

シャドウはすっかり元の黒い毛並みに戻っていた。

ネビュロスが死んで、他の化け物は散っていったらしい。

ここにあるのは、二匹のハリネズミと、クリムゾンプリズム。プリズムの赤い光。

そして、溶けていく黒い大地と、赤黒く暴れ狂う、強酸の嵐だった。

ジークがプリズムにしがみつきながら、か細い声で言った。

「転送台は、まだ使えるかもしれない」

そう言われて、行きに使用した次元を移動するための転送台は、こっちの世界にも設置されていた事をシャドウは思い出した。

ジークが続ける。

「度重なる強酸の嵐で溶けかけてはいたが⋯⋯⋯お前なら、転送台付近の次元の裂けめの残滓を辿って、雌伏の谷へ戻れるかもしれない。一人で走って戻れ。遠隔でお前の身体に結界を張ってやる。⋯⋯お前の速さなら、最小のダメージで転送台まで到達できるはずだ。⋯⋯⋯俺は⋯⋯⋯嵐が去った後に、クリムゾンプリズムの力で次元移動できるから、別にいい」

シャドウは冷たい表情で返した。

「嘘だな。今張ってあるこの結界すら、長くはもたない。クリムゾンプリズムで次元移動するだけの魔力も、今のお前には残っていない。だから、僕一人だけを何とか優先して脱出させようとでも思っているんだろう」

ジークがシャドウを力なくにらみつけた。

シャドウは鼻を鳴らして腕を組み、目を閉じた。

「僕はナックルズの心の平穏を取り戻すためにここへ来た。お前を死なせてしまっては、僕がここに来た意味自体なくなる。お前が死なない脱出方法を急いで導き出せ」

「⋯⋯この嵐さえしのげば、転送台まで安全に移動できる。この結界をもっと薄めにしてギリギリもたせれば、転送台を使い、二人で脱出が可能だ⋯⋯」

「なら黙って集中して、少しでも回復に努めろ」


強酸の暴雨が、赤い結界を叩く音だけが響く。

ややあって、ジークがプリズムにしがみついたまま、かすれた声で言った。

「ナックルズを⋯⋯なぜ抱かない」

「こんな時に何を」

シャドウは短く息を吐き、眉をしかめた。

ジークがかすれた声のまま、噛み付くように言う。

「いい加減、ナックルズに対して責任を取ろうとは思わないのか。俺がお前とナックルズを巡って殺し合った意味はどこへ行ったんだ」

「そんな責任の取り方、ナックルズが望んでいない」

ジークの瞳が強く光った。

シャドウを静かにらみつける。

「逃げる気か。ナックルズのせいにして」

「僕は!」

シャドウが叫ぶ。

足元をにらみ、低い声を這わせた。

「ナックルズが欲しい。ナックルズの全てを。永久に。ずっと抱きしめて、僕の中に閉じ込めていたい」

ジークが顔を引きつらせる。

「粘着質な野郎だ」

「ナックルズが望むなら僕はいつでも、いくらでも、僕の全てを差し出してみせる。だけど、僕はそれでもナックルズを僕の欲望なんかで縛りたくはない。⋯⋯どんなに僕が欲しくても、ナックルズは自由だ。自由な守護者であるべきなんだ」

「それがお前たちの契りというわけか」

「僕の勝手な誓いだ。ナックルズに押し付ける気はない。これからもずっと、永遠に」

シャドウは目を伏せて、ナックルズの姿を思い浮かべた。

エメラルドの前に腕組みをして立つ姿。

拳をかち合わせ、勇敢に戦う姿。

地図を片手に、冒険に目を輝かせる姿。

⋯⋯仲間たちと騒いで、豪快に笑う姿。

どれもナックルズ自身が望んで、ナックルズがそうあろうとしている姿だった。

(それがいい。それが僕の見てきた、うつくしい君の姿なんだ)

ジークがシャドウを見つめ、そっと目をそらすと、胸に手をかざしてつぶやいた。

「⋯⋯ならば、祈ろう。我が心の女神にかけて、お前の誓いに聖なる祝福を」

「何を勝手に⋯⋯」

「ただの独り言だ。お前には関係ない」

シャドウはため息をついて、腕を組み直した。

ジークは虚空を見つめて、少し何かを考えていたが、首を振り、静かに口元を笑わせて言った。

「⋯⋯ナックルズか。俺やお前を救うのは、結局あいつの存在そのものなのかもしれないな」

シャドウが顔を上げてジークを見た。

ジークがシャドウを見返し、もう一度笑う。

「やつはプリズムの適合者だ。つまり⋯⋯」

ジークが渾身の力を込め、プリズムの力を放出した。

光の渦ができ、二人をプリズムごと中に引きずり込んだ。

次元の歪みの中で、赤い光の奔流が蛇のように強くうねり、何度も身体が吹き飛ばされそうになる。

二人は必死でクリムゾンプリズムにしがみついた。

ふいにシャドウがジークの方を見ると、ジークの腕が震えていた。

「お前は、ナックルズの元に、帰れ⋯⋯」

そう言って、ジークは力尽き、プリズムから手を離した。

次元の彼方へと飲み込まれていくジークを、すんでのところでシャドウがつかんだ。

シャドウはジークを抱えて、プリズムにしがみつき、虚空に向かって叫んだ。

「ナックルズ!⋯⋯頼む!僕たちを導いてくれ⋯⋯⋯!」

シャドウは目をつむった。

⋯⋯⋯ナックルズの気配がした。

夏草と甘い果実のまじった匂い。

赤い毛並みの、温かな守護者の気配。

シャドウとジークは、クリムゾンプリズムと共に、大きな光の渦の中に飲み込まれていった。


エンジェルアイランド。

光の渦が、マスターエメラルドの前に立っていたナックルズの胸の上に現れ──

シャドウとジーク、大きなクリムゾンプリズムが、ナックルズの胸の上にドカドカと落下した。

「があっ?!おごっ!あっだあぁっ!!」

ナックルズは胸にぶつかる唐突な衝撃に派手な声を上げ、大股を広げてひっくり返った。

「ぐぅぅ⋯⋯ち、ちくしょう⋯⋯なんなんだよ、一体⋯⋯」

ナックルズがうめきながら起き上がる。

そして、目の前に黒いハリネズミが転がっている事に気付き、慌てて駆け寄った。

「シャ⋯⋯シャドウ?!なんだよ、何があったん⋯⋯」

ナックルズの声に呼応し、シャドウが勢いよく跳ね起きた。

「まだだ!ナックルズ、もう少し待っててくれ!」

シャドウはナックルズの手を振り払って叫ぶと、あっという間にカオスコントロールでどこかへ消え去ってしまった。

ナックルズはぽかんとしてシャドウの消えた跡を眺めていたが、辺りに残された赤く大きな宝石と、その奥に倒れている、深紅のハリネズミを見て、目を見張って固まった。

「ジッ⋯⋯⋯」

動かないジークを見て、慌てて駆け寄り、抱き起こす。

「お、おい⋯⋯ジーク」

ジークは動かない。

毛並みは汚れてボロボロで、顔は疲労に満ち、身体は熱に侵されている。

──瞬間、ナックルズの瞳が怒りに燃えた。

「こらぁ!起きろ、この馬鹿!また懲りずに無茶してやがんのか!」

ナックルズがジークの頬を引っ叩く。

「あ⋯⋯⋯⋯う」

ジークが辛うじて反応し、震える右手で顔を庇いながらうめいた。

「こ⋯⋯の⋯⋯脳筋野郎が⋯⋯俺は、怪我人だぞ⋯⋯」

「おっ⋯⋯⋯」

ナックルズが震えて拳を握りしめる。

ジークがよろけながら上体を起こし、胸のプリズムに手を当てた。

ジークの顔に少しずつ血の気が戻っていく。

「ハァ⋯⋯危なかった。魔力が枯渇しちゃあ、回復もろくにできねぇ」

「何をやってんだよ、相変わらず⋯⋯」

血の気の戻ったジークの顔を見て、ナックルズは少し肩の力を緩めた。

それから隣りに転がるクリムゾンプリズムを見て、首をかしげた。

「それ、お前のとこの⋯⋯クリムゾンプリズムだっけか。シャドウと一緒に、何かやってたのか?」

「創世を成すための戦いを、ちょっとな」

「なんだと?⋯⋯⋯一体、どういうこった!」

ナックルズが驚いて詰め寄った。ジークが苦笑する。

「それはこっちの台詞だ。シャドウの野郎が、俺の創世を成す手助けをすると言って、雌伏の谷に突撃してきやがったんだ。まぁ⋯⋯お陰で、思ったよりずっと早く、創世が成りそうだ」

ぽかんとしていたナックルズが、少し間を開けたあと、両目を見開き、一気に明るい表情になった。

「ほ、本当かよ⋯⋯つまり、お前の世界は⋯⋯」

「少しずつだが、恐らく人の住める環境になっていく。段階的に移住作戦を実行していくつもりだ」

ジークの言葉を聞いて、ナックルズは目を輝かせ、前のめりに言った。

「じゃあ、お前はもう二度と、一人ぼっちで鞭で打たれ続けなくて済むんだな!」

ジークの顔が一瞬で能面のようになる。

それを見たナックルズの顔も般若のようになった。

「おい」

「ま、まだわからねぇよ。組織ってのは色々としがらみがあるんだ。それより、お前はシャドウとちゃんと話し合え」

ジークが慌てて話をそらした。

ナックルズが不満そうな顔をする。

「シャドウがなんだってんだよ」

「シャドウが俺の創世を手伝ったのは、お前の代理だそうだな。むしろお前が直接来てくれりゃあ⋯⋯俺だって、そっちの方がよかった」

ナックルズが面食らった顔でジークを見た。ジークが不思議そうにナックルズを見返す。

ナックルズは、ばつの悪そうな顔でため息をつき、顔を背けて言い捨てた。

「俺はきっとソニックやシャドウほど、上手くはやれねぇよ。正面からまっすぐ殴りにいくだけで、いつも⋯⋯」

ジークが眉をしかめ、被せるように即座に言い返す。

「俺とシャドウは、たった今、お前に命を救われたんだ。お前が一番、お前の凄さをわかっていない」

思いもよらぬ言葉に、ナックルズは押し黙った。顔を横に向けてうつむく。

「なんだよ⋯⋯シャドウと似たような事言いやがって」

ジークはしばらくナックルズの横顔を眺めていたが、目をそらして少し考えた後、もう一度ナックルズを見つめて言った。

「ナックルズ。⋯⋯俺はもう二度と、お前と会うつもりはなかった」

ナックルズが思わず振り向いた。

「シャドウと共に、俺の世界に巣食った化け物を倒して、気が変わった。⋯⋯お前にも、俺の世界を見せたい」

ジークがまっすぐナックルズを見つめる。

ナックルズは、目が離せなかった。

「もう少し時間をかけて、俺の世界に、人が暮らせる拠点ができたら⋯⋯お前も見に来い。俺が案内する」

「お、俺は、もう⋯⋯この島から⋯⋯⋯」

その時。

時空の歪みが発生し、カオスコントロールでシャドウが島に戻って来た。

シャドウの右肩にはソニックが、左肩にはハビシュが、手を置いて一緒に時空の歪みの中に立っていた。

「⋯⋯ソニック。⋯⋯⋯ハビシュ⋯⋯」

ナックルズが顔を上げて、二人を見つめた。

二人が地面に降り立つのを確認した後、ナックルズに向かって、シャドウが必死に訴えた。

「ナックルズ。⋯⋯な⋯⋯仲間は⋯⋯大事にしてくれ。みんな、君の事を心配しているんだ」

ソニックが駆けていってナックルズに飛びつく。

「ソニック⋯⋯」

ソニックは何も言わなかった。

ナックルズは、ソニックの肩に手を置いて、静かに目を伏せた。

「⋯⋯俺が悪かったよ。やっと島に帰れて、マスターエメラルドに触れた瞬間に、やっぱりこれ以上のものは望んじゃいけねぇんだって思っちまったんだ。⋯⋯無事に島に帰れたのは、お前やシャドウ、みんなが頑張ってくれたからなのにな」

ソニックはナックルズにしがみついたまま、顔を伏せていた。

ハビシュが目をギョロリとさせてナックルズを見つめている。

ナックルズは、ハビシュに向かって笑いかけた。

「ハビシュ。お前も⋯⋯」

「ナックルズ。僕はやるよ。エージェントとして生きていく。この世界は変わらないね。僕の空はずっと灰色。でも君がいる。僕はここに立っている」

ハビシュは、笑顔とも真顔とも言えないような顔で淡々と言葉を吐いた。

ソニックがナックルズからようやく離れ、せわしなくキョロキョロと辺りを見渡し、鼻をかいてから言った。

「なんか、一気に力が抜けたっていうか⋯⋯のどが渇いちまったよな」

「フルーツジュースを作ってやるよ。どんな味になるかは、わからねぇけどな」

ナックルズは、籠いっぱいのフルーツを搾って、みんなにフルーツジュースをふるまった。

ナックルズのジュース。

飲むまで味のわからない、はるか天高くそびえる楽園のジュース。

ハビシュが泣きながらジュースを飲んでいる。

ナックルズは困った顔で、頭をかいて言った。

「なんだよ、大げさだな。今日のはちょっと酸っぱいぜ」

「甘酸っぱい。種がまじってる。種も美味しい」

「種は吐け。取り除きそびれただけだ。苦いだろうが」

ナックルズ、ソニック、ハビシュがはしゃぎながらジュースを飲んでいる中、少し離れたところで、ジークは岩の上に座って、フルーツジュースの入ったカップを片手に、ぼんやりと空を眺めていた。

シャドウがフルーツジュースを飲みながら歩み寄る。

「ジーク。急いで帰らなくていいのか。プリズムを盗んだ事がバレたら、また神官たちから鞭打ちをくらう事になるんだろう」

ジークはぼんやり空を眺めたまま、カップを口にくわえながら言った。

「⋯⋯ようやく悲願のネビュロス討伐が叶ったんだ。鞭打ちくらい、どうでもいい」

シャドウが呆れた顔でジークを見やる。岩の上にカップを置き、真顔で言い放つ。

「ネビュロスを倒せたんだから、神官を殺すくらいわけないだろう。僕がやってやる。行くぞ」

草原の上に転がるクリムゾンプリズムに向かって迷いなく歩き出すシャドウの腰元に、ジークが張り付いて叫んだ。

「やめろ!止まれ!頼んでねぇよ、イカれ暴走野郎!」

ソニックは、カップに入ったジュースを一気に飲んで、ナックルズに笑いかけた。

「賑やかなエンジェルアイランドってのもいいもんだよな、親友」

ナックルズは、みんなの顔を順番に眺め、腕を組んで立ち、ゆっくりと笑った。

「⋯⋯そうだよな。明日は久しぶりに、テイルスやエミーも呼んでみるか」


朗らかな陽気に包まれた、昼下がりのエンジェルアイランド。

祭壇の頂上、マスターエメラルドの前で、ナックルズは右腕を差し出し、胡坐をかいていた。

シャドウがその右腕に夢中でむしゃぶりついている。

ふぐふぐと荒い鼻息を立てながら、うっとりした表情で無心に右腕を甘噛みし、吸い付き、匂いを嗅いでいる。

「シャドウ、あのな」

ナックルズがキョロキョロと落ち着かない様子で周囲を見渡していたが、何かを決意したような顔で、シャドウに向き直った。

「む、胸⋯⋯」

言いかけて、ナックルズが目をそらす。

シャドウが腕に噛みついたまま、ナックルズを見つめた。

ナックルズが、鼻筋を真っ赤にして、どもりながら言った。

「か、噛みつきたいなら、⋯⋯⋯む、胸も、別にいいぞ」

シャドウが固まる。

ナックルズが喉を鳴らし、息を吸おうとした瞬間、

シャドウが勢いよくナックルズの両肩をつかんだ。

「む、胸を、本当に⋯⋯⋯⋯」

血走った目でシャドウがナックルズを凝視する。

「い、痛くすんなよ」

ナックルズが肩をすくめ、ひきつった顔で答える。

シャドウは、恐る恐るナックルズの胸に顔を近づけた。甘く爽やかな匂いが鼻をかすめて、我慢できずに思いっきり鼻から息を吸い込んだ。

ナックルズの匂い。

夏草と甘い果実のまじった、楽園の匂い。

大きく口を開けて噛みつく。

ふがふが、むしゃむしゃと泣きながらかぶりつき、むしゃぶりつく。

「泣くなよ」

「美味しい」

ナックルズは笑った。

「世界でどこ探してもきっとお前くらいだぜ、俺に噛みつきながらそんな事言うのは」

「美味しい。手も胸もぜんぶ美味しい。ナックルズの身体なら、どこでも⋯⋯⋯」

言いかけて、シャドウの身体の内側に、熱が宿る。

「ど⋯⋯⋯⋯どこで⋯も⋯⋯⋯」

身体に宿った熱が、炎のように全身に広がり、瞳に燃え移る。

大きく開いた目でナックルズを捉え、左手を伸ばした。

その手で肩をトンと押されて、ナックルズは後ろに倒れ、地面に背をつけた。違和感を覚え、シャドウを見上げる。

「お、おい、どうした⋯⋯」

「ハァッ、ハァッ⋯⋯⋯」

「お、おい。どうした。⋯⋯な、なんだその目つきは⋯⋯⋯」

エンジェルアイランドの東端。

ソニックはナックルズに会うために、上機嫌でステップを刻みながら祭壇へと向かっていた。

風を切って、木々の葉っぱをすれ違いざまに指で弾き、小鳥のさえずりに合わせて口笛を吹く。

親友が守護する楽園の島。

きっと今日も赤い守護者は腕組みをして鼻を鳴らし、静かに出迎えてくれる。

そう思って手前の大きな岩を飛び越え、着地した瞬間、

祭壇の方から守護者の裏返った悲鳴が聞こえてきた。

「ナッ⋯⋯⋯⋯」

ソニックの心臓が大きく跳ねた。

ナックルズの悲鳴。ただ事ではない。

レジーナの残党か。暁の船団か。コルタ族か。

それとも、ナックルズやエメラルドをつけ狙う、未知の強敵の出現か。

拳を握りしめ、一気に加速して飛び跳ね、祭壇の前に躍り出た。

「ナックルズ!どうした!」

ソニックは祭壇の頂上をにらみつけた。

エメラルドの前で、赤い守護者──ナックルズが、黒いハリネズミに向かって、身体の前面を両手で隠し、泣きそうな顔で必死に叫んでいた。

「なっ⋯⋯なんで⋯⋯なんで、そんな事⋯⋯!」

ソニックは顔を歪めて身体を止めたが、思いっきり地面を蹴って、二人の前に飛び出した。

「なぁ⋯⋯おい⋯⋯やめろ、二人とも。何度繰り返すんだ。シャドウ、お前は懲りずに、一体何を⋯⋯」

ソニックは悲壮な顔をして、二人の間に入ろうとした。

ナックルズがソニックの腕を振りはらい、涙目で叫んだ。

「お⋯⋯俺は、胸を噛んでいいって言ったんだ!へっ⋯⋯へっ⋯⋯へそを噛んでいいなんて言ってねぇよ!」

ソニックが身体を硬直させた。

ぎこちなく首を回し、ナックルズに聞き直す。

「ナ、ナックルズ。胸って言ったか、今。⋯⋯胸を、シャドウに、噛んでいいって⋯⋯⋯」

シャドウが目を血走らせながら、両拳を地面に叩きつけて叫んだ。

「胸を噛んでもいいなら、へそも噛んだっていいだろう!」

ナックルズが鼻筋から頬を真っ赤にして、負けずに怒鳴り返した。

「へそはムズムズするから駄目だーっ!」

ソニックの顔が呆れてふにゃふにゃと溶けていく。

シャドウが立ち上がり、天に向かって大きく吠えた。

「欲しいんだ!胸だってへそだって!君が僕にとっての全てなんだ!」

「だっ、だから、胸ならいいから、あっ⋯⋯馬鹿、ちょっ⋯⋯ああああ!」

シャドウがナックルズに飛びついて、思い切り胸に噛みつき、吸い付いた。

勢いあまって二人はくっつきあったまま、祭壇のてっぺんから仲良く転げ落ちていった。

「進展してるけど成長してねぇぇぇぇ !」

頭を抱えたソニックの叫び声が、青空に吸い込まれていった。

エンジェルアイランドに温かな風が吹く。

草木は穏やかに芽吹き、真っ青な空を泳ぐ白い雲が、マスターエメラルドに映りこんで光っている。

祭壇の下で、黒いハリネズミと赤いハリモグラは、団子のように丸まって、お互いの鼓動を感じ、二人そろって目を閉じた。

「僕ばかりが、君に夢中だ」

「どこへでも、好きなところへ行けよ。疲れたら帰ってこい。俺は、この島でお前を待つ」

シャドウは上体を起こし、ナックルズを見つめる。

ゆっくりと顔を落とし、ナックルズの胸にそっと口づけをした。

「君に誓う。どこにいても、何度でも⋯⋯僕は、君の元へ、必ず帰ってくる」