第39話「コルタリアの花嫁 6」

地下道を飛び出し、四人は油断なく頭上を見上げた。

「あちらから迂回して、状況を⋯⋯」

シャドウが言いかけたが、頭上から衝撃波のような強い圧を受け、それぞれがバラバラに飛び退いた。

「女神か!」

「よっしゃ、上だ!俺に掴まれ!」

ナックルズがさっそく壁に飛びつき、壁のぼりを始めた。

シャドウ、ソニック、ジークがナックルズの背中にしがみつき、壁をどんどんのぼっていく。

「⋯⋯さすがに、定員オーバーなんじゃないか?」

ソニックが首を傾けてつぶやいた。

「も、問題ねぇよ」

ナックルズは構わずガシガシと拳を突き出し、勢いよく壁をのぼっていく。

赤いハリモグラの背中に、青、黒、深紅のハリネズミがモコモコと張り付き、壁をよじのぼっていく。

「さすがに隙だらけ過ぎるだろ」

「ならソニック、君が降りろ」

「腕が疲れた。俺の事は置いていけ」

背中の三人が好き放題言っていると、背後から大きな影が落ちた。

三人が振り向くと、女神の大きな顔が目の前に浮いていた。

「うっわあああ!」

ソニックが慌ててジークを抱えて飛びのいた。

シャドウがナックルズを壁から引きはがして飛びのく。

女神が複数の触手を伸ばし、ジークを追いかけた。

「あーあ、さっそくばれたな。生贄を返せってか。そうはいくかっての」

ソニックが神殿の外側の回廊を、ジークを抱えたまま自由に駆け回って逃げる。

ジークが抱えられたまま女神に向かって叫んだ。

「女神よ、暴走の末、無益に世界を壊してしまうくらいなら、俺を食え。俺が生贄になれば、暴走は収まる」

ソニックが走りながらジークの頭をポコポコと叩いた。

「おい石頭2号。心優しい1号を悲しませたくなかったら、二度と今のセリフは吐くんじゃない」

「い、痛い。やめろ、俺さえ差し出せば、暴走は⋯⋯⋯⋯」

ジークが頭を押さえながら涙目で叫んだ。

ソニックは構わず走って逃げ続ける。

ナックルズは付近の大きな柱に駆けのぼり、頂上から滑空した。

「シャドウ、合わせろ!」

シャドウが飛び上がり、ナックルズの背中を足場にして高く跳躍し、女神に向かって一撃を放とうとした。

女神はシャドウに気付き、ふわりと後ろに飛びのき、腹の裂け目から赤い光を放った。

「く⋯⋯!」

シャドウは素早く身体を回転させ、ギリギリで避けた。

「シャドウ!」

ナックルズがシャドウの方を向いた瞬間、女神の触手がナックルズを絡め取った。

「うぐっ」

ナックルズの胴に、じゅるじゅると音を立てて触手が巻き付いた。

「ナックルズ!」

シャドウが慌ててナックルズに飛びつき、触手を剥がそうと両手で掴んだ。

しかし、掴んだ先から触手がじゅるりと大きく伸び、シャドウも同じ触手に巻き取られてしまった。

「しまった⋯⋯!」

「何やってんだよ、んおっ、んぐえぇ⋯⋯」

二人そろって、触手で仲良くぐるぐる巻きに縛りつけられ、空中に宙づりになった。

「くそ、こんなもん⋯⋯」

ナックルズがりきんで触手を引きちぎろうとしたが、触手はじゅるじゅると食い込んで余計に動きが取れなくなっていく。

「ナ、ナックルズ、腕をどけてくれ、なんとかして隙間を⋯⋯」

シャドウは身体をよじらせながら、ナックルズの腕を押しのけけようとした。しかし、じゅるじゅると触手に押し込められ、シャドウの手がナックルズの下半身に滑り込んだ。

シャドウが引きつった声で叫んだ。

「あああ!違う!誤解だ!僕は誓ってそんな!」

「くそお、じゅるじゅる絡みつきやがって、卑怯だぞ!正々堂々と筋肉でぶつかりやがれ!」

ナックルズはシャドウに構わず、やけくそで怒鳴り散らした。

ソニックが二人を見上げて叫んだ。

「何二人でいちゃついてんだよ!さっさと脱出しろ!」

ナックルズがむきになって怒鳴り返した。

「うるせぇ!じゅるじゅるのズブズブで逃げられそうもねぇよ!」

「誤解だ!僕はそんなんじゃない!何も触ってなどいない!」

シャドウは目を剥き、身体をのけぞらせ、天に向かって叫ぶ。

ソニックが見かねてジークを手放し、スピンの威力を活用しながら、空中に躍り出た。

女神が再び赤い光を放つ。

ソニックは光をかわしながら、付近の壁や柱にバウンドし、女神の胴体の側面に一撃を叩きこんだ。

女神が叫びながら身体を大きく膨らませた。身体中にひびが入り、ひびの中からさらに触手が生えてきた。

「うげぇ、気持ちわる」

ソニックは女神の背中に張り付きながら、つい悲鳴を上げた。

触手まみれになった女神は、身体を大きく揺らしながら、目や耳、腹から赤い溶岩のような光をドボドボと吐き出した。

ソニックがさらに追撃を叩きこもうとしたそ時、女神が天に向かって口から赤い光を吐き出した。

赤い光が四散して流星群のように地上に降り注ぐ。

「完全な暴走状態だ。このままでは、創世もならず、世界がただただ破壊されるだけだ」

ジークはそうつぶやくと、女神に向かって走り出した。

ソニックが女神の横腹に回り込み、シャドウとナックルズに絡みつく触手を切ろうとするが、手前の触手に邪魔されてうまくいかない。

ソニックは半ギレでやけくそな指示を出した。

「ああくそ⋯⋯シャドウ、触手を噛み切れ!」

ナックルズが怒りながら叫んだ。

「こんな不気味なもんに噛みつけるか!」

「ムグ、オエッ」

「噛むな!絶対身体に悪いだろ!」

無心で触手に噛み付いたシャドウをナックルズは慌てて制した。

よっぽど不気味な味がしたのか、シャドウは即座に吐き戻してしまった。

そうこうしているうちに、女神が触手ごと、裂けた腹の中に二人を迎え入れようと、大きく裂けた腹を広げた。

シャドウは思わずナックルズを庇うように抱きしめた。

その時、

赤い魔法陣が目の前に現れ、赤い光の柱を出した。

触手が千切れ、シャドウはナックルズを抱えて付近の柱の上に降り立った。

女神の目線が、正面で両手を胸に掲げたジークに向けられた。

女神の触手がジークに伸びていく。ジークが誰に言うでもなく言った。

「俺が生贄になり女神に取り込まれれば、とりあえずこの暴走は止まる。しばらくは攻撃もやむはずだ。その後は好きにしろ」

何本もの赤い触手を前にして、ジークは両手を降ろし、目を閉じた。

「生贄が取り込まれれば、女神は暴走を止めるんだな」

低く、よく通る声が響き、ジークは思わず目を開けた。

赤いハリモグラがジークの目の前に飛び込んできて、女神に向かって大きく叫んだ。

「おい、女神イオシス!俺はナックルズ!本当の器で生贄は、この俺だ!こっちへ来て、俺を食いやがれ!」

胸を突き出して握りしめた拳を高く掲げ、叫ぶ。

ナックルズの胸の上に光の渦が浮かびあがり、大きく光った。

そのままナックルズの身体が、光の渦に巻き込まれるように浮き上がり、女神に向かって吸い込まれていく。

「ナックルズ!」

ソニックが短く叫んだ。

「やめろ!ふざけるな!君だけは絶対に⋯⋯⋯やめろ!やめろぉ!」

シャドウが柱から飛び降り、半狂乱で叫んだ。

ジークが慌ててナックルズの足を引っ張った。

しかし、ジークはすでに体力の限界なのか、片手で足を掴んだまま力なく引きずられ、落下し、地面に崩れ落ちた。

「さ⋯⋯祭壇前の霊泉もなく正当な儀式もおこなわずに、無茶だ!正式な女神の顕現になどならない。何もかもめちゃくちゃになるぞ⋯⋯!」

ジークが青白い顔で叫んだ。

ナックルズはあっという間に女神の腹の中にめり込み、沈み、見えなくなっていった。

女神が膨らみ、赤い触手がひっこむ。

女神からこぼれ落ちていた、溶岩のような赤い光が止まる。

朝日が女神の身体を照らす。

暁の光と共に、女神は大きく胸をそらし、両手を広げ、優雅に天を仰いだ。

背中から、いくつもの大きな赤い羽がゆっくりと伸びていった。

朝日を受けながら、赤い羽が厳かに回転し、日輪のように神々しく暁光を放った。

女神イオシスは、万物を赦(ゆる)すかのような慈愛の表情で、両手をゆっくりと高く掲げた。

ソニックが言葉を失い、立ち尽くして女神を見上げた。

「頼む⋯⋯なぜだ⋯⋯⋯⋯」

シャドウが青白い顔で両肩を落として力なくつぶやき、膝から崩れ落ちた。

女神の額にひびが入る。

割れ目から、赤い何かが芽のようにむくむくと生えてきた。

「⋯⋯ナックルズ⋯⋯!」

ソニックがうめいた。

花冠をかぶり、目をとじ、両手を開いたナックルズが、磔にでもされたように、女神の額から上半身だけ押し出されていた。

ジークが白い顔をして立ち尽くし、震える声で神託を述べた。

「創世が、始まる⋯⋯⋯⋯女神イオシスが、この地に、光臨した⋯⋯⋯⋯」

ソニックがもう一度ナックルズの名を叫ぼうと、両拳を思い切り握りしめたその時。

「んぎぃぃ、いてええ、くそっ、!なんつう居心地の悪さだよ!」

聞きなれた怒声が天から降り注いだ。

三人は、呆然として、身体を制止した。

それからハッとして女神の額を見つめた。

女神の額から上半身だけ飛び出たナックルズが、わめきながらジタバタと虫のようにうごめいていた。

「ああくそ、全然身体が動かねぇ!どうすりゃいいんだ、こんちくしょう!」

ソニックが裏返った声で叫んだ。

「ナ、ナックルズ!おっ、お前、動けるのか?!」

「動けねぇよ、馬鹿!」

ナックルズのあまりにもいつも通り過ぎる罵声に、ソニックがつい硬直する。

咄嗟にシャドウが立ち上がり、青白い顔のまま叫んだ。

「馬鹿は君だ!今すぐ脱出しろ!その馬鹿力でさっさと女神を壊せ!」

「誰が馬鹿だ!くそっ、そんな簡単には⋯⋯」

真っ白な顔で固まっていたジークが、思いついたように前のめりになって叫んだ。

「ナックルズ!クリムゾンプリズムの力を意識しろ!エネルギーの奔流を感じ取れ!お前が女神の中にあるプリズムの力を乗っ取るんだ!」

その時、女神が大きく羽ばたいて、天に高く飛び上がった。

赤い光の柱が何本も立ち、光の中で、パイプオルガンのような女神の声が幾重にも響き渡った。

「駄目か⋯⋯女神の創世が始まる。恐らく、不完全なまま。“抱擁”による創世だ⋯⋯」

ジークが肩を落とし、ひざまずいた。

パイプオルガンのような聖なる声が、再び天から降りてきた。

そして、パイプオルガンの美しい声にまざり、

野生の熊のような咆哮が落ちてきた。

「どおりゃあああ!んがあぁぁあ!」

野獣のようなナックルズの怒鳴り声と共に、女神が天から降って来て、神殿の頂上のへりに、頭から突っ込んだ。

「うっわあああ?!」

衝撃と振動でソニック達は後ろに大きく吹っ飛んだ。

シャドウが体勢を整えながら、再び柱の上に飛び乗った。

ソニックはジークを抱えて倒れた柱の上に着地した。

女神が起き上がり、両手を掲げ、赤い光が降り注いだ。

シャドウたちが赤い光を避けようと構えたが、赤い光は女神の肩と背中に当たり、女神が、獣の声と金属音を混ぜたような、不快な悲鳴を上げた。

「なんだ?!」

ソニックが目を見張った。ジークも前のめりになって立ち上がった。

「ナックルズが、クリムゾンプリズムの乗っ取りに成功したんだ!いや、正確には、女神とプリズムの支配権を巡って、意識下で戦っているのか」

女神の額からはみ出したナックルズがシャドウとソニックを見て叫んだ。

「何ぼーっとしてんだ!お前らもちょっとは手伝え!があぁぁ!」

ナックルズが、花冠の白いベールを振り乱しながら、熊のような叫び声を上げた。

そしてナックルズが、その口から、真っ赤な光をソニックとシャドウに向けて吐き出した。

「うわっ?!」

「なんだと⋯⋯?!」

赤い光に包まれたソニックの全身が光る。

瞳を閉じ、静かに開けると、ソニックは燃えるような暁色の毛並みをした真っ赤な姿へと変身を遂げていた。

ソニックが自分の手や毛並みを眺めまわしながら言った。

「クリムゾンプリズムの力で、変身させられちまったのか。スーパー化ならぬ、クリムゾン化って感じかな」

ソニックは構えなおし、シャドウの方を見た。

シャドウは赤い光に包まれたまま、身体を丸まらせて動かない。

「さっさと起きろよ、究極のひきこもり様。ナックルズが心配なんだろ。かっこいいところ見せてやれよ」

言い終わるよりも早く、シャドウがのけぞるように立ち上がり、強い光を放った。

ソニックが目元を庇い、向き直ると、シャドウも同じく、真っ赤に光る姿に変身していた。

ソニックがニヤリと笑い、女神に向かって構えながら言った。

「似合ってるぜ、たまには真っ赤な色したお前もアリかもな」

「君の方こそ。見掛け倒しにならないといいがな」

シャドウが構え、すぐさま身体に力を込め、上空に飛び出した。

女神が大きく身体をのけぞらせ、不快な音をまき散らしながら赤い光を放ち、神殿の柱を吹き飛ばした。

「があぁ、くそぉ、勝手に動くんじゃねぇ」

ナックルズがうめきながら額の上で藻掻いた。

シャドウが周囲を旋回しながら叫んだ。

「ナックルズ!女神を攻撃したら、君にダメージがいくんじゃないのか?!」

「知らねぇ!試しに殴ってみてくれ!」

「馬鹿か君は!そんなわけにいくか!」

「馬鹿はお前だ!なんでもいいから、女神をぶっ壊せって言ってんだよ!」

上空で怒鳴り合いをするナックルズとシャドウの間に割り込むように、ソニックがミサイルのように突っ込んできて、女神の右肩に強烈なスピンアタックを直撃させた。

女神がけたたましい不快音を放ちながら、上空に飛び上がった。

「おっと、嫌がってるな」

「ソニック。無神経だぞ。少しはナックルズの負担を考えて、手加減を⋯⋯」

得意げに腕を回すソニックに、シャドウが背後から文句を言ったが、女神が容赦なく左の腕を振り回し、二人に襲い掛かった。

シャドウはすかさず前に出て、身体を回転させながら攻撃をかわし、女神の腕の側面を器用にすり抜けると、背面から女神の左上腕を叩き割った。

女神が強烈な不快音をわめき散らしながら、身体を揺らして逃げようとした。

ソニックが片眉を上げて大げさな表情で言った。

「さすが究極様は、手加減がお上手で」

「だ、黙れ⋯⋯ナックルズ!大丈夫か!」

ナックルズの雄たけびが上空に響く。

「がああぁ!いてえぇぇえ!おらああぁあ!」

「痛いのかよ!」

「あああ、ナックルズ、すまない、僕は⋯⋯⋯」

二人が慌てて女神に近付こうとすると、ナックルズの雄叫びに合わせて、女神の全身が大きく震えだした。

そして、衝撃波と共に、女神の胴体の左右から、三本ずつ、筋肉質で野太い腕がバキバキと音を立てて生えだした。

「なっ⋯⋯」

左右から伸びた太い腕が、勢いよく二人に襲い掛かった。

必死で飛び回り、回避しながら、ソニックは顔をしかめて叫んだ。

「ナックルズが中に入ったせいで、むしろ女神にど根性が注入されちまってんじゃねぇの?!」

シャドウも飛び回りながら、困惑の表情で叫ぶ。

「ナックルズ!すまない、⋯⋯もう少し、か弱くなってくれないか!」

「うるせぇ!二人がかりで弱音吐いてんじゃねぇ!悔しかったら俺ごとぶっ壊してみせろ!」

ナックルズが、女神の額の上で藻掻きながら、やけくそになって怒鳴り散らした。

ソニックは笑いながら、器用に飛び周り、女神が振り回した左の拳を右腕にぶつけさせ、右腕の一本を破壊させた。

シャドウがその隙に、赤いカオススピアを作り出し、左腕の一本を破壊した。

シャドウがすまし顔で次の目標を定めようと首を傾けると、横からソニックが思い切りぶつかってきた。

「何をする、邪魔だソニック」

「そっちこそ。自分の技に酔ってんなよ」

いがみ合う二人の一瞬の隙をついて、女神が二人を叩き潰そうと両腕を振り下ろした。

瞬間、赤い光の柱が周囲に立ちのぼり、女神の両腕が同時に砕け、はじけ飛んだ。

シャドウは下方から大きな圧を感じ、地面を見下ろした。

ジークが両手を胸のプリズムに掲げて立ち、こちらをにらんでいた。

その背後には、ジークの赤い魔法陣がゆっくりと回転していた。

「ハハッ、ようやく魔術師様のお目覚めってか。サンキュー、ジーク⋯⋯わっ?!」

ソニックが笑ってジークに片手をあげたが、ジークの赤い光がソニックを狙って放たれ、慌ててソニックはのけぞった。

ジークが地上から静かにソニックをにらみ上げるのが見える。

くだらない喧嘩に対する忠告のようだった。

「役に立てないなら、君ごと殺すという事だ。緊張感の足りない君には、ちょうどいい援護射撃だな」

シャドウが冷たく言い放ち、女神を見据えて再び旋回を始めた。

「ったく、どいつもこいつも⋯⋯残った腕は、あと三本!」

ソニックも後方へ下がりながら、シャドウと逆方向に旋回を始める。

シャドウが背後の死角から、さらに右腕を破壊する。

女神が叫びながら、破壊された腕を掴み、ジークへ向かって投げつけた。

「しまった⋯⋯!」

シャドウが慌てて前に飛び出す。

飛び散る腕の破片の隙間から、ソニックがジークを抱えて飛び出してきた。

「こらぁ、ナックルズ!もうちょっと手加減しろよ!まさか本気だして楽しんじゃってんじゃないだろうな」

ソニックはジークを背中に抱えなおしながら、ナックルズに向かって叫んだ。

「グウゥゥ⋯⋯!」

ナックルズが、額の上で獣のようにうなった。

ナックルズの両目が赤く光っている。

ソニックは慌ててナックルズの近くまで飛んでいき、呼びかけた。

「ナックルズ、どうした!苦しいのか?!」

「女神に意識を取り込まれそうになっているのかもしれない」

ジークはそう言って、ソニックの背中から女神の額に飛び移り、ナックルズにしがみついた。

「ナックルズ、プリズムに意識を集中しろ。女神の圧に飲まれるな。プリズムのコントロールに必要なのは、集中力と強い意志だ。女神に抗うよりも、プリズムを操る主導権を先に握れ」

ソニックはナックルズとジークに背中を向けて、女神の腕の動きに集中した。

シャドウがホーミングアタックで突撃し、女神の左腕を破壊するのが見えた。

「グウゥゥ⋯⋯⋯」

ナックルズがうめいて被りを振った。

ジークがナックルズの肩にしがみついて必死に叫んだ。

「あ⋯⋯あきらめるな。お前がそう言ったんだろ。創世を言い訳にあらゆる犠牲を振りまいた女神よりも、俺の話を聞いてくれたお前の方が、ずっと⋯⋯」

その時、ナックルズが両目をぱっちりと開いた。

そして、胸を大きくそらし、あらん限りの声で叫んだ。

「見つけた!女神の弱点!おらあぁ!」

女神の胸部がボコボコと跳ね、ひび割れ、中から大きな赤い臓物が飛び出した。

「シャドウ!ソニック!これが多分こいつの心臓だ!」

シャドウが最後の腕を破壊し、大きく旋回して、正面に向き直った。

ソニックが素早くその横に立ち、シャドウと対になって構えた。

女神が叫び、暴れようとしたが、女神の体内から噴き出した赤い光が、女神の身体を蜘蛛の糸のように絡めとり、動きを鈍らせた。

ナックルズがクリムゾンプリズムを操る主導権を、完全に握ったようだった。

ナックルズが叫んだ。

「ぶっ壊せ!」

「当然」

「決めるぜ!」

シャドウとソニックは、左右から同時に突っ込み、女神の胸から飛び出た真っ赤な心臓に、十字の大きな切り傷をつけた。

女神の心臓は、十字に裂かれ、赤く光りながら、弾け飛んで消滅した。

女神の身体が揺れる。

不快な音を絞り出しながら、女神の身体は急速に縮み、崩れ、砂のようにサラサラと散り、朝日の中に溶けていった。


朝日の中で女神イオシスが砂塵となって消えていく中、卵のような球体の赤い光が、天上にふわふわと浮かび上がった。

中から、ぴょこりとギザギザの赤い尻尾が下からはみだした。

そこから、真っ赤な尻がずいっと突き出され、二本の足がにょっきりと飛び出した。

そしてぶらさがるように全身がのぞき、赤いハリモグラが、神殿の頂上にある祭壇に向かって、ポトリと落ちた。

遅れて、赤い光の中から、クリムゾンプリズムの本体がゆっくりと現れ、祭壇の奥側に降下していった。

ソニックたちは周囲に散らばる瓦礫の隙間を縫って、慌てて神殿の頂上へ駆けあがった。

ナックルズは、祭壇の中央にかがんで降り立ち、ゆっくりと立ち上がった。

花冠が朝日に照らされて白く輝き、ベールは風に揺られてなびいている。

シャドウが真っ先に駆け付けて立ち止まり、歩み寄っていった。

シャドウは、目を細めて何かを言いかけたが、首を左右に振り、静かに言った。

「君は⋯⋯世界一、うつくしい」

「そうかよ。⋯⋯お前は世界一、頼もしいぜ」

ナックルズは、腕を組んで堂々と向き直り、シャドウに向かって笑いかけた。

朝日に照らされながら、二人は、仲間の元へ並んで歩いていった。

ジークが呆然として立ち尽くし、戻って来たナックルズを見つめながらつぶやいた。

「本当に内側から女神を破壊しやがったのか。化け物め⋯⋯」

歩いてきたシャドウが淡々と返す。

「化け物じゃない。ナックルズだ」

隣りのソニックもおどけて続けた。

「そうだぜ、訂正しろよ、ジーク。たまに化け物よりも化け物じみてるのが、俺達のナックルズだ」

ナックルズが、居心地悪そうに頭を掻きながら言った。

「誰が化け物だよ、うるせぇな。全部俺の計画通りにいったんだから、なんでもいいじゃねぇか」

途端にシャドウの目の色が変わり、険しい顔つきで鋭く言った。

「何が計画通りだ。君は女神を倒すと決めただけで、その後の行動は全て行き当たりばったり。目も当てられない杜撰で力任せな戦い方で、何一つ褒められたものじゃない。君はあと少しで、本当に死ぬところだったんだぞ」

「俺は死んでねぇ!」

「死ぬところだったんだ!僕は!永久に!君を失ってしまうところだった!」

ナックルズが怒鳴った。シャドウも怒鳴り返した。

ソニックが呆れて割って入ろうとしたが、ジークが前に出てなじった。

「何を今さら怒鳴りあってんだ、まぬけ共。そろって生き延びたなら、今すぐとっとと契りなおせ。ここで寝転がって抱き合っちまえ。このつがい損ないのボンクラ夫婦未満が!」

ナックルズの拳とシャドウの手刀が同時に飛び出した。ジークの代わりに、前に飛び出したソニックが吹っ飛んだ。

ナックルズが片眉を吊り上げたまま、もう一度ジークに向かって拳を振り上げたが、前方から背中を丸めて走ってくる人物を捉え、目を丸くして叫んだ。

「ハビシュ!お前、どうしてここに⋯⋯」

バズーカを抱えたままのハビシュが、両目をぐるぐるとせわしなく回しながら、神殿を駆け上がり、四人の前までやってきた。

ソニックが殴られた両頬を押さえながらしかめっ面で起き上がった。

シャドウは、険しい顔のままハビシュに尋ねた。

「合流はしないと言っただろう。何故また僕たちの元へ来た?」

ハビシュは表情を変えず、早口でシャドウに向かって報告した。

「合流した件はごまかしておくから大丈夫。諜報チームは、上空に正体不明の、超巨大女神像型生命体を確認。急ぎ戦線を離脱。でもみんな、すぐに戻ってくる。支援部隊の大群を引き連れて。ここはもうすぐ、無血の戦場になるよ。世界政府がこの地を静かに支配する。安全という名の安心を引っ提げて。決定的な危機は去ったんだね?だったら、急いで帰り支度をするのがいいよ。忘れ物には気を付けて。諜報チームは、ハイエナばりに、残った情報を逃がさない」

ナックルズはもう一度尋ねた。

「⋯⋯ハビシュ。お前は、どうしてここに⋯⋯」

「気を付けてお帰りよ、ナックルズ。ここにはもう、なんにもない。おいしい島のフルーツたちが、きっと君の帰りを待ってるよ⋯⋯」

ハビシュは、問いに答えず、ニィッと薄く笑い、背中を丸めたまま走り去っていった。

ソニックが懲りずに、笑いながらおどけて言った。

「やれやれ、熊みたいに暴れる女神にご退場いただいたと思ったら、お次はハイエナばりにしつこいエージェントの大群だって?せっかくのんびり観光してから帰ろうと思ったのにな」

シャドウはソニックを軽くひとにらみした後、人の気配を感じ、周囲を見渡した。

正気に戻った暁の船団の衛兵たちが、フラフラと祭壇の周囲へ集まってきた。

祭壇の奥の、女神像が配置されていた台座の上に、クリムゾンプリズムがひっそりと赤い光を放ち、静かにたたずんでいる。

ジークが前に歩み出た。

衛兵たちに向かって、よく通る大きな声で言った。

「暁の船団全軍へ告ぐ。この俺、師団長ジークの名において、全軍に撤退を進言する!」

衛兵たちが姿勢をただし、ジークへ向き直った。

ジークが続ける。

「これは俺の独断だ。それでも俺に賛同するという者は、速やかに動け。女神は去った。だが、我らにはまだクリムゾンプリズムがある。信仰は滅びない。希望は我々の手で創る。永き我らの希望の源、クリムゾンプリズムを回収し、新たなる創世の希望を胸に、再び雌伏の谷へと身を隠せ!」

衛兵たちの目つきが変わり、敬礼をした後、一斉に動き出した。

ナックルズが腕を組み、笑いながら言った。

「なんだお前、人望あるんじゃねぇか」

ジークは表情を動かさず、淡々と言った。

「諦めるのはまだ早い。誰かがあいつらに、そう思わせてやらなければならない。その役目を今は俺が引き受けたというだけだ」

それからナックルズに向き直り、胸のプリズムに両手をかざした。

「俺は女神を失った。しかし、お陰で一度、神託の魔術師という役割の座から降りる事ができた。次はナックルズ、お前の番だ」

言うが早いか、ジークは、プリズムの暁光で、ナックルズの頭の上の花冠をあっという間に焼き消してしまった。

「あーっ!何しやがる!俺はエキドゥナ族の生き残りとして、コルタ族の花嫁になる責任が⋯⋯」

ナックルズが、かろうじて頭上に残った真っ黒な消し炭を慌ててかき集めようとした。

その消し炭すら容赦なく暁光で吹き飛ばし、ジークが言った。

「立場上、余計な口出しはすまいと思ったんだがな。コルタ族の神官から、うっすら話は聞いている。直系のコルタ族はすでに滅び、今のコルタ族は、後の世に復興され、新たに同族を名乗り始めた、全く別の血統なんだそうだな。そうなると、古代のエキドゥナ族との因縁に、今のコルタ族が執着するのは不自然すぎる」

「なんだと⋯⋯じゃあ、どうして⋯⋯」

ナックルズがうろたえて半歩下がった。

シャドウは目を細め、低い声で言った。

「つまり結局、政治的宣伝を目的に、ナックルズの存在と花籠の儀式を利用しようとしただけか」

「そういう事だ。それに国内はどうせこの状況だ。とってつけの儀式ごっこのためなんぞにさらってきた花嫁が逃げたところで、誰も追えないし責任を取りたがるやつもいない」

ジークが鼻で笑ってシャドウに返した。

ソニックがナックルズの肩を叩き、軽い調子で言った。

「血統や因縁なんて関係ないさ。ナックルズは花嫁じゃない。エンジェルアイランドでマスターエメラルドを守る、エキドゥナ族最後の守護者だ。そうだよな、ナックルズ?」

ナックルズはしばらく目を閉じ、腕を組んで考え込んでいたが、目を開け、まっすぐな声で言った。

「コルタ族が俺に用があるなら、いつでも受けて立つ。だが今は、島に置いてきたマスターエメラルドの方が心配だ。俺は島に帰る」

ソニックが笑顔でうなずいた。

シャドウは小さく鼻を鳴らして横を向いた。

ジークはナックルズとシャドウを交互に見つめると、何も言わずに、衛兵たちの元へ歩いていった。

やがてジークは、神官たちと共に、クリムゾンプリズム本体の力を借りて、祭壇の中心部に、大きな時空の通り道を作った。

暁の船団の衛兵たちが、クリムゾンプリズムと、負傷した兵や、戻って来た神官たちを回収して、雌伏の谷へと帰っていく。

ジークがナックルズたちの前へやって来て、沈痛な面持ちで言った。

「お前たちとお前たちの世界には、悪い事をした。償いをしろというなら、この俺の身をもって⋯⋯」

「ジーク。お前はもう生贄じゃねぇ。すぐに身体を差し出す癖はちゃんと直しやがれ」

すかさず、ナックルズがジークの胸をどつきながら制止した。

「⋯⋯。くそったれ。お前にだけは言われたくねぇんだよ」

ジークが眉をしかめ、舌打ちをしながら返した。

そのまま背を向け、二、三歩進み、ジークが振り向いた。

「ナックルズ」

呼ばれて、ナックルズが顔を向けた。

「抱かせろよ」

「嫌だ」

ジークは片眉を下げ、口元を少し緩ませると、振り返り、そのまま異次元への通り道へ向かって歩んでいった。

ナックルズがジークの背中に向かって叫んだ。

「また顔を見せに来いよ!」

「二度と来るな!」

シャドウが、額に青筋を浮かべ、被せるように叫んだ。

ソニックが腹を抱えて笑った後、シャドウの耳元でこっそり囁いた。

「ジークの言ったお前らへの文句だって、一理あるんだぜ。少なくとも、心配を盾にして怒鳴り散らすよりかはな」

シャドウが殺気のこもった目でソニックをにらみつけたが、ソニックは首を傾けてまた笑い、明るい声で言った。

「さてと、帰ろうぜ、三人で。今度こそ、カオスコントロールで楽々とな」

ナックルズとソニックがシャドウの肩に手を置いた。

シャドウは深くため息をつくと、両手を左右にかざし、カオスコントロールで次元の歪みを発生させた。

三人の姿が次元の歪みに包まれて消え失せ、コルタリアの巨大神殿の祭壇に、静寂が訪れた。

そうして、ナックルズは、エンジェルアイランドに再び帰ってきた。