その夜、シャドウはスポーツ連盟の関係者にもう一度連絡をとり、現在の調査の進捗を確認し、ナックルズやチームの選手達を保護する約束を改めて取り付け、眠りについた。
翌朝、シャドウは朝食をとりながら、盲点に気づいた。
(ナックルズは、今後どこに住めばいいんだ)
今までは監督の家に下宿させられていたが、その監督は解任となった。
ナックルズに不当な暴力を振るっていた当事者なので解任は当然だし、そんな人間の家にナックルズを下宿させるわけにはいかない。
二日前は、どうやらシルバーのアパートに泊まったらしい。
昨晩はソニックのマンション。
では、その後は?
いつまでも友人の家を渡り歩くわけにはいかない。
ナックルズ自身、既にソニックやシルバーに対して、迷惑をかけてしまっているという負い目を感じ始めているかもしれない。
(まぁ⋯⋯今からでも寮に入ればいい。元々、推薦入学者なのだから、その権利があるはずだ)
シャドウは、朝食を終わらせ、速やかに寮長のもとへ向かった。
「一年生のナックルズ君か。ちょうど本人からも問い合わせがあったところだよ」
寮長は、シャドウの話を聞いて、落ち着いた声で返答した。しかし、少し気の毒そうな顔をして続けた。
「しかし、寮に入るには、まとまったお金が必要だ。⋯⋯入学前に申し込んでいれば、彼は推薦入学者だし、学生支援金を使って無料で入寮する事が出来たんだがね」
シャドウは拳を握り込んで立ち尽くした。
“寮は満室で、入れないって。だから俺は⋯⋯”
ナックルズの言葉を思い出した。
寮に空きはある。少なくともシャドウは今、広めの二人部屋を、たった一人で使っている。
監督か、あるいは他の権力者が、ナックルズを囲いみ、いいように扱うため──監督の家に下宿させる理由作りのために、寮に空きはないと嘘をつかれたのだろう。
そのせいでナックルズは、学生支援金を使って無料で入寮する権利を、永遠に奪われてしまったのだ。
腹の底から、グラグラとマグマのように熱い怒りが湧き上がった。
(こんな理不尽が許されていいわけがない)
シャドウはすぐに大学本棟内にある学生課へ向かい、説明資料を漁った。
スマホ画面を開き、匿名で学生寮に寄付金を入金させ、学生課に問い合わせながら、ナックルズが無料で入寮できるように手続きを踏んだ。
急いで寮に戻り、寮長に連絡し、ナックルズが入寮できるかどうか、再度確認をとった。
寮長は、何かを察したが、何も言わず、匿名の寄付により入寮が可能になった事をナックルズに連絡しよう、と言った。
それから寮長はシャドウの方に向きなおり、つけ足した。
「一人用の部屋は空いてないから、誰かと相部屋になってしまうけどね。君の部屋も二段ベッドが空いていたね?ナックルズ君が了承したら、君の部屋にナックルズ君を入れていいかね」
シャドウは頭が真っ白になり、とっさに首を縦に動かしてしまった。
寮長がナックルズに電話で連絡をとり、ナックルズが今日の昼過ぎに、さっそく入寮しに来る事になった。
シャドウは心臓をばくばくとさせながら、寮長からの、この後の流れについての説明を受けた。
(僕の、僕の部屋に、ナックルズがやってくる⋯⋯)
説明が終わって、シャドウは自室に走って逃げ込んだ。
ベッドの中の毛布にくるまり、丸まって震える。
(そ⋯⋯そんなつもりはなかったんだ。ナックルズが、安心して暮らせる住処を見つけてあげたかっただけで⋯⋯)
ナックルズがこの部屋で暮らす。今日から、明日も、明後日も。
この閉じられた部屋の中。二人っきりで。同じ空間で。同じ空気を吸って。呼吸が常に聞こえるほどの距離で。
⋯⋯毎日。
(僕はきっと壊れてしまう。僕がナックルズをどうしてあげるべきのか、まだわからないのに)
シャドウはたまらず、ここから逃げ出したくなった。しかし、すぐに思い直す。
(僕が今逃げたら、ナックルズの入寮手続きが滞るかもしれない。荷物の運搬だって、先住者の僕がいなければ、勝手がわからずにナックルズが困る)
シャドウは、ゆっくりと深呼吸をして、思考回路を整理した。
(ナックルズのためだ。今から会うもの全てを敵だと思え。決して心を許すな。ナックルズの生活を脅かすものは全て。僕自身も、ナックルズそのものすらも)
シャドウは自室から出て、寮のエントランスの端に立ち、ナックルズを待った。
やがて、荷物を抱えたナックルズが寮の玄関から入って来た。
荷物運びの手伝いに、シルバーも後ろからついて来たようだった。
思わずシャドウはシルバーをにらみつけたが、シルバーはにっこり笑って、小さく手を振った。
シャドウはにらみつけながら、思わず手を振り返した。
ナックルズはシャドウに軽く挨拶すると、黙々と荷物を運び込んだ。シャドウは荷物運びを手伝いながら、無言で自室へ誘導した。シルバーも後に続く。
ナックルズの荷物は必要最低限のものしかなく、すぐに運び終わった。
シルバーは、二人を交互に見た後、少し寂しそうに言った。
「じゃあ俺はこれで」
慌ててナックルズが一歩前に飛び出し、呼び止めた。
「めっ、飯でも食おうぜ」
シルバーは振り返っておおはしゃぎし、ソニックも呼び、四人でお好み焼き屋に入った。
シャドウの部屋にナックルズも住むことになったと聞いて、ソニックは腹を抱えて大笑いした。
「まじでちょうどいいなお前ら!シャドウ、お前はナックルズに挨拶と礼儀とスポーツマンシップを教えてもらえ。ナックルズは最新の整数論をシャドウの代わりに発表しろ」
ソニックはふざけきった冗談を早口でまくしたてた。ナックルズが笑ってソニックの首をしめる。
シルバーはニコニコしながら、全員分のお好み焼きを器用にひっくり返している。
シャドウは、ここに自分が混ざり込んでいる事を不思議に思いながら見つめていたが、自分の頬が緩んでいる事に気付き、慌てて全員を順番ににらみつけた。
シルバーが、シャドウの皿にお好み焼きを取り分けた。シャドウはシルバーをにらみつけながらお好み焼きを受け取る。
そのまま、シャドウは、シャドウのお皿にかつお節をかけてくれるシルバーをにらみつけながらお好み焼きを食べ続けた。
食事が終わったら、その流れのまま、四人でゲームセンターに入っていった。
ソニックが入ってすぐ横のプリクラの筐体に駆け込んだ。
「ナックルズ、プリクラ撮ろうぜ!ほら、このポーズ流行ってんだよ」
「恋人同士でやるやつだろそれ。馬鹿じゃねぇのか」
呆れるナックルズをソニックが強引に引き入れ、プリクラを撮影し始めた。
シャドウはソニックを思いっきりにらみつけた。
「シャドウ、プリクラ撮りたいのか?じゃあ俺たちも撮ろうぜ!」
シルバーに後ろから突然肩を掴まれ、シャドウはプリクラの筐体の中に入らされた。シルバーは筐体を操作して、カメラに向かって笑顔でピースをした。
シャドウはシルバーの意図が分からなかったが、とりあえずシルバーをにらみつけながら、カメラに向かってピースをしておいた。
四人は、ゲームセンター内のゲーム機をあちこち巡った後、片隅にある自販機でドリンクを買って、しばらく小休止をとった。
鼻歌を歌いながら炭酸水を飲むソニックに、シルバーが話しかけた。
「なぁソニック⋯⋯ナックルズとシャドウ、大丈夫かな」
ソニックが怪訝な顔でシルバーを見た。シルバーが慌てて言う。
「その⋯⋯二人とも、全然タイプが違うっていうか。ナックルズって、なんでも我慢しちゃうところあるだろ。シャドウは結構、容赦のない性格してそうだから」
ソニックはナックルズとシャドウを見た。
シャドウとナックルズは、お互い少し離れた壁にもたれかかって、静かにドリンクを飲んでいた。
シャドウがドリンクを飲みながら、にらみつけるようにナックルズを凝視している。
ナックルズがふっとシャドウに顔を向けた。
シャドウは素早く顔をそむける。
ナックルズは、寂しそうに顔を戻す。
瞬間、シャドウは素早く再びナックルズを凝視した。
ソニックは、苦笑いしていった。
「いいや、そっくりだよ、あいつら。ちょうどいいんじゃねえの、似た者同士」
日が暮れる頃まで四人はブラブラと遊び周り、ソニックが、テイルスに呼ばれてるからと言い、そのまま解散となった。
「じゃあ、俺たち、こっちだから」
ナックルズがソニック達に向かってそう言い、シャドウと肩を並べた。
シャドウの心臓が思わず跳ねた。
ナックルズはそのまま寮のある方向に向かって歩き始めた。シャドウは仕方なく、横に並び、黙って歩いた。
シャドウは、大学までの通りを、車の走る音を聞きながら、黙ってまっすぐ歩き続けた。
車が走るたび、ライトがナックルズの横顔を照らす。
シャドウはそれを横目に見ながら思った。
(車の音が聞こえるうちは、君の隣りで、ただの隣人として⋯⋯)
大学の門をくぐり、構内の暗く静かな小道に入った。
じゃりじゃりと小石を踏む。
二人の足音だけが周囲に響く。
シャドウは、息を潜めて、真っ暗な道の先をにらみつけながら歩いた。
足音に混じって、呼吸音が響く。
(何者も信じるな)
シャドウが口の端を歪めた。
呼吸音が段々と大きくなってくる。
(夜の闇にすら溶け込めないなら⋯⋯)
シャドウは深く息を吸い込んで、呼吸を止めた。
道の先に横たわる闇を強くにらみつける。
(僕は僕を、殺す)
シャドウは拳を握りしめた。その時、
「シャドウ」
ナックルズが小さな声で呼んだ。
シャドウは、思わずナックルズを見た。
「お前が同部屋で良かった」
──瞬間、
シャドウはナックルズに横から飛びかかった。
小道の隣りの茂みの奥に、二人して突っ込み、倒れ込んだ。
「んぐっ⋯⋯」
ナックルズが、小さくうめいて顔を上げる。上からシャドウがのしかかり、腕を抑え、肩に噛みついた。
「うあっ」
ナックルズの声で、シャドウの瞳に光が戻った。
シャドウは、必死で上体を起こし、ナックルズに背を向けて逃げ去ろうとした。
ナックルズが、とっさにシャドウの腕を掴んで引き戻した。再びシャドウがナックルズの上に倒れこむ。
シャドウが叫んだ。
「離せ、僕は、もはや」
ナックルズがシャドウをつかんだまま叫び返した。
「逃げられるくらいなら、このまま⋯⋯!」
シャドウの瞳に燃えたぎる炎が宿った。
ナックルズの両肩を掴んで、首に強く噛みついた。
「あぐっ」
ナックルズがうめく。
シャドウは次々とナックルズの身体に噛みついた。
左の首の付け根、左の鎖骨。右肩、右腕の付け根、右の鎖骨。
「ん、⋯あっ、⋯⋯いっ⋯⋯っふ⋯⋯」
ナックルズの声を聞いて、シャドウの瞳がさらに熱を帯びた。
左胸に噛みついて、そのまま強く吸い上げた。
「んああっ、ひっ!」
ナックルズの声質が変わった。シャドウはナックルズの腰を掴み、引き寄せ、左足を持ち上げた。
「あっ、⋯⋯やっ⋯⋯」
ナックルズが肩をすくめ、腰を引こうとしたその時、
ナックルズの腰元から、低い振動音が聞こえた。
スマホのバイブレーション。シャドウの動きが止まる。
二人は目を合わせ、一気に元の空気に戻る。
ナックルズがスマホの画面を見た後、慌てて画面を操作し、耳元にスマホを当てて喋った。
「シルバー、どうした⋯⋯おう。⋯⋯わ、わかった。ちょうどまだ、近くにいるから⋯⋯おう」
慌てて立ち上がり、茂みから飛び出した。
シャドウも会話の流れを察して、急いで小道に戻った。
「ナックルズー!いたいた、良かった、間に合って!」
遠くからシルバーがナックルズを見つけて、手を振りながら駆け込んできた。
「これ、入寮案内の資料。荷物運びの時に寮長から俺が預かったやつ、渡しそびれてたみたいで」
シルバーが手に持っていた茶封筒をナックルズに渡した。
ナックルズは乱れた呼吸を必死で隠しながら言った。
「お、おう。⋯⋯助かったぜ。⋯⋯じゃあ、また明日な」
シルバーはニコッと笑い、手を振り、門に向かって走ろうとした。ふと気付いて、背を向けようとするナックルズをもう一度見返した。
ナックルズの首元に、さっきまで一緒に遊んでいた時には見かけなかった傷跡があった。小さめの歯型のように見える。
「ううん⋯⋯?」
去っていくナックルズとシャドウの背中を交互に見ながら、首をかしげて考えた。
ナックルズの背中は、いつも通り、ゆったりとして大きく、たくましかった。
「まっ、いいか」
シルバーは少し微笑み、門に向かって全速力で駆けていった。