甘々:二人の住処

シャドウとナックルズは、寮に帰り、食堂で二人で夕飯を食べ、部屋に戻った。

「えーと⋯⋯じゃあ、よろしくな」

ナックルズが目をそらしながら、少し照れくさそうに挨拶した。それから、

「シャワー浴びてくる」

タオルを片手に、すぐに部屋を出ていった。

シャドウは、ぼんやりと背中を見送り、そのまま床に座り込んだ。

(こんなものでいいのか)

驚くほど普通に、驚くほど当たり前のように、ナックルズはシャドウの隣りを並んで歩き、寮に入り、部屋に入り、挨拶をして去っていった。

じわじわと身体から緊張が抜け、自身の体温が戻ってきた。

(ナックルズは、今日からこの部屋で暮らす。僕と同じ部屋で、僕の隣りで⋯⋯)

頭の中で今の状況を繰り返し確認した。不思議と気持ちは落ち着いて、すっきりとしていた。

寮に戻ってから、先程までのナックルズの様子をもう一度思い返した。

(ナックルズは、リラックスしているようだ)

シャドウの頬が緩んだ。

ナックルズがこの大学で普通の学生生活を送れるように、シャドウは問題の部室に単身乗り込み、暴行を直接阻止し、自身の政治力を駆使して理不尽な権力構造を是正させ、匿名の寄付をしてナックルズを半ば強引に入寮させた。

ようやく全ての労力が報われた気がして、シャドウはそのまま床に仰向けに転がり、ぼんやりと天井を眺めていた。

部屋の入り口のドアが開き、ナックルズが戻ってきた。

濡れた毛並みのまま、タオルを頭に被り、ナックルズはシャドウの前に立ち、片手に持っていたドリンクを一気飲みした。

それからひと息ついて、ナックルズはタオルで身体を拭きはじめた。

ナックルズがタオルをばさりと煽ると、ふいにまたあの懐かしい匂いがシャドウの元に届いた。

夏草と果実の混じったような匂い。

シャドウは思わず上体を起こし、ナックルズの全身を凝視した。

足の爪。足首。太もも。腰。腕。首。お腹。胸。

ナックルズはふと視線に気付き、角度を変えて身体を隠そうとした。

シャドウは身をのりだして、さらにじっくり凝視した。

ナックルズは困った顔をして、タオルで身体を隠した。

シャドウはすかさずタオルをめくって凝視する。

ナックルズが、とうとう顔を真っ赤にして叫んだ。

「見てんじゃねぇよ!」

ようやくシャドウが自身の奇行に気が付いて飛び上がり、ベッドの下のすき間に逃げ込んだ。

「野良ネズミじゃねぇんだから⋯⋯」

ナックルズが呆れてつぶやいた。

ナックルズは身体を拭き終えると、荷物箱からポテトチップスの袋を取り出して、シャドウに言った。

「なぁ⋯⋯ポテチ食おうぜ」

シャドウは黙ったまま出てこない。両足の先だけがベッドの下からわずかにのぞいている。

「ポテチ食おうっていってんだよ!」

ナックルズは声を荒げ、シャドウの両足を掴んで無理やり引っ張り出した。

ほこりまみれになったシャドウが涙目でナックルズを見た。

ナックルズは開封したポテチの袋を黙って差し出した。

頭に埃をつけたまま、シャドウは黙ってポテチを一枚つまむ。

「ベーコンチーズ味。美味いよな」

ナックルズがバリバリと豪快にポテチをかじりながら言った。

シャドウは安堵と興奮で味がよくわからないまま、黙ってポテチをかじり続けた。

ポテチを食べ終わり、シャドウがシャワー室から返ってくると、ナックルズは二段ベッドの下の段に毛布を被って潜り込んでいた。

シャドウはうろたえたが、気を取り直し、ナックルズが被っている毛布をめくり、そのままナックルズの隣りに滑り込んだ。

毛布の中でぎょっとした顔のナックルズと目が合った。

「なっ⋯⋯なんだよ⋯⋯上の段、空いてんだろ」

シャドウは少し考えて気が付いた。

下の段は元々シャドウが使っていたベッドだが、ナックルズは気付かずに下の段で寝ようとしているらしい。

シャドウは、ナックルズが自分と一緒に寝たくて、自分のベッドに入り込んで待っていたのだとつい勘違いしてしまったのだった。

(ナックルズがゆっくり寝れるなら、なんでもいいか)

「⋯⋯すまない、眠くて、間違えた」

シャドウはそう言って上の段に移動し、毛布を被り、電気を消した。

寝返りを何度かうつと、すぐに下から小さな寝息が聞こえてきた。

シャドウの視界がにじんだ。

音を立てないようにそっと目元をこすり、毛布を被って、シャドウもすぐに眠りについた。


翌日、シャドウとナックルズは、いつも通りの大学生活を送り、日が暮れる頃に寮に戻った。

夜、シャドウが自習室から自室へ戻ってくると、ナックルズが自室の勉強机に座り、うなり声を上げていた。

「どうかしたのか」

「数学の課題がわかんねぇんだ。教えてもらった通りにやってるはずなんだけどな」

シャドウは後ろからナックルズが手を付けている課題のプリントを覗き込み、すぐに答えた。

「これは問一の応用だ。二段階に分けて計算するとわかりやすい」

シャドウはペンを手に取り、計算方法を書き出し、ナックルズに順番に説明した。

「おお⋯⋯わかりやすいな。じゃあこっちは?」

「別の定理を使う。教科書はあるか?定理を一度しっかり確認してからの方が⋯⋯」

シャドウは自分の椅子を持ってきて隣りに座り、ナックルズに丁寧に解き方を説明していった。

ナックルズは素直に説明を聞きながら設問を解いていったが、半分程課題を消化したところでペンを止め、ため息をついて言った。

「ハァ⋯⋯凄ぇな。お前の説明、教授よりもわかりやすいぜ。ソニックの言ってた通りだな。お前の脳みそ、半分交換してくれよ」

ナックルズはシャドウの背中をばんと叩き、笑いかけた。

すると、シャドウが持っていたペンをぽとりと落とした。

そのまま、ペンも拾わず、黙りこくっている。

ナックルズは不審に思い、シャドウの顔をのぞき込んだ。

「どうした、シャドウ⋯⋯」

話しかけても反応しない。

シャドウは、うっとりした顔で虚空をみつめ、そのまま動かなくなってしまった。

ナックルズはうろたえ、シャドウの肩に手を置いた。シャドウがブルルと震えて、うっとりしたままナックルズの方を見る。

「おい」

「ンフ」

話しかけると、鼻息で返事をされた。

(猫かよ⋯⋯ )

ナックルズは 思わず心の中で突っ込み、あごをなでてみた。

「グルル⋯⋯」

シャドウがのどを鳴らして目を閉じる。

「猫かよ」

そのまま言葉がついて出る。仕方なく、肩を揺さぶって突っ込んだ。

「起きろ!課題が進まねぇんだよ!」

シャドウはハッとして、顔を真っ赤にしながら、慌てて説明を再開した。


その翌日。

夕方、自主トレを終えたナックルズは、下の段のベッドで仮眠をとっていた。

「んん⋯⋯」

大きく伸びをして、目を開けた。そろそろ食堂で夕飯が食べられる時間が来る。

起き上がろうとしてベッドの縁に目をやろうとすると、

ベッドの上段から逆さまに垂れ下がり、ナックルズを凝視しているシャドウと目が合った。

「うわあああ!」

たまらず絶叫し、上体を飛び起こして後ずさった。

「なっ⋯⋯何してんだよ」

顔を引きつらせながら聞くと、シャドウはなんでもないように静かに言った。

「問題ない。仮眠をとるより、君を見ている方が僕には有用なんだ」

ナックルズは、うろたえて視線をさまよわせた後、ため息をついて言った。

「逆さまで見るのはやめろ。どうせ見るなら、ちゃんと近くで⋯⋯」

言いかけて、真っ赤になり、否定した。

「ち、違う!と、とにかく、びびらせるような真似をするんじゃねぇ!」

シャドウは頭からボトリと落ちて、床に大の字に伏せたまま、すまない、とつぶやいた。


そのまた翌日。

昼を少し過ぎた頃、ナックルズは、自主トレを早めに切り上げ、寮へ戻ってきた。

(自主トレばっかじゃな。もっと遠征とか、対外試合とか⋯⋯ )

廊下を歩きな

がら、ナックルズは顔をくしゃくしゃに歪めてうつむいた。

廊下の窓から外を眺めてみる。構内にあるテラステーブルに座り、研究資料を必死に読み込んでいる学生が見えた。

(みんな、やれる事をやってんだよな。少し昼寝したら、また戻って自主トレだ)

ナックルズは自分の頬を両手でばしっと叩き、気合を入れて自室のドアを開けた。

自分のベッド──二段ベッドの下の段を見て、ナックルズは目を見張った。

下の段のベッドで、シャドウが毛布にくるまり、枕を抱きしめて眠っていた。

「俺のベッドが⋯⋯」

ナックルズは空いている上の段のベッドを見上げ、眉をしかめた。

(二段ベッドの上の段って、寝てる間に転げ落ちそうな気がして嫌なんだよな)

「ナックルズ」

シャドウがつぶやいた。ナックルズは、シャドウが起きてくれたと思い、シャドウに話しかけようとして気付いた。

シャドウは目を閉じたまま、すぅすぅと寝息を立てている。

「ナックルズ⋯⋯」

シャドウが再びつぶやく。

⋯⋯寝言。

シャドウは目を閉じたまま、抱きしめた枕にフガフガと噛みつき始めた。

ナックルズは、寝ぼけて自分の名をつぶやくシャドウを見て、なんとなく胸がドキドキしてきた。

見てはいけないものを見てしまった気がする。

昼寝はやめにして、寮を飛び出し、そのままもう一度グラウンドに戻り、自主トレを再開した。

夕方になり、自主トレを切り上げ、ナックルズは寮の自室のドアを開けた。

そして、下の段のベッドを見て、ぎょっとした。

シャドウが抱きしめて噛みついていた枕は、シャドウの牙でバラバラに分解され、無残なボロ布と化していた。

「フゴ⋯⋯ナックルズ、⋯⋯ガフッ⋯⋯ギギ⋯⋯」

起きる気配もなく、枕の残骸を噛み続けるシャドウに向かって、思わず叫んだ。

「起きろ、馬鹿!俺の枕になんの恨みがあるんだよ!」

シャドウがぱっちりと目を開けた。ナックルズをみつめ、手元の枕をみつめ、顔がすぅっと綺麗に青ざめた。

「す、すまない⋯⋯つい寝ぼけて、君の枕を⋯⋯。すぐに責任をもって弁償を⋯⋯」

シャドウはボロボロの布切れを抱えたまま、涙目で謝罪をした。

何故自分のベッドで寝ていたのか。

何故自分の名を寝言で何度も呼んでいたのか。

何故枕がバラバラになるほど噛みつき続けたのか。

ナックルズは、何もかもがわからない。

その代わり、どうにも胸がドキドキして、どこか気恥ずかしい。

ナックルズは突っ込むのを諦め、代わりに言った。

「⋯⋯じゃあ、お前の枕、もらってくからな」

二段ベッドの上の段から枕を取ると、下の段に投げ入れた。

シャドウはほっとした様子で、バラバラになった枕の残骸をかき集め、大事そうに抱えて、二段ベッドの上の段に持ち込み、枕の形に整えて置き、頬を緩めた。

(いや、その残骸、まだ使う気なのかよ⋯⋯!)

ナックルズは言葉にならない恥ずかしさで顔が熱くなったが、何故恥ずかしいかが結局わからず、何も突っ込む事はできなかった。


数日後。

月も出てない真っ暗な夜。 

消灯時刻の少し前、シャドウは自室で学会から発表された最新の論文を読みこんでいた。部屋のドアが開く。外で自主トレをしていたナックルズが帰ってきた。

黙ってナックルズはベッドに入った。

シャドウもベッドの上の段に上がり、部屋の電気を消した。

シャドウはしばらく 目を閉じていたが、やがてゆっくりと目を開けた。

下からごそごそと音が聞こえる。

寝返りをうつ音。

毛布をかけなおす音。枕の位置を変えたり、身体をよじらせる音。

「寝付けないのか」

シャドウは身体を起こさず、静かな声で尋ねた。

「別に⋯⋯」

低い声が帰ってくる。

暗闇の中、シャドウは動かずに天井を見つめていた。

しばらくして、続きの言葉が部屋に響いた。

「あれから、監督が交代して、まだ、色々と⋯⋯」

寝返りをうつ音がまた聞こえる。

「⋯⋯俺が我慢していれば、⋯⋯もっと、」

毛布に潜り込んだのか、ナックルズの声がくぐもった。

シャドウは、上段ベッドからするりと降り、ナックルズの側に立った。

ナックルズは喋らない。

やがて、ナックルズが、少し奥側にずれた。

シャドウは毛布をめくり、ナックルズの隣りに潜り込んだ。

シャドウがぴったりと身体をくっつけた。

ナックルズは拒まなかった。

シャドウが頭をナックルズの肩に乗せた。

ナックルズは拒まない。

シャドウがひと思いにナックルズの首に噛みついた。

ナックルズは小さくうめき、シャドウの肩を掴んだ。

シャドウがナックルズの身体のあちこちに噛みついた。

ナックルズはしばらくうめき続けていたが、そのうち声をあげて泣き出した。

シャドウはナックルズを抱きしめて、そのまま二人で眠りについた。


翌朝。

二人は、抱き合ったまま同時に目が覚めた。

ばっちりと目を合わせて、お互いに飛び上がり、後ずさった。

シャドウが青ざめて、何か言いかけたが、ナックルズが被せ気味に叫んだ。

「やめろ、何も言うな。全部忘れろ!」


───翌日。

シャドウは大学に向かった後、そのまま、自室に帰ってこなかった。

その夜、ナックルズは部屋で一人で、眠れずにずっとベッドに腰かけていた。