第8話「灰色のハビシュ 1」

ナックルズは、待ち続けた。

晴れの日も、雲の垂れ込めた日も、満天の星が散らばる夜も。
エンジェルアイランドの風が変わるたびに、ふと空を見上げては思う。
――今日こそ、あの黒いハリネズミが、なんでもない顔で現れないだろうか、と。

「⋯⋯来ねぇよな」

ぽつり、独り言がこぼれたちょうどその日、空はいつもより重かった。

やがて島を濃い雨が覆い、マスターエメラルドの祭壇も白く煙る。その雨の幕を割るように、ひらりと白い影が降り立った。

「いやあね、この天気」

傘も差さずにエンジェルアイランドへ上がってきたルージュが、頭の上にひょいと片手をかざす。即席の手傘を作りながら、祭壇の上を見上げた。

マスターエメラルドの目の前で、赤い守護者が膝を抱えて座っていた。

全身ずぶ濡れ。それでも、動こうとする気配はない。

ルージュはため息をつき、斜め後ろに降り立って、しゃがみ込み、声をかける。

「ごきげんよう、守護者様」

ナックルズは視線だけをそちらに向けた。

「⋯⋯よう」

それだけ言って、また前を向く。

「寒くないの?」

「このくらいの雨、どうってことねぇよ」

つまらなそうに目をそらす様子は、どこか拗ねた子どもに似ていた。ルージュは大げさに片眉を上げる。

「私は寒い。びしょびしょよ」

「⋯⋯しょうがねぇな。茶くらいしか出せねぇぞ」

ナックルズは立ち上がり、マスターエメラルドを一度振り返ってから、ルージュをいつもの小屋に招き入れた。


小屋に入ると、ルージュは羽根に滴る雨をぱたぱたとはらった。ナックルズはタオルを一枚、無造作に投げてよこす。

「よしよし」

そう言いながら、ルージュはタオルをひょいと受け取り――そのまま、ナックルズの胸元に押し当てた。

「おい」

「貴方のほうがよっぽどずぶ濡れでしょ。ほら、じっとして」

ぐい、と力強く毛並みを拭かれ、ナックルズはむず痒くて肩をすくめた。

「やめろ、子どもじゃねぇんだ」

「子ども扱いが嫌なら、自分で拭きなさい」

おでこを指先でつつかれ、ナックルズは顔をしかめる。

「ったく⋯⋯」

タオルを取り返し、自分でざっと顔と上半身を拭きながら、ケトルを火にかけた。湯が湧く音を聞きながら、マグカップに茶葉を入れる。

「ほら」

「ありがと」

ルージュは湯気の立つカップを受け取り、一口飲んだ。温かさが喉を下りると同時に、肩の力が少し抜ける。

「せっかく仕事サボりに来たのに、この雨。ほんと、天気って空気読まないわよね」

軽口を叩きながら、ルージュはいつもの調子で話し始めた。

ステーションスクエアに新しくできたケーキ屋のこと。お気に入りのブランドから、新作の香水が出ること。最近手に入れた、ちょっと珍しい宝石の話。
ルージュらしいおしゃれな話題ばかりだった。

(シャドウの事、なんにも言わねぇんだな)

ナックルズは、適当に相槌を打ちながら、ぼんやりと思った。けれどルージュは、わざとそこを避けているように見えた。

ルージュはきっと、島に来れないシャドウの代わりに、様子を見に来てくれている。

「ところで、お茶請けは?」

突然ルージュがテーブルの脇の戸棚を覗き込む。

「え?」

「甘いもの、何かないの? ⋯⋯あら」

ルージュの手が、とある袋を引き出した。

「このフルーツクッキー、あたし好きなのよね」

袋を開けると、中からは少し古びたクッキーが顔を出した。それは、先日シャドウから差し入れにもらったものの残りだった。

――帰ってきたら、残りのクッキーを一緒に食べようぜ 。

そう言って、戸棚の中にしまって、取っておいた。

「そのクッキーは、シャドウが帰ってきたら一緒に⋯⋯」

口が勝手に動いた。言った瞬間、顔が熱くなる。

「い、いや、別に⋯⋯」

慌てて言い直すと、ルージュは一瞬だけ手を止めた。だが、すぐに肩をすくめて笑う。

「風味が落ちて、ぼそぼそになった古いクッキーを二人で分け合うつもり?新しいお菓子を買いに行きなさいよ。二人で」

あくまで軽く、冗談のように。ナックルズは、一拍置いてから、そうか、と呟いた。

(そうだよな)

そうやって、二人で街へ買い物へ行って――新しいクッキーを、また一緒に食べればいいだけ。

「⋯⋯ってことで、このクッキーは処分してあげる」

ルージュが楽し気にクッキーをつまみ上げる。

「おい、待て。やっぱり俺にもよこせ!」

結局、古びたクッキーを奪い合いながら、二人は笑った。外ではまだ雨が降っている。けれど、小屋の中だけは、不思議と温かかった。


セントラルシティの東方。切り立った崖の上。

風を切る甲高い音とともに、青い残像がオレンジ色の岩肌を走り抜けた。ソニックが音速のまま崖の端まで駆け抜け、そのまま軽やかに跳ぶ。

くるりと宙で一回転し、手前の平地に着地した。

そこには一本の木があり、その幹にもたれるようにして、黒いハリネズミが立っていた。

「よう、わざわざ究極様からのお呼び出しとは、光栄だね」

ソニックは手をひらひら振る。

「チリドッグパーティーへの招待状かと思ったけど?」

シャドウは目を細める。

「事前に概要は伝えたはずだ。反究極生命体・ユニの関係者――ハビシュを追う。諜報チームが怪しい通信ログを見つけた」

ソニックは、ふぅっと誇張したため息をついた。

「別に勿論、手伝うけどさ。メンバー、一人足りないんじゃないか?」

「⋯⋯なんだと?」

「戦力不足だって。今回、マジでやばいんだろ?」

ソニックは両拳をカツンとぶつけ、ナックルズの仕草を真似た。

シャドウがナックルズに特別な感情を向けるようになる前も、何か危機があるたびに、ソニックとナックルズは、シャドウやルージュの任務の手助けをする事があった。

ソニックの今までの感覚からすれば、この規模の危機で、シャドウがソニックだけを呼び、ナックルズを呼ばない事に、妙なぎこちなさを感じていた。

短く沈黙が落ちる。シャドウの喉が、かすかに動いた。

「ナックルズは呼ばない」

早口で、冷たく拒むような口調だった。ソニックは、なんとなく気づいていた。

危険だからと言って、何も告げずに距離を取ろうとするシャドウ。それでも、島でただひたすらシャドウを待ち続けるナックルズ。

最近のシャドウは、とにかくナックルズを守ろうとする。

“興味はある。だが、彼を傷つけたいわけじゃない ”

黙ってじっとナックルズを観察し、何かあるたび駆け付けるが、危機が去ると同時に、何も言わずに去っていく。

島に頻繁に様子を見に行く。だけど、何も語らない。どんな想いでそこへ来るのかを本人に伝えない。

ナックルズの事は無条件で助けようとする。でも、自分が困っていても、何が起きているのかすら教えようとしない。

──ナックルズは、そんな事望んでいない。

ナックルズが望んでいる事。それはきっと、もっと普通で、もっと温かくて、もっと穏やかでいられる距離。

シャドウが極端な行動を取るたびに、ナックルズの胸の中に、本人すら気づかない小さな傷が増えていくのを、ソニックはもうわかっていた。

(⋯⋯いい加減、ぶん殴るか)

拳を握る。構えて、一歩踏み出そうとした、その瞬間。

「⋯⋯あやうく、壊されるところだった」

シャドウが、低い声で絞り出すように言った。

「⋯⋯は?」

「彼の尊厳すべてを。僕のせいで」

ソニックの動きが止まる。シャドウは、肩を震わせていた。

「⋯⋯ギリアンで起きたことを、話す」

ぽつりぽつりと、シャドウの口から、断片的な説明が落ち始めた。


ギリアンの町での出来事。

ナックルズが、シャドウの力になりたいとルージュに協力を申し出たこと。諜報任務の一環として、悪趣味なクラブに卑猥な恰好で潜入したこと。

そこで、ユニの関係者とされるハビシュと接触したこと。

自分が駆けつけた時には、すでにナックルズは薬で動けず――ハビシュたちに弄ばれかけていたこと。

「⋯⋯」

ソニックの顔から一切の余裕が消える。シャドウは、言葉を選ぶように、一度口をつぐんだ。

「⋯⋯後日、ナックルズが装備していた隠しカメラと通信機のデータを確認した」

そこには、決定的な映像が残っていた。

媚薬を浴びせられ、まともに立てなくなるナックルズ。それでも、仲間と一般人を庇い、扉を押さえ続けていた。床を引きずられ、ベッドに押さえつけられる。

――そして。

“シャドウの友達なら”

“壊してあげないといけないね”

しわがれた機械音声が、シャドウの耳の奥によみがえる。

“嫌なこと、いっぱいしてあげる”

“二度と笑顔になれないよ”

ソニックの胃が、ひっくり返りそうになった。

殺されそうになった――という話ではない。

壊されそうになった。

その言い回しの意味を、ソニックは正確に理解してしまった。純朴で、真っ直ぐで、よこしまなことには本当に疎いナックルズ。

そんなナックルズが、最悪の形で狙われた。

「⋯⋯ナックルズは、あんな状況で、僕の名を呼んだ」

シャドウの拳が強く握り締められる。

「僕が来るのが少しでも遅れていたら――本当に、全部、壊されていた」

ソニックは、目を閉じて息を吐いた。

怒りで震える自分と、同じように震えているシャドウ。今はもうシャドウを殴ることはできない。

それだけのことを、シャドウは見てしまっている。

「⋯⋯⋯⋯ここにナックルズは呼ばない」

シャドウは、再び静かに言った。

「ハビシュは、僕が始末する」

その声音には、強烈な決意と憎悪が混ざっていた。ソニックは、しばし黙ったあと、ぽつりと呟く。

「⋯⋯分かった」

視線を逸らさずに。

「分かったよ、シャドウ。二人で行こう」


オレンジロードと呼ばれる荒野は、夕焼け色をした岩肌が延々と続く場所だった。

シャドウとソニックは、その荒野を駆け抜けた。砂煙と乾いた風が頬を打つ。

「ほんっと、荒んでて人気がなくて面倒くさい場所選ぶよなぁ、悪役って」

ソニックがぼやく。

「文句を言う暇があるなら、足を動かせ」

「俺の口は足と連動してんだよ。どっちも同じくらい速く動くんだ」

軽口を交わしながらも、二人の視線は前だけを見ていた。目的地は、オレンジロードの終端近くに口を開けた洞窟。

ここから、ハビシュが使用していると推察される通信が探知された。

その情報を見つけるきっかけとなった元のデータは、ナックルズがギリアンで盗み出したものだと、シャドウは走りながら簡潔に説明した。

(あいつが命がけで盗ってきた情報を使ってんのに、ここに本人を連れて来れないとか⋯⋯)

ソニックは、内心吐きそうになった。ナックルズの性格からいって、これを知ったらどう思うか。

(今は、考えるな。事件が解決した後で、ナックルズに会いにいけばいい)

気を取り直し、洞窟の入口を見据える。ひんやりとした空気が、口の中を冷たくした。

「ここだ」

シャドウが足を止め、岩壁をなぞるように手を滑らせる。

やがて、わずかな段差を見つけると、携帯端末を取り出して接続した。
カチリ、と電子ロックの解除音がする。

「この解除用データも、ナックルズが盗んだ情報がきっかけで入手できた」

「ほんと、便利なやつだよな、あいつ」

ソニックは苦笑して訂正する。

「なんて、便利なんて言葉で片づけたら、殴られるかな」

「彼に殴られる前に、僕に殴られるだろうな」

シャドウは皮肉げに返しながら、隠し扉を押し開けた。


中は、こじんまりとした秘密基地のような部屋だった。

壁際に並ぶ電子機器は、すべて壊されている。ケーブルは引きちぎられ、画面は粉々。床には破片と焦げ跡だけが残っていた。

「⋯⋯出遅れたな」

ソニックが苦々しく笑う。

「追手が来るのを読んで、情報を渡さないように全部壊してトンズラ、ってわけか」

「だが――」

シャドウは、部屋の奥を見渡した。

その目が、ある一点で止まる。床に、ポツンと落ちている小さな情報端末。
ひとつだけ、形を保っていた。

「妙だ。この端末だけ、壊されていない」

拾い上げて電源を入れると、ロック画面が表示される。八桁のパスワード入力欄。画面下部には、小さな文字でヒントが書かれていた。

――パスワードのヒント:かわいいメイド君

ほんの一瞬で、シャドウの全身の毛が逆立つ。脳裏に、あの日の光景がフラッシュバックした。

気絶したナックルズは、びりびりに破かれた服をまとっていた。胸や背中を大きく露出させた、悪趣味なメイド風の衣装。

胸の奥で何かが焼けるように熱くなった。

(⋯⋯遊んでいるつもりか)

シャドウは、無言で指を動かす。

――K n u c k l e s

入力完了と同時に、画面が切り替わった。

「⋯⋯当たりかよ」

ソニックが顔をしかめる。

「ってことは、あいつら、もうナックルズの名前も把握してるってことか」

嫌な予感が、じわじわと背中を這い上がってくる。ロックが解除されると、画面に映像が再生され始めた。

「⋯⋯あ、つながったよ」
「来た来た」
「来たね」
「おひさし~」

しわがれた機械音声。

四つの声が、順番に、あるいは重なるように響く。黒いローブの四人組が、画面の向こうに映り込んでいた。

「ハビシュ」

シャドウは名を呼ぶ。どれが本人なのかは分からない。だが、この中の一人がハビシュに違いなかった。

「シャドウだ」
「シャドウ、シャドウ」
「待ってたよ」
「お話ししよ~」

不気味な声が続く。

どうやらこれは、事前に用意されていた録画ではなく、リアルタイムの通信のようだった。シャドウは、瞬時に幾つもの可能性を計算しながら答える。

「僕に何の用だ」

問い質したいことは山ほどある。

なぜ自分に執着するのか。ユニとの関係に関する情報はどこまで本当なのか。なぜ、こんな形で接触してきたのか。

だが、焦りを見せれば、相手の思うつぼだった。まずは、冷静に、相手の口を開かせる必要がある。

しかし、黒ローブたちは質問には答えなかった。

「こないだの子、ナックルズ君っていうんだね」
「かわいかったねぇ、もっと遊びたかったのに」
「ナックルズ君、そっちにいるの?」
「お顔見せて~」

シャドウの眉がぴくりと動く。

ソニックは、とっさに画面の前に割り込んだ。

「悪いね、ナックルズもすぐ後ろにいるけど、お前らと話したくないってさ。代わりに俺が!」

わざと軽い口調で嘘をつく。

「ちなみに俺も結構かわいいって言われるけど、どう? 気に入った?」

情報を探るための、ささやかに揺さぶりをかける。

「君はソニックでしょ、だめだめ」
「もっと素人っぽい、性格のいい子じゃないと」
「無垢で健康で純情な子ってのは」
「壊しがいがあるからね~」

ソニックの背筋にぞわりと寒気が走る。

シャドウの眉間に、深い皺が刻まれた。瞳の奥で、何かが爆ぜる。ソニックはシャドウの表情を見て、心の中で叫んだ。

(安い挑発にのるなっての!)

しかし、シャドウはすでに、怒りの縁に立っていた。

「無駄話はいい。本題に入れ」

黒ローブたちは、まったく動じない。

「ナックルズ君、出してくれたら本題に入るよ」
「おいでおいで」
「お顔見せてよ」
「スカートの下の、かわいいおしりもね~」

下卑た冗談が、通信越しに流れ込んでくる。その瞬間、シャドウの忍耐の糸が、完全に切れた。

「二度と、お前たちにナックルズは触れさせない!」

怒号が飛ぶ。ソニックは、頭を抱えたくなった。

(やりやがった⋯⋯!)

挑発に乗らず、会話を長引かせて、相手側の情報を引き出す。交渉の基本中の基本。世界政府のエージェントとして活動するシャドウが、それを理解していないはずがない。

それでも、シャドウは今、冷静ではいられなかった。黒ローブたちは、揃って黙り込む。

「⋯⋯」
「⋯⋯」
「⋯⋯」
「⋯⋯」

不気味な沈黙。やがて、ゆっくりと言葉が落ちる。

「どうしても、駄目?」
「ナックルズ君に」
「会いたいんだけど」
「どうかな~」

「彼の名を、軽々しく呼ぶな」

シャドウは、感情を隠そうともせずに怒鳴りつけた。

「汚らわしい。彼の前に一瞬でも姿を現してみろ。僕がお前たちをこの世から消し飛ばしてやる」

ソニックは、ああ⋯⋯と声を漏らした。会話の流れとしては最悪の展開。少なくとも、こちらはまだ何も情報を得られていない。

「⋯⋯」
「⋯⋯」
「⋯⋯」
「⋯⋯」

もう一度、沈黙が挟まる。

「わかったよ」
「うんうん」
「それなら、しかたないね」
「かなし~」

ソニックが、絶望で顔を歪める。

「ナックルズ君とお話できないなら、しかたない。シャドウ、またね」
「ばいばい」
「また今度ね」
「つぁいちぇ~ん」

ぷつり、と通信が切れた。ソニックは、盛大に肩を落とす。

「⋯⋯やっぱりぃぃ⋯⋯」


「何やってんだよ!」

ソニックは、シャドウの顔をにらみつけて怒鳴った。

「馬鹿! まぬけ! あんぽんたん!」

「⋯⋯⋯⋯」

「せっかく向こうからコンタクトとってきたのに!シャドウがキレ散らかしたせいで、何ひとつ情報引き出せずに終わったじゃないか!」

シャドウは、血走った目でソニックを睨む。

「黙れ。あいつらは、またナックルズを侮辱した。絶対に許さない」

「だからって、そこでブチギレてどうすんだよ!」

ソニックは、さらに追い打ちをかけようとして、ふと、ナックルズの顔を思い浮かべた。

もし、ここに本人がいたら。もし、仏頂面で堂々と腕組みをする赤いハリモグラが傍に立っていたら。

(⋯⋯こいつ、多分、もっと冷静だったんじゃないか)

ナックルズがいるときのシャドウは、いつもより少し柔らかくて――怒っても、ぎりぎりのブレーキがかかっているように見えた。

今は、そのブレーキ役がいない。不安も、苛立ちも、全部一人で抱えている。

しかしそれは、シャドウだけでなく、自分も同じだと気づき、ソニックは自分自身を鼻で笑った。

「⋯⋯なぁ、シャドウ」

少し声の調子を落とす。

「ナックルズのためだ。冷静になろうぜ」

「⋯⋯」

「レジーナの本拠地で、ナックルズを助けた時の事、覚えてるだろ?あのとき、お前は冷静だった。怒って先走るのは、俺やナックルズの役目だろ。お前は、それを引き戻す係でいてくれよ」

シャドウは、はっとしたように目を見開いた。

少しの間、沈黙が流れる。やがて、うつむき、かすかな声で言った。

「⋯⋯すまない」

ソニックは、肩をすくめる。

「まぁ、俺も同じくらい感情的だったからな」

半分冗談めかして笑いながら、問いかける。

「で、どうする? 何の情報も得られなかったぞ。ていうか、あいつらもさ、ナックルズの話ばっかしてて、こっちの情報、あんま引き出せてなかった気がするんだけど」

「⋯⋯⋯⋯」

「なんのための通信だったんだ?今の」

シャドウは、冷静になりつつある頭で、さっきまでの流れを巻き戻した。

パスワードのヒント。かわいいメイド君。

パスワードは“Knuckles”。

ギリアンでの対峙。ハビシュの前での自身の行動。ナックルズの名前を口にしたときの反応。

ナックルズを侮辱されたときの、逆上。

(⋯⋯そういうこと、か)

「まずい」

低く、短い言葉が落ちた。

「どうした?」

ソニックが眉を上げる。

「僕の弱点が、完全にバレた」

シャドウは、端末の画面を見つめながら言った。

「パスワードのヒントが“かわいいメイド君”で、パスワードが“Knuckles”。⋯⋯ハビシュは、ギリアンで察知したんだ。“この赤いハリネズミを傷つけると、シャドウは激怒する”と」

あの日、自分は、ナックルズを抱えながら、ハビシュに向かって怒りをあらわにした。その姿を、冷静な目で見ていた者があの四人組の中にいたとしたら――

そこに攻めどころを見つけるのは簡単だった。

「さっきの通信だってそうだ。ひたすらナックルズの話をして、僕の怒りがどう高まるか見て、最後に下品な一言を足して、頂点に達した瞬間に通信を切った」

「⋯⋯シャドウを、怒らせて喜んでるってわけか」

「それだけじゃない」

シャドウは、はっきりとした声で続けた。

「ハビシュは、僕に執着している。おそらく、僕に対してなんらかの恨みがある。僕を不幸にしたい。苦しませたい。だからこそ⋯⋯」

「ナックルズを傷つけるのが、一番手っ取り早い」

ソニックの顔色が変わる。

「おい⋯⋯」

「さっき、僕ははっきりと言った」

“二度とお前たちにナックルズは触れさせない”。

“彼の前に姿を現してみろ。僕がお前たちを消し飛ばす”。

それは、言い換えれば――

“ナックルズを攻撃されれば、僕は理性を失う”と宣言したも同然だった。

「⋯⋯ナックルズが、危ない」

シャドウは、はっきりと言った。

「エンジェルアイランドにいる彼を襲えば、僕は必ず感情的になって動く。それを推測した上で、ハビシュは試したんだ」

その瞬間、ソニックの思考も切り替わった。

「⋯⋯っ!」

次の問いは、なかった。

すかさずシャドウがカオスコントロールの構えをする。ソニックが肩をつかむ。

行き先はエンジェルアイランド。

二人の心臓が緊張で脈打つ。ナックルズが危ない。

カオスコントロールが実行され、二人は次元の歪みの中に消えていった。