第9話「灰色のハビシュ 2」

雨上がりのエンジェルアイランド。

ルージュが帰っていった後、爽やかな風の吹く緩やかな斜面の果樹エリアで、ナックルズは木の枝に手を伸ばしていた。

掌に収まるくらいの、小さなオレンジ色の実が、枝いっぱいにぶら下がっている。

「⋯⋯よし、ちょうどいいな」

陽に干せば、甘みの強いドライフルーツになる。熟した実だけを見極めながら、丁寧にもいで、籠に入れていく。その時だった。

背後から、空気が裂けるような気配が走り、腰と胸に同時に、ドン、と巨大な衝撃が叩き込まれた。

「うわっ──!?」

息が詰まり、体が宙に浮く。

オレンジの実がはじけ飛び、ナックルズは斜面をごろごろと転がり落ちていった。

「いててて⋯⋯なにすんだ、馬鹿──」

半身を起こして文句を言いかけたところで、言葉が止まる。

汗だくで、目を血走らせたシャドウとソニックが、それぞれナックルズの胸と腰にしがみついていた。

二人とも、ぜいぜいと肩で荒い息をしている。あまりにも必死な形相に、ナックルズは思わず体を固くした。

「探したぞ、ナックルズ! ゲホッ⋯⋯怪我はないか!?」

ソニックが、息を切らせ、途中でむせながら叫ぶ。

「今ケツすりむいたよ、馬鹿野郎⋯⋯!」

ナックルズが返すと、シャドウは無言のまま、血走った目でナックルズの体をまさぐり始めた。

肩、腕、脇腹、腰、脚――毛並みの中に、傷や打撲がないか確かめるように。

「うお、ちょ、待てって⋯⋯!」

びっくりして身をよじろうとしたが、あまりの剣幕に、ナックルズは顔を引きつらせたまま抵抗をやめる。

ようやく、息を整えつつ上体を起こし、ナックルズはシャドウの肩に、ぽん、と手を置いた。

「久しぶりに会えたと思ったら、なんだよその顔。なにかあったのか」

シャドウの動きが止まる。はっとしたように目を瞬かせ、一瞬だけ、頬が緩んだようにも見えた。

だが、すぐに視線をそらし、黙ったままソニックに目配せをする。
ソニックが、こくりと大きく頷いた。

「ナックルズ!」

ソニックが早口でまくし立てる。

「ちょっとお出かけしようぜ! 大丈夫、きっとリラックスできる場所だ、気楽にいこう、な? な?」

笑顔ではあるが、声が不自然に上ずっている。口の端はひきつり、目だけが妙に真剣だった。

「おでかけ?リラックス? お前ら一体、なにを⋯⋯」

焦っている理由を聞こうとした瞬間、両側から肩と腕をがっちり掴まれた。

「ちょ、まっ⋯⋯⋯」

有無を言わせぬ力で、立ち上がらされる。

シャドウもソニックも、手つきは驚くほど丁寧だった。まるで、壊れ物を運ぶみたいに。

だがそこには、こちらの意見を聞く気配が、一切なかった。

ナックルズは、小さく息を吐く。抵抗する力を抜き、隣に立つシャドウの横顔を盗み見た。

緊張。不安。恐れ。怒り。⋯⋯そして、苦しみ。

シャドウの指先は、ナックルズを捕まえるというより、すがりついているようにさえ感じられた。

ナックルズは少しうつむき、またかよ⋯⋯、と呟いた。

また、自分は外側に置かれようとしている。

危ないから。ソニックよりも弱いから。泣いて怯えるかもしれないから。

それでも、シャドウの横顔を見ていると、そう簡単に振り払うこともできなかった。

「⋯⋯どこに向かうか知らねぇが」

顔を上げ、ナックルズはふっと表情を引き締める。

「さっさと案内しろ。とろとろ歩いてると、置いてくぞ」

二人の手を振り払い、自分から前に出て歩き出した。シャドウとソニックが、慌てて左右からナックルズの肩にしがみつく。

そのまま、空の上にある島を後ろに残し――三人は、世界政府の地下施設へと向かった。


「馬鹿野郎! なにすんだ、ここから出せ!!」

おとなしくついて来たことを、ナックルズは即座に後悔した。

白を基調とした清潔な部屋。壁の一面が、分厚いガラス張りになっていた。
中には、ベッドと椅子とテーブル。最低限の装飾品。

一見すれば、病室か、シンプルな個室のようにも見える。だが、ナックルズには、別のものにしか見えなかった。

牢屋。あるいは、檻。

「落ち着けって、ナックルズ」

ガラスの向こうで、ソニックが両手を上げる。

その隣で、シャドウはようやく安堵の色を浮かべていた。それがまた、腹立たしかった。

「せめて、何が起きたか説明しろよ!」

ナックルズがガラス越しに怒鳴る。シャドウが、まっすぐこちらを見た。逃げずに視線を合わせるのは、これが今日、初めてだった。

「⋯⋯君は狙われている」

短い言葉に、ナックルズの動きが止まる。

「ハビシュと再び接触した。君が盗んでくれたデータのおかげだ。⋯⋯といっても、通信越しだがな」

言い方を選ぶように、一拍置いてから、シャドウは続けた。

「やつは、君の尊厳を壊したがっている。嫌がらせだ。僕とつながりのある者を破壊することで、僕を弱らせようとしている」

ナックルズは、ギリアンの、あの天蓋付きベッドを思い出した。

押さえつけられた肩と脚。動かない身体。身体に染みついた薬品の甘い匂いと、壊される予感。

その断片が、背筋をぞわりと冷やした。

「近いうちに、やつは必ず動く。迎え撃って、必ず僕がハビシュを仕留める」

シャドウの声は、硬かった。自分自身に言い聞かせているようにも聞こえる。

「君はここで待機していてくれ。何かあれば、すぐに連絡する。⋯⋯既に、この作戦は始まっている」

“待機”。

“作戦”。

軍事行動であることを、わざわざ強調するような言葉選び。だが結局のところ、意味はひとつだった。

――君を外に出したくないから、この檻の中でじっとしていてくれ。

ナックルズは、両眉をつり上げた。

「⋯⋯作戦ねぇ」

低く呟き、鼻に深い縦筋を刻み、目を細める。

「上等じゃねぇか。じゃあ俺の役目は、ここで大人しく座って、エサみたいにぶら下がってりゃいいってか?」

シャドウは唇を結んだまま、何も答えない。ソニックが、目をそらして頭をかいた。

ナックルズは、ぐっと奥歯を噛み締めた。

(俺は結局、足手まといの邪魔者か)

拳の中で、爪が掌に食い込む感触だけが、やけにはっきりしていた。


ナックルズは、すぐに答えを出した。一歩下がり、壁一面のガラスを見据える。
そして、迷いなく拳を握った。

「おい、やめろ、まさか──」

ソニックが慌てて制止する。

「超特殊強化ガラスだ。君の拳で破ることはできない」

シャドウが冷たい表情で言い放つ。拳が振り下ろされ、雷鳴のような衝撃音が、フロア内に響いた。

分厚いガラスが不快な音を立て、蜘蛛の巣のような細かいひびが広がった。

「なっ⋯⋯!?」

シャドウとソニックは、同時に飛び上がった。

「おい、最高クラスの防護ガラスだろ?手抜き工事してるってんじゃないだろうな。ナックルズ、落ち着け。あのな、この部屋は、今のお前にとっちゃ、世界のどこよりも安全で⋯⋯」

ソニックが引きつった笑顔でナックルズを説得しようとする。シャドウは、歯を食いしばると、ガラス横の操作パネルに手を伸ばした。

「待て、シャドウ!」

「電流を流す」

短く言い捨て、設定を入力する。ガラスの縁に敷き込まれた装置が、低く唸り始めた。

二度目の拳が振り上がるのを見て、シャドウは思わず叫ぶ。

「近づくな! ガラスに電流を流した。君でも危険だ、下がってくれ!」

「おい、さすがにそこまでやることないだろ!」

ソニックが思わずシャドウの肩を揺さぶってとがめる。シャドウはソニックの腕を振り払い、ガラスの向こうをにらみつけた。

「ナックルズを守りたいんじゃなかったのか!?」

「これは、ハビシュと反究極生命体をこの世から抹殺するための、重要な作戦だ!」

ひびの入ったガラスの向こうの、頑なな目に向かって、必死に叫ぶ。

「君の尊厳を守るためでもある!」

「一緒に行かせろって言ってんだ!」

ナックルズが拳を握りしめたまま、やけになって怒鳴り返した。

「俺の尊厳なんか、どうでもいいだろ!!」

その言葉に、シャドウの表情が凍りついた。

ギリアンの地下クラブでの、幽霊のような黒ローブの影。

押さえつけられた手足。震える肩。泣きながら首を振る、赤い守護者。壊される予感に怯えきった、あの瞳。

「どうでも⋯⋯いいわけ⋯⋯」

シャドウの声が、かすれていた。次の瞬間には、もう動いていた。


電子ロック解除の電子音が鳴るのと、シャドウの姿が部屋に滑り込むのは、ほぼ同時だった。

ナックルズが身構え、反射的に拳を振る。シャドウはそれを紙一重でかわし、足払いをかけた。

重い体がバランスを崩す。そのまま、後ろのベッドに投げ込まれ――

「っ⋯⋯!」

軋む音とともに、ナックルズの背中がベッドに沈み込んだ。

「何しやが──」

起き上がる前に、両手首を掴まれ、頭上のシーツに押し付けられる。シャドウの体重が、そのままのしかかる。

至近距離で、赤と黒が視界いっぱいにぶつかった。

シャドウの目は、氷のように冷たかった。

「このまま、壊されたいのか」

低く、押し殺した声。腕に込められた力は、容赦がない。

ナックルズは、その言葉で、ギリアンでの記憶を嫌でも思い出した。

黒いローブの四つの影。動かない手足。ベッドに押さえつけられる感覚。

“噛みついてもいい?”
“怖がらないで”
“優しくしてあげる”

“ぎゅ~っと抱きしめてあげる”

意味なんて、細かく分かってはいない。

けれど、全部嫌だという事は、本能が理解していた。

あのとき、心がちぎれそうになった、自分が壊されてしまうという予感が、再び胸を締め上げる。

体が、勝手に震え出した。

「や、やめろ⋯⋯!」

身をよじって逃げようとする。シャドウの腕はびくともしない。

「嫌なら、ここにいろ」

耳元で、押し殺した声が落ちる。

「外に出れば、また狙われる。また、あいつらに押さえつけられる。今度こそ、本当に壊される」

ナックルズの喉が、ごくりと鳴った。

「君は何もわかっていない。あの時、君が何をされそうになっていたのか⋯⋯それが、どれほどの絶望なのか」

冷たい目で、呪いのような言葉を吐きながら、シャドウの腕の力が強くなる。シャドウの顔がゆっくりと近づき、ナックルズの耳元でそっとささやいた。

「⋯⋯あの時の続きを、僕がやってやろうか」

ナックルズの視界が真っ白になった。

「⋯⋯っ、ひ」

か細い声が漏れた。さっきまで怒鳴っていた喉から、ひきつった悲鳴しか出てこない。

「いやだ⋯⋯やめろ⋯⋯離せ⋯⋯!」

錯乱したように暴れる。

いつもの半分どころか、三分の一も力が入らない。媚薬を身体にかけられた時とまるで同じだった。怖さと混乱で、体が言うことをきかない。

首を振り、涙が飛ぶ。

「いやだ、いやだ、やめろ⋯⋯!」

シャドウの腕の中で、ナックルズは完全にあの夜に引き戻されていた。


身をよじって泣き叫ぶナックルズの上にまたがり、シャドウはその身体を強く抑え込み続けた。

ナックルズが泣きながら首を振り、シャドウの名を叫んだ。

シャドウの身体がぴくりと動いたが、シャドウは一層腕の力を込めて、ナックルズをベッドに深く押し込んだ。

ナックルズの泣き声が大きくなった。抵抗する力が弱まり、震えながら首を振り続ける。

それでも足をばたつかせて動くので、腰を強く密着させ、下半身の動きを完全に抑え込んだ。

ナックルズは完全に怯え切って、全身を震わせてしゃくり上げながら、とうとう動かなくなってしまった。

しばらくして、ようやくシャドウの腕から力が抜けた。

「⋯⋯っ、は、⋯⋯はぁ⋯⋯」

ナックルズは肩で荒く息をしながら、ゆっくりと目を開ける。

シャドウは、ほんの少しだけ体を離し、まだベッドに押し付けたままの手首をそっと緩めた。

「⋯⋯!」

バネのように上半身を起こそうとするが、うまくいかず、半身を崩すように座り込む。

全身が震えていた。

自分で自分の腕を抱え込むようにして、息を整える。

シャドウは、冷たさを残したままの顔で、しかし柔らかい声音で言った。

「君はここで待機だ」

ナックルズが動かないのを確認し、シャドウはベッドから降りた。

「何かあれば、また連絡する」

それだけ告げると、シャドウは部屋を出た。電子ロックが、無機質な音でかかる。

ソニックは、時が止まったように固まって二人のやり取りを見ていたが、ようやく弾かれたように動き出した。

「シャドウ!!」

走り寄り、胸倉をつかんだ。

「俺は冷静になれとは言ったぜ。でも冷酷になれなんて、一言も言ってない!」

シャドウは、冷たい目のままソニックを見返した。

「君も、ナックルズが残した映像データを見るか?」

ソニックは、青ざめて口をつぐんだ。

“親友が、不気味な連中に好き放題弄ばれかけて、泣き叫ぶ映像” 。

シャドウの言葉だけで、想像が、喉の奥に吐き気のようにつっかえた。

ガラスの向こうでは、ナックルズが半身を起こし、ガクガクと震えながら、自分の両腕を抱え込んでいる。

(⋯⋯今すぐ駆け寄っていって、大丈夫だって、優しく、肩を⋯⋯⋯)

ソニックは力なくナックルズを見つめた。でも、ナックルズがそんなこと望むわけがない。

どれだけ酷い目に遭おうとも、誰かに泣いてすがるなんて、絶対にやりたがらない。

ナックルズが弱いんじゃない。ハビシュという男が、おぞまし過ぎるだけだった。

「⋯⋯くそったれ」

小さく吐き捨て、肩を落とす。廊下の先を歩いていくシャドウの背中を追い、隣に並んだところで、もう一度睨みつけた。

「君も、同罪だ」

シャドウが、低い声で言い捨てる。

「ナックルズをここへ連れて来たのは、僕と君だ」

ソニックは、言い返せなかった。

「⋯⋯ああ、そうだな。だから、まとめて全部、ぶっ壊しに行こうぜ」

ようやく絞り出した言葉は、それだけだった。返事の代わりに、シャドウは前だけを見据えたまま歩く。

二人の背後で、白い檻の中の赤い守護者が、小さく震える気配だけが残っていた。


シャドウとソニックが去ってから、そう時間は経っていなかった。

地下施設のモニター室で、諜報役のキュイは、カメラ越しに三人のやり取りを監視していた。

ナックルズを保護するので、カメラ越しに監視するようにと、シャドウから依頼されていたからだった。

真っ白な個室が今も俯瞰で小さく映る。

ベッドの上で、赤いハリモグラがへたり込んでいる。うしろ向きで顔は見えない。肩はまだ、かすかに震えているようだった。

その映像を、キュイはずっと見ていた。

小さく息を吐いて椅子から立ち上がったキュイは、無駄のない足取りで廊下を進み、要人軟禁用エリアの一室――ナックルズの“檻”の前に立った。

ガラス越しに、室内を覗く。ひび割れた強化ガラス。電流作動中の赤いランプ。

ベッドの端で、うなだれる赤い背中。

キュイの胸が小さく痛んだ。

マウントコルで、シャドウとナックルズの関係性をなんとなく悟った。自分の諜報力の穴が、二人を危険に晒しもした。

ギリアンの町では、危険な任務だと分かっていながら、協力者としてナックルズを現場に送った。そして、やはり危ない目に遭わせてしまった。

その結果。

ナックルズはハビシュに目を付けられ、今こうして、シャドウの手によって軟禁されている。

(謝りたいとは思ったさ)

しかし、謝ってすっきりするのは、自分だけでしかない。謝られたところで、ナックルズの心が救われるわけでもない。

それが分かっているから、喉の奥につっかえた言葉は、なかなか出てこなかった。

そのとき、ナックルズがふいに顔を上げた。

ガラス越しの視線に気づいたのだろう。腫れた目でこちらを見やり、しばらくぼんやりと見つめ――やがて、くるりと背を向けてうつむいた。

キュイはしばらく黙っていたが、やがて、言葉を探すように息を吸った。

「ナックルズ」

ガラス越しに名を呼ぶ。返ってきたのは、小さな声だった。

「⋯⋯島に、帰りてえ」

ぽつりと落ちたその一言に、キュイの胸の内で、いくつもの可能性が渦を巻く。

ここから逃げ出したいという意味か。

それとも――シャドウや、世界政府と関わること自体をやめて、エンジェルアイランドの中だけで生きていきたいという意味か。

誰とも関わらず、ひっそりと、ただマスターエメラルドと島を守って暮らす。
それが、彼にとっていちばんの幸福なのだろうか。

(⋯⋯だとしても彼は、俺からの慰めなんて求めていない)

そう結論づけると、あえて冷たい口調を選んだ。

「シャドウの指示だ。君をここから出すわけにはいかない」

謝ることができないなら、せめて徹底的に悪役をやる。恨まれるくらいでちょうどいい。それが、キュイなりの線引きだった。

沈黙が落ちる。

ナックルズの背中は、ぴくりとも動かない。さっきまでの震えも、今は見えなかった。

(⋯⋯やはり、来るべきではなかったか)

そう思いながら視線を横にずらすと、ガラスに刻まれた、大きなひびが目に入る。

あの瞬間の映像が脳裏に蘇った。カメラ越しに、ナックルズが拳を振り上げ、ガラスを殴りつけるが見えた。

要人拘束用の超特殊強化ガラスに、みるみるうちに細かい亀裂が走る。あのシャドウとソニックが、揃って飛び上がるほどの破壊力だった。

「⋯⋯君が羨ましい」

気づけば、本音が口をついて出ていた。ナックルズの体が、ぴくりと動く。

「君がガラスを殴ったところをカメラ越しに見ていた。⋯⋯あのシャドウとソニックを、あそこまで驚かせる破壊力だ」

キュイは淡々と言葉を続ける。

「俺には、そういう戦闘力はない。どれだけデータにアクセスして、怪しい情報を見つけ出せても⋯⋯危険な現場で身体を張るのは、大抵、俺ではなく別の戦えるエージェントだ」

指先をポケットの中で彷徨わせた。

「君ほどの戦闘力が俺にもあれば、諜報役としてできたことは、もっとあっただろうな」

ナックルズの背中は、黙ったまま動かない。キュイは構わず続けた。

「君にできることは多い。君は、戦う才能にあふれている」

すこしだけ、声に熱が乗る。

「才能があるということは、自由だということだ。だから、今はここでゆっくり休めばいい」

そう言った瞬間だった。

ナックルズの体が、ゆっくりと前に倒れた。

眠くなったのだろうか。キュイは眉をひそめ、ガラス越しに見つめる。

だが、次の瞬間。

ナックルズの肩が、びくびくと震え始めた。低いうめき声が、ガラス越しにも微かに聞こえる。

「ナックルズ?」

嫌な汗が背中を伝う。

肩で荒く息をし出し、拳をぎゅっと握りしめ、全身で何かを堪えるように、ベッドの上で身を丸める。

(怪我か? 病気か? ⋯⋯それとも、トラウマによる痙攣か)

キュイは瞬時に判断し、操作パネルにカードキーをかざし、電子ロックを解除した。扉が横にスライドするや否や、キュイは部屋の中へと駆け込んだ。

「ナックルズ!」

ベッドの上に膝をつき、肩を抱き起こそうとして――息を呑む。ナックルズが、こちらを見上げていた。

泣き腫らした目の縁は赤いまま。その口元が、ニヤリと吊り上がる。

「⋯⋯ありがとな、キュイ」

低く笑って言う。

「確かに俺は――」

一瞬、間が空く。次の瞬間、腹の底から声を張り上げた。

「自由だぁ!!」

「なっ!?」

キュイが理解するより早く、視界がぐるりと回転する。ナックルズの腕が、自分の腰をがっちりと掴んでいた。

気づけば、キュイは小脇に抱えられていた。

「ちょっと、まっ⋯⋯⋯」

言葉が終わる前に、ナックルズは弾丸のような速さで部屋を飛び出した。廊下の景色が、風景画のように横へ流れていく。

「ちょ、ま、ま、まて。待て!ナックルズ!」

「悪いな! ちょっと付き合ってくれ!」

キュイはあまりに想定外な事態に、ただ硬直するしかなかった。

(⋯⋯仮病、だと!?)

じわじわと、事態の把握が追いついてくる。

さっきまでの苦しそうなうめき。震える肩。絞るような呼吸。

全部、演技だったのか。

真っ直ぐで、嘘のつけなさそうなナックルズが、まさかこんな古典的な手口を使うなんて、キュイは思いもしなかった。

(やられた⋯⋯!)

心の中で頭を抱えながら、逃げ出そうと足をばたつかせたが、ナックルズの筋力にキュイが敵うわけがない。

勢いのまま、地下施設のエントランスにたどり着く。

重厚なセキュリティゲートが、侵入者も脱走者も等しく弾き返すはずの、その場所で――

「うおおおおおおおおっ!!」

ナックルズが雄叫びを上げながら突っ込んだ。

分厚い金属扉が、悲鳴のようなきしみを上げる。強化ロックの警告音。
スパークする配線。

ドォン、と爆発的な音が響き、扉ごとセキュリティロックが吹き飛んだ。

白煙の中を、赤い毛並みが疾走する。

次の瞬間には、キュイを抱えたナックルズの姿は、もう施設の外へと飛び出していた。


地下施設から少し離れた、小高い丘。そこに、使われなくなった古い納屋がぽつんと建っている。

追っ手がいないことを確かめてから、ナックルズはようやく足を止めた。

「ふぅ⋯⋯よし。とりあえず、ここならいいだろ」

肩からキュイを下ろすと、納屋の中を覗き込む。埃を被った棚から、古びたロープを一本引きずり出す。

「な、まさか──」

「悪ィな、キュイ。しばらくじっとしててくれよ」

言うが早いか、ナックルズは手際よくキュイの身体にロープを巻き付け始めた。納屋の脇に立つ木の幹に、キュイの細い体が、ぐるぐる巻きに固定されていく。

あっという間に身動きが取れなくなった。

「よーし。こんなもんだな」

ナックルズが満足げに頷く。キュイは目を白黒させながら、身を捩る。ナックルズは、にっと笑って、ゆっくりと近づいてくる。

「さぁて、キュイ君」

「⋯⋯」

殴るつもりか。キュイが観念したように目を閉じる。

次の瞬間、ナックルズはしゃがみ込み、キュイの足元に手を伸ばし、ブーツを脱がせた。素足になった足裏に指先を押し当て――

「おらぁ!!」

容赦なく、くすぐり始めた。

「反究極生命体の情報! 知ってる分だけ、全部吐け!!」

「⋯⋯⋯⋯」

ナックルズは、足の裏の、指の間、かかと、土踏まずを高速でくすぐり続けた。

「さあ、吐けぇ!!」

「⋯⋯悪いが」

キュイは、一瞬目を見開いたが、すぐに真顔に戻ると静かに言った。

「俺は戦闘力はないが、拷問に関する訓練は積んでいる。
くすぐりなど、一切通用しない」

「なにっ!?」

ナックルズが素で驚く。

「じゃあ⋯⋯どうすれば情報を全部吐き出してくれるんだ!?」

真剣な顔で放たれたその質問に、キュイは一瞬呆然とし、じわじわと脱力した。

「⋯⋯情報を手に入れて、どうするつもりだ」

キュイは観念したように問う。ナックルズは即答した。

「決まってんだろ。やれることを、やる」

胸を張って、堂々と言い切る。

「俺は、どうやらハビシュの野郎とは相性が悪いらしい。戦闘ってのはじゃんけんみたいなもんだ。有利、不利がある」

フンと鼻息を鳴らし、真面目な顔で続ける。

「でも反究極生命体の関係者は、ハビシュだけじゃないんだろ?俺が倒せる相手も、どっかにいるはずだ」

キュイの視線が、宙をさまよう。さっき、自分が言ったばかりだった。

“君にできることは多い。君は、戦う才能にあふれている ”

「キュイ」

ナックルズが、まっすぐな目で見つめてくる。

「さっき、俺の戦闘力を褒めてくれたろ。だから⋯⋯やらせてくれよ」

笑うでもなく、怒るでもなく。まっすぐ視線を投げつける。

「お前の情報を使って、お前の代わりに、俺が戦う」

キュイは、呻くように言った。

「⋯⋯これで、もし君に何かあったら。今度こそ、俺はシャドウに殺される」

ナックルズは、声を上げて笑った。

「そんなわけあるか」

あっさりと言い切る。

「俺は俺。シャドウはシャドウだ。シャドウがお前を殺すようなそぶりでもすりゃあ、俺がぶん殴る」

それは、妙に説得力のある宣言だった。しばらくのあいだ、二人の間に、風の音だけが流れる。

やがて、キュイは目を閉じて、静かに吐き出した。

「⋯⋯怪しい情報が、ひとつだけある」

決意を固めるように、眉を寄せる。

「検証が済んでいない。だから、まだ誰にも共有していない情報だ」

ナックルズの瞳が、きらりと光る。

「聞かせろ。そこまで言ったなら、途中でやめんなよ」

キュイは、覚悟を決めたようにうなずき、ナックルズに向かって、未検証の真相を語り始めた。


ギリアンのさらに西。

イエブと呼ばれる小さな町。

世界政府が設立した反究極生命体対策チームからの情報をもとに、シャドウとソニックは、この周辺にあった敵拠点をひとつ壊滅させた。

開発チームの一部メンバーは拘束。

反究極生命体・ユニの開発が、すでに実戦段階に入っているということ。まだ具体的な人的被害は確認されていないこと。

研究の記録が一部手に入り、解析が進められてはいるものの、反究極生命体そのものに関する情報は、どこか確実性に欠けること。

そして――

組織の内部で何らかの異変が起きているらしいこと。

首謀者格の人物たちは次々と姿を消し、今、生存が確認されているのはハビシュと、その周辺のごく一部の人間だけだという。

進展はある。だが、決定打には程遠い。前に進んでいるようで、立ち止まっているような、歯がゆい状況だった。


イエブの町の片隅にある、小さなホテルのラウンジ。

窓の外には、くたびれた街並みと、薄曇りの空。ソニックとシャドウは、簡単なサンドイッチとスープを前に、テーブル中央に置かれた情報端末を覗き込んでいた。

「⋯⋯ハビシュからのコンタクトは、なし、っと」

ソニックが短く言う。

「こっちが敵拠点をひとつ潰しても、やつ自身は姿を見せない」

シャドウは冷静な顔で画面をスクロールさせていたが、その指先には、微かな苛立ちが滲んでいた。

(イラついてるな⋯⋯)

ソニックは、スープをかき混ぜながら横目で様子を見た。自分のほうも、いつものように冗談を飛ばす気分にはなれない。

(⋯⋯ナックルズのやつ、今頃どうしてんだろな)

狭くて真っ白な部屋に、ひとり閉じ込められているはずの赤いハリモグラの姿が、否応なく頭の中に浮かぶ。

ハビシュを無事に叩き潰したとして――そのあと、自分たちはナックルズと、きちんと向き合えるのか。

シャドウの「君も、同罪だ」という言葉が、じわりと胸の中に重くのしかかる。

(ナックルズの親友って立ち位置だけは、誰にも譲らねぇつもりだったんだけどな⋯⋯)

全てが終わったとき、ナックルズはどんな顔をするだろう。

いつものように笑って、「おせぇんだよ」と文句を言うか。憎まれ口を叩きながらも、許してくれるか。

それとも――

全てを諦めたみたいに、エンジェルアイランドの中だけに閉じこもる道を選んでしまうのか。

ソニックは、小さく息を吐いた。

(のんきに二人の関係修復を心配してやってる場合じゃないな⋯)

テーブルの上の端末が、小さく振動した。新たな指示が届いたらしい。
シャドウが端末を確認し、短く告げる。

「⋯⋯別行動だ」

シャドウは対策本部から派遣された医療チームの元へ、極秘の医療関連データを直接受け取りに行く必要がある。

ソニックは、さきほど占拠した敵拠点へ戻り、現地調査を行っているエージェントたちのサポートへ入ることになった。

「じゃ、また後でな」

席を立ちながら、ソニックは軽く手を上げる。

「⋯⋯油断するなよ、ソニック」

「そっちこそな。ハビシュを見つけたら、俺が殴る分は残しといてくれよ」

互いに背を向け、ラウンジを出ていく。扉が閉まる音が、妙に遠く聞こえた。


敵拠点として使われていた、くたびれた施設の一室。

配線むき出しの壁。散らかった書類。埃をかぶった古いソファ。

ソニックはそのソファに体を投げ出し、大きなあくびをひとつかみしながら天井を見上げた。

周囲では、エージェントたちが忙しなく動き回っている。押収した資料を仕分け、敵が使っていた大型コンピュータにアクセスし、ログを解析し、未発見の情報がないかを確認している。

「⋯⋯サポートって言っても、敵が残ってるわけじゃないしなぁ」

ソニックはソファの背もたれを指先でとんとんと叩く。

(こんな時、ナックルズが隣にいればな)

簡単に想像できる光景がある。

へらず口を叩き、「働けよ青ネズミ」と突っ込まれ、それでもめげずにエージェントたちに冗談を飛ばし、休む間もなくあちこちにちょっかいを出して、軽く怒られる自分の姿。

今は――とてもそんな気分にはなれなかった。

(お前がいなきゃ、張り合いがないぜ⋯⋯)

心の中で、親友に向かって呟いた、その時。

「⋯⋯ちょっと、これ」

「どういう意味だ?」

大型コンピュータの前にいたエージェントたちが、ひそひそと相談を始めた。ソニックは耳ざとくそれを聞き取り、即座に立ち上がって画面を覗き込む。

「どうした? なんか出たのか」

「それが⋯⋯」

エージェントの一人が画面を指差す。

そこには、8桁のパスワード入力欄。その下には、見覚えのある、いやな匂いのする文言がある。

パスワードのヒント:スカートの下のかわいいおしり

ソニックの顔が、怒りでぴくりと引きつった。

「⋯⋯センス最悪だな、相変わらず」

喉の奥が、焼けるように熱くなる。ハビシュは、いちいち人の神経を逆なでするのがうまい。

ソニックはキーボードに手を伸ばした。

――K n u c k l e s

入力。エンター。

画面が切り替わり、地図が表示される。その中央付近に、赤いピンがひとつ。

「ここは⋯⋯」

エージェントが、マップを拡大する。

イエブから北にある広大な渓谷――グランバレー。

ソニックは、舌打ちをして、短く言った。

「⋯⋯多分、ハビシュの罠だ」

振り返り、エージェントたちを見る。

「シャドウに伝えてくれ。北のグランバレーに何かある、俺は先行する、って」

「先行!? しかし、合流してからのほうが⋯⋯」

「向こうがナックルズを餌にしてきてるってんなら、のんびり構えてる暇はないんだよ」

軽く言い返すと、ソニックはもう走り出していた。


風を裂く。

世界が、横に流れていく。

気づけば、足元は岩混じりの荒野に変わっていた。

グランバレーの入り口に到達した頃には、太陽はすでに西に傾き始めていた。崖の影が長く伸び、谷全体に淡い橙色が落ちている。

マップ上のピンは、この渓谷の中央付近を指していた。しかし、それ以上の情報はない。

(シャドウを待ってから――なんて、柄じゃないからな)

敵が罠を仕掛けているのは分かっている。しかし、手をこまねいているくらいなら、さっさと暴れ回って罠を炙り出すほうが、ソニックの性分には合っていた。

「おーい、ハビシュ!」

谷間に向かって、わざとらしく声を張り上げる。

「遊びに来てやったぜー!おもてなしは、コーラとチリドッグで頼むなー!」

挑発するように叫びながら、ソニックは渓谷の崖をひと息に駆け上がり、そこから岩壁や谷底を音速で駆け巡った。

土煙が舞い、風がうなり、谷に反響音がこだまする。

しばらく駆け回っていると、視界の端に、白い影がふっと揺れた。

「⋯⋯お?」

高速回転で方向転換し、影の方角へと滑り込む。そこには、うっすらと人型をした白いもやのようなものが立っていた。

幽霊じみた、それでいて、どこか機械的な輪郭。

ソニックが足を止めた瞬間、左右の岩陰からも同じような影が、ふたつ、すっと現れた。

合わせて、三体。

「⋯⋯歓迎パーティーってわけかよ」

軽口を叩こうとしたその瞬間――白い影たちの表面から、しゅわしゅわと白い煙のようなものが広がり始めた。

ゆっくりと、だが確実に、ソニックのほうへ向かって押し寄せてくる。

「これ、触っていいやつか?スピンでぶっ飛ばせば、いけるかな」

一瞬迷いながら、体を傾けかけた、そのとき。

「ソニック、下がれ!!」

鋭い声が、谷に響いた。条件反射で、ソニックは後方へ飛び退く。

そのすぐ横を、黒い影──シャドウが風のように駆け抜けた。

シャドウはそのまま白い煙の中へ突っ込み、三つの白い影ごと、強烈な一撃で吹き飛ばした。

「おおっと」

三体の影はよろめき、再び立ち直ろうとするような仕草を見せたが、シャドウの追撃が飛ぶ。

黒い閃光が走り、白い影はひとつ、またひとつと苦しげに身をよじり、最後には、しゅう、と音を立てて消えていった。

残されたのは、静寂と、わずかな冷気だけ。

「さっすが究極様」

ソニックは軽く指を鳴らしながら言った。

「せっかくのパーティーのホストを、チリドッグ受け取る前に消し飛ばしてくれてありがとな」

皮肉混じりの賛辞。

「⋯⋯やつらが“ユニ”だ」

シャドウは、消えた白い影がいた場所を睨みつけたまま答えた。ソニックの目が、見開かれる。

「今のが⋯⋯反究極生命体・ユニ?」

「ああ。だが――」

シャドウは、どこか腑に落ちない様子で眉をひそめる。

「弱すぎる」

短くそう言ってから、ふとソニックの方へ視線を向けた。

「さっき、医療チームから極秘データを受け取ってきた」

「医療チーム?」

「反究極生命体の遺伝子攻撃に対抗するための、抗体プログラム入りの医療薬だ」

シャドウは説明を続ける。

敵拠点から押収した研究ログ。その解析結果をもとに、急ごしらえで作られた薬。

本来、生物の遺伝子そのものを侵襲するはずのユニの攻撃を、ある程度防御できるように設計された、応急処置のような薬。

「さっきの連中に突っ込んでも、僕が無事だったのは、その薬のおかげだ」

「⋯⋯ってことは、お前だけユニの攻撃が効かないってわけ?」

ソニックは口を尖らせる。

「ずるくない?」

シャドウは、黙って小さなカプセルを手元からひとつ取り出した。

「君の分だ」

「マジか。サンキュー。チリドッグもらうのと同じくらい嬉しいね」

ソニックは上機嫌でそれをひょいとつまみ上げ、説明を聞く前に、口の中に放り込んだ。

カプセルが喉を通り、胃に落ちる。その瞬間。

「⋯⋯ただし、吐きそうなほどまずいがな」

シャドウの、ぼそりとしたつぶやきが耳に届いた。

「なっ」

電流を浴びたような衝撃が、胃袋に突き刺さる。

「う、うおおおおえええええっ!?!?」

ソニックは盛大にうめき声を上げ、その場にうずくまった。

胃の中で、何かが暴れているような不快感。舌の上にまで、形容しがたいえぐみと痺れがせり上がってくる。

「⋯⋯言うの、もうちょっと早くてもよかっただろ⋯⋯」

「飲む前に言ったら、君は逃げる」

「正解だけどよ!!」

ソニックは地面をバンバン叩きながら、涙目で叫んだ。シャドウは、そんな彼を横目で見ながら、淡々と言う。

「効果は二十四時間ほどだ。このカプセルはまだ量産体制に入っていないし、臨床試験も当然されていない。⋯⋯だから、その時間内に全ての決着をつける必要がある」

ソニックは、なんとか体を起こしながら、息を整えて続けた。

「二十四時間以内に、ユニとハビシュを叩き潰す。でないと⋯⋯⋯」

「やつらの攻撃が、人類に向けて放たれる」

シャドウが言葉を引き継ぐ。

「そうなれば、ゲームオーバーだ」

谷に、冷たい風が吹き抜けた。ソニックは、あたりを見回す。

「でもさ⋯⋯思ったより、大したことないっていうか」

岩壁の上も、谷底も、さっきから何度も駆け回っている。見つけた“ユニ”は、今の白い影の三体だけだった。

「この辺、結構探し回ったけどさ。あの白い影、他には見当たらなかったぞ」

シャドウも、ゆっくりと頷く。

「⋯⋯何か、おかしい」

医療チームからの報告、研究ログの内容、ハビシュの執念深さ。それらから想定されるユニの脅威は、もっと圧倒的なものだった。

「今の三体は、明らかに弱すぎる。情報との齟齬が大きい」

「油断させるための罠⋯⋯って線は?」

ソニックが首を傾げる。

「わざと“弱い兵隊”だけ見せて、なんだ大したことねぇじゃん、って思わせるとか。あるいは⋯⋯」

ソニックはさらに続けた。

「失敗作がもったいないから、とりあえず使い回してみたとか?で、俺たちの反応を見てニヤニヤしてる、とかさ」

「そんな粗雑なやり方をする男じゃない」

シャドウは、短く否定する。

「⋯⋯あいつが、こんな見せ方をするメリットは、なんだ」

その時。シャドウの情報端末が震えた。緊急連絡の際のバイブレーションだった。

シャドウは端末を取り出し、画面を開き、顔をこわばらせた。

「おい、どうした」

ソニックが覗き込む。

“究極生命体の縁者、ナックルズが諜報チームのエージェント・キュイを“誘拐”し脱走。その行方は、キュイと共に不明”

端末の中の冷たい文字が、谷底よりも深い穴となって、二人の足元をすくった。