第10話「灰色のハビシュ 3」

太陽が西の地平に沈みかけ、空がゆっくりと朱に染まり始めた頃。

ステーションスクエアの南に続くなだらかな丘の上――ナックルズとキュイは、石造りの巨大遺跡群の前に立っていた。

タレイア神殿。

古くから「神を崇めるための場所」とされる古代遺跡。

しかし、この神殿を築いた一族はとうの昔に滅び、残されているのは、風雨に削られ角の欠けた柱と、ひび割れた祭壇、その地下に広がる迷宮のような通路だけだった。

「⋯⋯エキドゥナ族の遺跡と、ちょっと似てんな」

丘の下から見上げながら、ナックルズはぽつりと呟いた。

崩れかけた石段も、空に突き出す柱の残骸も、どこか懐かしい。エンジェルアイランドの遺跡が、少しだけ頭をよぎる。

隣で、キュイが端末を片手に、いつもの淡々とした声で口を開いた。

「⋯⋯ギリアンの地下クラブで、君がデータを盗んだ後」

ナックルズが視線を向けると、キュイは神殿ではなく、空を見ていた。

「我々の動向を察知したのか、反究極生命体の研究組織は、情報秘匿のために世界中の施設から、いっせいにデータの転送と消去を始めた」

ナックルズは短く鼻を鳴らす。

「ビビって証拠隠滅ってわけか」

「だろうな」

キュイは端末を操作しながら続けた。

「そのタイミングで――大容量の暗号化データが、ある一箇所に集積されたんだ」

「一箇所?」

「座標が指していたのが、このタレイア神殿」

ナックルズはもう一度、神殿を見上げた。

「中身は?」

「高度に暗号化されていて、確認できていない。それに、使われているデータ形式も、暗号の種類も、反究極生命体の開発チームが使っているものとは全く違う」

「⋯⋯関係ない可能性もあるってことか」

「ああ。ただ」

キュイは、言いにくそうに眉根を寄せた。

「タイミングとデータ量だけ見れば、怪しいのは確かだ。それが、人の出入りがないはずの寂れた遺跡。このタレイア神殿で行われたというのが、おかしい」

対策本部の様子を思い浮かべるように、キュイは小さく息をついた。

「今、本部はイエブ周辺の捜査に重点を置いてる。研究所や拠点が集中してるあっちを優先するのは、まぁ当然だ。ここは、俺の勘だけが根拠の場所だからな。ただの思い込みかもしれない場所に、人手を割る提案をするべきか迷って⋯⋯調査はずっと保留にしていた。思わぬ危険が潜んでいるかもしれないし、全くの見当違いで、何もないかもしれない」

ナックルズは、肩をぐるりと回した。

「危険かもしれないってだけで、俺が行かない理由にはならねぇな」

「だと思ったよ」

キュイは苦笑し、すぐ真顔に戻る。ナックルズが一歩前へ出て、拳を握った。

「じゃ、俺がひとりで潜って――」

「俺も行く」

キュイの声が、食い気味に遮った。ナックルズが眉をひそめると、キュイは自分の端末を胸元で握りしめる。

「もし当たりなら、隠されたローカルデータが必ずある。場合によっては、高度に暗号化された状態のままで。最速で、最良の方法でデータを盗むには、俺も同行するしかない。⋯⋯だから、俺も行く」

ほんのわずかな逡巡のあと、ナックルズはあっさり頷いた。

「分かった。だったら、二人でさっさと終わらせるか」

二人は石段へ足をかけたが、次の瞬間、ナックルズの全身がぴたりと硬直した。

「⋯⋯⋯」

空気が変わる。

皮膚の表面を、ぴり、と嫌な感覚が走った。

「当たりだな」

低く呟き、即座に構えを取る。


キュイが顔を上げた瞬間、ナックルズは前方へ飛び込み、長い石段を勢いよく駆け上がって、すぐに姿が見えなくなった。

石壁の向こう側から、連続する衝撃音が響く。金属が軋み、何かが破壊される派手な音。

「無人機がうじゃうじゃいる、ちょっと待ってろ!」

声だけが届く。キュイは柱の陰に身をひそめ、耳に飛び込んでくる破壊音と振動に身を固くした。

しばらくして、音が途切れる。

「よーし、いいぞ」

息ひとつ乱していない様子で、ナックルズが壁の向こうから顔を出した。

「大体始末した。けど、油断すんなよ。まだ残ってるかもしれねぇから、気をつけてついてこい」

キュイは頷き、ナックルズの背中を追って神殿内へ入っていく。床には、破壊された無人機の残骸が散らばっていた。

脚の折れた多脚機。プロペラのもげた小型ドローン。掃除ロボットのような古臭い機体。形も性能もバラバラで、外装のあちこちに継ぎはぎの跡がある。

「どれも少し旧型の無人機だ」

キュイが、ひとつの残骸にしゃがみ込み、冷静に言った。

「どこかの廃棄機械物処理場から拾ってきたものを、急ごしらえで改造して使いまわしたのかもしれない」

「人出不足って大慌てで用意したって感じか?」

「⋯⋯かもな」

二人は奥へ進み、地下へ続く階段を見つけた。

ひんやりとした空気の中、石段を降りていくと、古い石造りの通路の途中に、突然、場違いな光景が現れた。

むき出しの配線。無骨なサーバーラック。折りたたみ式の椅子とテーブル。

「⋯⋯急ごしらえで作られたコンピュータールームか」

ナックルズが眉をあげる。

キュイは即座に端末を確認し、起動させた。すばやくパスワード解析用の小さな機器を接続する。

指がキーボードの上を滑るたび、黒い画面に文字列が流れた。ハッキング用システムを端末に流し込み、端末内の情報を次々と洗い出していく。

「⋯⋯当たりだ」

抑えきれない興奮が、声をわずかに上擦らせる。

キュイは小型機器を端末に取り付け、見つけたデータを次々と抜き取り始めた。

「反究極生命体・ユニの研究データ⋯⋯開発の全体構造、進行段階⋯⋯ハビシュの正体。関係者の序列。――他の首謀者たちとの通信ログ⋯⋯!」

データを抜き取りながら、表示される情報を、キュイは片っ端から速読していった。今まで断片的にしか見えていなかった全体像が、これで一気に繋がる事になる。

リアルタイムで抜き取ったデータを次々とエージェント用のサーバーに送信させていく。

「あと少しで全部のデータを⋯⋯」

キーボードを叩くキュイの指先に力がこもったその時。

「あらら⋯来たのぉ⋯⋯」

室内のどこからともなく、しわがれた機械音声が響いた。

「⋯⋯っ!」

二人の身体が、一瞬で緊張に固まる。続けて、同じ声質の別の音が重なった。

「来てる来てる⋯⋯」

「よくここがわかったねぇ」

「がんばって隠してたのに~」

コンピュータールームの入口に、音もなく、黒ローブの四人組が立っていた。

さっきまで、誰もいなかったはずの通路。気配も、足音も、何ひとつ感じなかった。ナックルズは反射的にキュイの前へ出て、構えを取る。

キュイの喉から、かすれた声が漏れた。

「⋯⋯ハビシュか」

ナックルズの心臓が荒く跳ね上がった。

自分とは、相性が悪い。喉の奥から、嫌悪と恐怖が同時に込み上げる。

――それでも。

(⋯⋯戦うしかねぇ!)

低く息を吐き、ナックルズは床を蹴った。低い姿勢から、四人の足元へスピンアタックを放つ。

「「「「わぁ~」」」」

間延びして重なった声とともに、黒ローブたちの身体がばらばらの方向へ吹き飛んだ。

着地と同時に、最も近くに転がった一人へ拳を叩き込む。

鈍い衝撃。殴られた黒ローブはさらに間延びした声をあげ、後方のラックにぶつかって派手にひっくり返った。

「次!」

振り向きざま、もう一人へ蹴りを放とうとした瞬間、攻撃を避けていた一人が、滑り込むようにキュイの背後へ回り込んだ。

黒ローブの腕がキュイの上半身を絡め取る。

「キュイ!」

ナックルズが慌てて振り返る。残りの二人に背を向けた、ほんの一瞬。

背後から、ぱしゃり、と何かが弾ける音がした。水に濡れたような冷たい感触が、首筋から背中へ落ちる。

「この野郎!」

ナックルズは構わず、キュイを捕まえた黒ローブへ飛びかかろうとした。

だが、黒ローブはキュイを抱えたまま、ふわりと舞うように身をひるがえす。

「ちょこまか動くねぇ」

間延びした声が、楽しそうに笑う。

ナックルズは足を止めず、体をひねって再び方向を変え――その途中で、急に膝の力が抜けた。

「⋯⋯っ」

腰から力が抜け、床に座り込む。

「う⋯⋯あ⋯⋯」

呻き声が漏れる。それでも、ナックルズは前に進もうとした。

両手を床につき、ずるずると身体を引きずりながら、キュイの方へとじりじり距離を詰める。

「ナックルズ⋯⋯!」

キュイの叫び声が聞こえる。這いつくばるナックルズの背中へ、もう一度、液体がかけられた。

甘い匂いが鼻をつく。

ギリアンの地下クラブでかけられた薬と、同じ匂い。

「う⋯⋯⋯⋯」

身体が、一気に熱を帯び始めた。

(やめろ⋯⋯)

呼吸が浅くなる。心臓が早鐘を打ち、身体中の血が逆流するような感覚に陥る。視界の焦点が合わなくなり、世界がぐにゃりと歪んだ。

「⋯⋯⋯あっ、⋯⋯う⋯⋯⋯」

短い呻き声を洩らしながら、ナックルズの身体がびくびくとはねる。

そのまま床に倒れ込み、指一本すら動かせなくなった。

ひくつく筋肉。息は荒く、かすれ、喉の奥からは、言葉にならない音が漏れる。

黒ローブが、次々と笑いながら言った。

「ナックルズ君は古代のエキドゥナ族で」
「ずっと一人で古代の浮島で暮らしていたから」
「薬とか毒とか媚薬とか、耐性がないんだね」
「僕らにはさからえないよぉ~」

キュイは、顔面から血の気が引いていくのを自覚しながら叫んだ。

「ナックルズ!」

黒ローブたちは、今度は優しい声音でキュイに向き直る。

「君は多分、キュイ君かな。君の事は逃がしてあげる」
「よかったねぇ」
「その代わり」
「シャドウをここに呼んできてよぉ~⋯⋯」

キュイを押さえていた黒ローブは、その身体を軽々と担ぎ上げると、コンピュータールームを出て、そのまま神殿の外へ歩いていく。

夕暮れの光が差し込む入口まで来たところで、黒ローブは、ためらいもなくキュイを高く放り捨てた。

「⋯⋯⋯っ!」

キュイはどうにか体勢を整え、転がるようにして地面に着地する。

膝と掌に走る痛みを無視して顔を上げると、神殿の入口に立つ黒ローブの背中が見えた。

その男は振り向きもせず、また神殿の中へ戻っていこうとしている。

「待て⋯⋯!」

冷静さを失ったキュイは、ほとんど無我夢中で駆け出していた。

「ナックルズを返せ⋯⋯!」

叫びながら、その背中に掴みかかる。黒ローブは、ゆっくりと振り向きざま――

袖の中から光るものを閃かせた。

隠し持っていた小型のナイフ。軽やかな動きで、四度回転させる。

「⋯⋯っ」

身体が切り裂かれる感触と同時に、鋭い痛みが遅れて身体中を走る。キュイは血しぶきをあげ、声も出せないまま地面に転がった。

「⋯⋯⋯⋯」

黒ローブはしばらく黙ってキュイを見つめていた。やがて――

それまでの間延びした口調とは違う、早口の小さな声で、ぽつりと呟いた。

「これは優しさ」

ナイフを、指先からぽとりと地面に落とす。

「あいつらの攻撃で今死ぬより、血だらけで仲間を助けるために走る方が、君は幸せ」

それだけ言って、黒ローブは踵を返し、何事もなかったかのようにタレイア神殿の闇の中へと戻っていった。

西の空は、もうすぐ完全な夜に飲み込まれようとしていた。


世界中の風景が、線になって流れた。

岩山の稜線。氷原の白。砂漠の地平線。海上に浮かぶ、人工プラットフォーム。

そのすべてを、青と黒の残像が音速で駆け抜けていく。

ソニックとシャドウは、世界のあちこちを走り回っていた。

きっかけは――ナックルズとキュイの行方不明の報告の、すぐ後だった。

あらゆる拠点のコンピュータに、同時に送られてきた謎のマップ情報。グランバレーのときと同じ、赤いピンの刺さった画面。

ピンの位置はひとつではない。

ふたつ、みっつ、よっつ――雪崩のように増えていき、世界中の様々な地点を示し始めた。

「やってくれるぜ、ほんと」

ソニックは悪態をつきながら、端末に送られてくる新着のピンを確認し、次々と目的地を設定していく。

ピンの地点には、決まって“白い影”がいた。必ず、並んで三体。

透けた人型のような、白いもや。そこから、ユニ特有の白い煙がしゅわしゅわと広がっていく。

「⋯⋯っと。そら、ヒーローの一撃をくらいなっと」

ソニックがスピンアタックで飛び込み、煙の外側から影ごと吹き飛ばすと、三つの影は情けないほどあっさりと崩れ、霞のように消えた。

「ふぅ。五ヶ所目、クリア」

息ひとつ乱さず、ソニックはその場に立ち止まる。端末に表示されたマップには、さらに新しいピンが三つ点滅していた。

「はいはい、次ね」

彼は端末の通信ボタンを押す。

「シャドウ、そっちはどうだ?」

しばしの沈黙の後、低い声が返ってきた。

「⋯⋯きりがない」

吐き捨てるような口調だった。

「どこの場所も、白い三つの影が、白い煙を吐き出す。攻撃すると簡単に倒せる。それだけだ」

ソニックは走り出しながら、眉をひそめる。

「ってことはやっぱ、時間稼ぎって事か?その間に、何か他にでかいことやろうとしてるんじゃないか?」

「分かっている」

シャドウの声には、露骨な苛立ちが滲んでいた。

「だが妙だ。ピンの刺さった場所は、どこも人気のない谷の中や山の上。本気で僕たちに嫌がらせをするなら、街の中――セントラルシティのど真ん中などにユニを仕掛ければいい。それに、さっき倒した影は、指でつついただけで消え失せるような、ひどく弱々しい個体だった」

「ユニも手加減してくれてるのかもな。あるいは失恋でもして、モチベーションが保てないとか」

軽口を叩きながらも、ソニックの目は笑っていなかった。

しばらく沈黙が続いたあと、ソニックは真顔に戻り、問いを投げる。

「なぁ、シャドウ。ナックルズとキュイは、探さなくていいのか?」

「⋯⋯探したいさ」

即答だった。その声には、いつもの冷静さの下に、剥き出しの焦りが混ざっていた。

「ただ⋯⋯報告によると」

シャドウは、ほんの僅か言いよどみ、続けた。

「ナックルズはキュイを担いで廊下を爆走し、地下施設のエントランスのセキュリティを体当たりで破壊して逃亡したらしい。エントランスは爆発炎上して、大変な騒動だったようだ」

「うへ⋯⋯マジであいつ⋯⋯」

ソニックの口元が、思わず引きつる。

あまりに想像しやすい光景だった。扉も壁も区別なく殴り抜けながら、迷うことなく出口へ突き進んでいく赤い背中。

(やっぱ、お前はそうじゃなきゃな)

喉の奥で笑いを噛み殺しながら、ソニックは言う。

「つまり、ナックルズは元気だって事だろ。キュイを攫ったって事は⋯⋯キュイの情報力を利用して、ユニの事を独自で調査しようとしてるんだ」

「勝手な行動だ」

シャドウはそう言いつつも、声にどこか安堵の色を忍ばせていた。
ソニックはにやりと笑う。

「つまりさ」

風を切り裂いて走り出しながら、明るい声で言った。

「俺たちのナックルズが帰ってきたって事だよな!」

端末の向こうで、短い沈黙が落ちた。

「⋯⋯⋯⋯」

ややあって、不満げな声が届く。

「高度なセキュリティを誇る地下施設のエントランスを、僕の縁者が破壊したんだ。前例がなさ過ぎて、始末書の書き方が分からない」

照れ隠しとしか思えない、不器用な愚痴だった。ソニックは吹き出しそうになりながら、あえて真面目な声で返した。

「“縁者”ねぇ。便利な言葉見つけたじゃん、究極様」

「黙れ。ただの事実に基づいた表現だ」

短く言い捨てる声。しかし、その裏側にある感情を、ソニックは聞き取っていた。

(こいつも、少しは落ち着いてきたか)

ナックルズは、檻に閉じ込めらて、一度は傷ついたかもしれない。でも、今はもう、走り回って暴れられるくらいには、元気がある。

その事実だけが、二人の足に新しい力を与えていた。


ナックルズがとりあえず、元気過ぎる程元気を取り戻したらしい――

その情報を、二人は何度も心の中で繰り返した。だからこそ、覇気に満ちて走れた。

だが、走れば走るほど、胸の奥の不安は、逆に大きくなっていく。

今、自分たちが倒しているユニは、どう考えても囮だった。ユニの出現場所はどれも、戦略的に価値のある地点ではない。人通りもなく、被害も出にくい場所。それでも。

あらゆる生物の遺伝子を破壊する脅威である事に、変わりはない。
放置はできない。

見つけた以上、二人で全て叩き潰して回るしかない。

(そのうち、何か大変な事が起きる――)

焦りは、走る速度と同じくらいの勢いで膨らんでいった。


夕暮れと夜の境目が、空の端に滲み始めた頃。

二人の端末が、ほぼ同時に震えた。

「⋯⋯緊急連絡?」

ソニックが足を止めた。ほぼ同じタイミングで、遠く離れた別の地点で走っていたシャドウも走る速度を緩めていた。

二人はほとんど同時に端末を開く。

表示された文字列は、まったく同じだった。

“ステーションスクエアの南の街道沿いで負傷したキュイを保護。意識不明の重体”

その一文を読み終えた瞬間、二人の全身の毛が、逆立つような感覚が走った。

詳細な状況は書かれていない。ただ、簡潔な報告の下に、マップ情報が添付されている。

ステーションスクエア南方。街道沿い。

二人の心臓が、大きく脈打った。

ナックルズが、キュイを連れて行った。そのキュイが、重傷で保護された。意識不明の重体。

――ナックルズは、どこへ行ったのか。

ソニックは、考えるより先に口を開いていた。

「シャドウ、キュイの元へ向かおう」

一拍遅れて、シャドウの声が返る。

「⋯⋯まだだ」

迷っている声だった。

「マップで示されたユニは、まだ全部倒していない。ここを放置すれば、どこかで被害が⋯⋯」

「でもさ」

ソニックは、あえて軽く笑うように言った。

「敵もなんか事情があるのかもしれないぜ?今のところ、時間稼ぎのユニは、一般人を巻き込むような場所には配置されてない。谷の中、山の上、人気のない渓谷。街道から外れた、誰も寄りつかない廃墟。勘だけどさ」

ソニックは、一瞬だけ目を閉じて、まっすぐ本音を言った。

「ハビシュは世界や人類を狙ってるんじゃなくて、本当は⋯⋯シャドウ。お前だけを狙ってて、お前だけに嫌がらせしたがってるんじゃないか?」

端末の向こうで、息を吸う音がした。

「だとしたらさ」

ソニックは、真剣な声で続ける。

「やっぱり一番心配なのは⋯⋯」

シャドウが、低く呟いた。

「⋯⋯ナックルズ⋯⋯!」

その瞬間。

二人は互いの姿も見えないまま、まったく同じ方向――ステーションスクエアの南へ向かって、同時に走り出していた。


街道沿いの小さな建物に、二つの疾風がほぼ同時にたどり着いた。

黒と青。シャドウとソニックは、ドアを勢いよく押し開けると、そのまま駆け込んだ。

医療チームのスタッフが囲む中に、簡易ベッドがひとつ。薄暗い室内に、鉄の匂いが満ちる。

ベッドに、キュイが横たわっていた。

包帯に滲む黒ずんだ赤。 細い呼吸。側に立っていたエージェントが二人を振り返り、冷静に状況を報告した。

任務の帰還途中、街道沿いを血まみれで歩くキュイを発見した。

意識は朦朧としていて、うわ言を言っていたが、上手く聞き取れなかったという。

キュイが目を覚ました。シャドウがすぐそばに寄る。シャドウを視界に入れたキュイは、短く息を吐き、かすれた声で、しかしいつも通りの口調で静かに言った。

「殺すなら殺せ。ナックルズがハビシュに⋯⋯奪われた」

シャドウは微動だにしない。瞳の奥にある強い光は揺らがなかった。

「キュイ。喋れるなら報告してくれ。⋯⋯何が起きた」

キュイは瞳の奥に力を沸かせ、呼吸を整えると、淡々と報告を始めた。

「⋯⋯ナックルズに虚を突かれて、彼を軟禁部屋から脱走させてしまった。だが、互いの要求が合致した。タレイア神殿へ、暗号化されたデータの⋯⋯不自然な集積があった。その調査に行くために我々はタッグを組んだ」

か細い声だが、途切れずに報告が続く。

「タレイア神殿内に構えられたコンピュータルームでとうとう見つけた。反究極生命体・ユニの研究の全貌、ハビシュの正体。首謀者たちとの通信ログ。リアルタイムでサーバーに、送れる分だけ送信した」

シャドウは端末を取り出し、サーバーのログデータを確認する。

確かに、キュイのIDから送られた大容量データに対して、すでに情報処理班の解析が始まっている通知が並んでいた。

キュイは、浅い呼吸を静かに吐きながら続ける。

「⋯⋯その直後、例の黒ローブの四人が突然現れた。ナックルズが⋯⋯俺を庇い、ギリアンの時と同じ媚薬をかけられ、動けなくなった」

シャドウのまなざしが、ほんの一瞬だけ揺れた。キュイは続ける。

「黒ローブ連中は俺に、“君を解放するからシャドウを呼んで来い”と。⋯⋯立ち向かったが、全く歯が立たなかった」

淡々とした口調の中に屈辱が隠れている。シャドウはただ聞き続けた。

「君はハビシュの元へ向かうんだろう。みつかった大容量データの中から、これからの戦いに有用そうな情報だけを君に直接報告する」

「ハビシュは、君⋯“究極生命体シャドウ”を模して造られた人工生命体だ。意地悪な言い方をすれば、究極生命体になりそこねた失敗作だ。見た目は君に似たハリネズミ型の生物。ハビシュの開発チームはハビシュを“失敗作”と断じていたようだ」

「反究極生命体・ユニはハビシュの遺伝子を複製し、副産物的に生まれた遺伝子破壊プログラムだ。ただ、ハビシュの遺伝子自体が未熟な構造だったため、ユニはつねに三体でようやくひとつの効果“遺伝子破壊攻撃”を実行可能にする。そしてユニは、自動で成長し、進化し続ける性質をもつ。オリジナルのハビシュよりも、そこから複製されたユニの方が脅威的な能力を有していると推測される」

シャドウとソニックは静かにキュイの報告を聞き続けた。キュイが少し息継ぎをし、さらに続ける。

「⋯⋯ハビシュやユニを生んだ研究者たちと首謀者たちはすでに何者かに殺されている。内部で揉め事があったようだ。ハビシュがやったのかもしれない。首謀者たちが持っていたユニのコントロール権限は、現在ハビシュが持っている。ハビシュ一味は黒ローブの“四人組” だった。⋯⋯おそらく、そのうち一体がハビシュ。残る三体がユニだ。俺からの報告は⋯⋯以上だ」

重い沈黙が落ちる。やがて、シャドウが小さく息を吐いた。

「キュイ、ありがとう」

その声は低く、静かで、戦いに向かう者の覚悟を帯びていた。

「ナックルズの事は心配するな。⋯⋯僕が、すべて決着をつける」

その言葉には、剥き出しの情と熱があった。ソニックは肩をすくめ、苦笑するように言う。

「俺もいるっての。まぁ、オマケみたいなもんだけどな」

シャドウが黙って踵を返す。ソニックがトン、と靴で床を軽く蹴った次の瞬間――二人の姿は拠点から掻き消えた。

向かう先はひとつ。

タレイア神殿。ナックルズがいる場所。

シャドウの胸の奥には、ただひとつだけ強烈な感情が燃えていた。

それは誰にも向けられない、ただナックルズ一人のためにある、鋭く深い衝動だった。