第16話「ナックルズ・アドベンチャー」

晴れた日の昼。

ナックルズは、世界政府の地下施設のエントランスにあるロビーの椅子に腰掛け、シャドウを待っていた。

通りがかった保守チームのエージェントが、

「次から扉は破壊せずに出入りしてくれよ」

と冗談を言い、通り過ぎる。どうだかな、と思いながらナックルズは片手をあげて答えた。

昨日の夕方頃。

ハビシュの一件に関する聴取を受けながら、ふと久しぶりに探検に出てみようと思い、キュイに相談をかけた。

最近発見された南方の遺跡群について、詳しい情報が手に入らないかと考えたのだ。

予想通り、キュイは端末を操作して、遺跡探検に役立ちそうな情報をあれこれ教えてくれた。

お礼にと、シャドウにいつもやっているのと同じように右腕を差し出したら、そこへ偶然シャドウが現れ、咎められた。

その日はシャドウをなだめるのに時間を取られ、遺跡の話の続きは翌日に持ち越された。

そして今日、改めてキュイに会い、残りの情報を教えてもらった。

話が終わり、ふと思いつき、ナックルズは、

「お前もよかったら一緒に来るか?」

と、キュイを誘ってみた。

タレイア神殿での共闘以来、ナックルズはキュイのことを気に入っていた。

物静かで冷静だが冷酷ではない。話せば聞いてくれ、立ち止まれば待っていてくれる。

自分から近づいては来ないが、こちらから近付けば静かに受け止めてくれる。

──こういうやつと探検に行ってみるのも悪くない。タレイア神殿の時みたいに。

キュイは少し黙ってナックルズを見つめた後、静かに言った。

「俺は君ほどの体力はない。未開の地の危険な遺跡探検で、俺が君に貢献できる事は少ない。それより⋯⋯シャドウを誘ってみたらどうだ」

ナックルズは意外な提案に、ぽかんとした。キュイは続けた。

「シャドウなら君と同程度の体力があり、君の足を引っ張らないだろう。
珍しい場所への探検は、任務で多忙な彼にとってもちょうどいい気晴らしになる。きっと喜ぶはずだ」

キュイはシャドウの気質をよく理解していた。

そして、この誘いを受ければ、シャドウに自分とナックルズの仲を誤解される可能性も理解していた。

さらに、体力面でナックルズの足を引っ張りたくないというのも、紛れもなくキュイの本音だった。

ナックルズは考えた。

そういえば、探検に行くときはいつも一人だった。

シャドウを誘うのもいいかもしれない。

だったら、今すぐ誘おう。島に戻らず、ここでシャドウを待とう。

そうしてキュイと別れ、今こうしてロビーでシャドウを待っているのだった。


シャドウは早朝からの外回り任務を終え、昼過ぎに地下施設へ戻ってきた。

エントランスに入ると、左手のロビー手前に赤い背中が見えた。

ナックルズだ。

しかし、どうせ昨日のようにキュイを待っているのだろうと思い、拗ねたような気持ちになり、そのまま通り過ぎようとした。

しかし──

「おい、無視すんな」

後ろから不満そうな低い声が飛んできた。

ぎくっとして振り向くと、ナックルズが立ち上がってこちらを見つめていた。

自分を待っていたのか、と胸をざわつかせながら近付いた。

ナックルズは言った。

「探検に行かねぇか」

「⋯⋯探検?」

発言の意図がつかめずにシャドウは聞き返した。

「座れよ」

そう言われ、ローテーブルを挟んで向かい合って座る。

「南方の遺跡群に探検にいくんだ。森の奥地にあるから、まだ発掘調査も進んでねぇ。危険はあるが、面白い場所だ。よかったら、お前も一緒にどうだ」

シャドウは目を丸くした。

そういえば、ナックルズは探検家でもあった。

今は頻繁に会うようになったが、ナックルズが洞窟や遺跡へ出かける事がしばしばあるということを知ったのは、もっと前の事だった。

目を細めてナックルズを見る。

(レジーナとの事。ギリアンでの事。ハビシュやユニとの戦い。色々あったが⋯⋯ナックルズが、“今まで通りのナックルズ”に戻りつつあるのか)

「⋯⋯邪魔でなければ、僕も行こう」

ナックルズはぱっと顔を明るくし、キュイから借りてきた情報端末を見せながら、遺跡調査の目的や流れを意気揚々と語り始めた。

シャドウは頬を緩めて、ナックルズを見つめていた。

ナックルズがシャドウの視線に気づき、ふと見つめ返す。

「あ⋯⋯」

そして、思い出したように言った。

「深い森の中の遺跡だから、夜はテントで寝るんだ。テントは一人用だけど⋯⋯別にいいか?二人で使うにはちょっと狭いけどな」

シャドウは答えた。

「雨風をしのげるなら、少しくらい狭くても問題ないだろう」

狭いテントで二人でぎゅうぎゅうに⋯⋯と想像し、シャドウは少し胸が高鳴ったが、すぐになんでもない素振りをした。

さっそく明日行こう、という話になり、シャドウは有給申請をするためナックルズと別れ、執務室へ向かった。

任務の引継ぎを済ませ、端末から有給申請を送る。

首を回すと、ルージュが書類整理をしていた。

ついでに、と思い、シャドウは軽く挨拶し、明日ナックルズと遺跡探検に行くことを伝えた。

ルージュはシャドウの話を聞き、ふ、と少し笑みをこぼした。

しばらく考えた後、聞いた。

「どこに泊まるの?」

「一人用のテントを二人で使う」

ルージュは驚き、黙り、その後、心配そうに聞いた。

「大丈夫?」

シャドウは眉をひそめる。

「なんの話だ」

ルージュは困ったような顔をし、

「あの子のこと、よく見ておいてあげてね。絶対よ」

と言った。

意味がわからなかったが、シャドウは急いで残りの仕事を終え、明日の計画を話すためエンジェルアイランドへ向かった。


日が沈む頃、島で合流した二人は嬉々として旅の計画を話し合った。

気づけば辺りは真っ暗になっていた。

「今から帰るのもめんどくせぇだろ。泊まっていけよ」

「そうさせてもらおう」

二人で小屋に戻り、軽い夕食をとり、早めに寝ることにした。

ベッドはひとつ。

ソニックと三人で雑魚寝した時は、ソニックとシャドウが床にシーツを敷いて寝たが、今日は二人だけなので、べッドに並んで寝ることにした。

「ちょっと狭いけどな」

ナックルズは壁側へ寄り、横になる。遅れてシャドウがベッドに入り、手前に横になった。

シャドウは仰向けでしばらく天井を見ていたが、横からナックルズの寝息が聞こえてきた。

ちらりと横目で見る。

ナックルズは背を向け、穏やかな寝息を立てている。

そっと寝返りをうち、その背を見つめる。ふわりと、ナックルズの匂いが漂った。

すぅぅ⋯⋯

無意識に深く息を吸っていた。

(あぁ⋯⋯)

胸の奥がじんと満たされる。

(今日は、朝まで、ずっとこの匂いを⋯⋯)

シャドウはそっと顔を背中に近づけ、深く匂いを吸った。

さっきより濃い、野性の匂いが鼻に届く。夏草と果実がまじったような、爽やかなで甘い、至福の香り。

胸がきゅうっと締めつけられる。

(なんて幸福な夜だ⋯⋯)

しかし、突然、胸の奥にイライラが湧き上がった。

触りたい。抱きしめたい。

⋯⋯背中に噛みつきたい。

シャドウはハッとして飛び起き、そっとベッドを離れた。

心臓が激しく鳴り、立ち尽くしてナックルズを見る。

(駄目だ。離れた方がいい)

しかし──近づきたい。

(もう一度、匂いを⋯⋯)

再びそっと背後に滑り込み、息を吸う。

(⋯⋯ナックルズの匂い⋯⋯)

しばらくうっとりしていたが、またイライラが募る。

危険だ。離れろ。

──いやだ。

(せっかくこんな近くで、朝まで彼の匂いを吸えるんだ。
ナックルズが一緒に寝ようと言った。許可はある。
隣でそっと匂いを嗅ぐくらい⋯⋯)


翌朝。

ナックルズが目を覚まし寝返りを打つと、真っ赤に充血した目で、鼻でふぅふぅ息をしながら、背後にぴったり張りついたシャドウがいた。

「うぉっ!?」

ナックルズの叫び声と共にシャドウが飛び上がり、そのままベッドから転がり落ちた。

ナックルズは慌てて言った。

「わっ⋯⋯悪い、ぴったり後ろにいるとは思わなくて⋯⋯大丈夫か?」

シャドウは、こちらこそすまない、と返し、朝日の中のナックルズの顔を見て、かすれた声でつぶやいた。

「⋯⋯君が無事でよかった」

まるで意味がわからず、ナックルズは首をかしげた。

「まぁ、飯でも食うか」

と言い、朝食を用意した。

シャドウは朝食を味わう余裕もなく食べ終えた。

ルージュの「大丈夫?」という言葉を思い出す。

(これの事⋯⋯だったのか?)

ナックルズの匂いが濃すぎて、嬉しいのにイライラし、まったく寝付けなかった。

幸福と不満が同時に強く押し寄せる。自分で自分がわからない。

シャドウは用事があるとナックルズに告げ、昼前に港で合流すると約束して島を離れた。

ナックルズは、朝から落ち着かず動くシャドウを見て、

(忙しいのに無理して時間を割いてくれたのか)

と心配になったが、昨晩の嬉しそうなシャドウの顔を思い出し、

(でも、楽しみにしてくれてるのかもな)

と思い直した。

荷物を点検しながら、ナックルズはシャドウと間に今まで起きた事を思い返した。

(助けてもらってばっかだな)

決まりの悪いような、気恥ずかしいような気持ちが胸に広がる。

(でも、今は平和だ)

この島も、多分シャドウの気持ちも。

二人だけで探検に行けば、今までにない、もっと楽しい何かを見つけられるかもしれない。

──二人だけで。

その瞬間、心臓がドクンとはねた。

一人で行く時とはまるで違う胸の高鳴り。

得体の知れない緊張感に戸惑いながらも、ナックルズは待ち合わせ場所の港へ向かった。

そして、港に着いた瞬間──

ナックルズは愕然とした。

そこには、不自然に顔を強張らせたシャドウと、落ち着きなく目をきょろきょろさせるソニックが立っていた。

「⋯⋯⋯⋯は?」

ナックルズは気の抜けた声を出して、その場に立ち尽くした。


さかのぼって、その日の朝。

ソニックはセントラルシティにある、お気に入りのチリドッグ屋の前に立っていた。

通りは朝から賑やかに人々が行き交い、露店のスパイスのにおいがゆっくりと漂う。

世界は穏やかな速度で回っていた。

ソニックは、そのゆったりとした時間の流れに身を預けながら、チリドッグ屋の前で腕を組んで独り言をぶつぶつと言っていた。

「チリチーズ⋯⋯いや、スペシャルビッグチリ⋯⋯どっちだ⋯⋯」

しかしソニックの平和で至福な朝食選びは、次の瞬間、唐突に終わりを告げた。

後ろから手首をつかまれ、体が引き寄せられる。

「うおっ?! な、なんだよ⋯⋯シャドウ!」

振り返ると、そこにシャドウがいた。

額に汗をにじませ、目はわずかに充血し、言葉よりも先に緊張が伝わってくる。

「来い。旅に出る」

「いやいやいや⋯意味わかんねぇって! 俺は今からのんびり幸せな朝食を⋯⋯」

ソニックが手を振りほどくと、シャドウは一歩踏み込み、低く告げた。

「僕の都合じゃない。⋯⋯ナックルズのためだ」

その一言で、ソニックの胸がざわめいた。

(こいつ⋯⋯またナックルズと何かあったのかよ)

シャドウは普段、滅多な事では動じない。そのシャドウが、これだけ焦った顔でソニックを急かしてくる。

それはよっぽどの重大事件か、あるいはナックルズに関する事しかあり得ない。

そして今回は、確実に後者だった。

「⋯⋯わかったよ。俺も暇じゃあないんだけど、付き合ってやるよ。ほら、案内してくれよ」

ソニックの言葉を聞くと、シャドウはただ黙って歩き出した。まるで、その沈黙に縋るしかないかのように。

二人はすぐに港へ着いた。港の潮風は刺すように冷たかった。

シャドウは腕を組んだまま、ずっと船着き場を見つめている。

ソニックは状況が読めず、キョロキョロと辺りを見渡していると、赤いハリモグラが大きな荷物を背負って走ってくるのが見えた。

「⋯⋯ナックルズ!」

ソニックは自然と笑顔になって手を上げた。

⋯⋯しかし、ナックルズの表情は、近づくにつれて段々と変わっていった。

まず、「なんでお前がいるんだよ」という驚きの顔。

次に、「心底がっかりした」という悲しみの顔。

そして最後に、「⋯⋯まあ、別にいいけど」と、自分を納得させるような寂しい顔に落ち着いた。

(⋯⋯お邪魔虫じゃん、俺⋯⋯!!)

ソニックは慌てて逃げ出そうとした。

「あ、悪いナックルズ!その⋯⋯俺、今日は、野球の試合を観に⋯⋯」

言いかけた瞬間、鋭い痛みが尻に走った。

「ぎゃあああッ?!」

シャドウが背後から思いっきりソニックの尻をつねった。涙目で振り返るソニックに、シャドウは低く言う。

「逃げるな。ナックルズがどうなってもいいのか」

「どういう脅しだよ⋯⋯!!」

そのまま横からシャドウに強く腕をつかまれた。

力のこもり具合で、シャドウが本気で焦っている事だけは伝わってくる。

三人はそのまま船に乗り込んだ。

船が対岸へ向けて進む途中、シャドウは少し安心したのか、ナックルズの大きなリュックにもたれ、眠りこんでしまった。

ナックルズはリュックからそっとブランケットを出して、シャドウの肩にかけてやった。

「⋯⋯ナックルズの⋯⋯」

寝言とともに、シャドウはブランケットにふがふがと甘噛みしはじめた。

ソニックは呆れてシャドウをみつめた後、天を仰いだ。

(そんなにナックルズが好きなら、なんでわざわざ俺を巻き込んだんだよ)

気を取り直し、ソニックはナックルズから探索の話を聞いた。

ナックルズはすでに気持ちを切り替えたのか、久しぶりに心の底から楽しそうだった。

「今回の遺跡は森の奥地だ。まだ調査も入ってねぇ。危険だが、絶対面白いぞ」

「へぇ⋯⋯お前が探検に誰かを誘うのは珍しいよな。しかもシャドウと二人で行くはずだったんだろ?」

その瞬間、ナックルズの瞳の奥に、悲しみの影が落ちた。

「⋯⋯俺と二人きりじゃ、退屈だったのかもな」

ナックルズがうつむく。ソニックは慌てて言い返そうとしたが、その前にナックルズはいつもの調子に戻り、

「ま、未知の遺跡だ。気を引き締めねぇとな!」

と明るく言った。

ソニックは、ブランケットをむしゃむしゃ噛んで寝息を立てているシャドウを、静かににらみつけた。

三人は船を降りると目の前の森を抜け、巨大な墳墓群に到着した。

石壁に触れながら、ナックルズは感覚でそこが王族の墓だと判断していく。

「この地域の古代文化は、西側に墓を置くらしい。このレリーフも⋯⋯死者を弔う意味の紋様だ。宝があるとしたらここだな」

「よく分かるな⋯⋯」

「俺の得意分野だ」

ナックルズは淡々と知っている事だけを説明し、周囲を注意深く見渡した。

シャドウがさっさと遺跡の内部に足を踏み入れようとした瞬間、ナックルズがとっさに怒鳴った。

「入るな!」

シャドウが目を丸くして、後ずさった。

「外壁の情報が鍵になる。罠に関するヒントがあるかもしれねぇ」

ソニックが横から嬉しそうに茶々を入れた。

「やーい、怒られた」

その瞬間、ソニックは足を滑らせ、後ろのぬかるみに片足を突っ込んだ。

「み、水か?! 溺れる! 助けてナックルズ!」

ナックルズにしがみついたところを、シャドウが飛んでいって、素早く引きはがす。

「足手まといめ。軽々しくナックルズに助けを求めるな」

「お前の方こそ、勝手に動いて怒られたのが恥ずかしいからって、俺に八つ当たりしてるんだろ、見栄っぱりの迷惑男!」

二人がくだらない喧嘩を続ける後ろで、ナックルズがぼそりと言った。

「⋯⋯お前ら、びっくりするほど役に立たねぇな」

シャドウとソニックは黙り込み、お互いに鼻を鳴らしてそっぽを向き合った。

その夜。

テントを張り、簡単な夕食を済ませると、ナックルズはタオルで軽く身体を拭いて言った。

「朝から全力で調査したいからな。俺はもう休む」

そう言ってナックルズがテントに向かった瞬間、シャドウがびくりと身を震わせた。

ソニックが何かを言いかける前に、シャドウはソニックの腕をつかみ、そのままテントへ押し込んだ。

「ちょ、まっ⋯⋯狭い、って⋯⋯!!」

シャドウは、狭いテントの中で、ナックルズと自分の間にソニックを挟み込んで配置した。まるで衝立のように。

無情に衝立扱いされてうめくソニックの眼前で、ナックルズが露骨に傷ついた顔をした。

(⋯⋯ああぁ⋯⋯ナックルズ⋯⋯)

ソニックは胸を押し潰されるような気持ちになった。それでも諦めて眠りにつこうとしたが、突然謎の痛みに襲われ、叫び声を上げた。

「いってぇ!なんだよ、何が起きた?!」

涙目で首を回すと、シャドウがソニックの指をがじがじと噛んでいた。

「⋯⋯不味い」

「噛むなよ!いい加減、ふざけんな!」

堪忍袋の緒が切れたソニックは、テントからシャドウを引きずり出して、外の森へと引っ張っていった。

「なんなんだよ、さっきから!一体何のつもりなんだよ!」

ソニックが苛立ちながら問うと、シャドウは言った。

「⋯⋯イライラする」

「は?」

そして、静かな森に響き渡るほどはっきりと叫んだ。

「ナックルズの匂いをかぐと、下腹がイライラする!」

ソニックは石像のように固まった。

(⋯⋯究極様に性欲なんてなかったんじゃないのかよ⋯⋯!)

シャドウは続けた。

「離れたくない。側にいたい。だがナックルズの匂いに耐えられない。⋯⋯近づくと我慢できない。代わりに噛みつけるものもない。⋯⋯枕を持ってくればよかった」

「枕の問題じゃないだろ!!」

何を言っているのか、全ては理解できなかったが、ソニックは大筋を理解した。

(⋯⋯こいつ、ナックルズと二人っきりになるのが怖いんだ)

シャドウは、疲れ切ったように木の根に頭を預けて横になった。

ソニックは、港でソニックを見た瞬間の、ナックルズの悲しげな顔を思い出した。

(お前らって⋯本当⋯⋯)

ソニックはいたたまれない気持ちになりながら、黙ってテントに戻ろうとしたが、頭のハリをつかまれ、後ろにひっくり返った。

「ごへっ! 」

後頭部をうち、奇妙なうめき声が出た。シャドウが鬼のような顔ですごむ。

「まさか、テントに戻ろうというんじゃないだろうな。ナックルズの匂いを独占する気か。彼の許可は取ってあるのか」

「どこから突っ込めばいいのかわかんねぇよ」

ソニックは、歯がゆさで肩を震わせながら、結局二人のために、泣く泣く自分もテントの外の地面で寝ることにした。

翌日、ナックルズが目を覚ましてテントから出ると、ソニックは虫に刺されまくってボコボコの面構え。シャドウは結局寝不足で、充血した目つきでテントの外に立っていた。

ナックルズは、三人分の朝食を作り、食事を終えると、一人で墳墓の入り口周辺の構造を調べながら、

「⋯⋯お前ら、つくづく役に立たねぇな⋯⋯」

とつぶやいた。シャドウとソニックは口をそろえて、

「心外だ!」

と叫び、お互いに顔を見合わせ、にらみ合った。


墳墓の入り口を調べ終えたナックルズは、外壁の最後のレリーフに触れながら小さく息を吐いた。

「⋯⋯罠は、ある。多分な。だけど、俺は行く」

シャドウとソニックは静かに頷いた。

三人はナックルズを先頭に、古代王族の墳墓の正面入口へ足を踏み入れた。

薄暗い通路は埃の匂いが濃く、古い石の壁が湿り気を帯びていた。

ナックルズは慎重に姿勢を低くし、床の段差や空気の流れを読むように前へ進む。

ソニックが軽い声で言った。

「なぁ、時間かかりすぎじゃないか?もういっそさ、罠が作動する前に駆け抜けちまえば⋯⋯」

「なら君が一人で行け。ここは墳墓だ。君の墓を建てる手間も省ける」

シャドウがソニックの背に手を添えて前に押すと、ソニックはムッとした顔を向けた。

「へぇ?究極様は古代王のお化けが怖いってわけか。手を繋いでてやろうか?」

ソニックはそのままシャドウの腕をつかみ、次の瞬間には二人で取っ組み合いになっていた。もつれ合った足が床の四角い凹みに同時に触れた。

ゴトッ⋯⋯ゴゴゴッ⋯⋯

石壁が鈍い音を立てて回転をはじめ、通路が一斉に形を変える。

「まずい!シャドウ、逃げろ!」

ソニックは咄嗟にシャドウを突き飛ばした。

シャドウは回転する壁に挟まれずに済んだが、飛びついた壁に手をついてしまった。

コォン⋯⋯

低く響く作動音。その瞬間、ナックルズの足元がぐるりと回転し、床が消えた。

「ナックルズ!」

視界から赤い身体が落下して消える。

シャドウは迷うより早く、音もなく闇の中へ飛び込んだ。落下するより先に、シャドウはナックルズを抱きとめる。

両足で左右の壁を蹴り、勢いを殺して地面に着地した。

「⋯⋯お前、すげぇな。見えるのか?」

「勘だ」

ナックルズをそっと地へ下ろす。ナックルズは周囲の壁面を触りながら言った。

「水責め用の穴だな。昔は水路から水が流れてきたんだろうが⋯⋯水路が干上がりでもしたのか、今は作動してねぇ。もしかしたら時間差で作動するかもしれねぇけどな」

「ソニックが落ちなくてよかったな」

シャドウが言うと、ナックルズは小さく笑った。すると、頭上からソニックの声が落ちてきた。

「二人とも無事か?!今助けてやるからな!こんな床、すぐにぶっ壊して⋯⋯」

「やめろ、ソニック!貴重な古代の墳墓だ、簡単に壊すな!
こっちには死体がねぇ、恐らく罠にかかったやつを回収する出入り口がある。
その仕掛けを探せ!」

「わかった!待ってろよ!」

足音が遠ざかり、静寂が戻る。ナックルズは壁を背に座り込んだ。

「⋯⋯ったく、結局罠の中かよ」

「すまない。僕たちのせいだ」

「文句は脱出してからだ。⋯⋯テントが狭くて寝付けなかったんだろ。休んでろ」

シャドウが少し離れた場所に座ったのを感じながら、ナックルズは暗闇の中、天井を見上げた。

ナックルズは、そこでようやく気付いた。

(⋯⋯今、二人っきりだ)

ナックルズの胸の奥が、じわりと熱くなった。

怒りでも緊張でもない。もっと単純で温かみのある、まっすぐな熱。

(⋯⋯変だな。こんな時に、何考えてんだ俺)

自分の頬がゆるんだことを悟られたくなくて、視線を下げた。その瞬間、シャドウの呼吸がわずかに揺れた。

ナックルズが気付かぬまま首を傾けたその仕草が、まるで合図にでもなったかのように、

「もっと近くに座ってもいいか」

早口の言葉が聞こえてきた。

ナックルズは驚きながらも返事をした。

「⋯⋯お、おう」

返事をした瞬間、シャドウが音もなく距離を詰めてきた。

肩と肩が触れ合う。ナックルズは少し固まりながらも、

(嫌われてるわけじゃないって事だよな)

と、胸の奥で小さく息をついた。

その時──シャドウが短く息を吸い込む音を立てた。

「⋯⋯君の匂いを嗅いでもいいか」

かすれた、震える声だった。

(匂い⋯⋯?)

意味はわからない。

しかし、シャドウが欲しがっているならと、気楽に答えた。

「いいぜ」

言った瞬間。

強い腕の力が、自分の身体をがっしりと抱き込んだ。

「⋯⋯っ?!」

反射的に身体が強張る。

シャドウの額が自分の首筋に押し当てられ、熱い吐息が首に触れた。

ナックルズは息を呑んだ。ほんの少し身体をよじらせ、熱い吐息から逃れようとした。

しかし──

動かない。

腕が、背中が、胸が、シャドウの腕に捕まれたまま固まっていく。力を入れて押し返そうとしても、指先が痺れ、震えるばかりだった。

喉がひゅっと鳴り、空気を上手く吸えない。

(⋯⋯なんだよ、これ。なんで動けねぇ⋯⋯)

逃げようとして必死に身体を動かそうとしている自分に気付いた瞬間、ナックルズは頭の奥で何かがずれるのを感じた。

(⋯⋯⋯俺が、シャドウから⋯⋯逃げる?そんなわけ、ないだろ。シャドウはいつも俺を助けてくれる。俺は動かない。待つ。受け止める。シャドウの事を⋯⋯)

しかし、身体は熱いのに、背筋だけが氷のように冷えていく。呼吸が乱れ、胸がざわざわと震え、耳鳴りがひどくなる。

(⋯⋯あれ、これ⋯⋯知ってる⋯⋯)

ギリアンの町。

タレイア神殿。

動けないまま誰かに勝手に触れられた時の、あの寒気。

それでも──

(違う。シャドウは絶対に俺を傷つけない。絶対に⋯⋯⋯)

頭の奥で、記憶が裂けた。

─── あの時の続きを、僕がやってやろうか。

地下施設のガラス張りの部屋で、シャドウに押さえつけられた瞬間の声が響く。

その記憶が、闇の底から引きずり上がってきた。

体温が、一瞬で氷点下へ落ちた。

喉が閉まり、息が半分しか吸えない。

指先の震えは止まらず、視界の端が白く霞む。

(⋯⋯⋯やめてくれ⋯⋯頼む⋯⋯)

声が出ない。声の出し方すら忘れたように、喉が閉じていく。

シャドウの腕の力がどんどん強くなる。

その腕の温度が、今のナックルズには、まるで逃げ場のない檻だった。

耳鳴りが鼓膜を叩き、世界が急速に遠ざかっていった。


ソニックは、通路の奥で罠を踏んでは避けながら、半ばヤケになりつつ駆け回っていた。

「ったく、ナックルズのやつ⋯⋯自分が閉じ込められてんのに遺跡は壊すなって⋯⋯尊敬するぜ、そういう所!」

軽口を叩きながらも、足は止まらない。

別の凹みを踏んだ瞬間、石壁の先に横穴が現れた。奥に階段が続いている。

「お、怪しいな⋯⋯」

ソニックは滑り込み、階段を駆け下りた。暗い通路の端、古びた回転式レバーを見つける。

「はいはい、これだろ!」

レバーを回すと、石の扉が重々しく上へ持ち上がった。

「じゃーん、音速のヒーロー、ちょっと遅れて登場⋯⋯⋯」

部屋の中に飛び込んだ瞬間、ソニックの全身が硬直した。

シャドウがナックルズを押し倒し、がんじがらめに抱きしめていた。

ナックルズは、シャドウの腕の中で、泣きながら震えていた。

ソニックの耳の奥で、何かが壊れた。

気づけば身体が前に飛び出し、勢いのままシャドウを思い切り殴り飛ばしていた。

シャドウは反射で受け身を取り、壁を蹴って、ソニックの側頭部を斜めに蹴りこんだ。ソニックもすぐに回転して反撃し、スピンでぶつかる。

「ナックルズに⋯⋯何をしてやがる!」

「黙れ!僕はきちんと許可をとった!ナックルズはいいぜと言ったんだ!」

ソニックの拳が震える。

(そんなわけあるか⋯⋯!だってナックルズは⋯⋯泣いてるじゃないか⋯⋯!)

もう一撃を叩き込もうとした瞬間、ナックルズが部屋から飛び出した。

「ナッ⋯⋯⋯」

二人の声が重なる。しかしナックルズは振り向かず、震える声で言った。

「⋯⋯音が聞こえる。あっちは⋯⋯多分、墳墓の最奥部だ」

そして奥へ向かって駆け出した。二人は呆然と立ち尽くしたが、やがて慌ててその背を追った。

最奥部にたどり着くと、ナックルズはすでに祭壇の隠し扉を開き、墳墓に隠された秘宝──小さな黄金の御神像を手にしていた。

「ナックルズ⋯⋯」

呼びかけた途端、ナックルズは肩を震わせ、顔をそむけたまま走り出した。

入り口へ向かって出口の光の筋に飛び込み、そのまま、入り口をでてすぐのぬかるみに頭から飛び込んだ。

どちゃっ、と鈍い音が響く。

「ナックルズ!!」

二人の声が重なった。泥まみれの顔で起き上がり、ナックルズは無理に笑って言った。

「悪い⋯⋯興奮しすぎて⋯⋯足、滑らせちまった⋯⋯」

ソニックはハッとした。

──泣いていた事を、指摘してはいけない。

ナックルズは誇り高い男だ。弱さを暴かれることを、最も嫌がる。

ナックルズは泥だらけのままシャドウへ歩み寄った。

「見ろよ⋯⋯すげぇだろ⋯⋯御神像。触ってみろ、そっとな」

シャドウは戸惑いながら受け取り、ナックルズはその肩を抱いたまま楽しげに説明を続ける。

ソニックは、何も言えなかった。かけてやるべき言葉が、何一つ見つからなかった。

三人は荷物をまとめて遺跡から撤退した。

帰りの船で、ナックルズはシャドウの肩を抱いたまま、ひたすら遺跡と秘宝の話を続けた。ソニックが泥を拭おうとすると、

「これは探検した証だ。このままでいい」

ナックルズはそう言って手を払った。

夕日が海の向こうに沈む。

その金色の光が三人の背中を照らし──夜の闇が、静かに彼らを飲み込もうとしていた。