エンジェルアイランドで一機の新型無人機を撃墜したあと、シャドウはすぐに世界政府中央の情報局へ連絡を取った。
しかし返ってきた報告は、拍子抜けするほど「何もわからない」という内容だった。
レジーナ本人は、今も世界政府が運営する中央刑務所に収監中。
彼女が所有していた無人機や軍事施設の管轄先に関するデータも、既存のものから目新しい更新はない。
──そんなはずはない。
不可解さを覚えたシャドウは、世界政府地下施設に降り、情報室で諜報役のキュイを訪ねた。
エンジェルアイランドで新型無人機の襲撃を受けたことを報告し、関連しそうな情報を探ってほしいと依頼する。
キュイは、情報室中央に据えられた大型端末の前に腰を下ろした。
細い指が、せわしなくキーボードの上を走る。ディスプレイに次々と情報が呼び出されては消えていき、何度か検索方法を変えていたが、やがてキュイの手が止まった。
「中央政府管轄のデータに、レジーナ関連の秘匿項目がある」
キュイは画面から目を離さないまま、淡々と告げる。
「何か秘密裏に動いている案件があったのかもしれない。だがセキュリティが強すぎる。無理に侵入すれば、ログからこちらに辿りつかれる。⋯⋯俺が中央の伝手をたどって、直接調べに行こう」
「危険はないのか」
シャドウが問うと、キュイは初めて彼の方を見た。
「俺自身が必要だと思ったから調べる。それだけだ」
短くそう言い、表情ひとつ変えないまま、静かに席を立つ。
潜入の準備のために情報室から姿を消す背中を、シャドウは黙って見送った。
一人残された情報室で、シャドウは念のため、自分の携帯端末でもう一度レジーナ関連の項目を確認した。
しかし、そこにあるのは以前と変わらないデータばかりで、それらしい記述は一つも見当たらない。
軽くため息をつき、端末を電源ごと落とそうとしたとき、不意に緊急通知のアイコンが点滅した。
エンジェルアイランド周辺上空の哨戒を任せていたエージェントからだった。
“レジーナ所有の無人機に類似するシルエットの無人機の大群が、エンジェルアイランドに向けて侵攻中”
文面を読み終えるより早く、シャドウはソニック、テイルス、ルージュに同時発信で緊急メッセージを送った。
そのまま即座にカオスコントロールを実行し、エンジェルアイランド上空へ飛んでいった。
地面に降り立つよりも前に、全身を戦闘態勢へと切り替える。
眼下で、無数の無人機が、祭壇付近を中心に群れを成していた。
ムクドリの群れのように列を組み、不気味な軌道で旋回している。
狙いは、中央のマスターエメラルドと、その前に立つ守護者──ナックルズだった。
ナックルズは、すでに一人で戦っていた。
遺跡の崩壊を防ぐため、自分の身体を盾にしながら、敵機を平地の方へ誘導していく。
シャドウは、迷うことなく上空から飛び込んだ。
一機の無人機の後頭部めがけてスピンで体当たりし、そのまま地面に叩きつける。
爆散する火花の中、無言のままナックルズの側に着地し、肩を並べた。
二人は、それぞれの間合いを保ったまま敵へ向かう。新型の無人機は、以前の機体よりも明らかに俊敏だった。
二人の攻撃を紙一重でかわしつつ、クロスボウ、レーザーなど、見たことのない兵装を次々と放ってくる。
新型機に関するデータはほとんどない。
その挙動は未知の要素に満ちており、攻撃パターンを読みづらい。やりづらい相手だった。
しかし、それだけではない。シャドウは、戦闘の合間にふと気付く。
ナックルズとの距離が、妙に遠く感じられる。動きが読みづらい。側で守りたいのに、うまく近付けない。
目が合わない。呼吸もどこかずれたまま合わない。反応が、どうしても遅れる。
⋯⋯集中できない。
正面から迫る一機を迎え撃ち、スピンで切り裂いた瞬間、シャドウは遅れて異変に気づいた。
その機体の影に、もう一機が重なるように隠れている。隠れていた方の腹部が、不穏な光を帯びて膨張した。
──レーザーが来る。
視界が白に染まる寸前、シャドウは悟った。
これは、避けられない。
ルージュは、シャドウからの緊急連絡──
「エンジェルアイランドに未知の新型無人機が大群で襲来」
という一報を受け取ると、すぐにグリーンヒルへ向かった。
森と丘陵に囲まれた一角。そこに、テイルスのラボがある。
当然ソニックたちはエンジェルアイランドへ向かうだろうと踏み、そこから自分も合流するつもりだった。
ラボに着くと、テイルスとソニックが、トルネード号の前で出撃準備をしているところだった。
ルージュはソニックに向かって言う。
「私も行くわ。急いで島に向かいましょう」
しかし、ソニックの返事は意外過ぎるものだった。
「俺たちは、エンジェルアイランドには行かない」
ルージュが片眉をつり上げる。ソニックは続けた。
「ナックルズにはシャドウが付いてるんだろ。じゃあ俺は必要ない。ナックルズは強い。おまけにシャドウもいるなら、なんとかなるだろ。俺とテイルスは、レジーナが狙いそうな他の場所を警護する」
「本気で言ってるの?」
ルージュが問いただすと、隣のテイルスがルージュを見て、少し躊躇うような表情を浮かべたのち、黙ってソニックの横顔を見つめた。
ソニックは視線を合わせない。
「⋯⋯何があったの?」
ルージュが重ねて問うと、ソニックはテイルスに聞こえないよう、彼女をラボの中へ促した。
人気のない通路で、ソニックは低く呟く。
「泣いてたんだ、ナックルズのやつ⋯⋯。でも絶対に、俺に助けなんて求めないんだ」
ルージュは息を呑んだ。ソニックは、言葉を吐き捨てるように続ける。
「シャドウと何かあるたびに傷ついてるくせに。俺には“何も言うな”って。⋯⋯俺が側にいても、邪魔なんだよ」
ルージュの瞳に、強い光が宿った。
「この先、あなたの親友に何があっても、俺には関係ない、って言い張れる?」
静かに、しかし一語一語を刻み込むように続ける。
「私はそうは思わない。美しい宝石よりも、もっと大事なもの、壊されたくないものがあるって、知ってるつもりよ。目の前の危険を他人任せにして、後悔する未来なんてまっぴら御免だわ。ソニック、貴方だって⋯⋯」
言い終わる前に、ソニックがかぶせる。
「あいつは俺の助けなんて必要としてない。迷惑かもしれないんだ。俺が余計なことしたら、今よりもっと傷ついちまう。⋯⋯どうしてやればいいか、わからないんだ」
ルージュは少しだけ声を落とし、問いを投げた。
「邪魔って⋯⋯ナックルズがあなたにそう言ったの?」
ソニックの肩が、わずかに揺れた。ハッとした顔になり、逡巡ののち、答える。
「⋯⋯いいや。でも、あいつが傷ついてないふりをしてる以上、何を言ってやればいいか⋯⋯」
ルージュは諦めなかった。
「側にいてあげること。彼が立ち上がろうとしたら、いつでも手を差し出せる距離で」
揺れるソニックの心を、ルージュがまっすぐと射抜く。
「言葉なんていらないのよ。隣で待っててあげなさいよ。⋯⋯親友なんでしょ?」
ソニックの瞳に、小さな光が戻った。ルージュを少しだけ見つめ返し、深く息を吸う。
一度瞬きをすると、その目には、いつもの燃えるような光がよみがえっていた。
「ありがとな、ルージュ。時間が惜しい、すぐに出発だ」
ソニックは踵を返し、ラボの外へ駆け出していった。
シャドウは、無人機のレーザー攻撃を避けきれないと悟った瞬間、とっさに目を閉じた。
視界が闇に閉ざされる。熱と光が迫る気配がする。
直後、力強い腕がシャドウの身体を抱き上げ、そのまま横へと飛んだ。
二人分の重さが、草むらへと転がり込む。
ナックルズはシャドウを胸に抱え込んだまま、身を低くしてレーザーの追撃をかわし、すぐに反撃の構えをとった。
シャドウは、ナックルズの胸の中で、そっと目を開く。
すぐに、もう一度閉じた。
──温かい。
いつもの匂い。
身体中から力が抜けていく。
この胸の中から動きたくない。
いっそ、このまま溶けて消えてしまえたらいいのに。
ほんの瞬きほどの間に、そんな甘えた願望が、全身を満たしていく。
しかし、シャドウは自覚していた。
こんな状況ですら、この甘い感情を手放せないという事実こそが、ナックルズにとっての本当の脅威だと。
(⋯⋯さよならだ、ナックルズ)
心の中でそう呟き、肩を震わせそうになるのを力づくで押しとどめる。
短く息を吐き出し、ナックルズの胸から、彼を思い切り突き飛ばした。
ナックルズの身体が草むらの中で転がる。すぐに起き上がり、こちらをにらみつけて叫んだ。
「何しやがる!」
シャドウは、覚悟していた。
──このまま嫌われてしまえばいい。
ナックルズに近づきたいという欲望を、永遠に封印できる。
そうすれば、彼は二度と自分のせいで傷つかなくて済む。
「僕に二度と触るな」
シャドウは低い声で言った。
「僕は今、戦いたくて戦っているだけだ。君の助けなんて、もう僕には必要ない」
ナックルズは言葉を失い、立ちすくむ。
シャドウは続けた。
「こいつらは僕がすべて殲滅する。君は大人しく物陰に隠れていろ」
それだけ告げると、シャドウは身を翻し、素早く敵の群れへ飛び込んだ。
閃光のような動きで、無人機を一機、二機と叩き落としていく。
爆音が島のあちこちで鈍く響く。
ナックルズはしばらく、その場で身体を硬直させていた。
やがて、爆音で我に返る。
──戦場に戻らなければ。
足を踏み出そうとして、膝が崩れた。
地面に片膝をつく。立ち上がろうとするが、膝が震えて言うことを聞かない。
無理やり立とうとして、前につんのめり、そのまま倒れ込んだ。
それでもナックルズは、地面を掻くようにして身体を前へ運んだ。
(シャドウが戦っている。なら、俺も戦う。戦いたいんだ)
心の中で叫びながら、這いつくばるように前へ進む。
爆音がまた響いた、その時だった。
シャドウの怒鳴り声が飛ぶ。
「邪魔だ、こっちへ来るな!」
ナックルズの腕から力が抜けた。視界が涙でにじむ。
草の中へ倒れ伏し、つかんだ草を握りしめながら、声にならない声を漏らす。
(頼む、戦わせてくれよ)
その瞬間、青い閃光が一機の無人機を貫いた。
爆発音と同時に、青い影が回転しながら飛来し、ナックルズの目の前に降り立つ。
ソニックだった。
ナックルズは、思わず彼を見上げた。
目が合った瞬間、とっさに視線をそらす。情けない姿は見られたくない。
顔を伏せたまま、必死で立ち上がろうとする。膝も腕もがくがくと震え、思うように力が入らない。
ソニックは、そんなナックルズの肩を抱き、手を差し伸べた。
「大丈夫だ、ナックルズ。俺がいる」
短い言葉。
それだけで、しびれていた身体に、少しずつ力が戻ってきた。
ソニックの顔を見ることはできなかったが、ナックルズはその肩に体重を預け、ようやく立ち上がった。
ソニックの支えを借りて戦場へ戻ったときには、シャドウ、ルージュ、テイルスによって、すでに半数ほどの無人機が撃ち落とされていた。
シャドウが残りを仕留めようと構え直した、そのとき。
群れをなしていた無人機たちが、一斉に首を回し、上空へ向かって離脱を始める。
シャドウは最後尾の一機を背後から強襲し、爆発させた。
しかし、残りの機体はそのまま飛び去っていき、島には仲間たちと、黒焦げになった残骸だけが残された。
ソニックが、ルージュに無言の合図を送る。
ルージュは、視線の端でナックルズの様子を確認し、少し安堵した顔でソニックにうなずき返した。
そのままテイルスとシャドウに指示を飛ばし、無人機襲撃の事後処理へと動き出す。
ナックルズはかすれた声で呟いた。
「⋯⋯ソニック」
ソニックは、その先の言葉を待った。けれど、ナックルズは続けなかった。
ソニックは、空を見上げながら言う。
「焚火しようぜ。星を見ながらさ」
西の空には、すでに夕日が沈みかけていた。
その夜。
シャドウはマスターエメラルドの前に立っていた。
無人機が再び夜襲を仕掛けてくる可能性がある。油断なく周囲を見渡し、冷たい目をして祭壇を守っていた。
石段を上る足音がして、ソニックが現れる。
「そこはナックルズの場所だろ」
ソニックがそう言うと、シャドウは冷たいまなざしのまま答えた。
「彼は疲れているから休ませる。その間は僕が祭壇の警戒にあたる」
「押し付けるような言い方すんなよ。どうしてお前は⋯⋯」
ソニックは、そこで言葉を飲み込んだ。
シャドウの瞳が、氷のような冷たさを帯びていたからだった。
強い覚悟を宿しながらも、心を固く閉ざした目。
ソニックはため息をつき、
「⋯⋯何かあったら呼べよ」
それだけ言って、踵を返して小屋の方へ戻っていった。
小屋の前では、ナックルズが焚火の前に腰を下ろし、炎をぼんやりと見つめていた。
ソニックは、黙ってその隣に座る。
ナックルズは何も言わない。視線も合わせない。
ソニックはルージュの言葉を思い出した。
(言葉なんていらないのよ。隣で待っててあげなさいよ。親友なんでしょ)
何も言わず、ただそこに座り続けた。はるか上空で、星だけが賑やかに瞬いている。
待てば、夜明けはきっと来る。ソニックはそっと目を閉じた。
(ナックルズ。大丈夫だ。俺がいる)
心の中で、もう一度、そっとつぶやいた。