第19話「おかえり、シャドウ 中」

新型無人機の大群が襲来したあの日から、数日が過ぎた。

シャドウは、エンジェルアイランドに姿を見せていない。

無人機の襲撃も、以降は一度も起きなかった。

その間、ソニックは、ほとんど言葉を発さぬまま、ナックルズの側に居続けた。

小屋で休むときも、果実を摘みに行くときも、祭壇の前に立つときも。

ナックルズがどこへ行くにも、少し距離を取って、その背中を見守り続けた。ナックルズもまた、最初のうちは何も喋らず、目を合わせることもなかった。

けれど、その沈黙の中で、ソニックを拒むことは一度もない。

ソニックは、ルージュの言葉を思い出す。

“邪魔って⋯⋯ナックルズが貴方にそういったの?”

あのとき、ルージュに刺されるように言われた問いかけ。

(そんなわけないよな)

ソニックは、頭をかきながら思う。確かに、ナックルズは愛想のいい性格ではない。

それでも、ソニックを真正面から拒むことはない。ただ黙ってそこにいる。受け止め、耐える。

(わかったよ、親友。⋯⋯俺も待つ)

そう腹をくくった時だった。

「⋯⋯腹減ったな」

ナックルズが、唐突に、小さな声で呟いた。

ソニックは顔を上げる。

「そうだな」

それだけ答える。

それから、少し間を置いて、ナックルズが続けた。

「お前、こんな島でずっと黙って、俺の側にいるだけなんて、退屈だろ」

「お前の大事な島だ。たまには警護を手伝わせろよ」

ソニックは肩をすくめて返した。

さらに時間が過ぎて、ようやくナックルズが、本当の胸の内を少しだけこぼす。

「戦いたいんだ。一緒に並んで。⋯⋯俺じゃ力不足なのか。あいつに邪魔だと言われた。もう隣に並んで立っちゃ駄目なのか」

ソニックは、ゆっくりと歩を進め、ナックルズの側まで歩み寄る。

何も言わず、肩に手を置いた。

ナックルズは拒まない。けれど、相変わらず視線は合わせず、うつむいたままだった。

そのとき、ソニックの情報端末が震えた。

画面に表示された差出人は、キュイ。

ソニックの表情が固くなる。

「ナックルズ。キュイからだ」

短く言ってから、続けた。

「シャドウが、新型無人機の本拠地に潜入して、連絡が取れなくなったらしい。⋯⋯キュイがお前を呼んでる」

ナックルズの目が見開かれた。


ナックルズとソニックは、キュイに呼び出され、世界政府の地下施設へ向かった。

応接室に通されると、ほどなくしてキュイが姿を現す。

「挨拶は省略して、単刀直入に報告しよう」

そう前置きをして、淡々と話し始めた。

「シャドウは、少数精鋭のエージェントチームと共に、東のグロリア火山内にある敵拠点へ潜入した。だが、現在は連絡が途絶え、安否不明だ」

ナックルズとソニックは黙ってうなずき、続きを促す。

キュイは、視線を二人に走らせながら、説明を重ねた。

「世界政府中央の官僚が、軍事ロボット研究を目的に、半身機械人間だったレジーナの体内に埋め込まれていた戦闘用データを用いて、戦闘用無人機“αレジーナ”を作り上げた」

一度言葉を区切り、淡々と続ける。

「だが、レジーナの戦闘能力と共に、記憶データも抽出されてしまった。その結果、意識の底にあった強い怨恨の念が暴走し、人工脳内の命令中枢を破壊。制御不能となった“αレジーナ”は、政府直轄の研究施設から脱走した」

αレジーナは、強い怨恨と破壊衝動に突き動かされている。

狙いは──ナックルズ、そして、自身の捕縛に関わったエージェントたち。

「⋯⋯とんだ逆恨みだが」

キュイは感情のこもらない声で付け足し、

「事態の責任者は、この情報を秘匿事項として隠蔽しようとした。そのため情報の収集が遅れた」

と続けた。

ひと呼吸置いてから、さらに話を先へ進める。

「αレジーナは、グロリア火山内に自分の“巣”を築き、無人機と共に引きこもっている。元々あの火山には、政府所有の戦闘機械用研究施設があった。今は研究もほぼ中止され、最低限の保守要員と自動セキュリティだけが動いている施設だったが⋯⋯」

キュイの声が、わずかに低くなる。

「αレジーナはその施設に呼び込んだ無人機を改造し、恨みの対象へ向けて出撃させていたようだ。すでにエージェント側にも負傷者が出ている」

ソニックは唾を飲み込んだ。

ナックルズの表情も、険しさを増す。

「俺がこの情報を渡したあと、シャドウは即座に少数精鋭のエージェントチームを率いて、グロリア火山へ突入した。今朝、日の出前のことだ。我らエージェントを率いる世界政府も一枚岩ではない。中央の権力争いのしがらみで──まぁ、くだらない話で恐縮だが──その時点で使える人員は限られていた」

「潜入後は、一定時間ごとに通信でやり取りしていた。だが、一時間ほど前から、その連絡が途絶えている」

「内部の状況は不明。応援の派遣を要請しているところだが⋯⋯正直、時間はかかるだろう。権力争いのための、くだらないしがらみだ」

キュイはそこで一旦言葉を切り、それから淡々と付け足した。

「潜入前に、この件はナックルズには絶対に告げるなと、シャドウから厳命されている」

ナックルズの目が、大きく見開かれる。

すぐに、苦しげに顔を歪めた。それから、ハッとしたようにキュイを見つめる。

「キュイ。⋯⋯じゃあ、なんでこの事を俺に教えたんだ」

キュイは表情を変えず、涼しげな顔で答えた。

「シャドウの考えと、俺の考えは少し違う、といったところかな」

そして、言葉を続ける。

「ナックルズ。君は優秀な戦士だ。俺は君の力を信頼している。この状況を、君ならどうにかしてくれるのではないか、という期待が俺の中にはある。あまりに勝手な期待で恐縮だが⋯⋯シャドウも、シャドウと共に潜入したエージェントたちも、俺の仲間だ。全員を救出できる可能性があるなら、俺は君に賭けたい」

ソニックは、その言葉を聞いてニッと笑い、

「俺もキュイの考えに賛成。ついでに俺も手伝う。どうする、親友?」

とナックルズに問いかけた。

ナックルズはキュイを見つめる。キュイは眉ひとつ動かさず、静かにナックルズの返答を待っていた。

ナックルズは、ふーっと長く息を吐く。

そして、キュイとソニックを交互に見て言った。

「俺が行く。元々、俺も狙われてたって話だからな。それに⋯⋯あいつが、そう簡単にくたばるもんか」

ソニックと目を合わせ、二人はうなずき合う。

こうして、二人はグロリア火山へ向かった。


グロリア火山の中央部。

シャドウは、仲間のエージェントたちを脱出させながら、一人で火山内部の奥へ突き進んでいた。

火山の入口から、研究施設へと続く坑道までは、驚くほどあっさりと進入できた。

それ自体が、すでに罠だったのだと悟るのに、時間はかからなかった。施設内部へ足を踏み入れた途端、ジャミングによって通信が途切れる。

さらに、入口は分厚い防護壁によって遮断され、一行は内側から閉じ込められた。

襲いかかってきた新型無人機の群れを、シャドウは一人で引き受けた。

仲間たちを入り口側へ逃がしながら、最奥部を目指して進む。

その際、シャドウは、一機たりとも敵を逃すまいと、防護壁を順々に閉じていった。

施設内部は、ところどころ岩肌がむき出しで、耐熱性の渡り廊下の下には、真っ赤なマグマがうねりを上げている。

シャドウは、襲いかかる無人機を片っ端からマグマへ落としていった。

(こいつらは、ナックルズにとっての脅威。一機も逃さず殺す)

背後に鉄の羽音が聞こえる。

振り返らずに、無意識に真後ろへ一撃を叩き込んだ。直撃を受けた機体が、爆音を上げる間もなくマグマに沈む。

──無意識の一撃。

シャドウは、自身の戦闘兵器としての性質を憎んだ。

対象を、反射だけで最速破壊してしまう力。その無意識の衝動が、ナックルズにも向かう危険性がある。

(ならば、この力で⋯⋯自分自身を消す)

──その前に、この場の脅威を一つ残らず殲滅する。

シャドウはそう決めていた。

最後の防護壁を閉じると、その先には大きな広間が広がっていた。

中央に、巨大な黒い筒状の装置が鎮座している。

「⋯⋯巨大電磁砲」

シャドウは低くつぶやいた。

黒光りする巨体から伸びる太く長い砲身が、真下を向き、地面から噴き出すマグマへと狙いを定めている。

狙いはすぐに読めた。

巨大電磁砲が生み出す強振動で、火山の噴火を誘発するつもりだ。

シャドウは瞬時に、グロリア火山とエンジェルアイランドの距離、地形から予想される風向きを頭の中で計算する。

──この火山が噴火すれば、その噴煙は高確率でエンジェルアイランドに到達する。

ナックルズの大事な島が、噴煙と降灰でボロボロになる。

全身の血が逆流したように冷えた。絶対に、この電磁砲だけは止めなければならない。

最奥部に潜んでいた新型無人機の最後の群れが、シャドウをめがけて一斉に飛び出してきた。

レーザー砲、クロスボウ、小型電磁砲。

さまざまな兵装を積んだ凶悪な機体たちが、四方から攻撃を浴びせる。

シャドウは、ぎりぎりのところで攻撃をかわしながら、正面奥にうごめく黒い影をとらえた。

蜘蛛のような姿の無人機。

αレジーナ。

キュイから送られたデータに載っていた写真と一致する。

その時、巨大電磁砲の中心部が強い光を帯び始めた。マグマへ向けて、今まさに砲撃が放たれようとしている。

シャドウは迷わなかった。

電磁砲の砲身めがけてスピンで体当たりし、マグマへの攻撃軌道を無理やり逸らす。

全身を電撃が貫いた。

砲身から漏れた電磁波の強震が、骨の内側までたたきつけてくる。

うめき声を上げながら、シャドウはマグマの隙間に突き出した岩場へ転がった。

すかさず、無人機の小型電磁砲が追撃してくる。

一撃目、二撃目は紙一重で回避したが、三撃目が背中に直撃した。

激しい衝撃が走る。

それでも、シャドウは視線を巨大電磁砲に向けた。まだ止まっていない。

砲身が再びマグマの方向に向き直り、第二射の準備に入っている。

シャドウは他の機体を無視し、再び砲身へと突っ込んだ。

漏れた電流が、再度全身を焼く。

そこへ背後からαレジーナが迫り、斜めから一撃を叩き込んできた。

シャドウの身体が地面に叩きつけられ、弾かれる。さらに無人機のレーザー攻撃が追い打ちをかける。

痺れるような鈍い痛みが、全身を鈍く支配していく。

それでもシャドウは、地面を蹴り、もう一度砲身の向きをマグマから逸らそうとした。

──自分の身がどうなろうと構わない。

この電磁砲の一撃だけは、絶対に防がなければならない。

ナックルズが危ない。ナックルズが悲しむ。

ふたたび体当たりをした瞬間、巨大な衝撃と光が広間を満たした。

シャドウの身体がはじけ飛ぶように吹き飛ばされる。

轟音がこだまし、電磁砲から放たれた砲撃は、大きく真横に逸れてシェルター側面の壁へ直撃した。

激しい衝撃波が走る。

シャドウの身体は壁に叩きつけられ、そのまま跳ね返されて地面を転がった。

マグマには異常の兆候はない。噴火の気配もない。

これほどの電磁砲であれば、再チャージには膨大なエネルギーが必要だろう。

少なくとも二十四時間はかかるはずだった。

(当分、追撃はない。その間に、応援のエージェントがきっと駆け付ける)

痺れる身体を無理やり起こし、シャドウはαレジーナと残りの無人機に向かって構えようとした。

あとは、残機を掃討する。それができれば、ナックルズを守ることができる。

──それさえ叶えば、他には何もいらない。

両腕を持ち上げようとして、シャドウは気づいた。

腕が、上がらない。

もはや痛みすらない。

全身が麻痺し、身体がまったく言うことを聞かない。

足を前に出そうとする。動かない。

(まだだ⋯⋯まだ、ナックルズへの脅威が残っている)

αレジーナが動いた。

シャドウは、麻痺した身体を無理に前へと投げ出す。

(こいつだけでも、殺す)

感覚が失われても、身体はまだ、戦うために動こうとする。

戦うためだけに生まれた戦闘兵器──究極生命体・シャドウの本能だった。

その時。

シャドウの身体が、ふわりと宙に浮いた。

視界が赤くにじむ。

遅れて、複数の爆発音が連続して響いた。

耳にキィンという高い音が残り、その後で、柔らかなものに包まれるような感覚と共に、地面への着地の衝撃が伝わってきた。

そして、鼻をかすめる、懐かしい匂い。

夏草と甘い果実が混じり合ったような、あの匂い。

「⋯⋯シャドウ! 無事か!?」

かすんでいた視界が、少しずつ輪郭を取り戻していく。

真ん中に、鮮やかな赤い毛並み。エンジェルアイランドの守護者──ナックルズの顔が、はっきりと現れた。


ナックルズは、シャドウを庇うように抱え込んだあと、すぐに身体を反転させてαレジーナと向き合った。

ナックルズが突撃と同時に叩き込んだ一撃で、すでにαレジーナの装甲には亀裂が走っている。

勢いそのまま、さらにとどめの拳を叩き込み、残りの無人機もまとめて殴りつけ、マグマへと投げ落とした。

敵影がすべて消えたのを確認してから、ナックルズは慌ててシャドウの元へ引き返した。

ひざまずいて、地面に横たわるシャドウをのぞき込む。

そっと伸ばした手に、シャドウが鋭く反応した。差し出された手を、勢いよく振り払う。

「何故来た」

低い声だった。

「邪魔だと言ったはずだ」

ナックルズの表情がハッと固まり、そのまま押し黙る。

二人の間に、重い沈黙が落ちた。

遠くで鈍い爆音が響く。

ソニックが、少し離れた広間で、まだ潜んでいた残機に向かって暴れている音だった。

シャドウは絶望していた。

──ナックルズを守りたかった。それなのに、また守られてしまった。

「君を守る」という誓いすら果たせない。

もはや自分の存在そのものに、何の価値もない。

ただ、ナックルズにとっての脅威でしかない。

本当に、消えるしかない。

ゆっくりと息を吐き、少しのあいだ呼吸を止める。

それから、ようやく絞り出すように声を出した。

「⋯⋯もう僕に構うな」

ナックルズの瞳が、大きく揺れる。

シャドウの心臓が、一度だけ大きく跳ねた。

──言いたくない。

それでも、ナックルズは逃げない。ならば、自分も逃げるわけにはいかない。

彼のために。彼を守るために。はっきりと言葉にするしかない。

「消えたいんだ。君の前から」

消え入りそうな声だった。

ナックルズが息を呑む。

再び沈黙が落ちる。

互いの呼吸音と、遠くの爆音だけが聞こえる。

ナックルズは、ゆっくりと深い呼吸を繰り返した。

そして、瞳に強い光を宿したまま、シャドウを見つめて言う。

「それがお前の望みなのか」

シャドウは、目をそらした。

──君の瞳はまぶしすぎる。

視線を合わせないまま、やっとの思いで、首を縦に動かす。

「⋯⋯わかったよ」

ナックルズは静かに言った。その声は、震えていなかった。

シャドウは、彼の顔を見ることができない。

ナックルズは動かない。

シャドウは、最後の瞬間を惜しむように、ゆっくりと深く息を吸い、吐く。

一回。二回。⋯⋯三回。

そして、立ち上がった。

ナックルズに背を向け、一歩を踏み出す。

ナックルズは追ってこない。

重い身体を引きずるようにして歩き、シャドウはナックルズから遠ざかっていく。

防護壁の操作パネルに手を伸ばし、扉を開けて踏み出す。

ナックルズの視界から離れようとした、その時──

背後から、声が響いた。

「嬉しかったんだ。約束なんてしなくても、いつもふらっと島に来てくれて」

広間に、震えた声がこだまする。

「お前がいる時は、島が少し温かくなる」

シャドウの背がわずかに揺れた。

振り向くことはしない。

「嬉しかったんだ!」

震える叫びを背中で受けながら、シャドウは歩き続けた。

そして、そのままナックルズのもとを去っていった。