第20話「おかえり、シャドウ 下」

グロリア火山に、ようやく応援のエージェントたちが到着したときには、ソニックの手によってわずかに残っていた新型無人機も殲滅されていた。

マグマが煮えたぎるだけの、鉄と岩と焦げ跡の廃墟。

巨大電磁砲もすぐに稼働停止され、αレジーナの脅威は完全に消え去った。
そして、その日を最後に──

究極生命体・シャドウは、世界政府のどの施設からも姿を消し、消息不明となった。


グロリア火山で無人機を片付け終えたあと、ソニックは最奥部の広間へ向かった。

ナックルズが走っていった先。そこで、シャドウと合流しているはずだった。

だが、広間で見つけたのは、一人でしゃがみ込んだナックルズの背中だけだった。

ソニックは、声も出せず、その場に立ち尽くした。

それ以来、ソニックはナックルズのために、シャドウの行方を探し続けている。

セントラルシティ。

ステーションスクエア。

マウントコル周辺。

ギリアン。オレンジロード。イエブ。タレイア神殿。

世界中を駆け回って、黒いハリネズミの影を追った。しかし、どこを探しても見つからない。

目撃情報すらない。

ソニックには、シャドウがナックルズを置いて、どこかへ消えてしまったという事実が信じられなかった。

灰色の空の下、グランバレーの崖の上。

風が強く吹き抜ける中で、ソニックは叫ぶ。

「シャドウ、この馬鹿! 戻ってこい!」

声は広大な渓谷へとむなしく吸い込まれていく。

「僕のナックルズを悲しませたなって、俺に怒ってたくせに、お前が⋯⋯!」

少し前のことを思い出しながら、ソニックは歯を食いしばった。

セントラルシティで、ナックルズがシャドウのためにクッキーを探していたあの日。

ソニックに煽られたシャドウは、「僕のナックルズを悲しませたな」と激昂して掴みかかってきた。

ソニックにとってのシャドウは、冷酷な戦闘兵器ではない。

理屈っぽくて、すぐにムキになる。黒い毛並みの、めんどくさいやつ。

そして、ナックルズのことになると、誰よりも真剣に悩み、苦しみ、身を捧げて──

最後には、あっさりと身を引いてしまう、どうしようもなく不器用なハリネズミ。

(なんにもわかってないんだよ、お前)

ソニックは唇を噛んだ。

あの日、グロリア火山の広間でしゃがみ込んでいたナックルズの姿が脳裏に蘇る。

ソニックは、静かに問いかけた。

「シャドウはどこだ」

ナックルズは、目を逸らさずに静かに答える。

「消えたいんだと。シャドウは、俺の前から」

泣いてはいなかった。

ただ、地面に座り込んだ姿勢のまま動かず、じっと、シャドウが去っていったであろう方角を見つめ続けていた。

ソニックは目を閉じて考える。

──ナックルズの前から消えて、シャドウはどこへ行くつもりなんだ。

あいつの“元々の居場所” はどこだ。

しばらく考え、ゆっくりと目を開く。

(⋯⋯ないんだ。あいつの帰る場所)

ソニックは知っていた。シャドウが抱える孤独を。

戦闘兵器として生み出され、利用され、大切な存在を失い、帰る場所も持たないままに彷徨ってきたことを。

重く息を吐いた。背中に寒気が走る。

──自分が、シャドウにしてやれることは何だろう。

答えはすぐには見つからない。

再び目を閉じ、ナックルズの隣りに立っていた頃のシャドウの姿を思い出す。

冷たい口調で皮肉を言いながら、どこか機嫌がよさそうにしている黒いハリネズミ。

その隣りで、ゆったりと笑うナックルズ。

今朝、シャドウを探しに出る前にも、ソニックはエンジェルアイランドを訪れていた。

祭壇の前で、ナックルズに声をかける。

「お前も一緒に、シャドウを探しに行こう」

ナックルズはゆっくりと首を振り、

「シャドウが望んだ事だ」

と言った。

そして、ソニックをまっすぐ見て続ける。

「俺はここにいる」

静かな声。

何かを覚悟し、同時に受け止めた者の声だった。

その時の瞳を、ソニックはもう一度思い起こす。

瞳の奥には、強い光。

何かを待っている、かすかな希望の光が、確かに灯っていた。

空に、分厚い雲が渦を巻き始める。やがて、大粒の雨が地面を叩きつけた。

ソニックは目を開き、冷たい雨粒を切り裂くようにして、再び走り出した。


どしゃぶりの雨の中、ソニックは再びエンジェルアイランドへ戻ってきた。

祭壇の前には、赤い守護者が立っていた。

日も昇らぬ早朝と、寸分違わぬ姿勢で腕を組み、ずぶ濡れになりながら立っている。

ソニックは石段をゆっくりとのぼり、ナックルズの正面に立った。

「ナックルズ」

視線をまっすぐ交わし、確信を込めて問う。

「シャドウはいなくなってから、今も⋯⋯この島にいるのか?」

ナックルズは、わずかに目を細めて答えた。

「シャドウが来た時は、島の鼓動が変わるんだ」

そして続ける。

「島が少し温かくなる。夜でも、風の強い日でも、今日みたいなどしゃぶりの雨でも」

少し寂しそうな顔で、言葉を継いだ。

「なのに、俺の隣りには来ない」

ソニックは、軽く息を吸い込んでから言った。

「俺はずっと見てきた。お前は誇り高き守護者だ。⋯⋯強すぎるんだよ、お前」

言葉を重ねる。

「何があっても、たった一人で耐えちまう」

ナックルズの瞳が揺れる。ソニックは一歩近づき、さらに続けた。

「でもさ⋯⋯お前自身の心を、お前が守ったっていいんだぜ」

静かに、はっきりと言い切る。

「選んでいいんだよ。待ちっぱなしじゃなくてさ。お前の行きたい方へ」

ナックルズは目を見開き、ソニックを見た。

すぐに目をそらし、唇を噛む。

何度か息を吐いてから、ようやく言った。

「⋯⋯ソニック。俺は、この島、マスターエメラルド以外に⋯⋯守りたいもの、ふたつあったんだ。ふたつとも、俺が守らなきゃいけなかったんだ」

ナックルズは静かに続ける。

「ひとつはシャドウ」

少し間を置き、

「もうひとつは⋯⋯俺だ。俺自身の心」

そう言うと、ナックルズはゆっくりと祭壇から降り、森の中へ歩き出した。

──ナックルズがずっと守りたかったもの。

シャドウが「ここ」に帰ってこられるように。

シャドウが安心できる場所。

(⋯⋯俺の心。シャドウが守ろうとしてくれたもの)

ナックルズは胸の内で、静かに噛みしめた。


どしゃぶりの雨は、そのまま勢いを増していった。

ナックルズは森の小道をまっすぐ進み、小さな祠の前で足を止めた。

姿は見えなくても、気配でわかる。

祠の影に、黒い毛並みの生き物が、小さく身を縮めてうずくまっている。

ずぶ濡れで、泥まみれの黒い塊。

ナックルズはしばらく立ち尽くし、ただ黙って、その背中を見つめていた。

大雨の音が、耳の奥を埋め尽くすように響く。

やがて、ナックルズは一歩前に出た。

黒い毛並みが、かすかに震える。

「⋯⋯シャドウ」

静かに名を呼び、息を大きく吐き出す。

思い切って、言葉を続けた。

「食えよ⋯⋯俺の腕」

シャドウの肩が、ぴくりと動く。ナックルズはうつむき、ひと呼吸だけ置いてから、もう一度顔を上げて言った。

「⋯⋯帰ってこい」

しばしの沈黙。

大雨に紛れて、かすれた声が届いた。

「消えたいなんて、嘘だ。君が邪魔なんて、大嘘だ⋯⋯」

ナックルズは、その先を待った。

頭の先から尻尾の先まで、冷たい雫が途切れなく落ちていく。

雨音だけが、大地と身体を叩く。

シャドウの震えが、大きくなる。

うつむいたまま拳を握りしめ、絞り出すように続けた。

「君が欲しい」

ナックルズは、もう半歩踏み出す。それ以上は動かず、ただ待つ。

激しい雨が、さらに体温を奪っていく。

雨音の向こうから、ようやくまた小さな声が届いた。

「⋯⋯苦しかった。⋯⋯どうしても、君を壊したくなくて⋯⋯」

ナックルズは、目を細めてシャドウを見つめる。

うつむき、もう一度しっかりと彼を見据え、ゆっくりと答えた。

「お前がいたから⋯⋯今の俺がある。⋯⋯約束だ。⋯⋯何があっても、俺は絶対に立ち上がる。だからお前も、帰ってこい。帰りたくなったら、いつでも俺のところへ」

大雨は止む気配を見せない。

シャドウの首が、わずかに動いた。

ふらつきながら、ようやく立ち上がる。うつむいたまま、そこから動けずにいる。

ナックルズは、ただ待った。微動だにしない。

どれほどの時間が経ったのか──

やがてシャドウが、恐る恐る、すがるような目でナックルズを見上げた。

ナックルズは、ゆっくりと両手を差し出す。

その手に、行き場をなくした視線が吸い込まれていく。

シャドウは、よろよろと前へ歩き、ナックルズの目の前で立ち止まった。

それでもナックルズは急かさない。待ち続ける。

大粒の雨が、二人の間を勢いよく叩きつける。

やがて、雨音に紛れるような小さな声で、シャドウが言った。

「君を壊してしまうのが怖い」

「俺は怖くない」

ナックルズは静かに言う。

その瞬間、シャドウはナックルズに飛びついた。

ナックルズは腕を回し、その身体をしっかりと受け止めて抱きしめた。

シャドウは震える身体をナックルズの肩に埋め、何度も鼻をすすり上げていた。

ナックルズは、背をゆっくりとなでながら、耳元で鳴り続ける大きな雨音だけを聞いていた。


雨が弱まり、夕暮れの空が少しだけ明るさを取り戻した頃。

ソニックは、いつもの小屋の扉をそっと開いた。

奥の簡素なベッドの縁に、ナックルズが腰かけていた。

まだ少し湿った毛並みのまま、いつものようにゆったりした顔で。しかし確かな強さを湛えた、古代の守護者の表情で。

そのすぐ隣で──

湿って汚れた黒い毛並みのハリネズミが、子猫のように身体を丸めて横になっていた。

ナックルズの右腕の人差し指をしゃぶりながら、うっとりとした顔で微睡んでいる。

ソニックは目で問いかける。

(俺、邪魔?)

ナックルズは目で返す。

(なんてことねぇよ。いつも通りだ)

ソニックは、シャドウを起こさないように少し離れた場所へ椅子を運び、そっと腰を下ろした。

ナックルズからタオルを借りて、自分の身体についた雨を拭う。

気づかれないように、小さく息を吐いた。

情報端末を取り出し、ルージュ宛てにメッセージを打つ。

シャドウが無事見つかったこと。命に別状はおそらくないこと。地下施設にシャドウが戻るのは、もう少し先になるであろうこと。

送信ボタンを押してから、ソニックはベッドの方へ視線を戻した。

ボロボロの毛並みのまま、普段の冷淡な様子からは想像もつかないほど満ち足りた表情で、ナックルズの指をしゃぶるシャドウ。

呆れ半分、安堵半分といった気持ちで、その光景を眺める。

(こっちの心配も知らずに、うっとりしやがって⋯⋯。シャドウ、貸しひとつだぞ)

心の中でそう言いながらも、隣で満足そうに微笑む守護者を見て、ソニックは「まぁいいか」と思った。

──もうしばらく、この位置で、この距離から、この二人を眺めていよう。

そう決めて、ソニックは静かに微笑んだ。