第21話「三匹の猫」

「冗談じゃないわ!」

「冗談で済むならこっちだって苦労しねぇよ!」

シャドウがエンジェルアイランドの森の祠の中から見つかって、五日後のことだった。

世界政府の所有する地下施設のエントランスで、ルージュとソニックの怒鳴り声が反響した。

周囲の視線に気づき、二人はあわてて口をつぐんでうつむいた。

ルージュが目で合図を送る。ソニックはため息をひとつ吐いてうなずき、二人はそろって応接室へ移動した。

応接室には、すでにキュイが座って待っていた。

ルージュは扉を閉め、ヒールを鳴らしてソファに腰をおろす。頭を抱え、長く息を吐いてから、もう一度つぶやいた。

「冗談じゃないわよ⋯⋯」

それから顔を上げ、ソニックに向き直る。

「シャドウが”引きこもり”になっちゃったって⋯⋯一体どういう事よ」

キュイが表情を変えずに顔を上げ、ソニックのほうを見る。ソニックは肩を落とし、弱りきった顔で言った。

「どうもこうもないって!あいつ、まるで別人みたいに大人しくなって、ナックルズにひっついて丸まって寝るばっかで、まったく島から出て行こうとしないんだよ」


シャドウがナックルズに連れられて森の祠から出てきてから、五日が経っていた。

その五日間、シャドウはずっとナックルズの横にぴったりついて、指をしゃぶるか、右腕に噛みつくか、横ですやすや眠るだけの生活を続けていた。

毎日、島へ様子を見に来ていたソニックも、最初のうちはおとなしく見守っていた。

“シャドウは疲れているから、もう少し休ませてやってくれ”

と、ルージュにメッセージを送り、黙ってシャドウの復活を待っていた。

しかし、いっこうにシャドウの様子が変わらないのを見て、だんだん苛立ってきた。

ルージュからの催促メッセージにも耐えられなくなり、五日目の今日、とうとう見たままの状況を直接伝えに、地下施設のルージュの元までやって来たのだった。

「信じられないなら直接島に行って見てきたらどうだ。お前が直接シャドウに文句言えば、解決するかもな」

ソニックがそう言うと、ルージュはすぐさま早口で否定した。

「あり得ない。そんな暇ない。シャドウがいない分の穴埋めを誰がやってると思ってるの」

ねっとりとした視線でにらまれ、ソニックは一瞬怯む。ルージュは構わず続けた。

「それに、貴方の報告が嘘だとは思ってない。そして、その話が本当なら、シャドウは本当に精神的にやられてる。無理やりナックルズから引きはがしたって、まったく戦力にならないか、あるいは強いショックで暴走してしまうかも」

キュイは、手元の情報端末を操作しながら静かに言った。

「医療チームの協力を得て、上層部には“シャドウは戦闘による消耗により長期療養中、ただし致命的な負傷はなし” という報告をしている。しばらく彼が復帰できなくとも問題はない」

そこで一度区切り、ソニックの方を見て、淡々と続ける。

「だが⋯⋯彼は究極生命体。世界政府にとっては大事な即戦力でもあるし、同時に厳しく管理すべき危険人物でもある。シャドウがこのままエージェントに復帰せず⋯⋯”引きこもり”を永続的に続けるつもりなら、世界政府がその事を知った時、強硬手段に出るだろう」

ソニックが眉をしかめた。

「⋯⋯わかったよ。俺がなんとかする。ルージュとキュイは、上層部がおかしな動きをしないように、うまく時間稼ぎをしておいてくれ」


ソニックがエンジェルアイランドへ戻ると、島の森の中で、ナックルズが背中にシャドウを負ぶっていた。

片手で器用に木に実ったフルーツをもぎ、地面に置いた籠に放り込んでいく。
背中のシャドウは、うとうとしながら、ナックルズの真っ赤なドレッドロックにむしゃぶりついていた。

(悪化してるじゃないかよ⋯⋯!)

昨日見た時は、ナックルズが忙しいときは足元に座り込んで寄りかかっているだけだった。

今はもう、完全に背負われている。

世にも幸せそうなシャドウの表情になぜかイライラしながら、ソニックは二人に近づき、ナックルズに言った。

「フルーツもぐ時くらい、そいつは放っとけよ」

ナックルズはなんでもない顔で答えた。

「降ろしたとところで、腰にしがみついてくるんだ。背負ってる方が楽でいいんだよ」

ソニックは腹の中のいら立ちを隠しながら、鼻で笑って言った。

「ああ、そう。さすが究極様は甘えレベルも究極だな。一人でお留守番もできないってか」

挑発まじりの言葉を投げたが、シャドウはソニックのほうを見向きもしない。ドレッドロックの赤毛に顔をうずめ、すぅー、と鼻息で返事をしただけだった。

ソニックは顔をひきつらせ、怒りを飲み込んだ。

フルーツが入った籠を小屋に置くと、ナックルズはシャドウを背負ったまま祭壇へ向かった。

ソニックも、数歩遅れて後をついていく。

マスターエメラルドの前で、ナックルズはシャドウをそっと降ろし、自分はどっかと胡坐をかいて座った。

シャドウは、ナックルズの隣で手足をばらばらに投げ出してぼんやりと横たわっていたが、そのうち、這いつくばって正面からナックルズによじのぼった。

胸元にしがみつき、そのまま、勢いよく胸に噛みついた。

「あ⋯⋯っ」

ナックルズは小さなうめき声を漏らしたが、抵抗はしない。

ただ、シャドウの頭をぎこちなく撫でた。

シャドウは胸に噛みついたまま、ふすぅー、と鼻で息を吸い込む。

ソニックは飛び上がって驚き、とっさにシャドウの頭を掴んで、ナックルズから引きはがした。

ナックルズがうろたえた顔をして、

「なんだよ」

と言う。

ソニックは頭に血を上らせて怒鳴った。

「抵抗しろよ! 嫌な時は嫌っていえ!なんでもかんでも我慢して済ませんな!」

ナックルズは驚いて目を見開き、それから頬を赤くして目をそらし、噛まれた胸を隠しながら、小さい声で言った。

「い⋯⋯ 嫌じゃねぇよ。ちょっと痛かっただけだ」

ソニックはまだ興奮したまま、シャドウをにらみつける。怒鳴りかけたところで、ナックルズがすかさず口を挟んだ。

「やめろ。シャドウは悪くねぇよ」

ソニックが渋々シャドウから手を離すと、シャドウはそのままナックルズに向かってのろのろと倒れ込み、膝の上に頭を置いた。

猫のように背中を丸め、そのまま、ぴたりと動かなくなる。

ソニックはふぅふぅと肩で息をし直したあと、声を押さえて言った。

「いつまでこの調子で世話し続ける気なんだよ」

ナックルズは、こともなげに答える。

「知らねぇよ。シャドウ次第だろ」

そして、さらりと続けた。

「二人分の食料くらい、なんとかなるから大丈夫だよ」

ソニックは、眉間にしわを寄せて言い返した。

「食料の話じゃないんだよ」

そう言いながら、ソニックはシャドウの首ねっこを掴んだ。ぐてっとしたまま、シャドウの身体が持ち上がる。

ソニックはそのまま引きずるようにして、ナックルズから遠ざけた。

シャドウは抵抗もせず、ぐたぐたの姿勢のまま、じっとナックルズの方を見ていた。

あまりの無抵抗ぶりに、ソニックは動揺して腕の力をゆるめる。

ナックルズはそれを見て、怒るでもなく、静かに言った。

「離してやれ」

困った顔でソニックが手を離すと、シャドウはのそのそとナックルズのほうに這って戻る。

ナックルズの右腕をぎゅっとつかむと、ナックルズは当然のように、右腕を差し出した。

シャドウは幸せそうな顔で右腕にすりすりと頬ずりし、手袋をそっと取り、掌の横に、かぷりと噛みついた。

そのまま、うっとりしたまま丸くなり、動かなくなった。

ソニックはそれを見て、両肩をさげ、大きく息を吐いた。

「ハァァァ⋯⋯シャドウ、お前、マジで⋯⋯」

と、にらみつけるが、シャドウはソニックを見向きもしない。右腕に頬ずりを続けながら、

「ぐぅぅ⋯⋯」

と、のどの奥から子猫のような鳴き声を漏らした。

とうとうソニックの堪忍袋の緒がぷつりと切れた。

「あーもう、ずるい! シャドウばっかずるい!」

ソニックは叫んだ。

「世界政府が強硬手段だのなんだの、どうでもいい!俺もこの島で暮らす! この島でごろごろ猫みたいに転がって、ナックルズに頭なでられて、花を摘んできてもらう!フルーツ口にいれてもらって、歌も歌ってもらうー!」

そう言いながらソニックは地面に倒れ、そのままゴロゴロと回転しながらナックルズのすぐ側に転がり込んだ。そのまま足をつかむ。

ナックルズは冷淡な顔でソニックの腕を足ではらい、そのまま蹴り飛ばした。

無常にも、ソニックの身体は跳ね返って転がり、祭壇の柱に激突して倒れ込んだ。

涙目になってソニックは叫んだ。

「なんでだよ! お前は俺の親友なのに!シャドウにばっかり優しくしやがって!」

ナックルズは少し考えるような仕草をしてから、よく通る低い声で言った。

「お前は怪我もしてないし、疲れてもいないだろ」

ソニックは思わず黙り込む。

「お前が疲れて動けなくなって、この島から出られなくなったら、いくらでもこの島で休んでいけばいい。フルーツも食べさせてやるし、花くらいなら摘んできてやる」

ナックルズは、ソニックの目をまっすぐ見て言った。

ソニックは顔をしわくちゃにして、ううう、と唸り、それからひっくり返って仰向けの大の字になった。

「じゃあ動けない! 寂しすぎて死んじまう!フルーツ口にいれてもらうまで、絶対に動けない!」

ナックルズはさすがに呆れ返り、

「なんでだよ!」

と叫び返した。

それから、自分の右腕にくっついたままぼんやり空を眺めるシャドウと、涙目で大の字に寝転がるソニックを交互に見る。

夕焼け色に染まり始めた空の様子を確かめてから、はぁ、と深いため息をつき、右手でシャドウを引っぱり、左手でソニックを引きずって、いつもの小屋まで戻っていった。


小屋に戻ると、ナックルズはナイフでフルーツをカットし、シャドウとソニックの口に交互に入れていった。

ソニックは満足そうに大口をあけてフルーツにかぶりつきながらも、横目でシャドウを見た。

シャドウは、ぼんやりとした顔のまま、差し出されたフルーツをもぐもぐと口にふくんでいる。

ソニックは、その様子を見て、口をとがらせた。

「ったく、子供みたいになっちまって。情けないぜ、シャドウ」

「お前が言うな!」

ナックルズがすかさず叫ぶ。ソニックは一瞬、うへ、という顔をしたが、めげずに言い返した。

「今のシャドウには、お前が必要なんだろ。でも、“いつも通り隣りで文句を言ってくる騒がしいやつ”ってのも、シャドウには必要だぜ。多分な」

「お前はとにかく文句言いたいだけだろ」

ナックルズはそう言い返したが、ふっと笑って、付け足した。

「後でやり返されても知らねぇぞ」

ソニックはニヤリと笑い、シャドウに向かって差し出されたフルーツを、横から盗もうとした。

が、ナックルズに頭をはたかれて失敗し、悔し紛れにシャドウをにらみつけた。

夜が更ける。

ナックルズは、シャドウをベッドに寝かせた。

帰る気配を見せないソニックも、ベッドへ押し込む。

自分はベッドに背を向けてもたれかかり、地面に腰をおろして腕を組み、目を閉じた。

「お前もこっち来いよ」

ソニックが、ナックルズの肩をつかみ、ベッドに引き入れる。

「狭すぎるだろ」

ナックルズが言うが、ソニックは笑いながらシャドウの隣にナックルズを押し込み、自分はベッドの端のほうで丸くなってうずくまった。

すんすん──。

シャドウが鼻を動かし、ナックルズに頭をこすりつけた。ナックルズは、そのまま黙って体勢を整え、シャドウの隣で丸くなって眠りについた。

星だけが静かに瞬きあう真夜中。

シャドウはゆっくりと起き上がった。

隣には、ナックルズが丸まって静かに寝息を立てている。足元の奥側には、ソニックが背を向けて寝息を立てている。

小屋の中は暗く、狭い。外の気配は、ほとんど入ってこない。

シャドウは、その真っ暗な静寂の中で、しばらくの間、静かに呼吸だけを繰り返していた。

吸う、吐く。小さな音が胸の奥で反復される。

やがて、隣でうずくまる赤い毛玉が、もそり、と動いた。

「⋯⋯眠れねぇのか」

低い声が、闇の中でひとつだけ響く。

シャドウは、少し間をおいてから答えた。

「息をしていた」

また、沈黙。

三人の呼吸だけが、小屋の中でゆっくりと波打つ。

しばらくして、シャドウがぽつりとつぶやく。

「左手の指が痺れる」

ナックルズが黙って、シャドウの左手を両手で包む。

眠たげな動きのまま、指先を、掌を、ゆっくりと撫でる。

「他に痛むところはあるか」

小さな声で問う。

シャドウは短く息を吸い、淡々と答えた。

「足は平気だ。腕も肩も動く。頭痛もない」

それから、ナックルズの手の上に、自分の右手を重ねる。

「指の痺れも、僕の気のせいだ」

優しく、そう言った。

シャドウはナックルズの両手を包み、その手をベッドシーツの上にそっと置いた。

少しして、ナックルズの寝息が、また深くなる。

ソニックの寝息と重なり、一定のリズムを作る。

シャドウはそのまま、暗闇の中で、二つの寝息の音を聞いていた。

自分の呼吸をひとつずつ数えながら、静かに、静かに繰り返していた。


朝。

ナックルズが目を開けると、シャドウの姿はベッドから消えていた。

ナックルズはソニックを揺さぶって起こす。ソニックは、よくわからない寝言を口にしながら、のろのろと上体を起こした。

シャドウがいない事に気づいた瞬間、目が覚める。

小屋を飛び出し、島中を走り回ってから、小屋に戻ってきて叫んだ。

「シャドウが島のどこにもいない!また消えちまった! 探しに行ってくる!」

ナックルズは、

「落ち着けよ。地下施設に戻ったんだろ。ルージュに連絡入れてみろ」

と、短く言った。ソニックは、あ、と声を漏らし、少し顔を赤くして、情報端末を操作する。

ルージュから届いたメッセージには、シャドウが戻ってきた事と、お礼にチリドッグを差し入れしてあげるという内容が書かれていた。

ソニックはそれを確認して、

「あああ、よかった⋯⋯」

と、力の抜けた声を出し、そのままベッドに倒れ込んだ。

ナックルズが、

「朝食のフルーツをとりに行く」

と言う。ソニックが動かずにいるのを見て、ナックルズは、

「おぶってやろうか」

と提案した。ソニックは昨日の自分の情けない姿を思い出し、顔を真っ赤にして叫んだ。

「いらねぇよ!」

そのあと、二人で黙ってフルーツをかじった。

甘さと酸味が、眠気を追い払う。ナックルズは背中に朝日の温かさを感じながら、なんとなく思った。

──今日もいい日になる。

そう悪くない確信だった。