第22話「渇望、甘い日々」

シャドウが森の祠から発見されて、六日目の朝だった。

日の出よりも早く、シャドウは世界政府の地下施設へ戻ってきた。

エントランスに足を踏み入れた瞬間、出勤してきた同僚エージェントたちがざわついた。

視線が一斉に集まる。浮き足立つように動く気配が伝わってくる。皆、シャドウの帰還を待ちわびていたらしい。

ルージュに会ったのは、それからすぐだった。

「帰還が遅くなり、申し訳ない」

シャドウが端的にそう告げると、ルージュは、長期任務から戻った時と同じ調子で言った。

「おかえり。まずはメディカルチェックを受けなさい」

それだけを言って、医務室へ送り出した。

その後、何人かの同僚に挨拶され、挨拶を返し、メディカルチェックを受け、“異常なし”の結果を受け取る。

ようやく自室へ戻る許可が出たが、シャドウは部屋でじっとしていられなかった。

すぐに次の任務を開始したいと主張した。

しかし、上層部への確認が必要だと言われたため、シャドウは、施設内の軽作業を手伝いながら、許可が下りるのを待つことになった。

──戦いたい。そう思った。

身体を動かしたい。出来る事をやりたい。必要とされる場所で、必要とされる事をしたい。命を賭けて、何かをやり遂げたい。

⋯⋯ナックルズのいない場所で。


それからしばらく、シャドウは寝る間を惜しんで戦い続けた。

ギャング同士の抗争の調停。紛争地域の警護。犯罪組織の拠点制圧。

あらゆる戦場。あらゆる任務。

その合間に、わずかに生まれる小休止。待機時間。給水中。

そのたびに、シャドウは、ナックルズに甘え続けた日々を、毎日、繰り返し、濃密に思い出しては噛みしめた。

腕に絡みついて、頬ずりをしたこと。指をしゃぶりながら、丸くなってうたた寝したこと。膝の上に乗って、背中をなでてもらったこと。

掌に噛みついたまま、眠りに落ちたこと。

足元によりかかって、日向ぼっこをしたこと。

腰にしがみついたら、抱き寄せて温めてくれたこと。

おんぶしてもらい、背中の温かさを感じながら、ナックルズの夢を見たこと。

ひとつひとつ。順番もなにも関係なく。何度も何度も、頭の中で再生した。

戦場でナックルズの匂いを思い出す。

胸の中が、ひりつくように乾いていく。

どれだけ水を飲んでも、喉の渇きが止まらなかった。

シャドウは、給水のたびにのどを鳴らしながら水を飲んでは、ナックルズの匂いを思い浮かべ、鼻をすん、とすすった。


そして十日目の昼。

ようやく、疲労が身体の重さとしてはっきり出てきた。

さすがにまずいと判断し、シャドウは同僚へ任務を引き継ぎ、戦線から一度離れた。

再度メディカルチェックを受ける。異常なし。そのまま仮眠を取り、しばし休息をとることに決めた。

ステーションスクエアの一角にある、こぢんまりとしたカフェに入る。

一人掛けの席につき、ホットコーヒーを注文した。一口飲んで、熱さと苦みが舌に乗る。

すぐにナックルズのことを思い浮かべた。

──会いたい。

しかし、次の瞬間にはその言葉を打ち消した。

会いになど行けるものか。あれだけ連日、甘え倒したばかりだった。たったの十日後に、また押しかけるなど、流石に迷惑に決まっている。

(いくらなんでも、甘え過ぎだ)

シャドウは小さく首を振った。

ぼんやりと、あの時のやり取りを思い出す。

“さすが究極様は甘えレベルも究極だな”

ソニックに首を掴まれ、引きずられた感覚。

“やめろ。シャドウは悪くねぇよ”

ナックルズの制止。

そして、あの夏草と甘い果実が混ざったような匂いに惹かれて、衝動のまま噛みついた──ナックルズの胸の、程よい弾力。

そこまで思い出したところで、シャドウは、ようやく気が付いた。

自分が何をしたのか。どこに噛みついたのか。その意味を。

ホットコーヒーが喉に詰まり、ゴホゴホとむせた。

顔が一気に熱くなる。

(ちょっと待て。なぜ僕は彼の胸に噛みついた?)

ナックルズは、右腕はシャドウ以外に噛ませないと誓ってくれた。

右腕以外はどうだったか。

噛んでいいとは、一言も言っていない。

背筋に、ぞわり、と悪寒が走った。

(僕はナックルズに向かって、なんてことを)

──彼は無事だろうか。

──僕の身勝手な蛮行のせいで、傷ついてはいないだろうか。

シャドウは必死に思い出した。あの時のナックルズの表情。ナックルズの声。

“い⋯⋯ 嫌じゃねぇよ。ちょっと痛かっただけだ”

ソニックから目をそらし、恥ずかしそうに胸元を隠す仕草。その光景が頭の中でくっきりと再生される。

心臓が、ドクン、と跳ねた。

胸に噛みついた時の感触を思い返す。

(⋯⋯柔らかかった)

自分の脳内に浮かび上がった言葉に、自分で目を見開いた。再びゲホゲホと激しく咳き込む。

さっきまでは悪寒がしていたのに、今度は、身体の内側が一気に熱くなる。

思わずテーブルに突っ伏し、顔を隠した。ばくばくと心臓の音が耳の中で響く。

のんびりホットコーヒーを飲んでいる場合ではない。

(謝罪だ! 今すぐ謝罪に行くべきだ)

ばっと顔を上げ、エンジェルアイランドを思い浮かべる。

しかしすぐに、また考え直す。

(謝罪をしたところで、彼の立場はどうなる?彼は僕のために恥辱に耐え、“平気だ”と振る舞ってくれた。今さら謝罪したら、あの時の恥ずかしさを、もう一度なぞらせることになるんじゃないか)

毛並みが、しょぼん、と下がる感覚がした。

(謝罪を言い訳にして、ナックルズに会おうとしているだけだ。誠意なんかじゃない。⋯⋯ただの下劣な下心だ)

短い尻尾が、内側へくるんと巻き込まれる。両腕で自分の身体を抱え込むようにして、背中を丸める。

(⋯⋯⋯会いたい)

胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。

楽しげな音楽が流れ、客たちの笑い声があふれる賑やかなカフェで、シャドウは一人、泣きそうになっていた。

「おう、シャドウ!」

突然、真横から声をかけられた。

青い毛並みが視界の端に入る。明るく、はつらつとした声。

ソニックだった。

「うああっあ」

シャドウは妙な声を出し、椅子からずり落ちかけた。ソニックがちょっと身を引く。

「なんだよ、落ち着きないな」

ソニックは笑いながら、じっとシャドウの顔を覗き込んだ。

「仕事、忙しいのかよ。疲れてるのか?」

いつもの軽口。しかし、目は真剣にこちらを見ている。

心の内側を覗かれている気分になり、シャドウは少しだけ背筋を伸ばした。

「⋯⋯何の話だ」

そう返すと、ソニックは、声を落として言った。

「またしばらく、ナックルズに会ってないんだろ」

シャドウは、自分の手元に視線を落とす。

この男は、考えなしのくせに、すぐに核心を突くような事を言う。

「君の知った事ではない」と言いかけて、思い直した。

違う。知っているのだ。この男は、ナックルズのことを。

誰より近くで、誰より深く。

「⋯⋯彼は、元気か」

シャドウは目を合わせずに尋ねた。

ソニックは、少しの間黙ってシャドウを見て、それから言った。

「来いよ。自分で確かめろ。ちょうど今日、この街に来るんだ」

シャドウはぎょっとして、ソニックを見返した。ソニックはニヤリと笑う。

「エミーの誕生日パーティーやるんだ。お前も来いよ」

視線が泳ぐ。頭の中で、瞬時に計算する。

ナックルズに会える。⋯⋯会っていいのか。

目的はエミーを祝うこと。そのついでに、ほんの少しだけ、ナックルズの姿を視界に入れることを許されるなら。

そこまで考えたところで、ソニックに背中を強く叩かれた。

「お前もゲストの数に入れとくよう、テイルスに伝えとくからな。来なかったらエミーが悲しむぞ。忘れるなよ」

マンゴージュースのテイクアウトカップを片手に持ち、ソニックはひらひらと手を振って去っていった。


日が暮れたころ。

ソニックから送られてきた住所を頼りに、シャドウはパーティー会場へやってきた。

玄関へと続く道の先に、大きな建物がある。テラス越しに、大広間の中が見えた。いくつかのパーティーが同時開催されているらしい。

たくさんのテーブルと料理、行き交うスタッフと客。大道芸人。演奏家。
色とりどりの服や毛並み。笑顔。笑い声。

右も左も賑やかで明るい。

受付に立ち寄り、ゲストブックに名前を書こうとペンを手に取る。

最後に書かれた名前をちらりと見て、シャドウの手が止まった。罫線からはみ出しそうな、大きな字で書かれている。

“ナックルズ”

ペンを落としそうになったが、後ろに客が並んでいるのに気付き、慌てて自分の名前を書き入れた。

通路へ歩みを進める。この先に、ナックルズがいる。

あの日々の無礼を、今さらながら謝ればいいのか。それとも、エミーに挨拶だけして、すぐに帰るか。なんでもないふりをして、普通に話しかけるか。

ナックルズは笑顔で、またあの言葉を口にするだろうか。

「帰ってこい。帰りたくなったら、いつでも俺のところへ」

通路の先に、大広間への入り口が見えた。

扉は大きく開け放たれ、楽しげな客たちが、笑い声をあげながら出たり入ったりしている。

シャドウはゆっくりと歩み寄る。

薄暗い通路。

そこへ、大広間からの明るい光が差し込んでくる。

あの光の先に、ナックルズがいる。

──抱きつきたい。

飛び込んでいって、頬ずりをして、匂いを嗅いで、思いっきり、彼の⋯⋯

⋯⋯胸を⋯⋯。

足が止まった。

その瞬間、大広間から大きな歓声と笑い声が起こった。

大道芸人が何か芸を見せたのだろう。

いくつもの笑い声の中に、聞き慣れた低い声が混じっているのを、シャドウは聞き逃さなかった。

心臓が早鐘を打つ。身体が固まる。

このまま進めば、きっとそこに、笑っているナックルズがいる。

暗い通路を照らす賑やかな光の先で。

足が、前に出なかった。


ソニックは、来る気配のないシャドウを探しに、大広間の入り口まで歩いていった。

顔だけを外に出して通路を覗き込むと、すぐに気付いた。

入り口のすぐ側。

薄暗い通路の壁に背中をつけて座り込み、泣きそうな顔をしている黒いハリネズミと目が合った。

ソニックは何も言わずに歩み寄り、シャドウの肩を掴んで、そのまま大広間の光の中へ引っ張り込んだ。

華やかな照明。円形のテーブルに、隙間なく並ぶ料理。

奥の方に、鮮やかな赤色の毛並みが見えた。

ナックルズだ。

狼のような大柄な男と並んで立ち、楽しそうに談笑している。狼がナックルズの肩に腕を回し、のしかかるように何か話している。

シャドウは目を細めた。

(誰だ、あいつは)

嫉妬よりも先に、嫌悪感が立ち上がる。

ナックルズを小狡そうに覗き込む顔。肩を探るように撫で回す手。

ナックルズが楽しそうに笑うのを確認してから、同じ調子で笑う、追従の笑い。

(不愉快なやつ)

ナックルズの純粋さにつけ込み、勝手に彼の中に入り込もうとしている卑怯者。

反射的に、ナックルズから狼を引きはがそうとして、一歩前へ身体を乗り出した。

その瞬間、ナックルズと目が合った。

シャドウの身体が、ぴたりと止まる。

ナックルズは、ハッとした顔でシャドウを見た。

次の瞬間、眉をわずかに寄せ──うつむきがちに、視線をそらした。

ソニックが、足を止めたシャドウを振り返る前に、シャドウはソニックの手からすり抜け、大広間から飛び出した。


「シャドウ! 待てよ! 待てったら、この馬鹿!」

ソニックは叫びながら、全速力でシャドウを追いかけた。

グロリア火山の後、シャドウがいなくなって、ナックルズがどれだけ傷ついたか。

それでも文句一つ言わず、ずっと待っていた事をソニックは知っている。

そのシャドウが、また同じように、ナックルズの前から逃げ出そうとしている。

「絶対に逃がさないぞ!」

ソニックは本気のスピンアタックでシャドウに体当たりした。

シャドウの身体が派手に吹っ飛ぶ。

道の脇を転がり、雑木林の手前の大きな木の幹にどん、とぶつかって倒れ込んだ。

よろよろと上体を起こす。逃げる気配はない。

星がまばらにちらつく夜の暗がりの中。

ソニックは速度を落とし、慎重に近付いていった。

闇に溶ける黒い毛並み。その中で、シャドウが小さくつぶやく。

「ソニック⋯⋯⋯」

ぐしゃぐしゃの泣き顔で、シャドウがこちらを見た。

ソニックは、一瞬言葉を失った。

「どうしたんだよ」

短い言葉で尋ねる。

ソニックに向かって泣き顔を見せるシャドウなど、これが初めてだった。

「僕は卑怯者だ」

シャドウは絞り出すように言った。

ソニックは黙って、シャドウのそばに膝をつき、座った。

「ナックルズが僕を受け入れてくれるって知っている。それをいい事に僕は、ナックルズの心の隙間に、際限なく入り込もうとしている。好き勝手に、蹂躙しようとしている。⋯⋯⋯僕は、悪魔だ」

ソニックは、少しだけ目を細めて言った。

「違う。お前は踏みとどまってる。ナックルズの事が大事だからだろ。だから⋯⋯」

シャドウが、ソニックの言葉にかぶせて叫んだ。

「あの甘い日々の事を思い出すと!」

しゃくり上げながら、拳を握りしめる。

「⋯⋯⋯下腹がイライラする」

ソニックは目を見開いた。何も言えなかった。

笑えるはずもない。

シャドウが今、何を欲しているか。ソニックの目から見れば、明らかだった。

「僕は、悪魔だ」

もう一度、シャドウは同じ言葉を繰り返した。

ソニックは拳を握りしめ、目をつむって考え──

やがて、短く息を吐いた。

「⋯⋯よし」

目を開き、シャドウを見る。

「俺が止める。何かあれば、お前をぶん殴ってでも。それでいいだろ?」

シャドウは、ぽかんと口を開けたまま、ソニックを見た。

「とりあえず、挨拶だけでもしてこいって。ナックルズは喜ぶぞ。お前が全然島に来ねぇから、あいつずっと機嫌悪かったんだ。お前のせいでな」

そう言いながら、ソニックはシャドウの腕をつかみ、無理やり立たせた。

ソニックはシャドウの手を握り、黙って走り出した。

シャドウは、その手を必死で握り返した。

何も言わずに、ソニックは前だけを見て走り続けた。


広間に戻ると、ナックルズの姿は見当たらなかった。誰よりも目立つはずの赤い毛並みが、どこにもない。

テイルスに尋ねても、

「おかしいな。さっきまでいたはずなんだけど」

と、要領を得ない答えが返ってくるだけだった。

「あの狼は何者だ」

シャドウが低い声で訊いた。ソニックは、さっきの光景を思い出す。

「でかい図体の狼だろ? 今日はエミーの誕生会以外にも、同時にパーティーやってるからな。俺たちのゲストじゃない。たまたま話しかけられて、意気投合でもしたんじゃないか?」

そう言ってから、付け足した。

「あの狼と一緒に、どっか行ったのかもな」

その時、薄青色の毛並みをした女の子が近付いてきた。

「貴方たち、赤い毛並みの彼のお友達かしら?」

「そうだけど」

ソニックが答えると、女の子は心配そうな顔になった。

「気をつけた方がいいよ。身体の大きな狼、いたでしょ。あいつ、赤毛の彼を狙ってたよ」

ソニックとシャドウの毛並みが、ぴし、と同時に逆立つ。

「いつもずる賢くて乱暴で、みんな怖がって何も言えないんだよね」

女の子の言葉を最後まで聞く前に、二人は受付へ駆けた。スタッフに声をかける。

「赤い毛並みのハリモグラと、大きな狼を見なかったか?」

スタッフの一人が答えた。

「さっき、眠っている赤いハリモグラを、狼が抱えるようにして出ていきましたよ」

その瞬間、二人の身体が弾け飛ぶように動いた。

夜の空気を切り裂く閃光のような速度で、闇の中へ駆け出していった。


ソニックは建物の周囲をぐるりと駆け回りながら、ナックルズを探した。

シャドウは玄関から伸びる一本道を走り抜け、左右に広がる雑木林の暗がりを、鋭い目で見渡した。

──赤い点が、闇の奥で動くのが見えた。

迷いなく、雑木林の中へ身体を突っ込ませる。枝葉をはねのけ、その一点だけを目指して一直線に走る。

木々が密集した場所を抜けると、ぽっかりと木のない小さな空間へ飛び出した。

地面に、ナックルズが倒れていた。

その上に、大柄な狼が覆いかぶさり、まさに手を伸ばそうとしているところだった。

シャドウは躊躇なく前進を回転させて、勢いのまま、狼に突っ込んだ。

鈍い音を立てて狼の巨体が吹っ飛び、背後の木にめり込んだ。衝撃で、木が真っ二つに折れる。

狼はうめき声もあげず、折れた幹のそばへずるりと崩れ落ちた。

「殺してやる」

小さくつぶやいて、狼の方へ向き直る。

──よくも僕のナックルズを汚そうとしたな。

──粉々にして、消し飛ばしてやる。

右腕を上げた、その時。

「ん⋯⋯」

ナックルズが、苦しそうに小さくうめいた。

シャドウはとっさに振り返り、右腕をゆっくり下ろした。

(この男を僕が殺したと知ったら、ナックルズはきっと、自分を責める)

シャドウは急いでナックルズに駆け寄り、そっと抱き起こした。

近くの木の幹に背中を預けさせるように、上体をもたれかけさせる。ゆっくりと、手を離した。

木の倒れる音を聞きつけて、ソニックが駆け込んできた。

「ナックルズは⋯⋯!」

「無事だ。意識は戻ってない」

シャドウが答える。ナックルズが、うっすらと目を開けた。

「⋯⋯シャ⋯⋯ドウ⋯⋯」

ろれつの回らない声が漏れる。

シャドウは何も言わず、後ろに下がろうとした。

その背中を、ソニックがドンと押した。身体が前へ倒れ込む。

シャドウは慌てて両手を広げ、ナックルズを潰さないよう支えながら、その胸元に抱き着く形になった。

ナックルズが、舌足らずな口調でつぶやく。

「やっ⋯⋯と⋯⋯会え⋯⋯た⋯⋯」

瞬間、シャドウの脳が、とろけるような感覚に包まれた。

頬が緩む。全身から力が抜ける。

顔をうずめた先には、弾力のある胸元。

夏草と甘い果実のまじったような、ナックルズの匂い。

抗えない。

衝動のまま、ナックルズを強く抱きしめた。

胸から背中にかけての毛並みに、顔と腕が沈み込む。程よい弾力と柔らかさ。匂いが濃くなる。

鼻から、思い切り息を吸い込んだ。

ナックルズが、ん、と小さくうめいた。

我に返ったシャドウは、慌てて跳ね起き、逃げ出そうとした。

しかし、すぐさま後ろからソニックに頭を押さえ込まれ、再び胸元へグイッと押し戻された。

「むぐっ」

変な声が漏れる。

もう一度抜け出そうと力を込めても、ソニックは後ろから無言で、ぐいぐいと頭を押さえつけてくる。動けない。

木の幹にもたれて、力なく座り込むナックルズ。

四つん這いになってナックルズの胸に頭をめり込ませて、もだえるシャドウ。

その後ろから、無言でシャドウの頭を押し付け続けるソニック。

雑木林の暗がりで、妙な三人が、しばらく妙な体勢のまま、もぞもぞと動き続けた。

やがて、ナックルズが力なくつぶやいた。

「待っ⋯⋯て⋯⋯たんだ⋯⋯」

シャドウは、力を抜いた。

そのままの姿勢で、低く答えた。

「君の匂いが、恋しかった」


シャドウはナックルズを抱きかかえ、雑木林から出た。

後ろから、ソニックがついてくる。

「テイルスに連絡しとくから、ナックルズ、島まで送り届けてやってくれ」

ソニックが言った。

「それからシャドウ、お前──」

さらに言いかけたところで、シャドウが先に口を開いた。

「逃げない。ナックルズが起きるまで、ずっと側にいる」

ソニックはうなずいた。

「OK。いつも通りだな」

そう言って、ソニックは街の方へ向かって一直線に駆けていった。

残された道の上で、シャドウは黙ってナックルズを見る。

深い眠り。微かな寝息。肩の上下。

これからどうするべきか、考える。

ナックルズを守りたい。

何から守るのか。強大な敵か。卑怯で無礼な狼のような連中か。

それとも、自分自身の中で暴れ続ける、この衝動か。

軽く息を吐く。

現状、できることをするしかない。

それでもどうしても行き詰まったら、あの青くて、うるさくて、妙に便利なハリネズミを使ってみればいい。

シャドウは星空の下、暗い一本道を見据える。

ナックルズを抱えたまま、迷いなく走り出した。