シャドウが森の祠から出てきて六日後。
エンジェルアイランドに引きこもり続けたシャドウが回復し、地下施設へ戻って行った朝。
ナックルズは、島をゆっくりと一周した。
島は静かで、木々はしっとりと湿り、薄青色のはかない朝霧がナックルズをひんやりと包み込んだ。
シャドウのいなくなった島でまた一人、ナックルズは守護者としてマスターエメラルドの前に立ち続けた。
シャドウが俺の島からいなくなって、三日目。
ソニックがチリドッグを片手に、俺の島へやってきた。
軽く挨拶を交わして、チリドッグを分け合って食べた。
四日目。
島の木の上に巣を作っていたでかい鳥の雛たちが卵からかえった。親鳥が気を張って疲れてしまわないように、しばらく巣の近くには警護に行かない事にした。
五日目。
ドライフルーツを作るために、ナイフでフルーツの種を取り出し、天日干しにした。小鳥がフルーツを盗みにやってきたので、ひときれ放り投げてやった。空気が少し冷たくて、気持ちいい天気だ。
七日目。
風が強い。こんな日は焦らず静かに立っているのがいい。
八日目。
またソニックが来た。祭壇の周りをウロウロしながら無駄口を叩く。乾きかけのドライフルーツを勝手に食い散らかしたので、殴り飛ばしてやったら喧嘩になった。
九日目。
懲りずにソニックが来た。ドライフルーツを完成前に全部食われちまってはたまらない。尻を蹴っ飛ばして追い出してやった。
⋯⋯十日目。
静かな朝。ひんやりとした薄い朝霧の、いつもの俺の島の朝。
「喜べナックルズ、パーティーやるってさ!」
シャドウがいなくなって十日目の昼頃、ソニックがまた懲りずにやってきて、ナックルズの肩に手を置いた。
ナックルズは黙ってソニックをにらみつけた。
昨日よりももっと強めに尻を蹴りつけてやろうと思い、半身になって構えたが、素早くソニックはひょいと後ろに飛んで続けた。
「エミーの誕生日パーティーだよ、今日の夜な。急いで準備しろ、ご馳走いっぱい出るからな」
「エミーが喜ぶようなプレゼントなんて、俺には用意できないぜ」
ナックルズはイラつきながら言った。ソニックは軽い調子で言う。
「プレゼントはお前自身だよ!リボン身体に巻き付けていけよ、俺がエミーに渡してやるからさ」
ナックルズはすかさずソニックの背後に飛び、ドロップキックで尻を蹴飛ばした。
ソニックは、冗談だろおぉ、と叫び声をあげながら、祭壇の外まで吹っ飛んでいった。
ナックルズはマスターエメラルドの前に戻り、正面を向いて立ち直した。
ソニックが尻をさすりながら戻ってきて言う。
「何警護に戻ろうとしてんだよ、パーティーに行く準備しろよ」
「別に、俺が行ったところで⋯⋯」
ナックルズがぶっきらぼうに言い放つ。ソニックは真顔ですぐに返した。
「エミーは喜ぶ。⋯⋯来なけりゃ悲しむ」
しばらく沈黙が落ちて、ソニックが少し迷った顔で言った。
「最近、シャドウは⋯⋯」
「元気になったから、もうここに来る必要はないのかもな」
ナックルズは正面を向いたまま、静かに答えた。
ソニックは一転、明るい声で返す。
「パーティーは夜からだけど、早めに行ってつまみ食いしようぜ」
「俺はもう少しここにいる」
ソニックが心配そうな顔でナックルズをみつめた。
「夜にはそっちに向かう。ここでもう少し島を守護していたいだけだ」
祭壇でナックルズは待ち続けた。待ちながら、ナックルズは思った。
シャドウはきっともう来ない。
あれだけ傷ついて、苦しい思いをした。
ようやく傷が治って、自分の足で戦場へ戻っていった。
シャドウは今頃また、エージェントとして命を懸けてどこかで戦っているんだろう。
それなら、俺と一緒にいた日々の事は重荷になっているのかもしれない。
戦士だからわかる。戦う時は、拳ひとつで身軽に動ける方がいい。
シャドウ。お前はそれでいい。
お前がまた動けるようになったなら、俺は何も言わない。
好きなところへ行け。
お前は自由だ。
俺は止めない。
沈む夕日を背にして、ナックルズは島を出た。
日が暮れる頃、俺はパーティー会場についた。
受付でここに記名してください、と言われて、名前を書きながらゲストブックに並んだ名前を確認した。
いつもの顔ぶれは既に全員そろっている。⋯⋯一人だけいない。
(あいつ、エミーとはそんなに絡みないもんな)
そのまま通路を進み、大広間の入り口をくぐると、俺と目を合わせた大道芸人がいきなりこっちへやってきて、みんなの前に引っ張り出された。
芸を手伝えという事らしい。困った。俺はそういうのは苦手だ。顔がほてって熱くなる。
なんとか断ろうとしたら、周りから拍手をされてしまい、逃げ出せなくなった。やめてくれ。
その時、後ろから肩をつかまれ、抱えるように後ろに引っ張られた。
「他にも優秀な助手はいっぱいいるぜ」
低い声が上から聞こえた。
大道芸人が、笑顔で俺以外の助手をみんなの前に引き入れ、芸が始まった。
俺は肩に手を置いたやつを見た。ガタイのいい狼。
「たまのパーティーくらい、ゆっくりしてぇよなあ」
そいつが笑いかけてきた。俺はほっとして礼を言い、周りを見渡した。
少し離れた場所で、エミーとソニックが仲良く笑いあっている。
俺は安心した。
エミーはこのままソニックと二人っきりで喋れた方がいい。
その横にテイルス。スタッフと話しこんでいる。
会場にはエミーの知り合いらしい連中と、あとは他のグループも一緒くたでパーティーをやっているらしい。
この狼も、他所のグループのパーティーに来たのか。
狼を見上げると、
「楽しもうぜ、ここはいいレストランだ、俺はよく来るんだけど、今日は特にな」
飲み物を差し出してくれた。
いいやつだ。よかった。
エミーがこっちに気付くまで、しばらくこいつの相手をしていればいいか。
しばらく、派手な大道芸を見ながら、名前もしらない狼と一緒に笑いあった。
楽しい。よかった。
やっぱりこいつはいいやつだ。
ふとエミーを見ると、ソニックから離れて、一人で立っていた。エミーと目が合う。俺は片手をあげて、エミーの方へ行こうとした。
すると、狼に肩を強くつかまれ、引き戻された。
エミーがふっと笑って、小さく手を振り、他のやつのところへ行った。
「こっちのドリンクもうまいぜ、リラックスしていこう」
狼は、俺の顔をのぞきこみながら、グラスを押し付けてきた。
肩に狼の指が食い込んでむずむずする。
俺はグラスを受け取って、一口だけ飲み込んだ。甘くて変な味がする。狼と目が合う。
どうしていいかわからない。
楽しいような気もするし、気まずいような気もする。
わからない代わりに、思いっきりグラスの中身を飲み干した。
グラスを持った手を下げて、ふと正面を見ると、青と黒の毛並みが並んでいるのが目に入った。
ソニック。それから───シャドウ。
心臓が一度だけ大きく跳ねた。
なんでここにいる。
いや、エミーに呼ばれてたのか。俺はとっさに目をそらした。
腹がむかむかする。
これはエミーの誕生日パーティー。
お前がなんでここにいる。
⋯⋯⋯俺の島へは来ないのに。
自分の腹の中のつぶやきに、さらにむかむかした。
馬鹿な考えだ。待っていたのは俺の勝手だ。
俺は待つと決めた。
あいつにその勝手な気持ちを押し付けるなんて、恥ずかしい事だ。
軽く挨拶して、体調はどうか、疲れてないか、仕事はうまくいってるか、確認だけしてやればいい。
そう思い直して顔をあげた。
気付けば、シャドウはいなくなっていた。
狼が話しかけてくる。
⋯⋯頭がぐらぐらして、よく聞こえない。
シャドウに挨拶できなかった。
俺がむかむかしているのが伝わったんだろうか。
俺が悪い。
俺がもっと優しくしてやれていたら、シャドウは⋯⋯。
狼の声が頭に届いた。
「気分が悪いなら肩をかしてやるよ」
身体の力を抜いた。
眠い⋯⋯。
───俺は眠っていたらしい。
身体が重くて動かない。
冷たい地面の感触がする。
近くで何かが動く気配がした。
(誰だ⋯⋯?)
何か重いものが自分の足にのしかかっている。
ふぅふぅと荒い鼻息が顔にかかった。
誰かが俺の上に乗っているんだ。
俺は何をしていたんだっけ。
そうだ、エミーの誕生日パーティー。
⋯⋯あいつをずっと待ってたんだけど、来なかったから、あきらめて、パーティーに来て⋯⋯。
駄目だ。島に帰りたい。あきらめきれない。
待っていれば、いつかきっと。
⋯⋯来なくたっていい。
待つんだ。
俺は待てる。
自分の足で立って待っていられる場所が、俺にはある。
それさえあれば、俺はそれだけでいいんだ⋯⋯。
何か大きな音がして、身体が少し軽くなった。
誰かが俺の身体を触った。
嫌じゃない。懐かしい気配がする。
⋯⋯眠い。
俺は何かをつぶやいた気がする。
胸元に温かいものが押しつけられた。
俺がずっと待ってた、温かい何か。
身体は動かない。でも怖くはない。
⋯⋯待ってたんだ。
帰ってこい。
本当はずっとそう言いたかった。
夜も遅くに、シャドウはナックルズを抱えてエンジェルアイランドの小屋の扉をあけた。
簡素なベッドにナックルズをそっと降ろす。
ナックルズは静かに寝息を立てていた。
身体にシーツをしっかりかけて、ナックルズの様子を注意深く観察した後、シャドウは椅子をベッドから一番遠くの、扉の近くに置いて腰かけた。
そのまま、沈黙が暗い小屋を支配する。
⋯⋯ややあって、シャドウが椅子を少しだけベッドに近づけた。
すぅー、とシャドウの深い鼻息が一度だけ響く。
再び小屋の中が静かになる。
さらにしばらく経って、シャドウが音もなく椅子から立ち上がった。
フラフラと小屋の中央まで歩いてきて、立ち止まる。
シャドウの荒い呼吸音が暗闇の中でしばらく響いた。
ナックルズはベッドに身体を深く沈めこんで、胸元だけが静かにゆっくりと上下している。
シャドウは狭い小屋の中央をぐるぐると回り始めた。
立ち止まって、短いため息をつく。
また少し回り、立ち止まる。
ナックルズの方を見た。
ゆっくりとベッドに向かって近づき、ナックルズを見下ろした。
ふぅぅ⋯、と、震えるような呼吸音がひとつ響き、それからシャドウは、ベッドのふちに頭をつけて、しゃがみこんだ。
すぅ、すぅ、とシャドウの小さな鼻息がしばらく響く。
そして、シャドウの震える手が、ゆっくりとナックルズの胸元に伸びた。
シャドウの手は、ナックルズの胸に触れる寸前で止まった。
そして、胸に触れる代わりに、そっとシーツを掴み、ゆっくりとシーツをナックルズから剥ぎとった。
するするとシーツがめくられ、ナックルズの身体があらわになる。
ナックルズが寝がえりをうちながら、んん、と声を漏らした。
シャドウが身体を硬くして動きを止める。
そして、ゆっくり、ゆっくりとシーツをはがして、手元にシーツをたぐりよせ、ベッドから離れ、小屋の真ん中に座り込んだ。
そして、シャドウは両手に握ったシーツに思いっきり、がぶりと噛みついた。
力を込めてぐぐ⋯と歯を食いこませてシーツをひっぱる。シーツがびび、と音を立てて裂ける。
口を離して、鼻でシーツの匂いを嗅ぐ。
そしてまた噛みつく。裂く。匂いを嗅ぐ。
そのまま、朝日が小屋を照らすまで、シャドウの呼吸音とシーツの裂ける音が交互に小屋の中で響き続けた。
「うう⋯腰いてぇ⋯⋯」
俺は自分のうなり声で目が覚めた。
昨日、暗闇で地面に落っことされて、腰を打ったんだった。
誰に落とされたんだっけか。
思い出せない。
身体を少し動かして、自分がいつものベッドに寝ている事に気が付いた。
しかめっ面で寝返りをうって、小屋の扉の方を向いたら、小屋の真ん中に黒い毛並みの生き物が丸まって座り込んでいた。
「シャ⋯」
思わず息をのんだ。言葉が出ない。
来てたのか。
いや、昨日⋯俺をここまで運んできてくれたのは、やっぱりこいつだったんだ。
昨日の晩、パーティーに参加したけど、息が苦しくて、島に帰りたくなった。
その後眠くなって⋯⋯何が起きたんだっけか。
でも、シャドウが来てくれた。
シャドウが朝までずっと、ここで俺に付き添ってくれていたんだ。
「シャドウ⋯⋯」
ようやく名前を呼べた。
それからもう一度シャドウを見返して、ぎょっとした。
シャドウは血走った目で白い何かをくわえている。
ボロボロになった布きれ。いや⋯⋯
「おい、それ⋯⋯俺のベッドシーツか?!」
俺の声に反応して、シャドウは目玉をぐりっと動かし、ようやく目を合わせた。
それから、いつものシャドウの顔つきになった。シャドウがすぐに慌てた様子で言い訳をはじめた。
「あああ⋯⋯いやこれは、違うんだ。君のためを思って⋯⋯僕はどうしても、君に傷ついて欲しくなくて⋯⋯」
相変わらず、何が俺のためなのか全くわからない。
こいつはいつも「君のため」とかいって、わけのわからない行動に出る。
でも、こいつが俺のためというなら、きっとそうなんだろう。
「まぁいい。でもちょっと寒いな」
そう言って、俺はベッドにもう一度寝転がった。
身体が重い。
いつもはどれだけ疲れてても、朝日が昇る頃には身体が軽くなっているのに、どうも調子が出ない。
シャドウが近づいてきて、俺の右手を両手で包んで温めてくれた。
「すまない、僕がシーツを破いたせいで、寒い思いをさせてしまった」
いちいち丁寧に謝ってくる。
くすぐったい。
やめろ、必要だったから破いたんだろ、と言おうとしたけど、口を動かすのも辛いほど身体が重かったので、黙って背を向けた。
今は別に手を握って欲しいわけじゃない。
「さむい」
重い口を開いて、なんとか文句を吐き出した。シャドウが慌てたように手を離した。
「だから、さむいんだよ」
そう言って、俺はベッドの奥側に身体をずらした。
お前がシーツを破いたんだ。このくらいのわがままは言ってもいいはずだ。
シャドウが、何も言わずにベッドの手前側に横たわった。
俺は黙って背中を突き出した。
シャドウがぴったりと背中に張り付いてきた。これでいい。
「噛んでもいいぞ」
俺はそう言って、まぶたを閉じた。
すん、というシャドウの鼻息が一度聞こえた後、背中の骨のでっぱった部分にかぶりつかれた。
(いて⋯⋯)
声は出さない。逃げられても困る。
昨日の夜は、何か怖い思いをしたような気がする。
でも今は背中にシャドウがいる。これでいいんだ。
俺は一気に眠くなって、そのままゆっくりと落ちて言った。