エンジェルアイランドのいつもの小屋。
ベッドの上で壁に身体を向け、ナックルズがすやすやと眠っている。
シャドウはその背中にぴったりと張り付いて、肩甲骨のでっぱりを、はむはむと甘噛みしながらうっとりしていた。
(⋯⋯この時間が、永遠に続けばいい⋯⋯ )
こぢんまりしたこの小屋が、この世の楽園のように感じた。
ここにはナックルズと、ナックルズの匂いだけが詰まっている。
自分にとっての、自分のためだけの至上の楽園。
「ううん⋯⋯」
ナックルズが寝がえりをうって、こっちを向いた。
シャドウの心臓がどくんとはねる。
ナックルズの小さく尖った黒い鼻。鋭い角度の大きな目の上の、ぴったり閉じられた赤いまぶた。額から眉にかけての精悍な顔立ち。
⋯⋯薄くふっくらとしたベージュの唇。
(待て。僕は何を考えてる)
シャドウの心臓がバクバクと大きく響き続ける。
眠りにつく前のナックルズの言葉を思い出した。
「噛んでもいいぞ」
シャドウはきつく目を閉じ、心の中で叫んだ。
(違う!噛んでもいいのはきっと背中だけだ。動くな!もし動いたら僕は死罪だ⋯⋯ここで動くのは、死罪に等しき蛮行だ)
身体中をぎゅっと硬くしてシャドウは耐えた。
「んん⋯⋯?⋯⋯ おう、シャドウ」
ナックルズが起きたらしい。
ほっとしてシャドウは目を開けた。
目の前のナックルズと目が合った。
ナックルズがふっと笑った。
瞬間、シャドウは、制御できない衝動にかられた。
思わず、手を伸ばして、ナックルズの胸に触れようとした。
──ナックルズは、とっさに胸を片手で隠し、恥ずかしそうに目をそらした。
「⋯⋯ここは⋯⋯」
か細い声がかろうじて聞こえた。
シャドウはベッドから床に転がり落ちて、勢いそのまま扉に背をぶつけて座り込んだ。
ひっくり返った声で言った。
「すまない。違うんだ。無礼を働くつもりはなかった。嫌な思いをさせてしまったなら、僕は今すぐにでも⋯⋯」
──君の前から、消える。
シャドウは言葉をのんだ。
ナックルズが胸を隠したまま上体を起こし、目を見張って黙り込んだ。
シャドウは、肩で息をしながら、必死に考えた。
──無礼を働いたからには、彼の前から消えるべきなのか?
⋯⋯違う。
ずっと側にいる。僕はそう言った。
でも、彼の側にいると、きっとまた僕は失態を犯す⋯⋯。
ナックルズは、しばらくうつむき、迷うように目を泳がせていた。
それから、恐る恐る、隠していた胸を出し、かすれる声で言いかけた。
「⋯⋯か、噛みたいなら⋯⋯別に⋯⋯⋯胸でも」
「違う!」
シャドウは被せるように叫んだ。
君を傷つけたいわけじゃないんだ。そう叫ぼうとして、口をつぐんだ。
(⋯⋯どの口が。今まで散々、僕がどれだけ彼を⋯⋯)
ナックルズは、泣きそうな顔で床をみつめた。
心の内で、絶望していた。
自分の胸を噛ませれば、シャドウは消えないかもしれない。
だったら、胸を差し出すしかない。
しかし、シャドウは「違う」と言った。
ならば、何を差し出せばシャドウはずっとここにいてくれるのか。
ナックルズにはもはや、差し出せるものが何もない。
行き場をなくした手がベッドマットの上のシーツを力なく掴み、震えていた。
シャドウは震えるその手を見た瞬間──ナックルズの胸に飛び込んだ。
二人の身体がぶつかりあって後ろに倒れこみ、壁に激しく衝突した。
「んぐぇっ!」
「ぐぅっ⋯⋯」
もんどりうって、二人してベッドの上にかがみ込む。
シャドウはすぐに顔をあげ、ナックルズの肩をつかんで、どもりながら言った。
「き⋯⋯ 君を⋯⋯傷つけたいわけじゃ、ない⋯⋯!」
ナックルズがゆっくり顔をあげた。揺れる視線がぶつかり合う。
ナックルズが唇を震わせ、口を開けたその時──
「おはよう!二人とも元気そうだな!朝ごはん持ってきたぜ⋯⋯」
勢いよく扉が開いて、ソニックが小屋の中に飛び込んできた。
シャドウとナックルズが硬直してソニックを見つめる。
ソニックは、二人の表情を見てすぐに、やべ⋯という顔をして、半歩身体を後退させた。
「ソニック。ノックくらいしろよ、ちょうど今起きたとこだけどな」
ナックルズがいつも通りの声で文句を言った。シャドウが咳払いをして後に続く。
「無礼さと無神経さで君に勝つのは難しいな。まぁ、眠気覚ましにはなった」
「⋯⋯お前らなぁ⋯⋯俺の親切をなんだと思ってんだよ」
そっと安堵のため息をつきながら、ソニックは朝食のチリドッグが入った袋をテーブルに置いた。
そして、床に落ちたボロボロのシーツを持ち上げた。
「なんだこれ」
「君の知ったことではない」
シャドウが血走った目でシーツを奪い取った。ナックルズは呆れた顔で立ち上がり、籠に入っていたフルーツをとり、フルーツジュースを作り始めた。
ナックルズが三人分のフルーツジュースをテーブルに置くと、ソニックの無駄話をBGMにした、チリドッグの朝食が始まった。
ソニックは喋りながら二人を交互に観察したが、何でもなかったかのように再びくだらないBGMを流し続けた。
朝食を終えた後、ソニックが小屋に入る前に完成間近のドライフルーツを半分以上盗み食いしていたのが発覚し、ナックルズは怒鳴り散らしながら、地面に掘った穴にソニックを叩き落とした。
シャドウは地中から響くソニックの悲鳴を聞きながら、ナックルズにまっすぐ向き直り、静かに告げた。
「また明日も来る。必ず。君が嫌がったとしても」
シャドウは返事を待たずに背中を向け去っていった。
ナックルズは何も言わずにシャドウの去った先をしばらく見つめた後、大きく息を吸って、それから──
ソニックを突き落とした穴に土をバサバサと落としていった。
「ナックルズ!やめろ!ごめんって!ちょっと味見しただけじゃんかー!」
「ご親切にどうもな。お礼にハリモグラ特製の地下トンネルにご招待するぜ」
エンジェルアイランドにゆっくりと日が昇っていく。いつもより少しだけ温かい一日になりそうだった。