──それ以来、シャドウはエンジェルアイランドに毎日ナックルズの様子を見に来るようになった。
忙しい時でも、仕事の合間をぬって、祭壇の上空にふっと現れる。
少し離れたところから短い言葉を二、三交わし、あるいはたまに近づいて全身を見回し、ナックルズの心身に異常がない事を確認してから、すぐに去っていく。
(確認だけしてすぐに行っちまうんだったら、いっそ⋯⋯)
ナックルズは、とてつもなくつまらない気持ちになって、シャドウに、もう身体はすっかり大丈夫だから無理に来なくていい、と言った。
シャドウは静かに首を振り、翌日もまた来ては、短い言葉のみ交わし、そしてさっさと空に消えていく。
両手で数える程につまらない日々を繰り返したある日の夕方、久しぶりにソニックがチリドッグを手土産に島へふらりとやってきた。
「ようナックルズ、今日のチリドッグはスペシャルだぜ。なんとチーズ二倍。俺達の笑顔も二倍!」
ソニックは言いながら、ナックルズの表情を見て、少し警戒した。
笑顔と苦痛が半々にまざったような、妙な顔。
ソニックは二つあるチリドッグの片方をナックルズに渡し、祭壇の前に立つナックルズの少し前に腰を下ろし、チリドッグにかぶりついた。
背中を見せ、黙って待つ。
──必要なら、いつでもこの背中にのしかかってこい、親友。
ナックルズは喋らない。チリドッグにかぶりつく音もしない。
(こないだ来た時は、シャドウも毎日島に来てるって話だったよな)
ナックルズがこういう顔をするのは、絶対シャドウが原因だろうとソニックは確信している。
(でも、仲良くやってると思うんだけどな)
シャドウはエミーの誕生日パーティーでの騒動の時、「ずっと側にいる」と言った。
「逃げない」とも。
翌朝、ソニックが小屋に入った時、ナックルズとシャドウは、ベッドの中で向かい合ってしゃがみ込んでいた。
その後、何でもなかったような顔で、二人そろって嫌味を言ってきた。
(じゃあ、あの時きっと、何かが起きた。それでも、シャドウは逃げないはずだ)
ソニックは、少し冷たい島の風を背中に受けながら、チリドッグをゆっくり食べた。
チリドッグの端に残ったチーズの塊をひとまとめに口にいれた時、
「ソニック、」
ナックルズの、かすれた声が風にまざって背中に降りてきた。
ソニックは、少しだけ首を回してナックルズの赤い毛並みを視界に収めた。
続きの言葉がやって来ない。
ソニックは焦らず、ゆっくりチーズを噛み続けた。
急かすのも違うが、無視するのも違う。
ソニックは、首を少し回したまま、ナックルズに視線を向けず、口の中で溶けていくチーズをしつこく噛みしめる。
「シャ⋯⋯シャドウ⋯⋯が」
かろうじて出た名前。また黙り込む。
冷えた風だけがソニックの背中を通り抜ける。
ソニックは、チーズを飲み込み、少しだけ促してみた。
「シャドウがどうかしたのか」
ナックルズの身体が揺れるのが見えた。
顔だけをナックルズの方に向ける。ナックルズの視線が、彷徨いながらソニックにたどり着いた。
「シャドウが⋯⋯⋯」
迷子の子供みたいな顔。
頼りない視線。
瞳を揺らしながら、ようやくソニックを見つめて、小さな声をこぼれ出した。
「俺に触ってくれない」
ソニックは立ちあがった。
ナックルズを見つめ、少しだけ躊躇し、それからゆっくり近づいた。ナックルズがかすれた声を絞り出す。
「どうしたらいいんだ⋯⋯ 」
ナックルズの目が再び地面を彷徨う。
ソニックは言葉につまって、立ち尽くした。
シャドウが極端な行動ばかりとるのは今に始まった事じゃない。
突然ナックルズに執着し始めて、
突然ナックルズのために激怒して、突っ走って、
突然ナックルズの前から逃亡し、
突然嫉妬でソニックを殴り飛ばし、
突然姿を消して、ナックルズを苦しめて、
突然赤ん坊みたいにナックルズに甘え倒し⋯⋯
突然ナックルズに触れなくなる。
(大丈夫だろ。そんなのいつものシャドウの⋯⋯)
言おうとして、ソニックは気付いた。
──違う。シャドウが変わったんじゃない。常に極端過ぎるという点においては、シャドウに異変はない。
(⋯⋯ナックルズが、変わったんだ)
ナックルズは、ソニックに向かってそんな弱音を吐くようなやつじゃない。
弱音というより、迷子だ。道に迷って、本当にどうすればいいのかわからないのだ。
「大丈夫だよ。食えよ、チリドッグ⋯⋯今日もシャドウ、来るんだろ」
そういって、ソニックはさっきよりも少しだけナックルズの近くに座りなおした。
夜になって、月が西に傾いた頃、ようやくシャドウが上空から現れた。
「⋯⋯ソニック。いたのか」
シャドウがソニックを見つめた。それから、
「⋯⋯なら、問題ないな。僕は帰らせてもらう」
すぐに二人に背を向けて、空に向かって飛び立とうとした。ナックルズが息を飲むのが聞こえた。
「待てよ」
ソニックが呼び止めた。シャドウが振り向く。
月がソニックとナックルズを照らす。シャドウの黒い毛並みは夜の影に溶け込み、表情が見えない。
「⋯⋯なんだ。用なら手短に言え」
ソニックは猛烈に腹が立った。
(なんだはこっちのセリフだよ、僕は関係ありませんみたいな態度)
──思いっきり怒らせてやる。
ナックルズに対して、 世界中どこの誰がそうあっても、シャドウ。お前だけはそんな態度を取るのは俺が許さない。
「見てろ、この馬鹿」
そう言って、ソニックはナックルズの右腕を掴み、噛みつこうとした。
瞬間、ソニックは右頬に強い衝撃を受けて上体をのけぞらせた。
シャドウがナックルズの右腕を奪い取り、二人の間に割って入った。ソニックは両足を踏ん張って立ち直り、体を起こすと同時に右手で追撃の手刀を払う。
「 右腕は僕のものだ!」
突然シャドウに腕を取られ、ナックルズがびくっと肩を跳ね上がらせた。
ソニックが、シャドウから視線をそらさずに確認する。
「そうなのか?」
「あ⋯⋯シャドウと約束したんだ。右腕はシャドウ以外には噛ませないって⋯⋯」
「ふーん」
ソニックが目を細め、意味深にシャドウを見つめる。それから、ナックルズに向き直り、言った。
「じゃあさ、左腕なら俺が噛んでもいいか?」
シャドウの動きが止まる。
ナックルズがぽかんと口を開けてソニックを見た。
「決めた。明日から毎日、俺はナックルズの左腕を噛みに来る。右腕じゃないんだから、別にいいだろ」
ナックルズは言葉が出ない。シャドウは背を向けて言った。
「⋯⋯好きにしろ」
翌日の昼。
ソニックはさっそく左腕を噛みに島にやって来た。
ゆっくりと祭壇を上る。ナックルズがこわばった表情でソニックを迎えた。
「よう、左腕貸してくれよ。大丈夫、痛くしない」
ナックルズは目を白黒させて立ち尽くしている。
ソニックはゆっくりと半歩前に出た。
ナックルズが肩をびくっと震わせ、半歩下がった。
ソニックは追いかけずに立ち止まり、左腕を受け取ろうと、右腕を差し出した。ナックルズが動揺した顔で差し出された腕を見つめる。
しばらくの間、ナックルズは、視線を宙に彷徨わせた後、不安そうにソニックの足元を見つめた。そして、両目をぎゅっとつぶって、左腕を差し出した。
⋯⋯差し出された左の拳は強く握りしめたまま、小刻みに震えてきた。
「ナックルズ」
ソニックが静かに言った。
「言っただろ⋯⋯⋯嫌なら、嫌って言え」
大きく一歩踏み出して、左腕を掴み、ナックルズの方へ押し戻して言った。
「なんでもかんでも簡単に差し出すな。傷ついてから気付いたって、遅すぎるんだよ」
ナックルズは瞳を揺らしてうつむいた。
「⋯⋯でも、シャドウなら喜ぶ」
目を閉じて、ナックルズは続けた。拳は握ったまま、震えも収まらない。
「シャドウを守りたいんだ。痛くても、嫌じゃない。あいつが望むなら、別に右腕以外だって⋯⋯」
ソニックは首を振る。静かに、しかし、しっかりとした声で、ナックルズをまっすぐ見て言った。
「でも、俺には噛ませたくない。⋯⋯だったら、シャドウにしか噛ませるな。あいつ以外のは、断っていいんだ。右腕以外も、身体中どこでも。俺が相手でも」
もう一度、強い声で繰り返す。
「シャドウ以外には、どこも噛ませるな」
ナックルズは顔をくしゃくしゃにして言った。
「でも、あいつ」
涙と一緒くたに、吐き出すように続ける。
「もう噛んでくれないかもしれない」
ソニックがニカッと笑って大きな声で返した。
「そんなわけあるか!俺は無理に噛もうとして、あいつにぶん殴られたんだぜ。お前を誰にも渡したくないんだよ。あいつを信じなくても、俺の被害を信じろ!」
「馬鹿じゃねぇの」
ナックルズが震えた声で笑った。拳を強く握ったまま、ごしごしと顔をぬぐう。
祭壇の前に座って、二人でシャドウを待った。
シャドウはなかなか来ない。
島を警護して回り、フルーツを食べ、少し冗談を言い合い、また祭壇に二人で並んで座り⋯⋯
夜遅く、そろそろもう寝ようかという時間に、やっと黒い気配が祭壇の上空に現れた。
黒いハリネズミは、祭壇の端に着地し、柱の陰に隠れるように立った。
ナックルズも、ソニックも、黙って柱にはりついた黒い影をみつめる。
そこからしばらく経って、消え入りそうな声で黒い影が、二人に向かって尋ねた。
「左腕は⋯⋯⋯⋯」
ナックルズが答える前にソニックが言った。
「ごちそうさま」
──瞬間。
黒い影──シャドウが飛び出し、ソニックをスピンで体当たりして吹っ飛ばした。
シャドウが叫びながら体当たりを続ける。ソニックの身体が吹っ飛び、祭壇を超えた先の地面に倒れこんだ。
「この泥棒ネズミ!」
シャドウが叫ぶ。力任せのスピン回転でソニックの身体をさらに叩きつける。
「僕の宝物を、よくも」
ソニックが両腕で防御する。それでも体当たりは止まらない。
「ナックルズだけなんだ!僕がこの世界でたったひとつ、ようやくみつけた宝物を、よくも」
ソニックが腕を回してシャドウの回転を止め、押し変えす。シャドウはよろけながらソニックに殴りかかった。
「横から簡単に、よくも⋯⋯土足で⋯⋯!」
ぐしゃぐしゃに泣きながら、両腕を振り回し、ソニックを上からめちゃくちゃに殴りつけた。
「シャドウ!」
ナックルズが飛んでいって、シャドウにしがみついた。
「嘘だ。ソニックは俺に噛みついたりなんかしてない」
「止めるのが遅れて悪かった。その⋯⋯お前になんて言ってやればいいか、わからなくて」
ナックルズはシャドウの両腕を抑え、肩で息をしながら続けた。
「お前が俺に触ってくれないから⋯⋯もう俺の腕なんていらねぇのかなと思ったんだ」
シャドウは、激しく上体をくねらせてナックルズの手を振りほどいた。
ナックルズは思わずのけぞり、後ずさる。
シャドウは、ドンと地面を両手で叩き、ナックルズをにらみつけた。そして地面に顔をうずめ、震えながら⋯⋯ようやく声を絞りだした。
「⋯⋯足りない」
「⋯⋯え」
「右腕じゃ!足りない!」
シャドウは空に向かって力の限り叫んだ。
「本当はもっと欲しいんだ!永遠に!君の身体中全部!」
「シャ」
「永遠に!君の身体中全部!僕の中に閉じ込めて、ずっと噛みついて抱きしめていたいんだ!」
ナックルズが固まる。シャドウの荒い息だけがしばらく周囲に響いた。
「⋯⋯⋯⋯」
(すっげぇ熱烈プロポーズじゃん⋯⋯)
ソニックは、仰向けに倒れたまま、首だけを回してシャドウを見やった。
「⋯⋯⋯⋯」
「駄目だ」
ナックルズは、シャドウをまっすぐ見据え、よく通るはっきりとした声で言った。
シャドウはガクガクと震えながら、ナックルズの方を見た。
「今日は、右腕だけだ」
頭を掻きながら、ナックルズが言った。少し困ったような顔で続ける。
「明日⋯⋯明日は、また後で考える」
「あ⋯⋯⋯」
シャドウがナックルズの方へ、這いつくばってすり寄って行った。
「俺に噛みついていいのは、お前だけだ。でも、噛んでいい場所は⋯⋯俺が決める」
「う⋯⋯⋯あ」
ナックルズが右腕を差し出した。
シャドウは泣きながら右腕にしがみついた。
星も眠りにつくような真夜中のエンジェルアイランドで、シャドウはすすり泣きながら、いつまでもナックルズの右腕にかぶりつき続けた。
ソニックは、大きなあくびひとつして、二人から離れ、いつもの小屋に入っていった。
(身体中がいってぇ⋯⋯!)
腰をさすって、顔をしかめた。でも今日はぐっすり眠れそうだった。
明日の朝起きた時、まだシャドウがナックルズの腕にしがみついて離れていなかったら、その時は絶対にあいつをからかってやろう。
ソニックは、一人、小屋のベッドを占領しながら、幸せな気分で眠りについた。