第29話「暁の襲来 3」

エンジェルアイランド上空に、テイルスの愛機・トルネード号の軽快なプロペラ音が響いた。

電磁波の解析を終えたテイルスが、遅れて島にやってきたのだった。

上から島の様子を見て、テイルスは驚愕した。

ぼやけた赤い残光の中に、青と黒のハリネズミがバラバラに倒れている。

慌てて着陸し、二匹のハリネズミのもとへ駆け寄った。

「ソニック!しっかり!シャドウも⋯⋯何があったの?!」

テイルスはソニックの肩に手を置き、辺りを見渡した。ナックルズがどこにもいない。

うう、とうめいて、ソニックがようやく起き上がった。

「ソニック⋯⋯!無事でよかった。ナックルズは⋯⋯」

ソニックは答えず、ふらつきながら倒れているシャドウに近付き、頬をはたいた。

シャドウのまぶたがぴくりと動くと、次の瞬間、シャドウは飛び上がって戦闘態勢になった。

「遅えよ⋯⋯ナックルズは、連れて行かれちまった」

ソニックは力なく頭を振った。

シャドウは殺気だった顔で周囲を見渡した。

地面に落ちた黄色いカオスエメラルドが、むなしく淡い光を放っていた。


ナックルズは、ジークに連れられ、赤い光の先にある世界へ降り立った。

空を見上げると、どんよりした黒と紫のマーブル模様。黒ずんだ奇岩があちこち天にむかって伸びる不気味な渓谷。

谷の底へ歩いていくと、暗がりの中に隠されたように作られた、軍事基地のような場所についた。

ナックルズは息を大きく吸い、ゆっくりと吐いた。

(ここまで来たからには、俺は逃げない。何があろうと、受け入れる。そうすればきっと、シャドウやソニック、みんなの事は守れる)

ジークが入り口まで誘導しようとすると、ナックルズが立ち止まり、言った。

「ここはどこだ。俺は何をすればいい?」

ジークがナックルズに向き直った。

ナックルズは胸を張り、表情を変えずに堂々と続けた。

「俺はお前らの望み通りの事をする。その代わり、お前らは俺の仲間に手出ししないと約束しろ」

ジークが目を見張り、少し間を空け、尋ねた。

「お前、名は?」

「ナックルズだ。ナックルズ・ザ・エキドゥナ。エキドゥナ族の最後の生き残り、マスターエメラルドの守護者」

「フン⋯⋯」

ジークは、ナックルズの顔をまじまじと見て、考えるような仕草をした。

詮索もしないが、嘲笑もしない。

その時、神官と思しき服装の連中がぞろぞろとやってきた。

ジークが姿勢を正して報告する。

「師団長ジーク、女神御光臨の為の器たる適合者を連れてここに帰還した」

神官の一人が黙ってうなずき、前に出て、ナックルズを連行しようとする。すると、ジークが神官の前に立ちはだかった。

「俺がこいつを連れて来たんだ。こいつを女神の御元まで案内する栄誉を俺によこせ」

神官たちがぼそぼそと話し合う。そして、一人がジークへ向かって言葉を投げた。

「では、御神前への礼を尽くし、咎の禊を受けよ」

ジークは神官に続いて基地の中に入った。ナックルズも後に続く。

基地に入ってすぐに、ジークは神官たちに誘導され、赤い扉の部屋に入っていった。

ナックルズは見張りつきの隣りの部屋に入れられ、待機させられた。

部屋の中は簡素な待合室のような造りで、隅に座り心地の悪そうな黒いソファが置かれていた。

ナックルズは地面中央にどっかと胡坐をかき、目をつぶり、 腕組みをして待った。

しばらく経った後、ナックルズは、すっと目を開けると、立ち上がり、拳を構え──

隣りの壁を体当たりでぶち壊した。

ガラガラと音をたてて壁が崩れる。

目の前には壁に鎖で磔にされ、ぐったりしたジークと、手に鞭をもった神官たちがいた。

壁をぶち抜いて現れたナックルズを見て、神官たちが悲鳴を上げ、そろって腰を抜かした。

「隣りで妙な音がすると思ったら、何してやがる。よってたかって、てめぇら卑怯な真似してんじゃねぇ!」

ナックルズはジークの手足にはめられた鎖を、殴って歪め、引っ張り、引きちぎった。

ジークがナックルズの腕の中に倒れこんだ。

身体中痣だらけで、ぐったりしたまま目を閉じて動かない。

「気絶するまで鞭で叩きやがったのか。てめぇら仲間同士じゃねぇのかよ!」

ナックルズに怒鳴られて、神官たちは腰を抜かしたまま部屋から逃げていった。

「こ、これにて、みっ、禊は完了といたす」

最後の一人が、裏返った声で言い、這いつくばって逃げて行った。

ナックルズは追いかけていって全員殴り飛ばしてやろうかと思ったが、とりあえずジークを起こす事にした。

そもそもここいにいるのはジーク含めて全員敵。

事情だってよくわからない。

それでも、よってたかって一人の人間を磔にして鞭で打つというのが、なんとなく気分が悪くて仕方がなかった。

それに、さっきのジークは、どうも神官たちからナックルズを庇うために、自分が案内役を引き受けたようにも見えた。

「おい、起きろ!こんな所でくたばるんじゃねぇぞ」

ジークの肩を抱きながら、何度か軽く頬を叩くと、うめきながらジークが顔を持ち上げ、右手で頬を抑えた。

「う⋯⋯くそ、なにしやがる⋯⋯」

「助けてやったんだよ!なんだ、あいつら。お前もなに大人しくやられてんだよ!俺や俺の仲間たちには好き放題暴れてくれやがったくせに!」

「⋯⋯⋯⋯」

ナックルズに身体を預けたまま、ジークは力なく左右を見渡した。

向かい側の壁にぽっかり開いた穴と、ナックルズの顔を交互に見て、しかめっ面で頭を左右に振った。

「壁をぶち割って侵入しやがったのか。⋯⋯いかれてやがる」

「いかれてんのはそっちだろうが!よってたかって一人の仲間を鞭で殴るなんて⋯⋯」

「うるせぇな。⋯⋯死んでなけりゃあ、どうでもいいだろうが」

ジークが面倒そうにナックルズの言葉を片手で制し、両手を胸に埋め込まれたプリズムに当てた。

赤い光がジークを包み、ジークの傷がゆっくりと癒えていった。

ジークは立ち上がり、ナックルズに向かって両手を掲げながら、口の端を歪めて笑った。

「女神の恩恵だ。身体の痛みなど、俺にはどうでもいい」

「狂ってやがる」

「狂ってる?俺がか?それとも、下卑た笑みで俺の身体に鞭を入れる神官どもがか」

ジークが口の端を歪めて笑いながら、部屋の扉を開けた。

「ここがどこだか知りたいんだったな。来い、ナックルズ。お前にはその資格がある」

ナックルズは仕方なく、黙ってジークの後を追った。

「ここは次元の狭間にある渓谷。次元の狭間ってのは、世界の果てと果ての間にある、亜空間だ。荒れ果てた宇宙空間のような場所。俺たちはここを“雌伏の谷”と呼んでいる」

ジークは、廊下を抜けた先の開けた空間で、大きなガラス越しに見える渓谷の淵をのぞきながら言った。

「俺たちは“暁の船団”。女神イオシスの導きの元、俺たちの世界を創世するため、ここでその時を待っている」

「創世⋯⋯」

「世界を創りなおす。かつて俺たちが暮らしていた、既に滅んでしまった世界を。そのためには、お前の肉体と魂が必要だ」

ナックルズは尋ねた。

「俺はどうすればいい?いう通りにしたら、俺はどうなるんだ」

「眠っていればいい。心配するな。死ぬわけじゃない。あたたかい場所で、ゆっくり寝てれば、側で女神が優しく囁いてくれる」

「⋯⋯俺の世界と、仲間たちには、手を出さないって約束しろ」

「⋯⋯⋯⋯ 」

ジークが目を細め、黙ってナックルズを見た。

それから、少し考えるような仕草をして、ゆっくりと口を開いた。

「⋯⋯さっきはなんで禊の最中に飛び込んできた?俺の禊の事なんて、お前には関係ないだろうが」

ナックルズは予想外の質問に面食らって、うろたえながら答えた。

「な⋯⋯し、知らねぇよ。そもそも、あの禊ってのは、なんなんだ」

「女神の御前に参るんだ。魂の穢れを払う必要があるんだよ」

ナックルズが呆れた顔で返す。

「鞭で殴られたら魂が綺麗になるのかよ。お前のとこの女神はどういう趣味してやがるんだ」

ジークが少し表情を固くした。

「神官どもへの悪口はともかく、女神への侮辱は許されない。咎の重さは人によって異なる。俺の咎なんてどうでもいいのさ。俺にはプリズムの加護と女神の救済がある」

言い切ると、ジークは口の端を歪めてニヒルな笑みを浮かべた。

ナックルズは眉をしかめた。ジークが何故笑っているのか、ナックルズには理解できなかった。

「と、とにかく、俺の世界のみんなに手をださねぇって約束しろ」

「お前次第だな。女神に全てを捧げる事だ。身も心も全て。捧げれば救われる」

ジークは真顔に戻り、静かに神託を繰り返した。

説明を終えたジークは、ナックルズを基地のさらなる奥地へ連れて行った。

ナックルズの連れていかれた先には、赤い柱と荘厳な装飾で囲まれた、正方形の部屋だった。中央に赤いソファのような形をした、人が座れそうな家具が置かれている。

ジークはナックルズを赤いソファに座らせたが、入り口の方を見やって、眉をひそめた。

入り口で、神官たちが部屋の中を覗き込み、ナックルズの方を見ながら、口元を歪ませ、ひそひそと密談を交わしていた。

「神前の準備が整うまで、ここで待機してもらう。その間、神官たちがやってくるが⋯⋯ひとつの試練だと思って、多少の事は我慢をして待て」

ジークはそう言うと、ナックルズを置いて、足早に部屋を出て行こうとした。

しかし、振り返ってナックルズをじっと見つめ、そして──

「座って待っていろ」

そう言うと、ジークは急いで部屋の外へ駆けていった。

しばらく経って、正方形の部屋に、神官たちがこそこそと入ってきた。

鞭や棍棒を手にして、ニヤニヤしながら、部屋の中央の赤いソファを見る。

しかしそこには、赤い衣装を着せられた小さな人形が、ナックルズの代わりにちょこんと座っているだけで、ナックルズの姿はどこにも見当たらなかった。


「おい、逃げてもよかったのか?試練ってやつがあるんじゃなかったのか」

ナックルズは、ジークに向かって問いかけた。

ジークはあの後、急いで赤い服を着た小さな人形を持って戻ってきた。

そしてナックルズの代わりに人形を中央に座らせ、ナックルズを急いで自分の部屋に匿ったのだった。

「試練という名の、体のいい神官の暇つぶしだ。あの護身人形は我らの世界に伝わる伝統の魔除け人形。性根の腐った神官どもには、自分がどういう存在に堕ちているのか、自覚できるいい機会だ」

そして、ジークは頭をかくと、ナックルズをベッドに押し込め、隠すように布団を被せて言った。

「ここなら誰もお前を傷付けに来ない。創世のための儀式の準備が整うまでしばらく、ここに隠れていろ」

「どうして、そこまで⋯⋯」

言いかけてやめる。

この男は、自分を見ているわけではない。

創世を成すための、女神の器を見ているだけ。

ナックルズは布団の中で丸まって、シャドウやソニック、仲間たちの事を思い出した。

あともう少ししたら、創世を成すための何かの儀式が始まって、自分はもう二度とシャドウたちに会うことはできなくなる。

(それが俺の役割だってんなら、俺は受け入れる⋯⋯でも)

本当にそれで、シャドウたちは助かるのか。

自分の世界を滅亡させずに済む事ができるのか。

マスターエメラルドを守るという自分の使命は、どこにいってしまうのか。

ナックルズは胸が痛くなって、震えながら息を吐いた。

(息が苦しい。⋯⋯俺が本当にみんなを守る事ができるのか、わからない)

しばらくナックルズは、布団の中で、必死に息をしながら、震えて丸まっていた。

すると、ジークの静かな声がナックルズに届いた。

「⋯⋯少し散歩にでも出るか。狭い場所で閉じこもってちゃ、陰気に呑まれるのも仕方がない」

ジークは唐突にナックルズの布団を剥ぐと、胸のプリズムに手を当てて、時空の歪みを発生させ、ナックルズともども、歪みの中へ消えていった。

時空の歪みを超えて、二人が足を踏み降ろした先は、そこらじゅうが光り輝く碧色の水晶で覆われた、神秘の洞窟だった。

「雌伏の谷の外れにある洞窟だ。プリズムの力でテレポートしないと到達できない位置にあるから、俺たち以外は誰もここに来ない」

ナックルズは目を見張って周囲を眺め回した後、ジークを振り返って言った。

「俺を外に出しちまっていいのかよ」

「逃げないんだろう?覚悟があるなら、気分転換くらいさせてやる」

ジークは事もなげに言って、ナックルズから目をそらし、洞窟内の崖の向こうにある、大きな水晶の塊に目をやった。

ナックルズは軽く息を吐いて、もう一度ゆっくり周囲を見渡した。

碧色の水晶は、静かな光を湛えて、周囲を優しく照らしている。数歩前に踏み出すと、小石を踏む音が周囲に響き、返ってくる。

呼吸するたび、冷えた空気が肺の中の淀んだ陰気を浄化していく。

ナックルズは身体が少し軽くなるのを感じて、口元に少し笑みを見浮かべた。

「いい場所だ。それにこの美しい水晶。⋯⋯ルージュが見たら、きっと欲しがるだろうな」

「ルージュ?女か」

ジークが横から訪ねる。

「おう⋯⋯珍しい宝石が好きなやつだから、異世界の水晶なんて、目を輝かせて飛びつくだろうな」

「大事な女なのか」

ナックルズは少し考えた。ナックルズにとってルージュは、頼もしい共闘者でもあり、ちょっとした話し相手でもあり、元・にっくき宝石泥棒でもある。

「大事⋯⋯まぁ、散々世話にはなってるな。同じくらい世話もしてやってるつもりだけどよ」

「なら、俺がこの水晶を削って、その女に届けてやろうか。ただし、お前からの贈り物だとはバレないようにだが」

ナックルズは驚いて振り向き、ジークの顔をまじまじと見た。

ジークは崖の奥の大きな水晶を見つめたまま、表情を変えずに淡々と続けた。

「贈り物を届けたい相手が他にもいるなら、名前と居場所の情報をよこせ。後で俺がお前の世界へ行って、届けておいてやる」

ナックルズは理解しきれずに、とうとうジークを問い詰めた。

「どうして、そこまで俺に親切するんだよ。俺はただの器だろ。身代わりの人形を慌てて持ってきたり、散歩に連れ出してくれたり、贈り物を代わりに届けてくれるなんて⋯⋯お前ちょっとおかしいぞ」

ジークはしかめっ面でナックルズを見返した。

それから、ゆっくり息を吐くと、まっすぐナックルズを見返して言った。

「お前は逃げもせず、言い訳もせず、仲間のため、己の世界のために、赤の他人である俺たちの世界の、創世の礎になろうとしているんだ。⋯⋯俺は神託者として、お前の覚悟を受け取った。少しくらいのわがままなら、俺の裁量でなんとかしてやる」

ナックルズは立ち尽くしてジークを見つめた。

それから、拳の力を抜いて、ぽつりとつぶやいた。

「お前、いいやつだな」

今度はジークが驚いた顔をして、まじまじとナックルズを見た。

ナックルズが近づくと、慌ててジークが後ずさった。

そして、そのまま体勢を崩し、ジークは崖から落ちてしまった。

「なっ⋯⋯おまっ、何やってんだ!」

慌ててナックルズは崖に飛び込み、ジークの身体をつかみ、滑空しながら崖の側面に張り付いた。

ジークを背中につかませると、壁をよじ登り、なんとか元の場所に戻ってきた。

ジークは夢中でナックルズにしがみついていたが、ナックルズに背中を撫でられると、腰を抜かしたまま、弾けるように後ずさった。

「な、な、な⋯⋯なにしやがる」

「落ちたから助けてやっただけだろうが」

ナックルズはそう言って、ジークの肩をつかみ、立たせてやった。

ジークがよろけながら慌てて手を振り払う。

「さ、さわるな。崖から落ちたって、ど⋯⋯どうせプリズムの魔法で回復できるから、ど、どうでもいいんだよ」

「死んだら回復できねぇだろ。めちゃくちゃな事言ってんな、お前」

ジークは鼻筋を真っ赤にして黙り込んだ。

ナックルズはやっぱり理解できなくて、再びジークに尋ねた。

「ジーク。お前、どうしてこんな役割やってるんだ」

「⋯⋯何の話だ」

「師団長で、神託者なのに、神官たちと仲良くないんだろ。神官以外のやつらだって。これだけ一生懸命、お前は創世のために身体を張って働いてんのに、お前が鞭で殴られてても、誰もお前を助けない」

ジークが目を見張ってナックルズを見た。

ナックルズは構わず、言葉をつなげた。

「つまり、お前は、一人ぼっちで⋯⋯⋯」

「⋯⋯俺の事はどうでもいい。楽になったなら戻るぞ」

ジークはナックルズの腕を乱暴につかむと、再びプリズムの力を駆使して、自室に戻り、ナックルズを布団に押し込めた。

布団の中で丸くなったまま、ナックルズは言った。

「俺は仲間を守るためなら、マスターエメラルドの前に立てなくても、我慢できる。お前は、なんのために、そこまでして⋯⋯」

「創世さえ成せれば、俺なんぞどうなってもいい」

ややあって、儀式の準備が整い、ナックルズはジークに連れられて、さらに通路の奥へと進んでいった。


「では、清めの水礼だ。ここで身体を洗い、穢れを払う。それから前室に入り祈りを捧げ、最後に祭壇へ向かう」

腰までの高さほどの、浅めのプールのような水場にナックルズを入れ、ジークはナックルズの身体を洗い始めた。

「自分でやる」

「器の穢れを払う儀式の遂行は、”器”を手に入れた俺にとっての栄誉だ。お前は黙って棒みたいに突っ立ってろ」

親切で手つきも丁寧なくせに、口は極端に悪い。

ナックルズはイラッとして、ジークをにらみつけた。

(偶然ぶつかった振りして殴ってやるか、こいつ)

ジークがナックルズの身体を丹念に磨き終えたその時、背後から大柄で目つきの悪い神官が現れた。

「ジークよ。その者が例の器か。しかし、貴様の咎は器を見つけたからとて⋯⋯」

「禊なら既に受けた。今お前にどうこう言われる筋合いはない」

ジークは間髪をいれず、低い声で言い返した。神官は馬鹿にするような仕草で、首をひねって去っていった。

ジークはしばらく黙ってナックルズの背中に水をかけていたが、水から上がり、出口に向かっていった。

「少し待っていろ」

「どこ行くんだよ」

「⋯⋯トイレ⋯⋯」

ジークが走って去って行く。

ナックルズは水の中にたったまま、腕組みをして目を閉じた。

それから、黙って水から上がり、出口に向かい、ジークの後を追いかけた。

廊下に水滴が落ちている。水滴をたどって角を曲がると、扉がみっつあった。奥は行き止まり。

一番手前の扉を、右拳で破壊して飛び込んだ。

用具入れ。明かりもなく、誰もいない。

二番目の扉を、左拳で破壊して飛び込んだ。

机の上で作業している事務官のような男がいた。男はナックルズに驚き、椅子から転がり落ちた。

「悪い、間違えた」

三番目の、一番奥の扉を、体当たりで破壊して部屋の中に飛び込んだ。

そこには、四つん這いにさせられたジークと、ジークの背中を上から鞭で殴りつけている、先ほどの大柄の神官がいた。

ナックルズはすかさず間合いに飛び込み、神官の顔面に拳を叩き込んだ。神官は身体を回転させて吹っ飛び、声も上げずに壁にめり込んだ。

ジークが小さくうめいて前のめりに倒れ込んだ。

「ふざけんじゃねぇ!何が禊だ!こんなの、ただの嫌がらせじゃねぇか!」

ナックルズはジークの胸ぐらをつかんで持ち上げた。

「う、うるせぇ⋯⋯俺はこの程度の痛みで死ぬような真似は」

「死ななきゃ何されてもいいってか!俺の事は庇ってたくせに!目を覚ませ!ろくなもんじゃねぇよ、お前の信じる女神のやってる事は!」

ジークの目つきが変わった。

すかさず胸元のプリズムに手を当てる。プリズムが赤く光り、ナックルズの胸元の赤い渦が反応した。

ナックルズの身体に激痛が走る。

「がああああ!あっ、あぐっ!あっ!」

その場で倒れ込んだナックルズの身体がびくびくと痙攣する。

ジークがよろよろと立ち上がり、ナックルズをにらみつけ、笑いながら言った。

「信仰ってのはなぁ⋯⋯⋯信じるかどうかじゃない。救われるかどうかだ」

ナックルズの頭を乱暴に掴み、ずるずると引きずりながら、廊下を進み、前室へ向かう扉を開けた。

「⋯⋯俺は正気だぜ。世界の滅亡で頭をやられた狂信者どもとも、権力欲で腐敗しきった神官どもとも違う。必要なのは救済だ。我が女神がそれを成し遂げる。⋯⋯お前という器を使ってなぁ⋯⋯!」

ジークは歪んだ笑みを浮かべながら、楽しそうに前室に入った。

そこは一面に白い花が咲いた広い草原だった。

遠くに見える鉄の壁。最奥部には、祭壇へ向かう大きな扉があった。

ナックルズは白い花の上に乱暴に転がされた。

「あ⋯⋯あぐ⋯⋯っ」

ジークが馬乗りになり、ナックルズの頭を掴み、笑顔のまま囁いた。

「俺の親父は戦争犯罪者だ。⋯⋯親父なんだよ。俺たちの世界を滅ぼした元凶は。俺が三歳の時だ。母上も戦の業火に焼かれて死んだ。もう顔も覚えていないがな」

ナックルズは必死で顔を上げた。ジークが笑いながら楽しそうに続ける。

「わかるか?俺の“咎”は、“親父の子である事”だ。でも俺はプリズムの上位適合者だ。ざまぁみやがれ。神官どもは俺をどれだけ鞭で殴っても、俺を処刑にはできないのさ」

「逃げろよ」

ナックルズが言った。

ジークの笑い声が止んだ。

ナックルズは上体を起こし、ジークの身体を押しのける。肩を掴み、怒鳴った。

「逃げちまえよ!こんな場所!お前は何もしてねぇのに。お前はなんにも悪くねぇのに。なんで一人で耐えてんだよ!笑ってごまかしてんじゃねぇよ!辛いなら辛いって言えよ!」

ジークの瞳が大きく揺れた。

子供のような顔をして、視線をさまよわせ、力なくうつむいた。

ナックルズは、敵であるジークに対して、自分が何故こんなに必死になっているのか全く分からなかった。

(伝われよ、ちくしょう)

ナックルズはなんとなく、ここへ来る前に、自分の手を取って泣きそうな顔をしていた青いハリネズミの事を思い出していた。

(俺は馬鹿だ。ソニックの言いたかった事が、やっと今わかった。仲間を守るために俺が命を投げ捨てようとしてるのを見て、ソニックはどれだけ辛かったんだろう)

やがて、ジークは顔を上げてナックルズを見つめた。

そして、ナックルズへ向かって、静かに問いかけた。

「⋯⋯⋯お前は、逃げたいのか」

ナックルズの呼吸が止まった。

何故こんなに自分は必死なのか。ジークに対して必死なのか。

ソニックの言葉を思い出したからなのか。

⋯⋯シャドウにもらった、赤い焼き菓子のあの味が忘れられないからなのか。

「俺は⋯⋯、」

言葉が出ない。自分で自分がわからない。

「お⋯⋯俺は⋯⋯⋯」

突き刺すような胸の痛みを噛み締めて、ナックルズは気付いた。

自分の望みが何なのか。

それでも、言葉に出す事はできない。

自分一人のわがままで、世界を壊したくない。

自分一人の至らなさで、みんなを傷つけるくらいなら、やっぱり自分が傷ついた方がいい。

「逃がしてやろうか」

ジークがぽつりと呟いた。

ナックルズがジークを見た。ジークもナックルズを見た。

お互いに、自分で自分が信じられないといった顔をして、黙りあった。

ややあって、ジークが諦めたような顔で言った。

「⋯⋯世界は広い。もっと探しまわれば、お前以外の器の適合者だってそのうち見つかるはずだ」

高い天井を見上げ、ため息をついて続けた。

「別にいいぜ。俺が油断して逃がしたって事にして、お前を元の世界に戻し、お前の世界につなげてある光の道も遮断する。そうすれば、上位レベルのプリズムの適合者⋯⋯俺でなけりゃ、お前の世界にたどり着けるやつはいない」

「俺の咎がもうひとつ増えたところで、鞭打ち何発かおかわりがもらえるだけだ。どうでもいいぜ、そんな咎」

口の端を歪めて笑う。

それから、真顔に戻り、ナックルズに向き直った。

「その代わり。⋯⋯⋯契りをよこせ 」

ナックルズは首をかしげた。

ジークが鋭い目をして、低い声で言った。

「抱かせろよ 」

ナックルズの身体が硬直する。

意味を理解する前に、ジークが続けた。

「一度だけでいい。お前が欲しい」

刺すような瞳でナックルズを見つめる。

ナックルズは顔を引きつらせ、裏返った声を出した。

「だっ⋯⋯なに⋯⋯⋯?」

ジークが肩に触れる。

ナックルズはびくっとして後ずさった。

「なんだ。初心なんだな」

ジークが半笑いで身体をよせ、背中に手を回した。

怯えた顔で腰を引こうとするナックルズを、ジークは素早く捕まえ、低い声で囁いた。

「こっちを向け。目をつぶって横になってるだけでいい。優しくしてやるよ」

身体の向きを変えられ、肩を撫でられる。

ナックルズの身体が勝手に震え出した。

「ほ⋯⋯ほんとうに⋯⋯俺を、元の世界に⋯⋯」

「約束だ。我が女神イオシスに誓って、お前の身とお前の世界の安寧を保証する」

一面の白い花畑の中。

顔に手を当てられ、目を閉じさせられた。

足を左右に開かせられる。

甘い花の香りが身体中にまとわりつく。

肩を抱かれ、そっと横にさせられた。

身体中がガタガタ震える。

拳を握りしめ、ハァハァと肩で息をした。

ジークがふっと笑う。

「本当に初めてなんだな。そう怯えるな。好きなやつの顔でも思い浮かべてろ。すぐに気持ちよくなる」

「す⋯⋯すきなやつ⋯⋯⋯」

シャドウの顔を思い出した。

いつか聞いた、シャドウの言葉が次々と頭の中で響く。

“君を⋯⋯傷つけたいわけじゃ、ない⋯⋯!”

“君の尊厳を守るためでもある”

“僕は君を守りたいだけだ“”

“僕はどうしても、君に傷ついて欲しくなくて⋯⋯”

“⋯⋯君が無事でよかった”

ジークがナックルズの足をさらに大きく開かせ、間に割って入り、腰に手を当てた。

その瞬間、

ナックルズはジークの顔面に拳をめりこませていた。

吹っ飛んで転がるジークを見て、ようやく自分がジークを殴ってしまった事に気付いた。

ジークが受け身を取って、胸のプリズムに手を当てた。

胸に激痛が走る。ナックルズがのけぞって叫んだ。

「がああああ!んぐううう!あああ!」

「言う事聞けっつってんだよ!」

ジークが頭に血を上らせて怒鳴った。

そのまま両手を突き出し、赤い光を強めた。ナックルズが頭を押さえて激痛にのたうち回る。

「無理やり抱いても意味なんかねぇんだよ!契りをよこせと言ってんだ!」

ジークが立ち上がって近づいてくる。

「う⋯うるせぇ⋯いやだ⋯⋯」

肩で息をしながらナックルズが首をもたげた。

必死で腰を持ち上げ、フラフラしながらようやく立ち上がった。

「とっとと股を開いて横になれ!抱いてくださいお願いしますって言え!」

ジークが叫びながらナックルズに飛びかかった。

ナックルズはがむしゃらに腕を振り回して暴れ回った。

「うるせえ!うるせえ!うるせえ!俺は俺だ!お前にお願いなんかするか!嫌なもんは嫌だーっ!」

一面の白い花畑のど真ん中。

ジークがナックルズの腕と肩を掴み、器用にナックルズをひっくり返した。

ナックルズは足を突き出して無理やりジークの左足に引っかけた。

ジークが思わず背中から転倒する。

ナックルズは上体を起こして右拳を振り下ろした。ジークがたまらず胸に手をやる。

プリズムが光り、ナックルズの身体に激痛が走る。それでもナックルズは叫びながら拳を叩きこんだ。

すんでのところで拳をかわしたジークは、プリズムから赤い光の散弾を放ち、ナックルズの身体中を穿ちぬいた。

「がああああ!」

ナックルズは構わず拳を振り回しながら前進を続けたが、あと一歩のところで、とうとう身体中がしびれ、前のめりに倒れ、動かなくなった。

肩で息をしながら、ジークが構えを解いた。

「器の適合者とはいえ、どういう攻撃耐性してんだ。化け物め⋯⋯!」

思わずナックルズに向かって悪態をついたが、その化け物に向かって自分が何を求めていたのかを思い出し、ジークは渋面でため息をついた。

──その時。

基地中に大きな警報が鳴り響いた。

ジークは驚きもせずに、基地の入り口側を見つめ、つぶやいた。

「侵入者か」

基地の入り口前。

スーパー化したシャドウとソニックが、ナックルズ奪還のために、とうとう雌伏の谷まで突撃してきたのだった。