第31話「残光」

ある日の昼下がり、ステーションスクエアの繁華街。

シャドウは人気のスイーツショップで、ルージュに相談しながら夢中で贈答用の焼き菓子を選んでいた。

「素敵でしょ、このお店。ここのスイーツ、すべてのお菓子にメッセージが込められているのよ」

ルージュは上機嫌でお店を見渡した。

色とりどりの焼き菓子が所狭しと並べられている。

ルージュは指差しながら、順番にお勧めの焼き菓子を紹介した。

「この赤いイチゴのカップケーキは“君の事が好き” 。このオレンジのブラウニーは“あなたと一緒にいたい”。こっちのラズベリーのパイは、“素敵なひとときを君に”」

シャドウは爛々と目を輝かせて言った。

「よし、全部買おう」

「落ち着きなさい。大量のメッセージとお菓子に埋もれて、大事な言葉がなにひとつ伝わらなくなっちゃうわよ」


──雌伏の谷から、無事にナックルズを救出して数日後。

シャドウは、自分の心の中にあるナックルズへの気持ちが、どんどん大きく膨らんでいくのを感じていた。

(僕はナックルズが欲しい。そして、誰にも彼を渡したくない)

シャドウは再びエージェントとして世界を駆け巡りながら、ナックルズへの自分の気持ちについてずっと考え続けた。

(君が欲しい。君の全てを。永遠に。僕の中に大事にしまって、閉じ込めておきたい)

戦いの最中でも、気持ちは一向に収まらない。

(それが叶わない事はわかっている。なら、今の僕にできる事とは、何だろうか)

任務を終えて、拠点である地下施設に戻ると、ルージュを見かけたので、軽く挨拶をした。

「ルージュ、久しぶりだな」

「変わりなさそうね。ナックルズとは上手くやってるの?」

「⋯⋯⋯⋯」

「ちょっと。何かありましたって顔に書いてあるけど。何があったのって聞いた方がいい?」

シャドウは迷った。

何があったのか。

語りきれないほどの事があった。

特に雌伏の谷での出来事。

ナックルズが異世界の宗教組織に攫われ、たった数日前、自分の手で奪い返してきた。

そして今、ナックルズに対する気持ちを抑えきれずに、何かを実行に移したくて、うずうずしている自分がいる。

「ナックルズに⋯⋯少しでも近づきたい。少しでも、彼の心を手に入れたい。傷つけたいわけじゃない。どうすればいいのかがわからない」

ルージュは目を丸くして、考えるような仕草をした。

「気持ちを伝えてみるのがいいんじゃないかしら。そうね⋯⋯例えば、自分以外の何かから、少し言葉を借りてみるとか」

シャドウが首を傾げた。

「傷つけたくないって気持ちはわかるわ。だから、まっすぐ気持ちをぶつけるんじゃなくて⋯⋯愛してるって言う代わりに、美しい花束を贈る、とかね」

「なるほど、花束か」

シャドウは豪華な花束の手配をしようと、即座に情報端末を取り出した。

「待ちなさい。花束は例えよ。どうせ贈るなら、もっと彼が喜ぶものを選ばないと。あの子は毎日美しい草花に囲まれて暮らしてるんだから、花束なんて喜ばないでしょ」

そうして、シャドウはルージュの案内で、評判の贈答品専門の焼き菓子屋へやって来たのだった。

シャドウは必死に色とりどりの焼き菓子と、棚に書かれているメッセージの説明書きを読んで、店中をうろうろした。

ふと、イチジクのタルトケーキに込められたメッセージが目に止まる。

“君のこの手を離さない”

シャドウは思わず立ち止まった。

“僕が彼にどんな過ちをおかしたかと言いたいのか。それを問われるなら、やっぱり僕が彼に出会った事こそが最大の過ちなのかもしれない。僕が彼に抱いているこの気持ちそのものが⋯⋯”

数日前、ソニックに向かって言おうとした言葉を心の中で反すうする。

思わずルージュの方を見た。

ルージュは優しい目をして、シャドウが焼き菓子を選ぶのを待っていた。

シャドウは仕方なく、おずおずと、ラズベリーのパイに手を伸ばした。

“素敵なひとときを君に”

ルージュがシャドウの手元を見て、素早くラズベリーのパイをシャドウから奪い取った。

「ありがと。これは私への贈り物って事ね」

「なっ⋯⋯」

シャドウはうろたえてルージュを見返した。ルージュが笑って言った。

「怖がらなくったっていいじゃない。美味しい焼き菓子を贈るだけ。どうせなら、本当に贈りたい言葉を選んでみなさいよ」

シャドウは両目をつぶって、拳を固く握りしめた。そして覚悟を決めると、赤いイチゴのカップケーキを手に取った。

“君の事が好き”


その日の夕方、早速シャドウは、綺麗にラッピングされた焼き菓子を持って、ナックルズの待つエンジェルアイランドへやって来た。

祭壇の頂上、マスターエメラルドの前で仁王立ちするナックルズが見える。

「よう、来たのか」

ナックルズがいつも通りの落ち着いた態度で挨拶をくれる。

シャドウはドキドキしながらナックルズに焼き菓子を差し出した。

「き、君にこれを⋯⋯」

シャドウは顔が湯沸かし器のように熱くなるのを感じた。

(何か言葉を添えるべきか⋯⋯いや、しかし⋯⋯)

脳内をぐるぐると高回転させているうちに、ナックルズは焼き菓子の包装をさっさと解き、イチゴのカップケーキを一口でたいらげてしまった。

「美味い!いつもありがとな。俺はこの味も好きだ」

ニカッと笑いかけてくるナックルズに一瞬見惚れたが、ハッとしてナックルズの手元を見た。焼き菓子の入っていた包装紙には、小さなメッセージカードが折りたたまれて入ったままになっている。

“君の事が好き”

シャドウは思わず包装紙ごと、折りたたまれたメッセージカードをナックルズから奪い返した。

「うおっ?」

「あ⋯⋯いや、ゴミを処分するのは面倒だろう。これは僕が回収しておく」

シャドウは思わずそう答えた。

(気付かれなかったなら、仕方がない。それに、贈り物自体は喜んで受け取ってもらえたんだ)

うつむき、がっくりと肩を落としたが、同時にどこかほっとしている自分もいた。
目を閉じ、先ほどのナックルズの笑顔を心の中で噛みしめ、頬を緩めた。

(言葉にして伝えなくとも、僕の心の中にある気持ちは変わらない。今はこのまま、彼の側にいられるだけで、十分に幸福だ)

そう思い直し、もう一度ナックルズの笑顔を見たくて、顔を上げてナックルズを見た。

ナックルズは、ぼんやりした顔で、遠い目をして、何かを考えているようだった。

「ナックルズ?」

「え?⋯⋯おう。⋯⋯今、何か言ったか?」

「いや⋯⋯君の名を呼んだだけだ」

そのまま、シャドウはナックルズの側に腰かけ、風に当たっていた。

ナックルズは遠い目をして、ずっと空を見上げていた。

なんとなく悪い気がして、その日シャドウは右腕をおねだりせずに、エンジェルアイランドを後にした。

翌日。

シャドウは夕方、再びエンジェルアイランドへやって来た。

ナックルズへ近づき、挨拶するが、どうも反応が鈍い。

「あー、おう⋯⋯今日も来たのか」

「忙しかったか?すまない。邪魔なら、すぐに⋯⋯」

「いいや。お前が来ると、いつも島が温かくなる」

ナックルズはそういって少し笑った後、再びどこか遠くを見て、ため息をついた。
そして、寂しそうにうつむいた。

「ナックルズ⋯⋯?」

「⋯⋯⋯⋯」

ナックルズはシャドウを振り返り、なんともいえない表情をして、それから正面に向き直った。

「いや⋯⋯なんでもねぇ。今日は、渡り鳥が島に来てるから、ちょっと騒がしいかもな」

そういって、顎で森の方を指して、寂しそうに笑った。
シャドウは、結局その日も右腕をおねだりする事はできなかった。


良く晴れた日曜日の昼下がり。

ソニックが、お気に入りのチリドッグ屋で、いつものチリドッグにかぶりつこうとすると、左右から同時に話しかけられた。

「ソニック。相談がある」

「ソニック!話したい事があるんだが⋯⋯」

ソニックは右と左を交互に見て、目をぱちくりさせた。

右にシャドウ。左にナックルズ。

「ナックルズ?!」
「シャ、シャドウ!」

どうも偶然鉢合わせたらしい。

シャドウがソニックとナックルズを交互に見る。
ナックルズはシャドウを見て、慌てて言った。

「そ、掃除道具が壊れてたんだった。俺は道具屋に行ってくる」

言うが早いか、ナックルズは道具屋のある商店街に向かって走って逃げていった。

ソニックは片眉を上げ、首を傾けながら言った。

「まずはシャドウ、お前からだな。世界の危機か?それとも冒険か遊園地へのお誘い?あるいは⋯⋯」

「ナックルズの様子がおかしい」

ソニックがガクッと頭を前に落とす。

「⋯⋯⋯全く同じセリフを、ついこないだ聞いた気がするんだけどなぁ」

「ナックルズがぼんやりしている」

ソニックはつまらなさそうに下唇を突き出して言った。

「なんだ、そんな事。誰だってぼんやりする事くらいあるだろ」

「まぬけな君とナックルズを一緒にするな。大事なマスターエメラルドを守護している最中に、彼がぼんやりと遠くの空を眺めて、話しかけても上の空だなんて、今まで僕は見た事がない」

ソニックは目を見張って、シャドウを見返した。

それから、エメラルドの前に立ついつものナックルズの姿を思い返し、シャドウを素直に見直した。

(そう言われれば、頑固者のナックルズは、敵なんか来なくても、いつも大真面目にエメラルドを守護してるんだよな)

「よく見てんなぁ、シャドウ。ナックルズがぼんやりしだしたのは、つい最近の事なのか?」

「ふむ⋯⋯そういえば、亜空間から助け出した後から、毎日だ」

「疲れてるんじゃないのか?色々大変な目にあったからな」

「身体は元気そうだ。しょっちゅうぼんやりと空を眺めるというだけで、動作や呼吸、顔色、毛並み、食欲。あらゆる点で不健康そうな要素は一切ない。」

「薄気味悪いくらいよく観察してんな」

「黙れ。ナックルズの健康管理のため、必要最低限の観察だ」

ソニックはチリドッグにかぶりつきながら考えた。

(ナックルズも俺のところに来たって事は、自分の調子がおかしいってわかってるって事か。しかも、理由をシャドウに聞かれたくない)

「シャドウ。ナックルズと何か話をしたか?暁の船団との戦いの後、俺のいないところで」

「別に、何も。⋯⋯ただ、僕は⋯⋯」

「なんだよ」

「⋯⋯ルージュに勧められて、彼に贈り物を。でも彼は、ぼんやりとしていて⋯⋯」

「⋯⋯それで?」

シャドウが黙った。ソニックが食べかけのチリドッグをテーブルに置いて、次の言葉を待った。

「⋯⋯⋯寂しい」

シャドウがぽつりとつぶやいた。

ソニックは空いている椅子を引っ張って来て、シャドウを座らせて言った。

「シャドウ。だったら、ナックルズの手をとって口説け。僕といる時に他の事なんて考えるな、僕の事だけを見てくれってな」

シャドウは思わずソニックをにらみつけた。

「そんな図々しい望みをナックルズに向けるなんて。ナックルズに対する冒とくだ。万死に値する」

「誰が?」

「僕が」

ソニックが半目になって呆れて突っ込んだ。

「ナックルズに見つめてもらっただけでお前は死ぬのか。お前の中のナックルズはメデューサか何かなのかよ」

シャドウがソニックの突っ込みに憤慨し、言い返そうとするのを片手で制し、ソニックは真顔で言った。

「お前はナックルズの気持ちから逃げなかった。じゃあ次のステップだ」

ソニックが前のめりになって、シャドウに顔を近づけていった。

「お前の気持ちから逃げるな」

シャドウが赤面してソニックを見た。

目をそらす。それからもう一度ソニックをにらみつけた。

「僕は逃げてなんかいない。ナックルズを守りたいだけだ。君を安易に頼った僕が間違っていた」

そしてシャドウは、走って逃げていった。

ソニックは椅子から転げ落ちて地面に転がり、頭を抱え、叫んだ。

「進展しねぇ~!」


商店街にある道具屋の清掃用具の戸棚の前。

そこには、トイレのタワシを両手で持ったまま、ぼーっとしているナックルズがいた。

「ナックルズ。トイレをお掃除する前に自分のお口を綺麗にしな。よだれがたれてるぜ」

やってきたソニックに突っ込まれて、慌ててナックルズが口をぬぐう。

「ソ、ソニック。シャドウは⋯⋯」

「走ってどっかに行っちまったぜ。何か俺に話があるんだって?」

「お、おう。えーと⋯⋯」

ソニックは、ナックルズを連れて、近くの広場のベンチに腰掛けた。

ナックルズはそわそわと辺りを見渡すと、ふうっとため息をついて言った。

「ジークの事が気になって、最近毎日、夜も眠れないんだ」

ソニックは驚いて目を見張った。

「ジークって、お前を攫っていった⋯⋯暁の船団の、師団長だっけか?」

「そうだ。あいつの事が心配で、夜も眠れないんだ」

「なんで、あんなやつの事⋯⋯」

「あいつは誰に何をされても、痛くても辛くても、文句も言わずに、ずっと一人で笑って、ずっと一人で平気なふりをしていた。ジークに仲間なんていなかった。あいつの周りには、あいつの味方のふりをした敵しかいないんだ」

ソニックはナックルズの言いたい事を理解しきれなかった。

黙ってナックルズの横顔を見つめる。

ナックルズは苦悩の表情を浮かべながら、続けた。

「シャドウが俺の島に来てくれた時に気付いたんだ。俺にはエンジェルアイランドと、マスターエメラルドと、お前らがいる。でもあいつには、一人も⋯⋯」

「わざわざ敵に同情して、いつまでもうじうじしてるなんて、お前らしくないな。あいつはお前を攫って、俺たち⋯⋯いや、シャドウを危ない目にあわせたやつなんだぞ」

冷たく言い放つソニックに、ナックルズが思わず振り向いて反論した。

「違う。あいつは、俺を逃がしてくれようとしたんだ」

「なんだと?」

「あいつは、逃がしてやろうかって言ってくれたんだ。そのせいで自分が酷い目にあっても構わねぇって。それで、条件として⋯⋯」

そこまで言ってナックルズは、突然赤面した。

ジークに「抱かせろ」と言われた事を、ソニックに説明できるわけがなかった。

「ええと、だから俺は、殴り飛ばしてやったんだ」

「なんで?!」

ナックルズは途端に表情を崩し、困った顔でしどろもどろになった。

「あー、うー、だから⋯⋯逃がしてやろうかって言われて、⋯⋯殴り飛ばして、うるせぇ、俺は俺だって怒鳴って、そこから喧嘩になっちまったんだ」

ソニックが不審そうに顔をしかめる。それでもナックルズは必死に訴えた。

「あいつは悪くねぇんだ。その⋯⋯命令されて、必要なものを探した。⋯⋯それが俺だったってだけなんだよ」

「なんで殴り飛ばしたんだ」

「そりゃもちろん、あいつが俺に⋯⋯!ああ、いや、うー、ふざけた事を言ってきたからだ。とにかく、正面から堂々と殴り合ったんだよ!」

ソニックはようやく少し合点がいった。

ナックルズの気持ちは理解できないが、言いたい事は理解できる。

「⋯⋯つまり、お前はジークと友達になったって事か」

「あー、うー、そうだ。正面から殴り合ったからな。⋯⋯もうちょっと殴り足りなかったか」

ソニックは苦笑しながら言った。

「殴り合ったやつは全員友達みたいな雑過ぎる友情、俺はどうかと思うけど⋯⋯まぁ、お前の気持ちはわかったよ。でも、シャドウの気持ちはどうだ?」

ナックルズが首をかしげる。ソニックが続ける。

「シャドウは寂しがってるぜ。お前がぼんやりした顔でジークのことばっか考えてるからな」

「な、なんだよ。ジークの事は、シャドウには関係⋯⋯」

「ないと言えるか?」

「⋯⋯⋯⋯」

「シャドウを探しに行ってくる」

「南のカレイドパークの方に走って行ったぜ。二人でゆっくり散歩でもしてこいよ」


ナックルズは街の南にあるカレイドパークにやって来た。

大きな公園で、中央の広場には噴水があり、人々が自由に散歩や体操をして楽しんでいる。

辺りを見回したが、黒い毛並みのハリネズミは見当たらない。広場を越えて、奥に進む林道に入ると、後ろから気配がした。

振り向くと、シャドウが自分のすぐ背後に立ち、ナックルズを鋭くにらみつけていた。

「おわっ」

ナックルズは思わず後ろにのけぞった。

「右腕を⋯⋯⋯」

シャドウが低い声でつぶやいた。

思わずナックルズが右腕をぴくりと動かすと、稲妻のような速さでシャドウがナックルズの腕に飛びつき、ナックルズを林道の脇の草むらに押し倒した。

ナックルズが起き上がるより早く、シャドウがナックルズの上にのしかかり、ナックルズの右上にかぶりついた。

「シャ⋯⋯シャドウ⋯⋯」

ナックルズは、右腕と言われて、つい右腕を動かそうとしただけで、シャドウに向かって差し出してはいない。

ナックルズは右腕を引っ込めようとしたが、シャドウは馬乗りになり、ナックルズを上から押さえつけながら、両腕で右腕にしがみつき、右腕に噛みつき続けた。

「シャドウ、やめろ、俺は⋯⋯」

力づくでシャドウを押しのけようと、腕に力をいれようとしたが、すぐに思い直した。

(右腕を噛んでいいって言いだしたのは、俺だ。今ここでシャドウを突き飛ばすのはおかしい)

ナックルズはぐっと唇を噛んで、両目をつぶった。その時、

「いい加減にしろ!」

怒りを含んだ叫び声と共に、シャドウが何かにぶつかられて弾き飛ばされ、ナックルズは身軽になった。

すぐに体を起こすと、目の前に青い毛並みが立ちはだかった。

「ソ、ソニック」

「黙って遠くからみてりゃあ相変わらず加減もデリカシーもねぇ!どうしてシャドウ、お前はいっつも正面から自分の理屈をぶつける事しかできねぇんだよ!」

シャドウがすぐに起き上がって言い返した。

「右腕は僕のものだ。ナックルズは僕に右腕を差し出そうとした。君に文句を言われる筋合いはない」

「いーや!俺は見たぞ!今のはフライングだ!ナックルズがちゃんと許可を出すまで待たなかった!」

ナックルズは慌ててソニックの腕を掴んで言った。

「ソニック、やめろ。そ、そもそも俺は、右腕なら噛んでいいってシャドウに⋯⋯」

「お前もお前だ!嫌ならちゃんと断れっていってるだろ!いつになったら学習するんだよ、このわからず屋の鈍感野郎!」

ソニックになじられて、ナックルズはついむきになって怒鳴り返した。

「う、うるせぇ!ジークにやられた時はちゃんと殴って断れたんだよ!」

ソニックとシャドウが目を丸くして固まる。

短い沈黙が三人を包み込んだ後、ソニックが裏返った声でナックルズに尋ねた。

「え、ジ、⋯⋯⋯ジークに何されたって?」

シャドウの目つきが鬼のように鋭くなり、ナックルズを捉えた。

ソニックもいつになく険しい表情でナックルズを見つめている。

ナックルズは二人からの強い圧に気付き、それから自分の失言に遅れて気がついた。慌ててどもりながら答える。

「え、あ、あああ、べ、別に何も⋯⋯」

「ナックルズ!」

二人がナックルズの肩を掴んですごんだ。

ナックルズは観念して正直に答える。

「に⋯⋯逃がしてやるから、契りをよこせって⋯⋯目をつぶらされて、寝かされて、足を開かされて、だ、だから、その⋯⋯⋯⋯」

二人の目線の質の変化に気付き、真っ赤になって叫んだ。

「じろじろ見るんじゃねぇ!ちゃんと殴って断ったんだよ!」

ソニックは、ジークがナックルズを助ようとした理由を完全に理解し、ため息をついた。

シャドウがわなわなと震え、小さい声で、殺す、とつぶやき、立ち上がって言った。

「もう一度あの亜空間の敵拠点へ行く。あいつにとどめを刺さなかったのは僕の落ち度だ」

ナックルズが必死にシャドウの腕を掴んで引き止めた。

「やめろ!ジークは俺を逃がそうとしてくれただけなんだよ!自分の立場そっちのけで!後で酷い目にあうってわかってんのに!」

シャドウは黙った。気付いていた。

あの時、ジークはナックルズを既に女神に捧げたと言っていたのに、祭壇のある空間の壁際に寝かされていたナックルズは無事だった。

大事そうに毛布に包まれたナックルズ。

怪我は軽傷。

シャドウを倒した後で祭壇に捧げるつもりだったのか、それともはなから捧げる気などなかったのか。

いずれにせよ、最後は自分の意志でナックルズを逃がした。

敵であるシャドウごと一緒に。

ソニックが頭の後ろに手を回しながら呑気に言った。

「殺しにいこうにも、亜空間への道はもう消えちまってるぜ」

ナックルズが冷静に返す。

「多分、ジークが消したんだ。俺たちが逃げた後で、時空の歪みを消せば、プリズムの上位適合者のあいつ以外、他のやつらは俺達の世界まで来れないって」

「あいつの世界が滅びたのは、あいつの父親のせいなんだとよ。そのせいで、あいつはいつも罰を受けてるんだ。女神の力で、父親が滅ぼした世界を復活させるために、俺の身体が必要だったんだと」

ナックルズがうつむいて続けた。握りしめる両拳に悔しさが滲んでいた。

「でも結局あいつは俺を逃がした。だからまた酷い目にあう。仲間のはずのやつらから、よってたかって鞭で殴られて⋯たった一人で、笑って強がって、平気なふりしてやがるんだ」

シャドウが吐き捨てるように言った。

「ただの言い訳だ。罪とは一人で背負うものだ。やつはナックルズを巻き込んだ。だから罰を受ける羽目になる。自業自得だ」

ナックルズは思わずシャドウに向き直って言い返した。

「俺は無事だった!そもそも、元々あいつ自身はなんにも悪くねぇのに⋯⋯」

「自業自得だ!勝手に滅べ!罰が嫌なら自ら消えろ!」

シャドウが被せ気味に鋭く叫ぶ。

ソニックは顔に手を当てて、しかめっ面で目をそらした。

(シャドウのやつ、完全に拗ねてやがる)

ナックルズが困った顔で、シャドウに話しかけようとする。

シャドウが黙ってにらみつける。

ナックルズが弱りきった顔でうつむいた。

(雰囲気、最悪)

ソニックは大げさにため息をついて、頭を左右に振ると、ナックルズに向き直り、明るい声で言った。

「わかったよ、ナックルズ。俺はお前の気持ちを尊重するよ。だから、気分転換に今は俺とデートしようぜ」

ナックルズはぽかんとした顔でソニックを見た。

シャドウの表情が悪鬼のような恐ろしい顔に変化する。

ソニックはすばやくナックルズの肩に腕を回してナックルズを連れていこうとする。

シャドウが殺気を放ちながらソニックの前に立ちふさがった。

「どけよ、シャドウ。お前はジークの心配ばかりしてる今のナックルズと仲良くできないんだろ。じゃあ、今は俺がナックルズをもらってく」

「⋯⋯⋯⋯」

シャドウが言葉を失い、半歩後ろに下がった。

ソニックはシャドウの隣りをすり抜けながら、軽い口調で言った。

「安心しろよ、お前が仲直りする気になったなら、いつでも返してやるからな。行こうぜ、ナックルズ」

「お、おい⋯⋯⋯」

ソニックはシャドウをその場に置いてけぼりにして、ナックルズを、公園の東にある植物園に連れていった。


「何がデートだよ。シャドウは一人で置いてけぼりにされて、今頃怒って帰っちまったに決まってるぜ」

ナックルズは、植物園に入ってすぐのサボテンコーナーで、サボテンのトゲをみらみつけながら文句を言った。

「シャドウもそこまで馬鹿じゃねぇよ。頭が冷えたら、きっとお前を迎えに来るさ。意地悪言ってすまなかった、君がいなくちゃこの先生きていけない、なんて言ってさ」

「くだらねぇ。シャドウだって暇じゃねぇよ。とっくに地下施設に帰って、次の任務の準備を始めてるだろ、どうせ」

ナックルズが拗ねたように言った。

頑固者のナックルズは一度拗ねるとなかなか機嫌が戻らない。

ソニックはさりげなく話題を変える事にした。

「ジークのやつ、今頃何してるんだろうな。まさかあれだけ偉そうな態度してたあいつが、お前を助けようとするなんて、想像もできなかったけどな」

「⋯⋯多分今頃、なんらかの罰を受けてる。俺を逃がして、追手がこっちに来れないように、入り口を塞いじまったから。殺される事はないらしい。あいつはクリムゾンプリズムの上位適合者で、あいつだけが、プリズムの力を使って、自由にこっちの世界に来れるらしいからな」

ナックルズが振り向かずにジークの事を説明した。

ソニックはふっと笑って、明るい声で言った。

「逆にいえば、ジークなら自分でこっちの世界に来れるんだろ?そのうちひょっこりお前に会いに来るんじゃないか?」

ナックルズがハッとする。思わずソニックの方を振り向いた。

ソニックが真顔になって、ナックルズの方をまっすぐ見て言った。

「その時、お前がしみったれた顔してたら、身体を張ってお前を庇ったジークがどんな気持ちになると思う。ジークの事を無理に忘れる必要なんてないぜ。だけど⋯⋯」

ナックルズが、目をそらし、考えるような顔をした。それから、ソニックに向き直り、まっすぐな目を向けた。

「わかったよ。いつも通りだ。ただ島で待つ。俺は動かねぇ」

「その通りだ。ジークの事も、もちろん、シャドウの事もな」

ソニックが軽い表情でナックルズに笑いかける。

ナックルズは自信たっぷりにうなずいた。

その時、黒い疾風が滑るように駆け、ナックルズを抱えて去っていった。

「な⋯⋯⋯おいっ!」

ソニックは完全に油断していた。

黒い疾風──シャドウは、ナックルズを抱えたまま、植物園の奥側の道へ滑走して消えていった。

「あのなぁ⋯⋯シャドウ、まじでお前⋯⋯⋯」

ソニックは呆れてひとりごちた。そして、追いかけるべきかどうか迷い、その場をぐるぐると歩き回った。

ここから先は二人の問題。

できればソニックだって、さっきのような出歯亀なんてしたくない。

(あいつらならうまくいくはず。あいつらならきっと、二人だけで⋯⋯)


植物園の最奥部にある円形の空間。

真っ赤な薔薇が咲き乱れる、小さな庭園のど真ん中。

シャドウが立ち止まり、抱えていたナックルズをそっと降ろした。

ナックルズは抵抗せずにシャドウに抱えられていたが、地面に降り立ち、慌てずにゆっくりとシャドウの方に向き直った。

シャドウは拳を握りしめ、険しい表情で地面をにらみつけていた。

ナックルズはシャドウの言葉を待った。

シャドウは喋らない。

ナックルズは、落ち着いてシャドウの顔を見た。

(ソニックの言う通りだ。ジークの事ばかり考えるんじゃなくて、シャドウとも、堂々と向き合うべきだ)

ナックルズが、短く息を吐き、明るい声で言った。

「シャドウ。ジークの事で、今まで勝手にうじうじしてて悪かったな。俺はもう、大丈夫だ」

シャドウはパッと表情を明るくしてナックルズを見つめた。

ナックルズは胸を張って言った。

「俺は待つ。ジークが俺に会いにくるまで。だからもう、大丈夫⋯⋯」

シャドウの表情が鬼のような険しい顔に戻り、ナックルズの胸ぐらをつかんで激昂した。

「駄目だ。忘れろ。あいつのことなんて二度と思い出すな」

ナックルズが困った顔をして言う。

「で、でも、ジークは俺を助けてくれたんだ。俺のせいでジークは⋯⋯」

「君を助けたのは僕だ!僕が助けたんだから君は僕のものだ!僕の事だけを見ろ!僕の事だけを考えろ!」

シャドウが必死の形相で叫んだ。

ナックルズも諦めずに食い下がった。

「でもジークは」

「二度とその名を口にするな!」

シャドウはナックルズの口に噛みつき、舌を絡めて、吸いつき、口の中をしゃぶり尽くした。

「んんっ!うぅ!」

ナックルズが、思わず涙目になって身体をよじり、逃げようとする。

シャドウはナックルズを押し倒して、そのまま口の中を蹂躙した。

「んううう!」

シャドウはナックルズの頭を掴み、口の中を思い切り吸いつくす。

ナックルズは、泣きながら夢中でもがき、シャドウの腕をすり抜けて右腕を開き、シャドウの左頬を殴りつけた。

シャドウが横に転がり、ナックルズはようやく逃げ出した。

ぜえぜえと肩で息をしながらナックルズはシャドウを見た。

シャドウの両目から涙が流れていた。

ナックルズは、シャドウに謝ろうとしたが、言葉が詰まり、代わりに震えて涙を流す事しかできなかった。

シャドウが転がるように起き上がり、走って去っていった。

ゆっくり二人の方へやって来たソニックが、シャドウとすれ違う。

ソニックは目を見張り、走り去るシャドウの背中を見送った。

迷いながら、薔薇の咲く小道を奥へと進み、ナックルズのいる庭園へと入っていった。

真っ赤な薔薇の庭園のど真ん中。

座り込んで泣き崩れているナックルズをみて、ソニックは、あああ⋯⋯と小さく嘆き、その場にへたりこんだ。