第32話「ナックルズのジュース」

円形の薔薇の庭園で、ナックルズはひとしきり涙を流すと、へたりこんで動けないソニックを見た。

目元をぬぐって立ち上がった。

「帰ろうぜ」

静かにそう言って、ソニックに手を差し出した。

日が暮れる帰り道。

二人でとぼとぼと植物園を後にした。

ソニックが肩を落としたまま、力なく言った。

「ナックルズ、お前⋯⋯」

「島で待つ。ジークの事も、シャドウの事も」

ナックルズは腫れ上がった目元のまま、まっすぐ前を見て言った。


翌日。

ナックルズは、セントラルシティの古道具屋で、掘り出し物を探してウロウロしていた。

島の中で一人でずっとシャドウを待っていても、なんだか気持ちが押しつぶされる
ような気がして、なんとなく、人の気配のある場所に行ってみようと思ったのだった。

(俺はシャドウを待つ。でも、俺の心が押しつぶされちゃあ、きっと待つ意味がねぇ)

島の管理に役立ちそうな雑貨を見つけて、いくつか購入すると、茶色い紙袋を持って道具屋を出た。

通りを歩きながら周囲を見渡す。

(シャドウが島に来ちまうかもしれねぇ。急いで帰ろうか、それとも⋯⋯)

ナックルズは、この街でもう少し他に用事を見つけたかった。

そういえば、昨日のソニックは随分元気がなかった。

自分がシャドウをうまく説得できなかったせいで、ソニックにも負担をかけてしまっている。

(チリドッグ屋で飯でも食ってたりしてねぇかな)

ソニックがよく立ち寄るチリドッグ屋に立ち寄ったが、店内にも、外のテラス席にも、ソニックのよく目立つ青い毛並みは見当たらない。

ため息をついて通りに出ると、ソニックの青い毛並みの代わりに、無表情な白い毛並みの猫の男を見つけた。

「キュイか」

シャドウの同僚のエージェント、キュイ。

常に冷静で落ち着いた性格の諜報役。

ナックルズにとっては、自分を屈強な戦士として真正面から評価してくれる、よき理解者だった。

思わずナックルズは駆け出し、キュイの目の前に飛び出した。

「キュイじゃねぇか!久しぶりだな!何やってんだよ」

キュイが少し目を見張り、何かを隠すようなそぶりをする。

「⋯⋯ナックルズ。今は、任務の最中で⋯⋯」

ナックルズは、首を傾けて背を伸ばし、キュイの斜め後方を覗き見た。

建物の壁沿いに置かれた大きめの木箱の上に、複数のエージェントに囲まれた、見覚えのある男が背を丸めて腰かけ、情報端末をいじっていた。

ナックルズは驚いて思わず大きな声をあげた。

「おい、あれって⋯⋯ハビシュか?!」

キュイは表情を変えずに、ナックルズの肩を抱き、ハビシュのいる場所からそっと離れ、近くの人気のない路地裏へ誘導した。

「ナックルズ、君がこんなところにいるとは。ハビシュは今、我々エージェントの保護・監視下にいる。世界政府はユニの脅威を封じた一方で、ハビシュをユニの一件の被害者であり、かつ今後の重要戦力とみなし、現在はエージェント候補としての活動を許可し、専用の特殊訓練を実施中だ」

反究極生命体・ユニ。それは究極生命体・シャドウを滅ぼすために作られた生物兵器で、究極生命体の模倣生命体であるハビシュの遺伝子を複製して作られた。

ナックルズは、かつてハビシュとユニに攫われ、命と尊厳の危険にさらされた。

キュイはその事もあって、まずはハビシュからナックルズを物理的に引き離したようだった。

「そうなのか。それってつまり、ハビシュは世界政府から、今のシャドウと同じ扱いを受けてるって事なのか?ハビシュはそれで納得してんのかよ」

自分が辛い思いをした事はそっちのけでハビシュの心配をするナックルズを見て、キュイは少し心配そうに眉をひそめたが、すぐに表情を戻し、淡々と述べた。

「彼は今の自分の境遇を受け入れている。長い間、ユニに精神的支配を受けていた影響で、少々不安定ではあるが⋯⋯エージェントとして活動する事については、前向きな感情を向けているようだ」

「そうか。ならよかったな。それでキュイ、お前はハビシュのお目付け役をやらされてるって事か?あれだけ大変な目に遭ったのに、お前も苦労させられてんな」

キュイもキュイで、ハビシュやユニと相対したソレイユ神殿では、ハビシュに全身を切りつけられ、瀕死の重傷を負った。

そのハビシュの世話係をやらされるというのは、心中穏やかではないはずだった。

思いがけずナックルズに気遣われ、キュイはやりづらそうに眉を掻きながら言った。

「ありふれた任務だ。簡単ではないが、愚痴るほどの難解さもない。わざわざ感情を動かす程の事じゃないさ」

キュイの落ち着いた受け答えを聞き、ナックルズは、唐突に、目の前の男に今の心境を洗いざらい話してみたくなった。

「なぁキュイ、俺、シャドウと喧嘩したんだ」

キュイは唐突すぎるナックルズの告白を受け、目を丸くして身体を硬直させた。

「そ⋯⋯そうか。それは⋯⋯大変だな。仲直りは⋯⋯」

「できるかどうかわかんねぇ。シャドウに、俺を助けたのはシャドウだから、俺はもうあいつのものだって。だから、『僕の事だけを見て、僕の事だけを考えろ』って言われたんだ 」

キュイは予想外すぎるシャドウの衝撃的なセリフを聞かされ、びっくりして、目を泳がせ、ナックルズの顔をみつめて固まった。

「でも今、俺のせいで大変な目にあってるやつがいる。そいつは遠い場所で、一人で重いもん背負わされて、苦しんでるはずなんだ。シャドウよりも今はそいつの事が心配で、俺は⋯⋯」

ナックルズは戸惑うキュイの様子に気付かず、思いのたけを必死にキュイへ向けた。

「ソニックにはそいつの事を忘れなくてもいいって言われたんだ。でもシャドウは忘れろ、二度と思い出すなって。⋯⋯なぁ、キュイ、お前はどう思う?」

キュイは焦って心の中でつぶやいた。

(別に俺は恋愛沙汰の専門家じゃないぞ)

困った顔でナックルズの方を見る。

ナックルズが、キラキラとした期待の目で見つめてきた。

キュイはたじろいだ。
くすぐったくて、とても目を合わせてはいられない。

目をそらし、少し考えていたが、仕方なく、小さく咳払いをしてから答えた。

「試練の時といったところだな。⋯⋯ナックルズ。君は、シャドウ以外と誰とも喋らず、交わらず、シャドウだけと、閉ざされた場所⋯⋯たとえば、エンジェルアイランドで。死ぬまで二人っきりで暮らせといわれたら、そうする覚悟でいるのか?」

今度はナックルズが目を丸くした。
目を閉じ、うーんとうなり、目を開いて答えた。

「駄目だ。島を守るには必要な道具がいる。修理や清掃のためのな。今日もそうだが、道具屋に道具を買いに行ったり、あとは⋯⋯ソニックのやつは絶対勝手に島まで遊びに来る。テイスルとエミーもだ。ルージュのやつも、たまにマスターエメラルドを眺めにくるかもな。あいつらは帰れっていってもなかなか帰らないから、会わないようにするのは無理だ」

それからキュイを見て言った。

「お前も島に来るなら、案内するぞ」

キュイは苦笑しながら答えた。

「今度有給がとれたらな。⋯⋯つまり、シャドウがいくら望んでも、ナックルズ、君には譲れない事があるというわけだ」

姿勢を少し整え、キュイが続ける。

「⋯⋯つまり、これは君の試練じゃない。シャドウの試練だ。望めば全てが手に入るわけじゃない。君はシャドウそのものじゃない。君だって、たまにはシャドウの知らない場所に行くし、シャドウの知らない事をするし、シャドウ以外の事を思い浮かべて、勝手に動く」

ナックルズは黙ってキュイをみつめ、静かにキュイの話を聞いていた。

キュイはいつも通りの落ち着いた声でまた続ける。

「だったら、シャドウはどうすればいいのか。望みはどこまで許されるのか。どう自制するのか。シャドウ自身が、それを学び、省みて⋯⋯⋯実践しなければいけない」

ナックルズは、少し納得したように小さくうなずいた。

「シャドウの試練か。じゃあ、俺はどうしてやればいいんだ?」

キュイは固まって、険しい顔をして、心の中で再び突っ込んだ。

(だから俺は恋愛の専門家じゃない!)

ナックルズが前のめりに嬉しそうに一歩前に近づいてきた。

キュイはうろたえ、遠慮がちに半歩下がると、仕方なく、さらに考えて言った。

「せ、選択肢はおそらく⋯⋯待つ。話し合う。譲歩する⋯⋯つまり、シャドウの気持ちに寄り添う。そして、たまにシャドウが失敗しても、許す。あとは⋯⋯こういう話の相談先は、もっと慎重に選ぶことだ」

「そうか⋯⋯わかったぜ。ありがとな、キュイ。お前に相談してよかったぜ」

ナックルズは右の拳を胸の前に掲げ、キュイにニカッと笑いかけた。

キュイはため息をついて首を左右に小さく振り、苦笑した。

そして、すっきりした顔でナックルズはハビシュのいる方向に首を向けた。

「お陰で俺はすっきりしたけどな。ハビシュのやつは、元気でやれてんのかよ」

「気になるなら、少し話すか?一般市民とのちょっとした会話も、今のハビシュにはいい訓練だ」


ナックルズとキュイは、エージェントに囲まれて情報端末をいじっているハビシュの元に戻ってきた。

「ハビシュ、久しぶりだな。俺だ、ナックルズだ」

ナックルズがハビシュに話しかけた。

ハビシュは顔をあげ、少し驚いたような顔をしたあと、ニヤニヤと卑屈そうな笑みを浮かべ、早口で喋りだした。

「あ、ああ、ナックルズ、ナックルズだぁ⋯⋯。僕はねぇ、今、楽しいんだ。誰も僕を馬鹿にしない。やれっていうならなんでもやるよ。でも落ち着かないね。やらなきゃいけない事、たくさんあるからねぇ。この街は嫌いじゃないよ。でも昼の明るさは嫌い。うふ、だから意味ないねぇ、やっぱりこの街も嫌いだぁ、うふふふ⋯⋯」

ナックルズは顔をしかめてキュイに言った。

「おい、変わってねぇぞこいつ。なんでもやるって。誰かにやばい事を命令されたら、またユニと組んでる時みたいにめちゃくちゃな事しだすんじゃねぇのか」

キュイは淡々と返した。

「問題ないさ。カウンセリングは常時実施している。表層の言葉だけにとらわれない事だ。生き物は誰でも、見栄を張るし嘘もつく。最後の一線を越えるような、壊れた倫理を持っているかどうかはまた別の話だ」

ナックルズはハビシュを見返した。

ハビシュが嬉しそうにナックルズに笑いかけ、もじもじしながら言った。

「ねぇナックルズ、手を触らせて。片手だけでいいんだぁ。僕は今生きてる。楽しい事がしたい。だから、少しだけ、ねぇ」

笑顔のハビシュを見て、ナックルズは思わず左手を差し出した。ハビシュは両手でナックルズの左手を捕まえ、ねっとりとなで回した。

ナックルズはぞわっとして、つい、すぐに手を引っ込めた。

ハビシュは笑顔のまま言った。

「ねぇ、もっと一緒にいたい。今度カフェでデートしよう。一緒にバターたっぷりのキャラメルドリンクを飲もう」

ナックルズは物怖じせずに、堂々と返した。

「駄目だ。お前と二人っきりでは会わない。俺はお前と飲むキャラメルドリンクよりも、シャドウと飲む、島で作ったフルーツジュースの方がいい」

ハビシュの表情が凍り付いた。人形のような冷たい真顔になり、小さな声でつぶやいた。

「やっぱり僕はシャドウに比べて、価値がないんだ」

ナックルズは即座に言い返した。

「違う。俺がそう思うってだけだ。いちいちうじうじするんじゃねぇ。お前がキュイや他のエージェントの言う事を聞いて大人しくできるなら、今度お前にも、手作りのフルーツジュースを飲ませてやるよ」

「ナックルズが作ってくれるの?」

間髪入れずにハビシュが聞き返した。

ナックルズは胸を張って答えた。

「そうだ。甘いか、酸っぱいか、ちょっとエグいか⋯⋯飲んでからのお楽しみだ」

「⋯⋯ありがとう。ナックルズのジュース。ナックルズが僕のために作るジュース⋯⋯」

ハビシュがはにかみながら笑顔になり、遠くを眺めてうっとりした。

ナックルズはキュイとエージェント達に挨拶をしてその場を離れた。

キュイにもらった言葉を思い出す。

(俺の譲れない事か)

ジークを待つ。島から動かない。

そして、シャドウの事も待つ。受け止める。

望むなら、シャドウの為に、右腕を差し出す。

歩きながら、シャドウの言葉を思い出した。

“君を助けたのは僕だ!僕が助けたんだから君は僕のものだ!僕の事だけを見ろ!僕の事だけを考えろ!”

ついナックルズは立ち止まり、空を見上げ、考えた。

(俺はジークを忘れられない。あいつの事は、俺に責任がある。これは譲れない。⋯⋯でも、シャドウにも助けられた恩がある。その恩は、どうやって返すのがいいんだ?)

再び、キュイの言葉を思い出し、つぶやいた。

「シャドウの試練⋯⋯か」

とりあえず島に戻るために、再び歩き出した。

シャドウはきっとまた島に来る。

その時にまた、シャドウの心と向き合うしかない。

(島で待つ。いつでも帰ってこい、シャドウ。俺は動かない)