第33話「カーニバルと白い花」

「カーニバルと白い花 」

赤い庭園でナックルズとシャドウが離れ離れになってしまった、その数日後。

ナックルズはセントラルシティのチリドッグ屋でようやくソニックを見つけた。

ナックルズはソニックの目の前に走って飛び込み、勢いそのままにまくしたてた。

「おいソニック、元気だせ。いいか、俺は島でシャドウを待つ。だからなんにも問題なんかねぇんだ」

チリドッグを頬張ろうと大口を開けていたソニックは、突然ナックルズに突撃されて面食らい、チリドッグを落としそうになった。

それからナックルズが自分を励ましそうとしている事を理解し、バツが悪そうに頭を掻きながら言った。

「別に俺だって、いつまでもへこんでないっての。そもそもお前とシャドウの問題だろ」

「う⋯⋯そ、そうだ。だから、俺は問題ねぇ。ジークの事も、シャドウの事もだ」

ソニックは泣きながら走り去っていったシャドウの姿を思い出した。

(問題なくは⋯⋯ないだろ)

あのプライドの塊のようなシャドウが、泣きながら逃げていった。

そして、薔薇の庭園の真ん中で取り残されたナックルズも泣いていた。

二人の間に何が起きたのかはわからないが、決定的な断絶があった事は間違いない。

ナックルズは傷ついた。

でも、理由はわからないが、シャドウも深く傷ついているはずだった。

ソニックはナックルズを見返した。

ナックルズは、迷いのない顔でソニックをみつめている。

「まぁ、お前はへこたれてないって事だよな。わかったよ、親友」

ソニックはため息をついて言った。

シャドウだって、いつまでも逃げっぱなしでいるわけがない。

心の整理がついたら、そのうち勇気を出して、自分からナックルズに会いに来るに決まっている。

ナックルズがシャドウを見捨てるわけがないし、シャドウが逃げっぱなしでいるわけがない。

ソニックは少し安心して、チリドッグにかぶりついた。

(焦る必要なんてないんだよな。ナックルズはどこにも行かない。あとはいつでも、 シャドウがナックルズに会いに来ればいいだけなんだから)

その時、背後からソニックを呼ぶ元気な声がして、二人は振り返った。

「ソニック!久しぶり!元気にしてた?」

声の主は、レモン色の毛並みをした、明るい雰囲気のフェレットの女性だった。

「イルダか。相変わらず、エネルギー全開って感じだな」

ナックルズが目をパチクリさせているのを見て、ソニックがイルダをナックルズに紹介した。

「ナックルズ、彼女はイルダ。服飾デザイナー志望で、いつもいろんな服をデザインしながら、せわしなく世界を飛び回ってる、タフな女なんだ」

「へぇ⋯⋯女版ソニックって感じだな。俺はナックルズ。エキドゥナ族の生き残りで、エンジェルアイランドっていう島で守護者をやってる。よろしくな」

ナックルズがイルダの方にまっすぐ向き直り、挨拶した。

イルダはナックルズをじっとみつめて固まったあと、前のめりにナックルズに飛びついた。

「ナックルズ⋯⋯あなた、ナックルズっていうのね。なんて情熱的な毛並みなの!それにたくましい身体してるわね!そして純朴そうな雰囲気、雄大な佇まい。島の守護者。⋯⋯完全にピンと来たわ。これは運命よ。絶対素敵な事になるわ!」

ナックルズはうろたえて半歩あとずさった。

ソニックが肩眉をあげてイルダに尋ねる。

「イルダ、ナックルズがどうかしたのか?」

イルダが興奮気味にまくしたてた。

「近々ソルトシティで開催される、カーニバルのパレードに参加して欲しいのよ。デザインコンテストがあるの。モデルがデザイナーの作った色とりどりの衣装を着て、華やかさや美しさを競い合うの。ナックルズは私がやりたかったデザインのコンセプトにぴったりなのよ!」

ソニックは合点がいって、うなずいた。

ナックルズは状況が飲み込めず、頬を掻きながら尋ねた。

「カーニバル?何か祭りでもあるのか。俺に何しろっていうんだよ」

「ここから東のソルトシティで、大きなお祭り⋯⋯カーニバルがあるの。別に宗教的な意味があるわけでもない、賑やかで楽しいお祭りなんだけどね。そこで行われるパレードに、私のデザインした衣装を着て参加して欲しいの。絶対素敵な仕上がりにしてみせるから、お願い!」

ナックルズはうろたえて言った。

「俺は守護者だからな⋯⋯あんまり長々と島から出るわけにもいかねぇんだ。それに、デザインコンテストなんて、よくわからねぇし⋯⋯もっと慣れてるやつに頼んだ方がいいんじゃねぇのか」

「慣れてないのがいいのよ!コンセプトは赤と白、情熱と純潔。奇跡のような対極のエレメントの融合よ。まったく性質の異なる赤色と白色が、同じ座標に交わるの。人々はパレードの日に奇跡を見るわ。私が見せるの。素晴らしい日になるわ。そして私はデザインコンテストで優勝して、世界中にその名を轟かせるのよ!」

ソニックが、相変わらず全開だな、と言って苦笑いする。

ナックルズが感心して言った。

「よくわからねぇが⋯⋯情熱か。そこは悪くねぇな。とりあえず、お前の熱意は伝わってきたぜ。だったら、いくらでも協力してやるよ。それで俺は、何をすればいいんだ?」

イルダが飛び上がって喜んだ。さっそく早口でまくし立てる。

「まずは全身のサイズを計らせて欲しいの。ここからすぐの場所に、アトリエを借りてるから、ついて来てくれないかしら。あなたは忙しいのよね?だったら、あとは当日来てくれればいいわ。そこで私の作った衣装を着て、カーニバルの列に入って、街中を練り歩くの」

ナックルズはうなずいた。

「よし、わかった。さっそく行こうぜ」

ソニックは二人のやり取りを笑顔で見守っていたが、ふと心配になり、ナックルズに耳元で囁いた。

「おい、大丈夫か?イルダの作る衣装って、結構奇抜なやつが多いんだぜ。内容をよく聞いて、嫌なら嫌って、後からでもいいから、ちゃんと断れよ」

「おう、わかった。問題ねぇよ」

ナックルズはうなずき、イルダの後について、ソニックの元から去っていった。

イルダに連れられ、街の片隅にある小さなアトリエに入り、ナックルズは部屋の中を見渡した。

カラフルで華やかな衣装がところせましと並べられている。

トゲだらけの真っ黒なドレス。
紫と黄色の、もじゃもじゃの着ぐるみ。
悪魔の羽が生えた忍者の衣装。
ドーナツやクッキーのぬいぐるみがちりばめられたピンクの寝間着。

(奇抜か⋯⋯なるほどな。でもこのくらいなら、別に問題ねぇよな)

ナックルズは、胸を張ってイルダに言った。

「どんな衣装でも、どんと来いよ。なんでも着てやるぜ」

「ありがとう!絶対素敵な衣装を仕上げてみせるわ」

イルダはすぐにナックルズの全身を細かく採寸した。

採寸が終わると、ナックルズはイルダに挨拶し、アトリエを後にした。

「じゃあ、あとは当日、ソルトシティに行けばいいんだな」

「そうね。よろしく、ナックルズ!楽しみに待ってるわ」

ナックルズは、島に帰り着いて、マスターエメラルドの前で腕を組みながら考えた。

(カーニバルか。でっかい祭りなんだろうな⋯⋯シャドウも来ねぇかな)

ナックルズは、いつも少し離れた場所から控えめに微笑みかけてくる、黒いハリネズミの姿を思い浮かべた。

その日も、シャドウはエンジェルアイランドには来なかった。


翌日。

ソニックはステーションスクエアの街角で、シャドウを捕まえて話しかけた。

「ソルトシティで、もうすぐカーニバルが開かれるの、知ってるだろ?ナックルズがパレードに参加する。派手な衣装を着てな。お前も見に来いよ」

「断る。僕は任務で忙しい」

シャドウは、目も合わせずに断った。

ソニックはムカッとして、ついシャドウを挑発した。

「いつまでも意地はってんなよ。それに、ナックルズが永久に大人しくお前だけを待ってるだなんて思うなよ!」

「なんだと?」

ソニックは、島でシャドウを待つと言い、自分の気持ちもそっちのけでソニックを励まそうとまでしていたナックルズの姿を思い出した。

(あいつの気持ちも知らないで、なんなんだよ、お前は)

ソニックは、勝手にどんどん苛立ちを募らせ、さらに挑発を続けた。

「どうせ、ナックルズなら島でいつまでも僕を待ち続けてくれる、なんて思ってんだろ。甘いんだよ。ある日突然、何も言わずに、お前の手の届かない遠い場所に行っちゃったりしてな」

シャドウは、ソニックを横目でにらみ、鼻で笑って答えた。

「ハ⋯⋯くだらん。彼がエンジェルアイランドを離れてどこかへ行くなど、あり得ない」

「なんでそう言い切れるんだよ。わかんねぇぞ、あいつは守護者でもあるけど、探検家でもあるんだからな」

「それでも島には帰ってくる。この世界に、あの島に、マスターエメラルドがある限りはな」

シャドウはソニックを置き去りにして、悠々とその場から去っていく。

「いつまでもナックルズに甘えてないで自分から動けっていってんだよ、この根暗の分からず屋!」

もの言わぬ黒い背中に向かってソニックは叫んだ。

そのままシャドウは、振り向きもせずにゆっくりと歩き続け、曲がり角の向こうに消えていった。


カーニバル当日。

ソルトシティの中心部は、カーニバルの参加者と見学者の波でごった返して、大賑わいの様相だった。

通り沿いにはずらりと屋台が並び、大道芸人達がパレードの開始を待つ見学者たちに向かって、あるゆる芸を披露している。

通りの端にある広間では、パレードの参加者が並んで、色とりどりの衣装を着こみ、期待や不安、さまざまな表情をしながら待機していた。

その奥に並んである簡易の更衣室の中の部屋の一角で、ナックルズは素っ頓狂な悲鳴をあげた。

「なっ、なんだこりゃああ?!」

イルダの衣装を着せられて、鏡の前に立ち、始めてナックルズは自分の見通しの甘さに気付かされた。

絹とレースで作られた、真っ白なドレス風装束。

端的に言えば、花嫁衣裳。

しかし、カーニバルならではの華やかさを意識してか、胸元は大きくはだけ、腹部も丸見え。

スカートの全面が大きく開いて太ももは丸出し。

背中には大きな羽がいくつも伸び、頭には白薔薇をちりばめた華やかな冠。

靴は真っ白な厚底のハイヒール。尻尾には真っ白で大きなリボン。

──純白の花嫁・カーニバルバージョン。

イルダが大興奮してまくし立てた。

「⋯⋯最高よ!完璧に計算通り。赤い毛並みに映える、純白の衣装。華やかで賑やかなカーニバルの中の、ただ一点の純潔。その透き通った純潔の中に包まれながれも、尽きる事なく燃え盛る情熱。女神であり、戦士であり、守護者であり、花嫁。そう、この世界を幸福に導く情熱と純潔の花嫁!」

(また女装かよ⋯⋯!)

ナックルズはうろたえて後ずさろうとしたが、慣れないヒールのせいでこけそうになり、慌てて腰をかがめ、縮こまった。

イルダがナックルズの拳をみてつぶやく。

「ああ、グローブは⋯⋯つけたままの方が、雄々しさを表現できていいわね。戦う花嫁。純潔の中でほとばしる情熱。最高よ⋯⋯完璧すぎるほど最高⋯⋯」

イルダはすぐにナックルズの背中を押して、外に連れ出した。

「もうパレードが始まるわ。行きましょ。まずは参加者みんなで大通りをまっすぐ歩くの。交差点まで行ったら、移動型のステージが来るから、そこからはステージに立って、スタッフに従ってね。頑張って!」

すぐにパレードが始まり、ナックルズは、参加者の列に混じって、そのまま大通りをおっかなびっくり歩いた。

通りの左右にはたくさんの見学者たちで賑わっている。あちこちから歓声が響く。

「おい、あそこ、花嫁がいるぞ!」

「かわいい!こっち向いて!」

「わはははは」

ナックルズに向けて声援が送られる。

「ひぃぃぃぃ⋯⋯!」

ナックルズは腰を引きながら、涙目でひょこひょこと歩き続けるしかなかった。


「こちらシャドウ。逃亡した盗撮犯を確保。身柄を担当に引き渡し次第、巡回に戻る」

カーニバルを開催中のソルトシティの一角。

薄汚れた狭い路地裏で、シャドウは市中警備の任を、ルージュや他のエージェントと共に請け負っていた。

通信機越しに、気だるげなルージュの声が返ってくる。

「盗撮犯、痴漢、ひったくり、すり、露出魔。そりゃあ、放置するわけにもいかないけど⋯⋯“ハズレ”ばっかりねぇ。テロリストがこのカーニバルを狙ってるって話だけど。キュイの見立てだと、テロリストの犯行声明はフェイクで、別人のいたずらだっていうし」

シャドウは淡々と返す。

「市長と主催者の意向だ。カーニバルは中止できない。それに、パレードはもう始まっている。参加者の安全を完璧に確保するのが今の僕の務めだ。テロリストの犯行声明がフェイクだろうと何だろうと、やるべき事は変わらない」

「真面目なものね。いつもならこんな地味な任務、皮肉のひとつでも言ってくるじゃない。面倒なら、別の人と交代して、もっとやり甲斐のある現場に移動しちゃってもいいのよ」

「パレードにナックルズが参加する」

シャドウがすかさず答えた。

沈黙がしばらく続く。

そして、少しの笑みを含んだルージュの声が返ってきた。

「今からでも有給とって、見学に行けば?パレードなんて、夢みたいなものよ。目が覚めたらそれで終わり。だったら、夢が夢であるうちに、楽しまなくっちゃ」

「⋯⋯⋯⋯」

沈黙が続く。しばらくたって、ようやくシャドウが小さな声でつぶやいた。

「ひつようない」

ルージュが優しい声で返した。

「応援を増やしておくわ。休憩がとりたくなったら、いつでも言いなさい」


「ええ⋯⋯花嫁衣裳⋯⋯?!」

ソニックは、コンテストのスタッフの手伝いをしながら、イルダから今回の衣装のコンセプトについて初めて聞き、驚きの声を上げた。

「ち、ちなみにどういうデザインなんだ?」

「端的に言えば女装。思いっきり大胆、なのに繊細な。でもそこがいいの。戦士にして花嫁。純白で可憐で純潔だけど、真っ赤で屈強で雄大で、情熱的なのよ」

ソニックは顔に手をやって、あーあ、という顔をした。

その花嫁衣装を着せられて、ナックルズがどういう表情をしてパレードに出発したのか、実際に目の前で見ていたかのように鮮明に想像できる。

(だから内容ちゃんと聞いて嫌なら断れっていったのにあいつ⋯⋯どうせ、なんでも着てやるから任せておけ、なんて言っちゃったんだろ)

しかし、ソニックはイルダの言葉を心の中で繰り返し、考えた。

純白で可憐で純潔だけど、真っ赤で屈強で雄大で、情熱的。

(確かにそりゃあ、ナックルズそのものだな)

眉を少し下げてイルダに言った。

「そのコンセプトなら、モデルにナックルズを選んだのも納得だな。ナックルズは、衣装を着た時、どんな様子だったんだ?」

「照れて、恥ずかしがってたわね。まさに純潔。でも背中を押してあげたら、そのままパレードに自分の足で向かっていったわ。まさに、秘められた情熱」

ソニックは肩をすくめてため息をつき、苦笑いをした。

その時、遠くから爆発音が響いた。

「なんだ?!」

ソニックが爆発音の響いた方角を向き、とっさに駆けだそうとしたが、イルダに素早く肩をつかまれ、つんのめった。

「待って!行かないで。今日は警備がたくさんいるし、ソルトシティは元々賑やかな街だから、小さな爆発くらいの騒動、日常茶飯事なの。あなたが行かなくてもきっと平気。それよりこっちのスタッフを手伝って。パレードがコンテストに移行する前に、表彰式の準備を済ませなくちゃ。あなただって早く終わらせて、ステージの上のナックルズを見たいでしょ!」

血走った眼でイルダがソニックをのぞきこむ。

ソニックは縮こまって、走り出すのをあきらめた。

「わ、わかったよ、わかったから⋯⋯そんなに睨むなって、ハハハ」


「爆発音を確認。すぐに現場へ向かう」

路地裏で不審者を探して巡回していたシャドウは、即座に向きを変えて、素早く滑走した。

すぐに爆発現場付近にたどり着いた。白い噴煙が地下から立ち上り、逃げ惑う人々でごった返している。

「爆発は地下。調査班が監視カメラの映像を解析。犯人は若者三人組。テロリストの手口を模倣したいたずらってとこかしら。事前の犯行声明も多分彼らね。地下水路の奥に逃げたわ。すぐに座標を送る」

ルージュのからの通信を受け、シャドウは速やかに爆発現場と逃走ルートの座標を確認し、犯人グループを追いかけ、すぐに地下水路へ入っていった。

暗い地下水路。下水道だった。

悪臭が漂う中を疾走しながら、人の気配を探る。

ドブネズミの群れが横を走って逃げていく。

奥の水路の中で暗闇が動いた。

即座に飛び込み、逃げようとする若者を一人捕まえた。

当て身をくらわせ、水路の脇の歩行用の通路に寝かせる。

さらに奥側で水が激しくはねる音がする。

飛び上がり、通路を回って、二人目を捕まえた。当て身をくらわせ、その場に寝かせる。

「あと一人⋯⋯!」

奥側で、水流の音にまじって、くぐもった悲鳴のような声が聞こえた。

奥側に水路の分岐があった。さっきの水路よりも、より激しい勢いで汚水が奥に向かって流れている。

ごうごうと流れる黒い濁流にシャドウは飛び込み、水路の奥側に向かって泳いでいった。

「いた⋯⋯三人目!」

溺れながら流されていく人影をみつけた。

思い切り足を掻き、腕を伸ばして、ようやく三人目の犯人を確保した。

そのまま犯人を抱き上げると、水流に合わせて加速し、壁をつたって滑走し、もとの通路に戻ってきた。

「こちらシャドウ。犯人と思われる三人組を確保した。全員、呼吸、脈拍、共に異常なし。速やかに地上まで連行する」


爆発音が聞こえた瞬間、花嫁衣裳に身を包み、及び腰でヒョコヒョコ歩いていたナックルズは、途端に戦士の構えになり、音の響いた方角に向かって駆けだした。

大通り正面。

ナックルズが白い噴煙の上がる現場にたどり着くと、道路の真ん中が大きく陥没していた。

陥没穴から白い噴煙が立ち上っている。

「地下で爆発が起きたってのか!」

見ると、陥没穴のすぐ横で、移動式のステージを上に搭載したパレード用の大型車が、陥没穴にはまりかけ、前のめりに倒れようとしていた。

パレードの参加者はまだステージに上がっていないが、運転手が涙目で震えているのがガラス越しに見え、ナックルズは飛び出した。

「諦めるのは早ぇぜ!おらあぁぁぁ!」

真正面から車の下に入り込み、ステージ車を持ち上げ、陥没した道路の向こう側にステージ車を無理やり移動させた。

そのまま陥没穴を飛び越え、車を後ろから押し、ステージ車はなんの問題もなく、進行ルートのど真ん中に復帰した。

様子を恐る恐る見ていた周囲の見学者たちから、どっと歓声が上がった。

「花嫁がステージ車を持ち上げて助けたぞ!」

爆発は一回きりだったようで、すぐに大量の警備員とスタッフがやって来て、陥没した箇所を避けながら、後続のパレード用のステージ車が次々と進行していく。

真顔で淡々とステージ車を誘導する警備員たちを見て、ナックルズは呆れかえった。

「こんな騒ぎでもパレードは中止にならねぇのかよ⋯⋯ったく」

パレードが続行されるなら、ナックルズもすぐに持ち場に戻らなければいけない。

(ええと⋯⋯この後、このステージ車に乗れってイルダは言ってたな)

踵を返し、元の場所に戻ろうとしたその時。

「もし。貴殿に、これを」

振り向くと、覆面を被った白装束の男が、ナックルズに向かってひざまずき、白く大きな一輪の花を差し出していた。

ナックルズは、よくわからないまま花を受け取り、覆面に隠された相手の顔をまじまじと見つめた。

「一族の誇りの為、我らの悲願を一身に受ける意志があるなら、その花を貴殿の胸に添えるべし」

そう言って、白装束の男は、人込みの中に紛れて消えた。

「一族の誇り⋯⋯」

何の事を言っているのかはわからなかったが、発言の意味ならなんとなくわかる。

(エキドゥナ族の生き残りとして、あいつらの話を聞くなら、この花を胸に挿せ、って事か)

ナックルズは黙って白い花を胸に挿した。

一輪の、美しい白百合の花。

ナックルズは百合の花をみつめ、それから正面に向き直った。

「俺に話があるってんなら、正面から受けて立つぜ」

そして、大きな歓声の中、パレードの行列に向かって、悠々と戻っていった。

パレードに戻ったナックルズは、目の前にやって来たステージ車の上に誘導され、そのままステージの真正面に立たされた。

大きな歓声と野次が飛び交う。野次の中には、聞くに堪えない下品なものもあった。

「ううう⋯⋯」

ナックルズは改めて自分が着ている衣装の趣向を思い出し、真っ赤になった。
しかし、イルダに向かって言った自分の言葉を思い出す。

“どんな衣装でも、どんと来いよ。なんでも着てやるぜ”

ナックルズは必死で胸を反り返らせた。

着ると言ったのは自分自身。

イルダはこの衣装に、ただならぬ熱意を込めているらしい。

絶対に逃げるわけにはいかない。

唐突に、隣りでパフォーマンスしていた参加者の女性に話しかけられた。

「駄目だよ、君。せっかく素敵な衣装着てるんだから、もっとみんなにアピールしなくっちゃ。ほら、くるりと回って、ポーズとってみて」

肩を押され、その場で一回転させられる。

薄手のレースのスカートがふわりと舞い、背中から飛び出す大きな羽が、ぽよぽよと跳ねた。

周囲から大きな歓声が上がる。

「ほら、お尻を見せて!そのかわいいリボンもアピールしなきゃ」

歓声を受け、さらにテンションの上がった隣りの参加者は、ナックルズのお尻を勢いよくペチンと叩いた。

「ひぃあぁぁぁ!」

ナックルズは飛び上がって叫び、その場にしゃがみ込んだ。

見学者たちが面白がって大笑いする。

参加者の女性はさらに喜んで、ナックルズを無理やり立ち上がらせ、どんどんきわどいパフォーマンスをナックルズに向かって要求し始めた。

「ほら、盛り上がってるよ!どんどん見せてこ!もっと胸を突き出して!ほら、恥ずかしがらないでアピール!」

「ひぃ⋯⋯ひぃ⋯⋯!」

涙目でいいなりになるナックルズ。

歓声と野次は、その周りでどんどん大きくなっていった。


シャドウは、地下水道の入り口付近で待機していたエージェント達に、確保した犯人たちの身柄を引き渡すと、フラフラと日の当たる地上に戻っていった。

強烈な臭気に眩暈がする。

ドブの中を泳いで犯人を確保したので、シャドウの毛並みは薄汚れ、ガビガビになってしまっていた。

正面には、ちょうどパレードのステージ車が次々とやってきていた。

見学者たちは、大喜びでステージを見上げ、好き好きに声援や野次、歓声を楽しそうに飛ばしている。

昼下がりの太陽に照らされる陽気なその光景を、シャドウは路地裏の影から、眩しそうに見つめていた。

ふと、正面にやって来たステージ車を見上げた。

ステージの上で、真っ白な衣装を着た、赤い毛並みが動いている。

「赤い毛並み⋯⋯」

燃えるように鮮やかな赤色の毛に、つい視線を奪われ、それからハッと目を丸くした。

「⋯⋯ナックルズ?!」

ステージの上のナックルズは、あられもない過激な趣向の花嫁衣裳を着せられ、顔を真っ赤に染め上げ、涙目で過激なポーズを取らされ、周囲の見学客に晒し者にされ、笑われていた。

シャドウの中で、プツンと何かが爆ぜる音がした。

「ナックルズ。君は一体、何をしている」

ステージ上で必死になってあらゆるポーズを取らされていたナックルズは、耳元で聞きなれた低い声を聞き、慌てて声のする方を振り向いた。

「シャ⋯⋯⋯⋯シャドウ?!」

ナックルズは大慌てで花嫁衣裳に包まれた身体を両手で隠そうとした。

何も知らない他人に笑われるより、自分の事をよく知っているシャドウに笑われてしまう方がダメージがでかい。

必死で取りつくろって言った。

「み、見るな!違うんだ、これは。事情があって⋯⋯」

「君が辱められる事態に、事情もくそもあるか!」

ナックルズの言葉が終わるよりも早く、シャドウが鋭く叫び、ナックルズの花嫁衣裳は、激怒したシャドウの手で、あっという間にビリビリに裂かれてしまった。

ナックルズは両手で身体を隠して立ち尽くし、ぽかんとした顔でシャドウを見つめた。

シャドウはフゥフゥと興奮した表情で息を上げ、ナックルズをにらみつけていたが、驚いて固まるナックルズの表情を認識し、ようやく正気に戻り、慌てて言った。

「ああ⋯⋯違う、すまない。衣装を破壊するつもりはなかったんだ。君があまりにも辛そうだったから、つい。僕は決して、君を⋯⋯⋯」

そこまで言って、言葉を詰まらせた。

そして結局、何も言えずにシャドウはステージから飛び降り、逃げ去ってしまった。

後には、衣装をボロボロにされたまま胸元と腰元を隠し、ぽかんとした表情で立ち尽くすナックルズが残されていた。

隣りで驚いて固まっていた参加者の女性は、衣装が破れて、胴体だけがほぼ丸裸になったナックルズを見て言った。

「⋯⋯ワーオ、むしろさっきよりも、過激な恰好になっちゃったね⋯⋯」


ソニックは、イルダに連れられて、ステージ車がよく見える、コンテスト参加者専用の見学席へやって来た。

ステージ車が次々と見学席の正面を通り過ぎていく。

参加者は、色とりどりの衣装に身を包み、自信たっぷりにポーズを決めたり、声援に応えて手を振ったり、ダンスを披露したりしている。

「へぇ、さすがカーニバル。派手で豪華な衣装ばっかりだな」

ソニックは口元に手を当て、感心したそぶりでステージ上の参加者たちを見渡した。

「次のステージ車が来るわ!ナックルズは⋯⋯いた!」

イルダが明るいはしゃぎ声を上げた。

ソニックはステージ上の赤い毛並みを見つけて、笑顔になったが、次の瞬間、動揺の声をあげた。

「⋯⋯ナックルズ?!衣装がボロボロじゃないか!」

ステージ上のナックルズは、頭に真っ白な花飾りをつけ、ふとももや二の腕には、やはり真っ白できらびやかなレースの衣装を身につけている。

足元には白い厚底のハイヒール。

しかし、肝心の胴体は、ビリビリに破れた白い切れ端があちこちにくっついているだけで、丸裸の状態だった。

ナックルズは真っ赤な顔をして胸や腰を両手で隠し、なす術もなく立ち尽くしている。

あられもない姿で立ち尽くすナックルズに向かって、遠慮のない下品な野次が飛んでいた。

すかさずソニックは屋根づたいに飛んで行ってステージに降り、ナックルズを抱え、イルダの元へと連れてきた。

イルダが驚き、緊張の面持ちでナックルズに話しかける。

「ナックルズ、大丈夫?何かあったの?私の作った衣装、何か不備があったのかしら」

ナックルズは我に返って、イルダに何かを言いかけたが、そっぽを向いて、つぶやいた。

「あ⋯⋯いや、つまずいて、木に引っかけて⋯⋯服が破れた。悪い⋯⋯」

イルダが一瞬、傷ついたような顔をした。

ソニックは、かっとなって思わずナックルズを問い詰めた。

「この大通りには、ステージの上に届くようなでかい木なんてねぇよ。まさか、その衣装が気に入らなくて、自分で衣装を引きちぎったのか?」

ナックルズが動揺して、視線を左右に彷徨わせながら、それでも言い返した。

「あ⋯⋯ああ、そうだ、悪かったな。俺が自分で服を破った。身体がなんか痒くて、かきむしったら、服が全部破けちまったんだ」

ソニックが激昂してナックルズにつかみかかる。

「イルダはお前に似合うと思ってこの衣装を必死に作ったんだぞ!嫌なら断れって言っただろ。当日ステージの上で服を破くなんて、衣装を作った本人に失礼だって、わかんないのか!」

イルダが素早くソニックを制止した。

「やめて、ソニック。私が悪かった。ごめんねナックルズ、あなたに事前に確認しておけばよかった。女装の、しかも過激な趣向の衣装が平気かどうかって」

ソニックが何か言いかけるよりも前に、イルダがソニックに畳みかける。

「大丈夫。それよりソニック、急いで更衣室からレモン色のトランクケースを取って来てくれない?念のため、代えの衣装も用意してるから⋯⋯」

言うが早いか、音速でソニックがレモン色のトランクを運んできた。

イルダは手早くナックルズをその場で着替えさせ、くるりとナックルズの身体を回転させ、うなずいた。

「これでよし。完璧な変身よ」

見ると、ナックルズは、ふかふかのマントと、きらびやかな衣装に、頭には王冠。どこかの国の王様のような堂々たる出で立ちで、手には王笏を持っていた。

「なんだ、まともな服もあるじゃねえか」

途端にナックルズは笑顔になって嬉しそうに王笏を高く掲げ、堂々とポーズをとった。

ソニックが顔を真っ赤にして叫んだ。

「やっぱり自分で引きちぎったんじゃないか!」

「花嫁は華麗に蛹を破り、赤き猛々しき地上の王となる。完璧な演出よ。ソニック、彼をステージの上へお連れして。王を玉座へ導く騎士のごとく、丁寧に、真摯に、誠実に」

イルダは舞台の上の役者のように、大げさな仕草でソニックに言った。

ナックルズは、破れた花嫁装束の上に落ちていた白百合に気付き、胸元に挿しなおし、ソニックの肩を叩いた。

ソニックがため息をついてナックルズを抱える。

「丁寧にだぞ、ソニック。王を導く騎士のごとくな」

「うるさいな!調子にのりやがって!」

王の出で立ちでステージに戻ったナックルズは、揚々と見学客に向かってポーズをとり、真っ向から声援と歓声を受け止めた。

イルダが満足そうに何度もうなずくのを、ソニックは複雑な表情で見つめていた。


ナックルズとイルダは結局、デザインコンテストで優勝する事はできなかった。

しかし、審査員特別賞の枠の中のひとつ、「ハプニング賞」を受賞した。

表彰式の前の巨大なディスプレイに、花嫁衣裳を着て恥ずかしがるナックルズと、花嫁の姿でステージ車を持ち上げるナックルズが映し出され、それから中央に大きく、衣装がボロボロに破かれ、丸裸になって立ち尽くすナックルズが映し出された。

観衆からどっと笑い声と歓声が沸き起こる。表彰式一番の大歓声だった。

イルダが飛び上がって喜び、ナックルズはゆでだこよりも真っ赤になった。

ソニックは大げさに両手を掲げ、首を左右に振った。

それから、夜になり、表彰式の片づけが終わり、コンテスト参加者たちへ向けた打ち上げパーティーが始まった。

ナックルズは衣装を脱ぎ、イルダに返しながら、謝った。

「イルダ。悪かったな、花嫁の衣装を俺が破いちまって。あの衣装が無事なら、本当は優勝できたかもしれねぇのに」

「気にしないで、ナックルズ。モデルの気持ちを考えずに突っ走った私が、デザイナーとして未熟だったの。それにあなたのお陰で、面白い賞も取れたしね」

イルダが楽しそうにウィンクをした。

ナックルズは授賞式のディスプレイの映像を思い出し、再び顔を真っ赤にした。

「あら?この花は⋯⋯」

イルダが、返却された衣装に、一輪の白百合の花がまざっているのに気付いた。

ナックルズが白百合を手に持ちなおして言った。

「悪い、これは俺のだ。花嫁の衣装着てる時に、知らないやつが胸に挿せって、くれたんだよ」

イルダが目を丸くし、それから考える仕草をして言った。

「白百合の花か。純潔。無垢。高貴⋯⋯花嫁に向かって、ねぇ。もしかして、本気のプロポーズだったりして」

「まさか。そんな雰囲気じゃあなかったぜ」

ナックルズは笑って言い、イルダに挨拶すると、手に白百合を握ったまま、打ち上げパーティーの会場から抜け出し、夜の大通りを走り回った。

(シャドウがまだこの街にいるかもしれねぇ)

パレードの終わった大通りは、今も賑やかで、多くの人が行きかっていた。
屋台から食べ物の匂いが流れてきて、大道芸人があちこちでパフォーマンスを披露している。人々は楽しそうに祭りの夜を堪能している。

大通りを過ぎて、周辺の路地裏も探しまわったが、シャドウはおろか、昼間にちらりと見かけたエージェントたちも見当たらない。

(昼の間に、撤収しちまったのか)

ナックルズは、肩を落として立ち止まった。

シャドウはナックルズのドレスを引き裂いて逃げていったが、ナックルズは、シャドウが悪いとは思わなかった。

俺が自分で服を破った、とソニックに言ったのも、嘘をついたつもりはない。

(俺が内心嫌がって、あの衣装を脱ぎたいと思ってたのを、シャドウはすぐに見抜いたんだ。俺がシャドウに衣装を破かせた。俺が我慢してたせいで、みんなに迷惑をかけたんだ)

ソニックは自分のために、それから、イルダのために激怒していた。

“嫌なら断れって言っただろ”

ソニックの正論が胸にまっすぐ突き刺さる。

(やっぱ、あいつの言ってる事って、いつも正しいんだよな)

大きくため息をついて、踵を返した。

(ソニックに謝ろう。断れずに結局みんなに迷惑をかけた。俺が全部悪い)

──その時。

横の路地裏から、覆面を被った、白装束の集団がぞろぞろと現れた。

ナックルズは足を止め、白装束の集団にまっすぐ向き直った。

手にした白百合を握りしめ、軽く身構える。

「お前ら、さっき花をくれたやつの仲間か。俺に何の用だ」

白装束の集団の中の一人が前に出て、抑揚のない声で言った。

「エキドゥナ族の生き残り、ナックルズ殿とお見受けいたす。まずはこちらをご覧じ召されよ」

ナックルズは、差し出されたものを受け取って確認した。

古代文字と絵が刻まれた、古い石板だった。

覆面の男が続ける。

「我らはコルタ族。エキドゥナ族に滅ぼされし一族の末裔なり。此度は古代からの因縁により、エキドゥナ族の末裔である貴殿を、籠入りの花嫁として迎え入れたく、参上仕った次第」

ナックルズは石板に見入って、よく確認した。

エンジェルアイランドに残された遺物にそっくりな意匠で、かなり古い年代のものである事が明らかだった。

そこには、エキドゥナ族らしき生き物が、コルタ族らしき生き物を殺戮している様子が、絵と文字で紡がれていた。

古代の守護者であり、遺跡の探検家でもあるナックルズは、石板が偽物ではない事を理解した。

ナックルズは、ごくりと唾を飲み込み、目の前の覆面たちに向かって言った。

「籠入り?⋯⋯花嫁って⋯⋯つまり、俺に、古代のエキドゥナ族がやった事の責任をとって、お前らの所へ嫁に行けって言ってんのか?」

「左様」

「俺は男だ」

「籠入りとは神前の儀。コルタの神に供物を捧げる神聖な意義をもつ。籠入りの花嫁は、性別よりも、因縁のある一族の血統が何より重視される」

ナックルズは困惑して後ずさった。

籠入り。花嫁。

エキドゥナ族の責任。

──神への供物。

エキドゥナ族が、はるか古代に、あらゆる一族へ侵略行為をしかけた事はナックルズも当然理解している。

そして最終的に、一族の欲望によって一族は滅びた。

そして、今はナックルズだけがただ一人、一族の生き残りとして、エンジェルアイランドでマスターエメラルドを守護して暮らしている。

(責任⋯⋯一族の⋯⋯だったら、やっぱり、俺は⋯⋯⋯⋯)

ナックルズは、声を震わせて言った。

「ちょっと⋯⋯ちょっと、待ってくれ。俺は、⋯⋯すぐ戻るから⋯⋯」

ナックルズは振り向いて駆け出した。

ハァハァと息が上がる。

(ソニック。俺はどうすればいい。俺はたった一人のエキドゥナ族の生き残りだから⋯⋯やっぱり責任を取らなきゃ、駄目なのか)

打ち上げ会場に戻ってきて、必死で青い毛並みを探した。

中央の広場には見当たらない。慌てて振り向き、椅子に引っかかって、つまずいた。

フラフラと立ち上がり、当たりを見回して、ようやく広間の端の落ち葉の上に寝転がって居眠りをする、青いハリネズミを見つけた。

転がるようにソニックの前に躍り出て、息を上げながらソニックに話しかけた。

「ソ、ソニック。コルタ族ってやつら、知ってるか?白い服に、覆面被ったやつらで⋯⋯」

ソニックは目を開けてナックルズをちらりと見やったが、ぷいと顔をそらし、再び目をつむった。

「知らねぇ」

ナックルズは諦めずに続けた。

「な、なぁ。籠入りってわかるか?俺、その、多分⋯⋯」

「知らねぇって」

ソニックは腕枕をして、ごろりと寝返り、ナックルズから背を向けた。

ソニックは機嫌の悪さを隠しもせず、ナックルズの話を拒み、そのまま動かなくなった。

ソニックは、ナックルズの危うさを痛感していた。

(なんでも受け止める。嫌なくせに断らない。自分一人が悪いと思い込んで、抱え込む)

今回は、恥ずかしい衣装を着せられてしまったというだけ。

でも、シャドウと一緒にいれば、今後ももっといろんなものを一人でしょい込み過ぎて、いつか潰れてしまうかもしれない。

ナックルズが嫌なものは嫌だと断れるようにならないと、この問題は永遠に解決しない。

(なんにも、わかってねぇ)

ソニックは、一方的にナックルズを怒鳴りつけそうになる気持ちを抑えて、眠いふりをして、固く目をつぶった。

しばらく寝たふりをしていると、背後で立ち上がる気配がした。

そして、走り去っていく足音が聞こえて、ソニックは目を開けた。

しばらくそのまま動かずに、ナックルズのこれからの事を考えていた。

(シャドウとどうやって仲直りするつもりなんだ、お前。お前が一人で我慢して、お前が一人で受け止めて、シャドウのやる事なんでも許して、好き放題させて⋯⋯)

ソニックの心に、どんどんイライラが募ってきた。

(何が“俺は待つから大丈夫”だ。待つから大丈夫じゃないんだよ。お前はもう、待つな。むしろ⋯⋯)

ソニックはナックルズを追いかけて、自分の本音をぶつけてやろうと思った。

(そうだ。お前はもう、シャドウを待つな。俺がはっきり言ってやればいい)

ソニックが足に力をいれたその時、せわしない足音が戻って来た。

ソニックはつい慌てて寝たふりを再開した。

「ソニック。俺はしばらく忙しい。シャドウや、他のみんなにもよろしく言っといてくれ。⋯⋯⋯じゃあな」

ソニックの背中に向かってそう投げかけると、ナックルズは再び走って、どこかへ去ってしまった。

ソニックはしばらくそのまま寝たふりをしていた。

しかし、なんとなく不安になって、むっくりと起き上がった。

広場を走り回り、大通りを走り回り、路地裏を走り回った。

赤い毛並みのハリモグラは、ソルトシティのどこにも見つからなかった。

そして、ナックルズはそのまま、行方不明になってしまった。