その日もシャドウは、退屈な任務から帰還し、無表情なまま報告を終えた。
世界政府の所有する、シャドウのいつもの拠点の地下施設。
シャドウは次の任務に関連する最新の情報を確認し、メディカルチェックを受け、他のエージェントと戦略会議をし、退屈な今日の任務を全て終えた。
明日また新たな任務を開始する前に、武器屋へ行って、有用な道具があれば買い足して置こうと思い、エントランスに出てきたところで、ロビーの端に青いハリネズミが立っているのを見つけた。
眉をひそめて無視しようとしたが、名前を呼ばれ、仕方なく立ち止まった。
「シャドウ。ナックルズが⋯⋯」
「僕には関係ない」
振り向きもせずに言った。
自分がナックルズに近づけば近づくほど間違える。
傷つける。
何度でも。
シャドウにはもうわからなかった。
何が正解なのか、何がナックルズのためなのか。
ソニックが憎らしい。
ソニックはナックルズの親友。
ナックルズの事ならなんでも理解できる。
共有し合える。いつでも側にいれる。
(結局、ソニックさえいれば、ナックルズには、僕の存在など必要ないというわけだ)
ソニックがいちいちナックルズの名前を出して自分の前に現れる事が、もはや当てつけのようにすら感じる。
(だったら、ソニック。君がナックルズを救え)
シャドウはそのまま、ソニックの方を見向きもせずに歩き始めた。
(君がナックルズを抱きしめ、君がナックルズを慈しみ、君がナックルズを守ってみせろ。僕にいちいち干渉するな)
深く息を吸い、吐き出す。
出口へゆっくりと向かう。
その時、
「助けてくれ⋯⋯⋯」
やっとの事で絞り出したような、か細い声が聞こえた。
目を見張り、思わず振り向いた。
青いハリネズミが、泣きそうな顔で立ち尽くしていた。
シャドウと目が合ったソニックが、迷子の子供のような顔で言った。
「ナックルズがいない。いなくなっちまった。カーニバルの後、ソルトシティから、エンジェルアイランドから。どこを探しても、いくら待ってても、どこにも⋯⋯⋯⋯」
シャドウは無言でソニックに駆け寄った。
ソニックの肩を掴み、カオスコントロールでエンジェルアイランドにソニックごと飛んでいった。
二人はエンジェルアイランドを駆け回った。
祭壇の周辺、遺跡群、森の中、ナックルズが掘った穴の中、小屋の周辺。
どこを見渡してもナックルズはいない。
「ソニック、どういう事だ。いつからだ、異変が起きたのは⋯⋯」
「ソルトシティでナックルズがパレードに出るって、前に言っただろ。その後、ナックルズが、俺はしばらく忙しいって言って、どこかへ行っちまって。そこから一度も帰ってきてないんだ。もう三日経つ。何度も島に来て、待ってたんだけど⋯⋯」
ソニックが消え入りそうな声でうつむいて言った。
シャドウはようやく事態の異常さを理解し始めた。
ナックルズが島にいない。
「俺は忙しい」と言ってでかけたきり、帰ってこない。
マスターエメラルドを置いて、親友のソニックに行き先も告げず。
それでもあの屈強なナックルズが、簡単に危機に陥るとは思えない。
「⋯⋯たかが⋯⋯三日だ。探検に行ったか、何か重要な用事でもあって、きっと本当に忙しいだけだ⋯⋯」
シャドウが両目をせわしなく彷徨わせながら言った。
たったの三日。
確かに、探検家でもあるナックルズが、何かの目的で、突然三日ほど島を離れてどこかへ行ったというのは、別にそれほど不自然な解釈ではない。
ソニックがじっと一点をみつめ、それから怯えたような表情で言った。
「コルタ族⋯⋯」
「コルタ族って⋯⋯わかるか?」
「⋯⋯何?」
シャドウは唐突な質問に眉をひそめたが、すぐに返答した。
「コルタリア国の貴族階級に位置する少数部族か?古代からの血を受け継いでいるといわれる連中だ」
「⋯⋯籠入り。⋯⋯籠入りって、知ってるか⋯⋯?」
「知らん。コルタ族に関連した単語か。それとナックルズとなんの関係が⋯⋯」
シャドウはそこまで言って、ソニックの表情を見た。
「⋯⋯ナックルズと、どう関係があるんだ」
もう一度同じ質問をした。
ソニックが苦悶の表情で言った。
「ナックルズに、同じ質問をされたんだ」
二人は即座に情報端末でコルタ族について調べた。
“籠入り”という言葉はどこにもみつからない。
シャドウは情報端末を操作して、一人の少女に連絡を取った。
カラナ。古代専門の歴史研究家。
「“ 籠入り” をコルタ族に関連する単語と仮定した場合、単語の持つ印象から察するに、文化的・宗教的意味合いの単語である可能性が高い」
シャドウは言いながら、端末の画面をにらみつけた。
すぐに情報端末が鳴る。二人は食い入るように画面をのぞき込んだ。
“籠入りとは、コルタリア地方に住むコルタ族に古くから伝わる、神前の儀式。異種族の巫女や王族を神前に生贄として捧げ、自らの一族の血統的・政治的な正当性を明らかにするための儀式”
“選ばれた者は一輪の白百合を胸に挿す。そして、白百合で囲われた花籠に乗せられ、白百合の花冠を被り、生贄として、贄の花嫁として、神前に捧げられる”
ソニックの顔から血の気が引いていく。
シャドウが鋭い声でソニックを尋問した。
「ナックルズは、白百合の花を」
「持っていた。パレードの最中、ずっと胸に挿してた」
シャドウは端末を操作して返信した。
“コルタ族とエキドゥナ族の関係性を何か知らないか?”
すぐに返信が来る。
“エキドゥナ族がコルタ族の領地に侵攻して、一族の衰退に関与したというのが、最近のコルタ族側の主張”
シャドウは言った。
「コルタ族は異種族の巫女や王族⋯⋯代表者を攫い、神前に生贄として捧げる風習を持つ。それが“籠入り”。ナックルズは籠入りの対象として、選ばれた。そして、攫われた」
ソニックの顔がどんどん蒼白になっていく。
シャドウがソニックの胸倉を掴んで叫んだ。
「おかしいと思わなかったのか。君はずっとナックルズの側にいたんだろう。⋯⋯白百合を胸に挿しっぱなしで、彼が少しでもいつもと違うと、何故!」
「おかしかったんだよ!最初っから!お前の事で無理して平気なふりばっかして、パレードの衣裳を突然自分で引きちぎって、木に引っかけたなんて嘘をついて⋯⋯」
「黙れ!衣裳を引きちぎったのは僕だ!あの衣装はナックルズを辱めた!彼を恥辱から解放するために僕が破ってやったんだ!」
「なんだと?!」
ソニックの動きが止まる。
シャドウが目をひん剥いて、低い声でもう一度言った。
「あの白い衣装を引き裂いたのは僕だ。あの白い衣装が、ステージが、周りの下品な野次の全てが、ナックルズを辱めた。だから僕が破壊してやった」
「お前の⋯⋯せいで⋯⋯」
ソニックがゆっくりとシャドウの肩を掴んだ。
「僕のせいでなんだ?君はナックルズの側にいながら、ナックルズをあの恥辱から救わなかった」
「お前のせいでナックルズがあの後、どんな目に遭ったと思ってるんだ!」
ソニックがシャドウに殴りかかった。
シャドウは避けもせずに左の拳を繰り出し、ソニックの拳が当たるよりも速くカウンターの一撃を右頬に叩きこんで叫んだ。
「文句があるなら君が守れ!君の怠慢でナックルズがこの島からいなくなったんだ!」
ソニックが全身をうねらせて、ゼロ距離からのスピンアタックでシャドウを吹っ飛ばし、叫び返した。
「世界でどこの誰に言われても!お前には!お前にだけは言われたくないんだよ!お前のせいでいつもナックルズは、悩んで 、傷付いて、どれだけの想いで待ち続けたか!いつもいつも、お前だけがわかってないんだ!」
シャドウの表情が悪鬼のように鋭くなった。
手にした情報端末を投げ飛ばし、ソニックへ突っ込んだ。
回転しながら、斜めから切り裂くように鋭い蹴りを叩きこむ。
ソニックはすれすれで躱し、シャドウの胸部に拳を叩きこんだ。
突き出たソニックの右腕をひねり、シャドウがソニックを地面に叩きつける。
ソニックはシャドウの腕を掴み、回転しながらシャドウをすぐ近くの木の幹に投げ飛ばした。
「逃げてばっかりの根暗野郎!」
「口先だけの役立たずが!」
お互い同時に回転しながら突っ込んだ。
青と黒の火花が散る。
限界まで回転し、地面を削り、同時に弾け飛んだ後、もう一度お互いに飛びかかった。
ソニックの右拳がシャドウの頬を殴る。
シャドウの左拳がソニックの顎を殴る。
そのままめちゃくちゃに殴り合い、つかみ合い、うなりながら、毛並みを引っ張り合った。
「離せ!」
「そっちが!」
「馬鹿!」
「まぬけ!」
「つぶれ黒まんじゅう!」
「くされ青ヒョウタン!」
めちゃくちゃに殴り合い、引っ張り合って罵り合ったが、それでも決着がつかない。
「ハァ⋯⋯ハァ⋯⋯」
「フゥ⋯⋯フゥ⋯⋯」
息を切らしながら、それでももう一度つかみ合った。
「お⋯⋯お前の⋯⋯せいで⋯⋯」
「ぼ⋯⋯僕が⋯⋯⋯」
ソニックがシャドウの頭の針をつかんだ時、シャドウがとうとう倒れこみながら言った。
「僕が⋯⋯ナックルズを、追い詰めた⋯⋯⋯⋯」
そのまま、シャドウは地面に膝をついて言った。
「僕が、ナックルズを、一人にした。⋯⋯僕のせいで、ナックルズは、一人で遠くへ⋯⋯」
ソニックがフラつきながらシャドウにつかみかかって言い返した。
「違う。俺だ。俺がナックルズの叫びを聞きそびれた。あいつは俺に、助けを求めようとした。俺のせいで、ナックルズはコルタ族のところへ行くしかなくなったんだ」
シャドウがソニックの手を振り払って叫んだ。
「黙れ!僕がナックルズを傷つけた!大事な時に僕が逃げたせいで、僕がナックルズを守れなかった!」
「勝手に一人で背負うな!俺のせいだって言ってんだ!」
「ナックルズは僕の全てだ!彼の心の傷は全て僕の罪だ!僕が一人で背負って何が悪い!」
再びお互い、つかみかかろうとして、同時に滑って崩れ落ちた。
「お、俺のせいで⋯⋯」
「⋯⋯僕のせいで⋯⋯」
二人の視線がかち合った。ソニックが目に涙をためて言った。
「ナックルズが、いなくなっちまった」
「ウッ」
同時に、二人は大声で子供のように泣き喚いた。
「わあぁぁぁぁ!」
「ウアァァァァ!」
エンジェルアイランドの祭壇の前。守護者のいないマスターエメラルドを背後に、二匹のハリネズミは大声で泣き続けた。
やがて、冷たい風が吹きすさぶ中、二人の泣き声がようやく収まった。
ソニックはうつむいたまま鼻をすすった。
むっくりと上体を起こして、頭を掻き、シャドウを見た。
シャドウは地面に突っ伏して動かない。
少し冷静になって、脳内で状況を整理した。
“ソニック。俺はしばらく忙しい。シャドウや、他のみんなにもよろしく言っといてくれ。⋯⋯⋯じゃあな”
ナックルズは自分からコルタ族のところへ行った。
何故か。
──“籠入り”。
異種族の代表を神前に生贄として捧げる、コルタ族の儀式のため。
恐らく、コルタ族は、自分たちを衰退に向かわせたエキドゥナ族に恨みがあり、最後の生き残りであるナックルズを攫い、生贄として神に捧げる事で、留飲を下げようとしている。
「コルタ族のいる国、コルタリアに行こう。俺たち二人で、ナックルズを助けに行くんだ」
ソニックはシャドウを見て言った。
シャドウは動かない。小さな声だけが返ってきた。
「コルタリアは現在鎖国中だ。陸続きの国境は全て周辺諸国と紛争中の危険区域で、部外者は入国できない」
ソニックは目を見張る。心臓が大きく跳ねた。
(そんな危ないところに、ナックルズは連れ去られちまったのか)
「だ、だったら何だってんだよ!だからって見殺しにするのか?!お前のナックルズに対する気持ちは⋯⋯」
「黙れ。コルタリア国に関する極秘情報がエージェント専用のサーバーに共有されている。だが任務外の事に情報を濫用した事がばれるのはまずい。救出後にナックルズにも迷惑がかかる。情報をばれずに盗み、ばれたとしてもなんとかごまかす手段を同時に確保しておかなければならない」
ソニックは目をぱちくりさせた。
「それってつまり⋯⋯」
「キュイに相談してみる」
シャドウは起き上がり、目元を乱暴にぬぐいながら、近くに落ちている情報端末をいじり始めた。
「キュイと連絡が取れた。行くぞ」
シャドウが目をそらしたまま、何もなかったかのようにすまして肩を差し出した。
ソニックは片眉を上げながら、シャドウの肩をつかんで言った。
「馬鹿みたいに喧嘩して、子供みたいに仲良く泣き喚いてましたって、まさかキュイにバラしてないだろうな」
「軽口を叩ける程度には回復できたようだな、くされ青ヒョウタン」
無表情のシャドウに、ソニックが歯をむいて煽り返しながら、二人はカオスコントロールでキュイのいる地下施設へと向かった。
同時刻、コルタリア国の首都、中心街の大通り。
白装束の行列の中央に、大きな花籠が担がれ、通りの先の大神殿へ運び込まれようとしていた。
花籠は、白百合の花で囲まれ、白い蔦が巻かれている。
花籠の中には、白いベールを垂らした、白百合の花冠を被ったナックルズが、緊張の面持ちで座り込んでいた。
(エキドゥナ族の責任⋯⋯俺が⋯⋯俺が背負わねぇと、駄目なんだ)
檻のような形をした花籠の隙間から、大神殿の回廊が見えた。
正面に神官らしき者たちが並び、花籠が運ばれてくるのを待ち構えている。
花籠が進んでいる道の左右には、観衆が興味深げに花籠の中を覗き込もうと、背伸びをして、視線をあちこちから向けてくる。
大きく響く自身の鼓動を聞きながら、ナックルズは拳を強く握りしめた。
(ソニック。お前と、本当はもっとちゃんと話がしたかった)
乱れそうになる息を必死で整え、必死で正面を見据え、落ち葉の上に寝転がる親友の背中を思い出した。
それから、パレードの喧騒の中で、本当は窮屈だった花嫁衣裳を破いてくれた、シャドウの怒った顔を思い出した。
(シャドウ。お前がもしここにいたら、⋯⋯この檻、すぐに壊してくれるのかもな)
やがてナックルズを乗せた花籠は、大きく口を開けた大神殿の暗い入り口の中に吸い込まれ、回廊の奥に消えていった。