第36話「コルタリアの花嫁 3」

シャドウとソニックはハビシュに指定された通りの座標上の、コルタリア国の国境付近までやってきた。

シャドウは情報端末から秘匿サーバーにアクセスし、ハビシュが用意した作戦資料を確認していた。

「ここから内部の関係者の協力で、輸送車の貨物に隠れて密入国だっけか。そんな面倒な事しないで、カオスコントロールを使ってサクッと中に入れないのか?」

ソニックは隣りでシャドウの手元をのぞき込みながら文句を言った。シャドウは端末をしまい、周囲を慎重に確認しながら答える。

「できるが、やらない。詳細な地形を把握せずにテレポートすると、座標がずれたり、敵の眼前に姿を晒したりと、余計な危険が増える。ナックルズを確実に救出するには、まずは確実に内部まで秘密裏に潜入する事が肝要だ」

「確実に⋯⋯ね。お前のカオスコントロールよりも、ハビシュからの情報とサポートを信用してるってわけだ」

「黙れ。ハビシュを、じゃない。ハビシュを使う選択肢を取ったキュイの判断を信用しただけだ」

そのまま待っていると、輸送車が三台並んでやってきた。運転手の一人が片手をあげ、二人に視線を向ける。

シャドウは低い声で合言葉を放った。

「キャラメルドリンクよりも、味がわからないアレ 」

運転手は、シャドウとソニックにフルーツ味の缶ジュースを一本ずつ渡すと、真ん中の輸送車の荷台に二人を誘導した。

荷台に二人が隠れると、輸送車はすぐに出発した。

荷台の中に潜り込み、缶ジュースを飲みながら、目的地に到着するの二人は待った。

随分と悪路のようで、上下左右に終始荷台はガタガタと揺れ続ける。

ソニックが尻をさすりながらしかめっ面で言う。

「タダで乗せてもらった輸送車の荷台の乗り心地がここまで“快適”とはね。おっ、ナチョスが詰んである。一袋くらい開けてもバレないよな?」

「ふざけるな⋯⋯うっ」

シャドウがソニックを咎めようとして、頭を押さえて呻いた。

「気分が悪い」

「車酔いか?」

シャドウの背中をさすろうとしたソニックの手を、シャドウが素早く振り払う。

「いや⋯⋯この感覚は⋯⋯何か、現在の座標軸に無理やり押さえつけられているかのような⋯⋯」

「車酔いをそこまで格好良く表現できるとは、さすが究極様は一味違うぜ。ほら、横になって、深呼吸な」

ソニックが半笑いで周囲の積み荷をずらして空間を広げ、シャドウを横に寝かせた。

「違う、離せ⋯⋯」

「寝てろって。着いてからは、休む暇もないだろうからな。ほら、スーハ―、スーハ―」

シャドウは、虚空をにらみ、殺気を放ちながら胸に手を当て、大人しくスーハースーハ―した。

ソニックは情報端末からハビシュからのメッセージを確認した。

「ハビシュより。ナックルズのいる位置がわかったってさ。首都中心部にある大神殿。花嫁の入った花籠が運び込まれるのが確認されたらしい」

シャドウがたまらず起き上がろうとする。ソニックに胸元を抑えられ、再び寝かされる。

「慌てんなって。ここから神殿まで、距離はまだかなりあるみたいだぜ。ほら、ヒッヒッフー」

シャドウは殺気をだだもれにしながら、拳を握りしめ、ヒッヒッフーをした。


「ん⋯⋯うう⋯⋯くそ⋯⋯」

コルタリアの大神殿の中の閉じられた一室で、ナックルズは、自分のうめき声で目を覚ました。

頭を振って、部屋の中を確認したが、違和感を覚え、拳を握りしめた。

違和感は部屋の外だった。

何かの音と、ただならぬ気配がする。音の距離からいって、部屋の入り口の扉のすぐ前。

誰かの怒鳴り声。揉める音。

うめき声。

⋯⋯⋯倒れる音。

ナックルズが飛び上がり、構えると、扉がゆっくりと開き、しかめっ面のジークが入ってきた。

ナックルズよりも先に起きて、部屋の外で何かしていたらしい。

ジークは、眉をしかめたまま、何か言いづらそうな顔をしてナックルズに尋ねた。

「お前、この部屋に閉じ込められている事が一体どういう意味か、本当にわかってるのか」

ジークの目を見た。

ジークは何かを言いよどんでいたが、雌伏の谷の時の真っ白な花畑で対峙した時と同じ、濁りのない目をしていた。

「⋯⋯籠入りって儀式をするために、待たされてる。籠入りが何をする儀式なのかは、説明してもらえなかったから、わからねぇけど」

ジークがなぜか悲しげな顔になった。

「⋯⋯なぁ、本当にお前とシャドウは、契りを結んでいないのか」

ナックルズは、なんとなく居心地の悪さを感じたが、正直に答えた。

「お前の言う契りってのが何の事なのかは知らねぇけど、約束ならしてる」

「約束⋯⋯」

「俺の右腕は、シャドウにしか噛ませない。だからいつでも、シャドウは俺のところに帰ってきてくれる」

「⋯⋯⋯⋯⋯」

少し目をそらして考えたような顔をした後、ジークはナックルズに向き直って言った。

「だったら、お前はこんなところにいるべきじゃないだろ」

ナックルズは黙ってジークの胸元に視線を落とした。

ジークの胸に埋め込まれたクリムゾンプリズムの欠片が赤く光っている。

マスターエメラルドの緑の光を思い出しながら、ナックルズは両手を重ね、握りしめた。

「エキドゥナ族の生き残りとしての責任がある。逃げるわけにはいかねぇよ」

「コルタ族から話は聞いている。はるか昔に、エキドゥナ族がコルタ族を侵攻して、コルタ族は滅亡しかけたんだとか」

「そうだ。古代の碑文を見せてもらった。多分本当の事だ」

「それでも、お前一人でその責任を負うのは⋯⋯」

ナックルズは、赤く光るプリズムから視線をそらし、ジークの目を見てまっすぐ言った。

「俺は逃げない。責任を負えというなら、堂々と受けて立つ」

ジークが目を閉じ、ふー、と、覚悟を決めたように深く息を吐いた。

「一晩だけだぞ」

「何?」

ジークが背筋をのばし、厳かに両手を掲げ、目を閉じて言った。

「今宵一晩、この部屋には誰も立ち入らせない。我が女神イオシスに誓って、悲劇を知らぬ憐れな黒いハリネズミに代わり⋯⋯ナックルズ。お前の貞操を、俺が守ろう」

「ていそう⋯⋯」

「わからないなら、なおさらな。明日までに激情家のシャドウが、怒りのままに再びお前を奪還しに来るのを祈っておく事だ」

ジークが両手を胸のプリズムにかざした。赤い光の膜が部屋の入り口に張られる。部屋の外で再び誰かのうめき声と倒れる音がした。

ナックルズは、部屋の外で誰が何をしに来たのかわからなかったが、ジークが真剣にナックルズを庇おうとしているのは理解できた。

(ここにシャドウはいない。でも、ジークは、シャドウの代わりに、一晩だけここにいてくれるって事か)

「ここでただ待てって言われてんだ。お前に勝手な事させたら⋯⋯」

「黙って俺に従ってろ。この国が今どうなってて、何のためにお前をここに連れ込んだのか、どうせなんにもわかってねぇんだろ」

ナックルズは反論できなかった。

自分の事なのに、何も知らされていない。

戦えないし、考えられない。何もできる事がない。

ナックルズは力なく肩を落としたが、ふと気になって、ジークに尋ねた。

「お前はなんでここにいるんだ?雌伏の谷から出てきて⋯⋯一人でここに来たのか?暁の船団は今、何やってんだ?」

「俺に語れる事なんてねぇよ。とっとと横になって、夢でシャドウに抱かれてな」

ナックルズは思わず殴ってやろうかと思ったが、何もわからない自分は、ジークのいう通り、ここで大人しく寝ているしか方法がなさそうだった。

(なんにもわからねぇけど、シャドウの代わりにジークがいるなら、今は大丈夫だ)

なんだか一気に眠くなって、床にごろりと横になった。

「どうせならベッドを使え」

「そのベッドはどこか好きになれねぇ。床の方がいい」

「⋯⋯身体はきっと知ってるんだ。お前の本来あるべき立場を。今はそれでいい」

ジークの悲しげな声が聞こえた気がしたが、疲れ果てたナックルズは、そのまま意識を落として眠りについた。


真夜中、空の真ん中から月が辺りを明るく照らす頃、シャドウとソニックは、輸送車に揺られて密入国を済ませ、ナックルズが運び込まれた大神殿の手前に広がる、広大な庭園まで辿り着いた。

オアシスのような美しい水と植物、石造りの建物たち。オレンジ色の明かりに照らされる、幻想的な景色のはるか遠くに、目指すべき大神殿が見える。

「綺麗な場所だな。ナックルズの事がなけりゃ、きっと最高のバカンスになったのに」

ソニックは庭園を見渡し、うっとりとした顔つきで言った。

「くだらん。この美しさは所詮まやかしだ。政治の混乱と紛争。はなからここに安らぎなどない」

シャドウはハビシュが用意した神殿までの地図と、警備兵に関する情報を確認しながら、ソニックと共に庭園の植物の陰に隠れて言った。

「ここからは徒歩。神殿までは警備兵がみっちりと詰め込まれている。古い地下道があるが、最新の地図情報がないらしい」

「どういうルートで行く?」

「カオスコントロールで小刻みに近づけばいい。ここまで近づけたなら、座標が大きく狂う事もない」

言うが早いか、シャドウは両手を構え、カオスコントロールを実行した。

すると、空間がギイギイと音を立て、赤い光が時空の裂け目から漏れた。

「なっ⋯⋯シャドウ、その赤い光は⋯⋯」

ソニックが身構えた。シャドウは眉を吊り上げて構えなおす。

「先ほど輸送車の中で僕が感じ続けた不快感はこれか。恐らくここは、クリムゾンプリズムの磁気圏内。カオスコントロールが使えない」

「ジークの仕業か?!」

シャドウは注意深く辺りを見回し、声を下げて言った。

「その割に、攻撃を仕掛けてくる気配はない。以前やつが放っていたプリズムの強い圧も感じない。どうも妙だ」

「おい、あれ⋯⋯⋯」

ソニックが何かに気付いて、シャドウを近くの植物の背後に押し込み、身を潜めた。

シャドウがソニックを押しのけて前方を確認する。

見覚えのある衛兵と神官が並んでぞろぞろと歩いていた。

「あの装束は、暁の船団⋯⋯!」

二人の表情に緊張が走る。ソニックが姿勢を低くしてシャドウに尋ねた。

「なんであいつら、ここにいるんだ。しかも堂々と歩いてる。この国の関係者って事だよな。ナックルズを攫ったのは、やっぱりあいつらなのか?花嫁としてじゃなくて、女神の器として⋯⋯」

「わからない。ハビシュから送られてきたコルタ族に関する情報の中に、クリムゾンプリズムや暁の船団と関連付けられそうな情報はない。収集する情報の範囲を狭めすぎているのかもしれない。報告を見る限り、花籠を神殿に運んだ連中は暁の船団ではない」

「ああ、もう、迷ってる場合じゃねぇや。一気に突っ込もうぜ。ナックルズが危険だ」

「ここからでは距離があり過ぎる。もっと確実に距離を詰めてから⋯⋯」

言いかけて、シャドウが情報端末からの通知に気付き、素早く画面を確認した。
ハビシュからの緊急連絡だった。

“警告。紛争地帯の戦線に大きな動きあり。首都中心部も危険”

シャドウが緊張した表情でソニックの方を向いたその時、

横からの衝撃派をくらい、二人は地面に突っ伏した。地面が大きく揺れ、遅れて爆音が響く。

「とうとうこんな首都のど真ん中で、ドンパチおっぱじめやがったのかよ!」

ソニックが慌てて体勢を立て直しながら叫んだ。

上空に小型の無人機の群れがやってきた。シャドウが立ちあがり、構えながら言った。

「この混乱はチャンスだ。どさくさに紛れて、警備に気付かれないように神殿まで接近するぞ」

その時、悲鳴がすぐ近くに響いた。

暁の船団の衛兵の一人が、道の真ん中に倒れていた。さっきの爆発で怪我をしたらしい。

小型の無人機の群れが、容赦なく倒れた衛兵を狙い撃ちにしていた。

とっさにソニックは飛び出し、無人機をいくつか撃ち落とすと、衛兵を抱えて周囲の植物の陰まで避難させた。

助けられた衛兵がソニックを見て固まる。ソニックは衛兵の肩を叩きながら、おどけて言った。

「危なっかしいなぁ。礼はいらないぜ。なんてったって、今はお互いに⋯⋯」

「お、お前は雌伏の谷の侵入者⋯⋯!」

助けられた衛兵が、すかさず腰元につけていた緊急の警報装置を鳴らした。

「あっ、鳴らしちゃう?!そりゃないぜ、こっちは善意で⋯⋯」

慌てて浮足立つソニックの首根っこを素早く掴み、シャドウは神殿に向かって素早く滑走した。

ソニックは首元の手を振り払い、肩をすくめて並走しだす。

「恨むぞ、ソニック」

「走るしかないんだって、こうなったらな」

爆音と銃声が響く中、二匹のハリネズミは大神殿に向かって風のように駆け出した。